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二人の王子様?

「みんな、お疲れ! おめでとう!」

 宮瀬が優勝旗を掲げると、チームメイトたちからわっと拍手が起こった。優花は椅子に座ったまま拍手した。見回せば、誰もかれもが晴れやかな表情をしている。それを見て、優花はほっとした気持ちになった。

 みんなが集まっているのは、体育館の隅に設けられた救護班の場所だ。優花は表彰式もその後の総括もこの救護班の場所から見ていた。その後、宮瀬が優勝旗を持ったままここにやってきたので、自然と他のメンバーもここに集合していた。

「みんなが一人一人頑張ってくれたおかげで、優勝することができた。次は秋の体育祭だ。気合い入れて頑張るぞ!」

 さらに闘志を燃やしている様子で宮瀬はこぶしを高々と上げる。

「もう次の話かよ」

 その横で、長谷部があくまで冷静に、きっと誰もが思ったことを代弁してくれた。

「そのエネルギーは受験に回せよ」

「もちろんそのつもりだ。でもあいにく、俺のエネルギーはまだ有り余ってるんだ」

 この人は底なしのエネルギーを持っていそうだ、と優花は胸の内で苦笑いしながら思った。

「というわけで、打ち上げやるぞ!」

(やっぱりやるんだ)

 何となく、そんな流れになるような気はしていたのだ。でも、今回優花は行かないつもりだ。というより、行けない。先ほど保健室のおばちゃん先生に、ひとしきり注意された。無理をするからこんなに腫れたのだ。右足をかばったから左足が疲れて立てなくなってしまったのだ。朝保健室に来てくれたらこんなことにはならなかったのに。さっさと病院に行ってしばらく安静にしていなさい。がみがみいうのではなく、冷静に、でもズバズバと正論を突き付けられて、優花は素直に「すみません」と謝るしかなかった。

(行けなくて、ホッとしているような、がっかりなような)

 前回の打ち上げのことを思えば、行けない理由があってむしろ良かった気もする。でも今回、優花が足が痛いのを隠して出たのは、足を引っかけてきたクラスメイト達に対して意地になっていたからというのもあるが、一緒に参加していたい気持ちがどこかにあったからだ。だから、打ち上げに参加できないのは、ちょっと寂しい気もしてしまっていたのだった。

 ところが。

「ホントは明日やろうと言いたいところだが、橘さんの足の様子を見てから日程を決めようと思う。それでいいかな」

 一斉に優花へと視線が集まった。途端に居心地の悪さを感じ、優花はたまらず視線を下に落とした。

「わ……私のことは、いいですから、明日とかにやっちゃってください……」

 小さな声でやっと言った。自分のせいで日程を先延ばしにされるのはどうにも気まず過ぎる。

「そういうわけにもいかないよ。できれば全員そろったほうがいいから」

 宮瀬はあっさりと優花の申し出を却下した。

「でも夏休み前にはやるから、みんなそのつもりで。橘さん、もしそれまでに動けないようなら欠席でも仕方ないから。とりあえず、あとで状況を教えてね」

 夏休みはもう今週末からだ。その中で全員が集まれそうな日は限られている。となると、優花が参加できる可能性は低かった。病院に行ってみないとわからないが、すぐに歩ける状態ではないのはみんなわかる。

 それならしょうがないね、という空気がチームの中に流れた。前のカラオケの時は秘かに優花をにらんできた女子先輩たちからも、とげとげした感情は感じられなかった。

「それじゃ、後で連絡するってことで、解散! 今日はほんとにお疲れ!」

 宮瀬の号令で、一同はそれぞれのクラスに散っていった。優花の周りには一年生の仲間と、宮瀬と長谷部が残った。

「優花、立てる?」

 百合がそっと手を差し伸べてきてくれたので、それに甘えることにした。百合に支えてもらいつつ、恐る恐る左足に体重を乗せてゆっくりと立ち上がった。少し休んだおかげか、何とか体は支えられそうだった。右足も、湿布とテーピングがされているおかげか、引きずりながらもなんとか歩くことはできた。

「残念。歩けないようならまたお姫様抱っこしてあげようとおもったのに」

 しれっと長谷部がにこやかな顔で言った。優花が思わず目を丸くすると、宮瀬が思い切り長谷部の頭をひっぱたいた。

「またそんなこと言って。橘さんが困ってるだろ」

「いってーな。手加減しろよ」

「うるさい。女子なら誰にでもそうやって優しい態度取るからいろいろ面倒が起こるんだろ。後始末してる身にもなれ」

「誰にでもとは失礼な。そんなつもりないぞ」

「そう見えるんだよ」

 なんだか、宮瀬と話している長谷部は少し子どもっぽく見えた。ちょっと意外な一面を見た気がして、思わず二人のやり取りに見入ってしまった。と、そこで宮瀬と長谷部が一年生たちの視線に気づいた。宮瀬が咳払いをして、改めて優花に向きなおった。

「ともかく。打ち上げはできれば全員出てほしいって思ってるから。橘さんて、学校から家が近いんだっけ」

「まあ……。自転車で十五分くらいなので」

「そっか。じゃ、桜町のどっかでやることになるかな。無理にとは言わないけど、病院行って様子がわかったら連絡して。長谷部の連絡先なら知ってるだろ?」

 そういえば。強歩大会の時に打ち上げの連絡窓口になっていたのは長谷部だった。自分から長谷部に連絡しなければならないのか。ちょっと気が重くなった。

「じゃ、連絡待ってるね」

 長谷部が爽やかに言いおいて、三年生二人は体育館の出口に向かっていった。何ともなしにその背中を見送っていると、宮瀬が何か長谷部に言った様子が見えた。それに長谷部が言い返した様子で、そのあとまた頭をひっぱたかれていた。

「仲、いいんだね。あの二人」

 思わずぽつりとつぶやいた。

「うん。漫才見てるみたいだね」

 百合がそれに応じる。

「漫才?」

 優花と河井と高山が声をそろえて首を傾げた。百合は「そうそう」と頷きながら大真面目に言った。

「宮瀬先輩が突っ込みで、長谷部先輩がボケ、みたいな?」

「なにそれ」

 お笑いをやっている二人など、想像もつかない。特に長谷部はそんな柄ではない。でも一瞬、スタンドマイクを真ん中に話す二人の姿がちらついて、優花は吹き出してしまった。

「ちょっと……見てみたいかも」

 河井がぼそっとそんなことを言ったものだから、優花は堪えきれずとうとうお腹を抱えて笑いだしてしまった。それにつられるように高山も微妙な顔で笑いだす。そしてついには、河井も百合も笑いだし、一年生四人はしばらく一緒に笑い続けてしまったのだった。



今日は午前中の球技大会のみで、午後は放課である。しかし、たいていの生徒は部活があるので、帰りのホームルームが終わっても教室に残っていた。

 優花は相変わらず部活に所属していないので、すぐに帰ろうと思えば帰れる。しかし、この足でどうやって帰ろうかいまだ思案中だった。

 自転車は無理だ。かといって、歩いて帰るのも厳しい。歩いたら三十分以上はかかる。この足ならもっとかかるかもしれない。そう考えると、迎えに来てもらうのが一番いいのだが。

「お兄ちゃんをわざわざ呼ぶのもなあ」

 兄を早退させてしまうのも申し訳ない気がしている。足が痛いことを隠していた負い目も少しある。

「お姉さんは? 家にいるんでしょう?」

 百合が尋ねてきた。確かに、佳代が家にいる。そして車も家にある。佳代も免許を持っている。だから、佳代が運転してきてくれれば、一気に解決なのだ。だが、一つ問題があった。

「お兄ちゃんがお姉ちゃんに、一人で運転するなって言ってるんだよねえ」

 出産予定日間近の体を心配して、数馬は佳代に「絶対一人で運転するな」と念を押していた。佳代は「大丈夫なのに」と少し不満そうであったが、下手に夫を心配させたくもないので、素直にそれに従っている。

「お兄さんって、家族思いで素敵だよね。いつも優花たちのこと気にかけてる感じで」

「まあ、それはいいんだけど、程度がね……」

 気にかけ過ぎて心配性なのが兄の困ったところでもある。時々融通が利かないので悩んでしまう。今のように。

 そこで、優花のスマホが鳴った。慌ててカバンから取り出し、画面を見て思わず眉をひそめる。ディスプレイには竜の名前が出ていたのだ。

「もしもし?」

『もっしもーし』

 優花の怪訝な声とは真逆で、底抜けに明るい声が返ってきた。

「なんなの。仕事中でしょ?」

『今昼休み中だから』

 時計を見ると、いつの間にか十二時を回っていた。いろいろ考えているうちに過ぎてしまっていたようだった。

『それより優花。足の具合どう?』

「えっ……」

 不意を突かれて、言葉に詰まった。何を言おうか言葉を探していると。

『やっぱなー。優花、足痛かったんだろ、朝。ついでに言うなら昨日も』

 電話の向こうに、得意げな顔をしている竜が見える気がして、急にむかついてきた。

「なんでそう思うのよ」

『昨日階段上がってた時、優花が変な歩き方してたから。朝も何となく引きずってた気がするしさ。わからないほうがおかしいって』

 昨日は今日ほどひどくなかったので、うまく隠していたつもりだったのだが。この分だと、数馬や佳代にもばれてしまっていたのだろうか。何だか不安になってきた。

『俺、迎えに行くよ。自転車二人乗りで帰ればいいよ』

「はあ? 何言ってんの」

 突然の提案に、優花は思わず大声を出してしまう。一瞬、クラスの視線が優花に集まった。慌てて声を潜めた。

「仕事どうするのよ。昼休み終わっちゃうし」

『今からそっちまで飛ばして行って、家まで送って、またすぐ会社に戻ればいいし。ギリギリ昼休み終る時間に間に合うかな。一応、親方には理由わけは話しておくけど』

「そういうことじゃなくて……」

『こんな話してる時間がもったいない。もう今から行くから。校門のとこで待ってて。じゃ!』

「あ、ちょ……」

 優花が言葉を発する前に、竜はあっさり通話を切ってしまった。スマホを耳に当てたまま、優花は呆然と突っ立っていた。

「どうしたの? 優花」

 不思議そうな顔で百合がのぞき込んでくる。優花はのろのろとスマホを下におろした、が、頭の中はまだ真っ白だった。そしてやっとのことで百合を見た。

「……竜が、迎えに来るって」

「へ?」

 今度は、百合がいぶかしげな表情に変わった。



 優花と百合は、ともかく校門のほうへ向かうことにした。竜の職場から高校までは自転車で十分ほどだ。優花たちがのろのろと歩いている間に着いてしまうかもしれない。

「竜って、なんかタイミングいい時に来てくれるよね。優花のことよく見てるんだね」

 校門までの道で、百合が弾んだ声でそう言った。

「なんでそんなにうきうきしてる感じなの……」

「やっぱり、優花の王子様は竜なのかなあって。長谷部先輩もカッコよかったけど」

「王子様って……」

 百合の言葉の選び方に、ちょっと苦笑いしてしまう。百合らしいと言えばそうなのだが。

(竜は王子様なんてキャラじゃないな。長谷部先輩のほうがよっぽどそれらしい)

 さっと優花を抱き上げてしまったり、ひざまずいて見せたり。どれも様になっていたことを思い出し、なんだかドキドキしてきてしまった。強歩大会の時に抱いていた警戒心が驚くほどなくなっていて、優花はかなり戸惑っていた。

「あれ? 橘さんと花崎さん。今帰り?」

 校門近くで、長谷部と宮瀬にばったりと出くわした。ちょうど長谷部のことを考えていたこともあって、勝手に気まずい思いになった。

「その足でどう帰るの? お迎えが来るとか?」

「まあ……そんなところです」

 迎えに来るのが竜だとわかったら、長谷部はどんな反応をするのだろう。いや、竜はどうなるだろう。長谷部と一緒にいる自分を見たときに……。

「優花ー」

 そんな思いを巡らせていると、ちょうど角を曲がってきた竜がほとんど立ちこぎの状態で走ってやってきた。長谷部と宮瀬が「え?」と目を丸くした。

 自転車のブレーキをキュッとかけて止まると、竜は白い歯を見せてにっと笑った。額から首から汗をたくさん流していた。

「お待たせ、優花……」

 竜は何気なく優花の隣に視線を送った。そしてそこにいた人物を見て表情を変えた。

「あんた、あのときの」

 竜の目元が、わずかに睨むようにゆがんだ。対して、長谷部は驚きの表情から爽やかな笑顔に変わるところだった。

「なんで君が橘さんを迎えに来るの?」

 長谷部は笑顔だったが、目が笑ってないように見えた。

(何、この空気……)

 微妙に居心地の悪い空間が生まれて、優花は内心ハラハラしている。

「なんであんたが優花と一緒にいるかのほうが訊きたいんですけど」

 竜は嫌悪感を隠そうとしなかった。こういう感情を表に出す竜をあまり見たことがない。

「偶然だよ。俺たちがたまたまここで話をしてたら、橘さんたちが来たんだ。それから君が今来た」

「偶然、ですか」

「そう。偶然」

(だから、何なの。この微妙な会話は。そしてこの空気は)

 優花は何も言えないまま、二人の様子を見守るしかなかった。

「こんなこと話してる暇ないや。優花、乗って」

 竜がしびれを切らした様子で優花のほうをパッと見た。しかし。

「二人乗りで帰るの?」

 長谷部がさっと優花たちの間に言葉を挟んだ。

「それしかないんです、優花が家に帰るには」

 イライラした口調で竜が答える。答えるのも面倒そうにしている。

「でも、君は見たとこ仕事中って感じだけど」

 竜の身なりは作業着で、しみになっている汚れの上にまた新しい汚れがついていて、まさに「仕事中です」と言わんばかりの格好だ。

「今昼休みなんです。だから、急いで優花を家に送ってまた仕事に行かなきゃなんです。もういいよ、優花。早く乗って。俺が仕事遅刻しちゃうよ」

「え、う、うん……」

 戸惑いながら優花が竜に近づいたときだった。

「橘さん。俺が送ってあげようか」

「え?」

 振り返ると、最高に爽やかな笑顔をした長谷部がいた。

「橘さんの自転車、置きっぱなしなんでしょ。それで送ってあげるよ」

「はい?」

 びっくりして、開いた口が塞がらない。優花はぽかんと長谷部を見てしまった。

「何言ってるんですか。あんたなんかに任せられませんよ」

 竜の声が少し大きくなった。でも、長谷部はどこ吹く風である。

「それが一番いいと思うんだけど。橘さんは家にも帰れて後で自転車を取りに行かないで済むし、君は仕事に遅刻しないで済む。一石二鳥だ」

「そしたら、あんたが学校に戻れなくなるじゃないか」

「べつに、俺は足が痛いわけじゃないし、走るのも得意なんでね。普通にランニングするつもりで帰ってくるさ」

「そんなに近くないんだぞ、うちは」

「さっき橘さんに聞いたよ。自転車で十五分くらいなんだろ?。走れない距離じゃない」

(だから、何なの! この会話、変だし!)

 勝手に進んでいく会話に、優花は完全に置いてきぼりにされていた。しかし口をはさむこともできず、どうしたらいいのかわからない。

「優花。優花はどうしたいんだよ」

 突然矛先を向けられて、優花はびくっと肩を震わせた。

(なんか、竜……怖い)

 いつもの竜ではなかった。いつも家でふざけている竜とも、たまに垣間見せる寂しそうな竜とも違う。イライラしている、怒っている竜を間近に見たことが今まであっただろうか。

 優花が言葉に詰まってしまった。すると、竜は傷ついたような、悲しい瞳を見せた。でもそれは一瞬のことで、またいらだった様子に戻った。

「……じゃあ、いいよ。俺は仕事に戻る。昼飯食べる時間ができたさ」

「え……」

「気をつけて帰れよな」

「ま、待ってよ、竜。あの」

 優花が引き止めるのも聞かず、竜は来た時と同じ速さで戻っていってしまった。あっという間に角を曲がり、その姿が見えなくなった。

(そんな、いきなり帰っちゃうなんて。何しに来たのよ)

 竜が一瞬見せた、あの傷ついたような瞳が脳裏に焼き付いていた。

(なんで、帰っちゃうのよ。バカじゃない)

 また、竜のあの瞳が思い浮かぶ。すると、優花の胸の奥がずんと重く痛むのだった。

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