偶然のおせっかい
優花の目の前に座るのは百合。その隣に宮瀬。そして優花の隣に座ったのは、長谷部。宮瀬がさっさと百合の隣に座ったため、長谷部が優花の隣に自然と座る運びとなった。
「学校の補習の帰りなんだよ、俺たち」
宮瀬が説明した。優花たちの高校では、受験生向けに午前中補習を行っている。参加は任意らしいが、結構な人数が参加するという。宮瀬と長谷部も、予備校の夏期講習がないときは学校にきて補習を受けにきているということだった。
「今日はたまたま夏期講習が夕方からなんだ。少し息抜きするかと思って歩いてたら、偶然二人を見つけてね。入ってきちゃったよ」
偶然は確かに偶然なのだろうけれど、その偶然を思い切り友人のために生かすのが宮瀬なのだろう。この後いらぬおせっかいを焼いてきそうで怖い気もしている。
「二人とも、同じ予備校なんですか?」
百合が宮瀬に尋ねる。宮瀬は大げさに深くうなずいた。
「そう。そしてなぜか取ってる授業も結構かぶってる」
なぜか自慢げに話す宮瀬の言葉を聞いて、長谷部が口の片端をあげてふっと鼻で笑った。
「おかげでなんか暑苦しくって仕方ない。予備校の中は涼しいはずなんだけど」
「なんだとお?」
相変わらず仲がいいなあと思いながら、先輩二人のやり取りを聞いていた。宮瀬と話している長谷部は、普段の大人っぽい涼しげな雰囲気とは違って少年っぽい表情を見せる。これが長谷部の素の姿かもしれないとも思えた。
「そういえば、橘さん。お姉さんどうなったの? 産まれた?」
不意に長谷部が優花に尋ねてきた。長谷部はお腹が大きかった時の佳代に会っている。それから、この間の電話のとき、夏休みの前半は佳代の出産がいつになるかわからないので予定は空けられないと話をしていたのだった。
「え……あ、はい。三日前に……」
産まれた、ということは予定が空いた、ということになる。いよいよ話が具体的になってしまう予感がして、優花の口調は知らず知らずにしどろもどろになっていた。
「そっか。おめでとう。男の子? 女の子?」
優花の様子を気に留める様子もなく、長谷部はにこにこしながらさらに尋ねてきた。
「女の子でした」
「姪っ子になるんだね」
そこまで話して、宮瀬が「何? 何の話?」と割り込んできた。長谷部は、友人とは言え宮瀬にそこまでは話していなかったようだった。優花は簡単にそのことを説明した。
「へええ。じゃあ楽しみだねえ。いいね、家に赤ちゃんいるとか、楽しそうだなあ」
宮瀬が心底羨ましそうに言うのを不思議に思っていると、長谷部が笑いをこらえながら言った。
「こいつ、子ども好きなんだよ。だから志望校は小学校教諭になれるところ」
へえ、と感心しながら小学校の先生をしている宮瀬を想像してみた。似合いすぎる、と思った。特に体育の授業をしているときなど、はまりすぎている。子どもより張り切っていそうだ。
「子どもとかかわる仕事がしたいんだ。保育士とかも考えたんだけど、俺はピアノが弾けないから」
ピアノを弾いている宮瀬。想像できなかった。宮瀬の手を見ても、厚くごつごとして、指は太くたくましい。ピアノ向きな手には見えなかった。
何げなく長谷部の手を見た。ドリンクバーのグラスを持つ指は、すらっとした細長い指だった。手のひらも大きくて、長谷部ならピアノが似合いそうだと思った。
「長谷部先輩は何学部受験するんですか?」
話の流れで、百合が尋ねた。一瞬、長谷部の表情が固まったように見えた。
(え?)
と優花が思った瞬間には、すでに長谷部の表情はいつもの涼やかな笑顔に変わっていた。
「経営学部かな。経済学部も受けるけど」
なんとなく意外な気がして、思わずしげしげと長谷部の横顔を見てしまう。イメージに合わない気がしたのだ。だからといって、何学部を受けそうかなんてわからなかったが。
「経営って……社長さんになるとかですか?」
百合が首をかしげる。
「あはは、社長さんね。まあ、そうだね。いろいろだよ」
長谷部は苦笑いを浮かべながら、詳しく話そうとしなかった。話したくない様子に見える。
(なんでだろう?)
気になったが、聞けるような雰囲気ではなかった。それに、話したくなさそうなことを無理に聞き出そうとも思えない。優花は疑問を胸の奥にそっとしまっておくことにした。
「そういえば、今日二人はこれからどうするの? どっか遊びに行くの?」
今度は宮瀬が尋ねてきた。
「買い物です。友だちが誕生日なので、プレゼント買いに行こうと思って」
「その友だちって、男?」
百合の返答に、すぐさま宮瀬がまた尋ねた。
「え……まあ、そうですけど……」
反射的に百合がうなずくと、再び宮瀬が尋ねる。
「それって、共通の友だち?」
「共通っていうか、そう、かな?」
百合がチラッと優花を見た。優花は一応うなずいたが、なんだか変な気がした。百合にとっては友だちだろうけれど、自分にとって竜は友だちとはやはり何かが違うのだ。
「というか、なんでわかったんですか? 男友だちだって」
「わかったというか、男か女か確認しなきゃかなっていう感じ?」
そこで宮瀬が長谷部を見た。長谷部はやれやれといった感じでため息をつく。
「そういうことするなよ」
「いや、重要だろ」
「余計な気をまわしすぎだ」
むすっとした表情で長谷部が宮瀬を見る。でも、宮瀬はそんな友人の様子を意に介した様子もなく、話をどんどん進める。
「何を買う予定なの?」
「えっと……」
優花と百合は一度顔を見合わせたが、隠す理由もないので簡単に候補を説明した。
「……っていう感じなんですけど、今一つ絞れてなくて。男の人って、何もらうとうれしいんでしょう?」
「何もらうとうれしいかなあ? そうだなあ」
宮瀬は腕組みをして、長谷部は少し目線を上にして考え込んだ。そして、長谷部が先に視線を優花たちのほうに戻した。
「相手にもよるだろうけど、この季節なら、タオルでもいいんじゃない?」
「タオル?」
優花と百合の、きょとんとした声が重なる。それにくすっと笑ってから、長谷部はうなずいた。
「今は夏だから、ハンカチとかタオルとか汗拭くのにいいんじゃないかな。普段使うのよりちょっといいやつを買えば、立派なプレゼントになるよ。着るものは趣味とかサイズとかあるから、選ぶのが難しいけど、タオルとかならまだ選びやすいんじゃない?」
優花と百合は、再び顔を見合わせた。百合が「どうかな?」と尋ねてくる。優花は考えた。
竜の仕事は、自動車部品を作る(何の部品か聞いたけれど、車に興味がない優花にはよくわからなかった)、小さな工場だ。毎日、二リットル入る水筒を持って仕事に行く。その水筒はいつも空っぽになって戻ってくる。時にはそれでも足りなくて、自販機で買ったりしているらしい。工場の中はエアコンと扇風機があるものの、機械の熱のほうが強くてかなり暑いという。
「それがいい、と思う」
思わず、ぽつりとつぶやきが漏れた。実用性といい、予算的にといい、これ以上ぴったりなものが思い当たらなかった。優花と百合はうなずきあった。
「じゃあ、決まりだね」
優花たちの様子を見て、長谷部が言った。
「お役に立てたかな?」
「立てたなんてものじゃないです。ものすごく助かりました。なんで思いつかなかったんだろう」
優花の口から素直に言葉が出てきた。すると、長谷部が嬉しそうに「それはよかった」と微笑んだ。その微笑みが、心底嬉しそうで、無邪気にも見えて、優花は図らずも一瞬ドキッとした。
「それなら、一緒に選んでやれば、長谷部」
え? と三人が一斉に宮瀬を振り返る。
「提案したのはお前なんだから、最後まで責任持てよ」
「なんだよそれ……」
困り顔で抗議しようとした長谷部に、宮瀬は断固としてそれを遮った。
「いーや。そこまでするべきだね。決定!」
最後まで言い終わらないうちに、宮瀬が席を立った。
「善は急げだ」
そして、レシートを持ってすたすたとレジのほうに行ってしまった。残された三人は茫然とその背中を一時見送ってしまった。
「あいつ、話聞かないやつで、ごめんね。とりあえず、おごってくれるみたいだし」
はっと気づけば、自分達が食べた分も宮瀬が支払っていた。慌てて追いかけて、お金を出そうとしたけれど、宮瀬は絶対に受け取ろうとしなかった。こうなると、一緒にタオル選びをするしかないようだった。
(宮瀬先輩、行動早……)
この後の展開に、ますます不安が募る優花なのだった。
 




