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プレゼントの選び方

 事の発端は、百合との電話だった。

 夏休みに入ってから、優花は百合と会っていなかった。佳代の出産がいつになるかわからなかったので、家から出られなかったせいだ。佳代が入院中の今、数馬と竜が仕事から帰ってくるまで優花は家で一人で過ごしている。ずっと一人でいるのもつまらないので、赤ん坊が産まれた報告もかねて百合に電話をしたのだった。

 お互いの近況を話してから、竜の誕生日の話になった。

『そっか。真夏にお誕生日なんだね。何かお祝いするの?』

 電話の向こうで、百合がわくわくした様子で尋ねてきた。

「一応は。お姉ちゃんが退院して、生活が落ち着いたころにいろんなお祝い兼ねてやろうかなって話になってるよ」

 退院直後は生活リズムがどうなっているかわからないので、お盆あたりにでも出産祝いと退院祝い、そして誕生日のパーティーをまとめてやってしまおうということになっていた。

『でもそれだと、竜の誕生日過ぎちゃってるよね?』

「むしろそのほうがいいって、竜は」

 自分だけのためにパーティーが行われるよりも気が楽だ、と竜は言った。自分から「八月八日が誕生日だぞ」と言ったくせに、祝わなくてもいいという態度でいるのがやはり気になった。祝われることに慣れていないのか、本当に祝わないほうがいいのか、それともただの天邪鬼で、実は祝ってほしいのか。竜の反応をどう判断すればいいのかわからなかった。

「百合もよかったら来て、お祝い。お姉ちゃんが人数多いほうがいいからって言ってたし」

『いいの? 私行っても』

「うん、来て来て。おいしいものいっぱい作るし。ケーキも作ってみようかなあって」

『それなら私も一緒に作るよ。前のお弁当のときみたいに』

「それいいね。そうしよう」

 遊園地に一緒に行った時、お弁当の下ごしらえを百合と一緒にやった時のことを思い出す。いつもはたいてい一人でやっている料理を誰かと一緒に作り上げていくのはとても新鮮で楽しかった。

『あ、そうだ。もっと肝心なことがあるよ』

 唐突に百合が言った。

『プレゼントは?』

「え?」

 思わず、きょとんとした声が出た。すると、じれったそうに百合が少し声を大きくした。

『誕生日プレゼント。誕生日にはケーキとプレゼントでしょ!』

 確かに、そうだ。百合に言われるまで、なぜそこに思い至らなかったのだろう。お祝いすることばかり考えていて、プレゼントという発想が完全に抜け落ちていた。

「……手作りケーキだけじゃダメかな?」

 恐る恐る尋ねてみる。でも、百合の答えは予想通りだった。

『ダメだよ。何か形に残るものにしよう』

 百合は断固として言い切った。

『明日一緒に買いに行こう。ね?』

 と、ほとんど百合が押し切る形で、プレゼントを買いに行くことが決まってしまったのだった。



(プレゼントって言っても……何がいいのか全然わかんないし、どうしよう)

 翌日の午前十一時。優花は駅ビルの入り口前にいた。ここで百合と待ち合わせている。どうせ会うなら、お昼ご飯も一緒に食べようという話の流れになって、この時間にここにいる。

(竜は……何をもらったら喜ぶんだろう)

 フロア案内を見上げながら、優花はうなってしまう。

 よく考えたら、竜の好きなものが何なのか知らないのだ。竜は、食べ物に関して好き嫌いがなく、何を作ってもぺろりと食べてしまう。普段の休日、何をしているのか思い返したけれど、食器洗いをして、担当箇所の掃除をして、それ以外の時間はぼんやりテレビを見ているか、マンガを読んでいるか、スマホを見ているかで、あまり出かける様子がない。ごくたまに、一人でふらっとコンビニまで出かける程度だ。これと言って趣味もなさそうだ。

「優花、お待たせー」

 悩んでいるところへ、百合がパタパタとかけてきた。百合は水色のワンピースにつばが広めの白い帽子をかぶっていた。百合が駆けるたび、帽子からのぞくおさげの髪がぴょんぴょん跳ねるのがかわいい。束の間、悩んでいることを忘れてつい癒されてしまった。

「ごめんね、待った?」

「ううん。さっき来たばっかり」

 なんだかこの会話、デートの待ち合わせしていたカップルみたいだ。ふと、そんな考えがよぎる。

「じゃあ、上から順番に見てこうか。いくつか候補見つけよ」

 張りきった調子の百合が、右手の人差し指をぴんと立ててフロア案内を指す。優花はただ従順にうなずいた。二人でエレベーターに乗り込み、最上階まで向かう。ふわっとした感覚のあと、すうっと体が持ち上げられていった。

(デートと言えば……長谷部先輩とのデート、考えてなかったな)

 最上階に着く直前、急に思い至った。別に忘れていたわけではなかったけれど、佳代の出産や、竜との仲直りのことがあって、頭の片隅に追いやられていたことだった。

(うう……忘れてたほうがよかったかな。これから竜のプレゼントを選ぶというのに)

 ぴんぽん、とエレベーターの軽い音が鳴り、ドアが滑らかに開く。途端に、人のざわめき声と音楽が広がりながら迫ってきた。百合が足早に外に出る。優花もあわてて外に出る。ところが。

「ありゃ。失敗した」

 と、百合は急に足を止めた。え? と優花が首をかしげると、百合はフロア案内を再び指した。

「婦人服売り場、だって。ここ」

「あ……」

 ここに目指すものはない。候補の一つすら見つからないだろうことは、容易にわかった。二人は顔を見合わせながら苦笑いをし、そろそろとエレベーター隣の階段で下に向かうのだった。



それから、二時間ほどデパートの中を歩き回った。いくつか候補をしぼるにはしぼったが、これといってピンとくるものがなかった。さすがに疲れてお腹も空いてしまったので、優花と百合は一度お店から出て、近くのファミレスに向かった。平日の、お昼時を少し過ぎていたおかげで、二人は待たずにテーブル席に座ることができた。

「さてと、何食べる?」

 百合が慣れた様子でメニューを手に取り、一冊を優花に手渡した。メニューを開いてみる。鮮やかな写真で、いかにもおいしそうな料理がたくさん並んでいる。ハンバーグ一つとっても、種類がいろいろあって何を選んだらいいのかわからない。さらに、AセットだのBセットだの、スープがついたりサラダがついたりする組み合わせがいろいろあって、それも困ってしまう。優花はデパートのフロア案内に続き、今度はメニューを前にしてうなってしまう。

「優花、決まった?」

「え? 百合、もう決まったの?」

 席に着いてからまだ数分しか経っていない。驚いて百合を見やったが、百合は特に気負った様子もなく言った。

「うん。オムライスにする。この間来た時、次はこれにしようって思ってたから」

「この間?」

「先週かな。うちの両親と一緒に来たの。お父さんもお母さんも、なんか外食好きなんだよね」 

 百合の両親は、桜町で内科のクリニックを経営していた。父親が院長で、母親がそこの看護師だ。百合の話を聞けば、週末はよく家族で外食しに出かけるらしい。たいていのファミレスには行ったことがあるそうだ。

「うちはほとんど外食しないからなあ」

 橘家はたいていは家で食事をする。外食することは滅多になかった。それは、優花の両親が生きていたころも同じだった。

「それは、優花も佳代さんも料理が上手だし、作るの好きだからだよ。うちのお母さん、基本的に料理は好きじゃないんだよね」

 そんな話をしながら、優花も何とか決めた。ドリアにしてみた。家ではなかなか作らないものを食べてみようと思ったのだ。

 注文した品が来るまで、プレゼントの思案をすることになった。候補を改めて並べてみて、再び優花はうなる。

 まず候補に挙がったのは服だった。一通りコーディネートしてプレゼントするのはどうかという案が上がった。普段、優花が竜のも含め家族の洗濯物をすることが多いので、サイズはわかる。でも、竜の趣味がいまひとつわかっていない。竜の服は、いつも恐ろしくシンプルなのだ。白いTシャツに普通のジーンズ。休日のスタイルは大体これだ。優花もこれといったこだわりがなく、竜と似たようなものなので人のことが言えない(今日も無難なTシャツにスキニーのジーンズをはいているだけ)。

 お菓子の詰め合わせは面白いのでは? という案もあった。ひたすらいろんな駄菓子を大きい袋に詰め込む。インパクトはありそうだ。でも。

「食べちゃうと形に残らないからダメ」

 と、百合から却下された。

 それなら、財布や時計はどうだろう? いいなと思えるものは、たいてい値が張って予算オーバーだった。手ごろな金額のものもあるが、あまりにも「一般的」すぎて、プレゼントとしてはふさわしくない。 

「竜が好きなものって何だろう?」

 思わず心の声が漏れた。百合があきれ顔でため息をつく。

「もお、私に聞かないでよ。優花は一緒に住んでるんだから、そっちのほうがわかるはずじゃない」

「ごもっとも」

 そこで料理がやってきたので、一度話を打ち切った。二人ともお腹が空きすぎていたので、とにかく早く食べたかったのだ。

(うん、これならうちでも作れそうだ。気負ったほどじゃないかも。レシピ調べてみよ)

 ドリアを食べながら考えていたのはこんなことだった。家で作ったことがなかったので、やってみたくなったのだ。百合の食べているオムライスも、ふわふわとろとろの卵が乗っていて高級感漂う雰囲気だが、もしかしたら家でもできるかもしれない。家で作ったら、みんな驚くだろうな。

 外食してデータを集めるのも面白いかも、と思いながら半分程食べ進んだところで、事件が起こった。

 百合が窓の外を見て突然「あ」と声を上げた。

「どうしたの?」

 百合は軽く会釈をしながら、視線だけちらりと優花に向けた。外を見て、と促しているようだった。

 その通りに優花は何げなく百合の視線を追った。そして「あ」と同じように声を上げた。

 窓の外には、満面の笑みで大げさに手を振る宮瀬と、ちょっと戸惑い気味にほほ笑む長谷部。

(なんでこんなところで会っちゃうかなあ)

 愛想笑いを浮かべつつ、内心はハラハラドキドキしていた。宮瀬の行動を見守っていると、長谷部を引っ張るようにしてこのファミレスに入ってこようとしている様子だった。

「宮瀬先輩、ものすごい張り切ってる感じだったね……」

 百合が困ったようにつぶやく。

「そう、だね……」

 優花もため息交じりにこたえる。

(プレゼント考えるどころじゃないかも……)

 この後の展開に一抹の不安を覚える優花だった。


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