思い出の品
午後は平和な乗り物だけを楽しみ(とはいってもコーヒーカップだけは激しく回し過ぎて気持ち悪くなった)、終いに観覧車に乗った。幸いにも、四人とも高いところは平気だった。風が吹いたり、写真を撮るのに席を移動したりするときに揺れて、少しドキドキすることもあったけれど。てっぺんまで来たときに、百合が「あ」と声を上げた。
「お土産買ってないね」
そういえば、遊ぶのに夢中ですっかり忘れていた。兄たちに何か買っていったほうがいいと思っていたのだ。
「じゃあ、帰りにお土産屋さん行こう」
というわけで、観覧車を降りてから真っ直ぐに土産物の店に向かった。時間はすでに夕方になっていて、お店の中は帰りがけにお土産を買って行こうというお客でごった返していた。
「レジも並んでるねえ」
「時間も時間だからね。みんな考えてることは一緒だね」
急いでいるわけでもないので、少しお客が引くのを待つことにした。ただ待っているのもつまらないので、売店でアイスを買って食べた。食べているのは優花と百合だけだ。
「よく食べるなあ。さっきちがうとこでクレープ食べてたじゃん。甘いもんばっかだな」
竜が呆れた様子で言ったが、優花たちは気にも留めず「別腹だし」とそろえて答えた。
「女の子はいくつ腹を持っているんだ、とはよく言ったもんだな」
優花たちが食べている間に、竜と圭輔は少し離れた場所で何やら話し始めた。少し観察していると、竜が圭輔にいろいろ話を聞いているようだ。どうして遊園地に来ることになったかと言えば、竜が圭輔に高校のことを聞きたいと言ったことがきっかけだった。今ようやっと本題に入れたらしかった。
(まあ、遊園地で遊びながら話すことじゃないよね)
働きながら学校に通う。それはどんな感覚なのだろうかと優花は考える。アルバイトをしている子ならたくさんいるが、彼らは違うのだ。お小遣いを稼ぐために働いているのではない。大変、の一言で済ませてはいけないように思える。その上、彼らは優花と同級生だ。普通に働くには早すぎる年齢だ。
「ねえねえ」
不意に、優花たちは背後から話しかけられた。何事かと思って振り返ると、同い年くらいの男子が四人立っていた。みんな一様ににこにこしているが、軽薄そうな雰囲気だ。百合が困ったように優花を見た。優花は反射的にその男子たちをにらみつけていた。面倒くさいのが来た、と思った。
「二人だけで遊びに来たの? もう帰るの?」
竜たちが離れたところにいたので、一緒に来ていると思わなかったらしい。竜たちの様子をうかがおうと思ったが、ちょうど男子たちが立ちはだかっていて見えなかった。
「優花……」
かすれるほどの小声で百合が呼んだ。どうしたらいいかわからないで困っているようだ。こういう経験がないのだろう。一方、優花のほうは何度もあるので対処法は知っている。無視することだ。
優花は百合に向かって小さく首を振り、完全に男子たちに背を向けて何事もなかったかのようにアイスを食べ始めた。百合も戸惑いながら同じようにする。
「えー。話聞いてよ。俺たちこれからカラオケ行くんだけど、一緒に行かない?」
なんであんたたちと行かなきゃいけないの。言い返したくてたまらなかったが、変に答えてしまえば余計に構ってくるのだ。諦めて去っていくのを待つしかない。ところが。
「ねえ。いいじゃん。まだ帰るには早い時間だよ」
と、男子の一人が百合の肩に手をかけた。百合が声にならない悲鳴を上げて固まった。優花が思わず怒鳴りつけてやろうとした時だった。
「おい」
百合の肩にかかっていた手が離れた。その腕をつかみあげていたのは圭輔だった。
「何か、用?」
背の高い、その上強面の圭輔にさらににらみつけられて、男子たちがすくみあがったのが分かった。
「何でもないです!」
圭輔が手を離すと、男子たちはすたこらさっさとあっという間に逃げて行ってしまった。呆気に取られて優花は彼らのみっともない背中を見送った。
(すごいなあ、圭輔。何にもしてないのに)
優花が感心していると、圭輔は百合の側にしゃがみこんでその顔を覗き込んだ。百合は真っ青な顔でまだ固まったままだった。
「大丈夫か、百合」
その声で、我に返ったようだ。百合は目を見開いた後、小さくうなずいた。
「遅いよ、圭輔」
「……ごめん」
震える百合を慰めるように、圭輔が百合の手を撫でてやった。百合はふうっと長いため息をついた。よほど怖かったらしい。確かに、慣れている優花でも怖い。無視しても、何をしてくるかわからないのもいるのだから。
「優花は堂々としてるもんだなー。やっぱ慣れてる?」
調子よく話しかけてきたのは竜だった。この軽い調子だけ聞けば、さっきの男子たちとあまり変わらない。
「あのねー、あんた何してたの。圭輔しか来なかったじゃない」
優花は非難の声を上げた。しかし、竜はどこ吹く風だ。
「俺も圭輔と一緒に来たんだぞ。でも圭輔がにらんだだけであいつらすぐに逃げちゃったし、俺の出番はなかった。つまんねえの」
「はあ? 何するつもりだったの」
「俺、圭輔みたいに背はでっかくないけど、けんかは強いんだぞ。中学んときは先輩にだって負けなかったからな」
思い切り力こぶのポーズをとって竜が力説した。しかしあまり説得力がない。出会った頃よりは背が伸びているとは思うが、竜は小柄で少しやせているほうだ。先ほどのチャラい男子たちのほうがまだ大きくて強そうにも見える。
「その顔は信じてないな? 本当だからな。そのうちお目にかけてやる」
「別に見たくないし」
けんか沙汰になるようなことはごめんだ。竜が強かろうが何だろうが、優花は関わりたくもなかった。
「とにかく、優花と百合は二人で放っておいちゃダメだな。二人とも、俺たちから離れるなよ」
「そうだな」
竜の言葉に、圭輔が大真面目にうなずいた。もとはと言えばあんたたちが離れた場所に行ったせいだろうと思ったが、また百合を怖い目にあわせるのも嫌だったので、優花は黙っておいた。
そうこうしている間にお土産屋の人混みが徐々に引いてきたので、優花たちはお店に入った。優花と百合が、あれが可愛いこれがいいと言っている間、圭輔と竜がずっとそばで付き添ってくれていた。まるでボディーガードだねと思わず百合にささやいたら、百合がこっそりとくすくす笑った。
「さすがに、反省してるんじゃない? 助けるの遅れたから」
離れないように意識しているのは、竜と圭輔のほうなのだった。
優花と百合は自宅へのお土産を買い、竜と圭輔は職場用に菓子折りを買っていった。
「どうせなら、記念に四人でおそろいの何か買おうよ」
と提案したのは百合だった。手頃なのはキーホルダーやストラップだった。可愛らしすぎるのは男子(特に圭輔が。そんな可愛らしいものつけられないというのが彼の主張)が却下、逆にシンプルすぎるものは優花たちが却下し、最終的に決まったのは遊園地のマスコットキャラであるクマのキーホルダーだ。白いクマが男の子で、ベージュの色が女の子のクマだ。ぬいぐるみの生地で作られたものもあったが、それでは大きすぎると圭輔から文句が入ったので、一番小さめのプラスチック製のものを選んだ。遊園地のロゴも小さくさりげなく入っている感じもよかった。
「じゃ、自分たちのカバンにつけようね」
帰りの電車の中で、百合は半ば強引に圭輔のバッグにシロクマのキーホルダーをつけさせた。百合はベージュのクマを自分のショルダーバッグにつけてもらい(自分でつけられなかったので圭輔にやってもらった)、終始ご満悦の様子だった。
「じゃあ、俺が優花のつけてやろっか」
その様子を見ていた竜が楽しげに言った。でも、優花は表情を動かさないまま首を横に振った。
「いい。自分でつけられるから」
「つれないなー。いいじゃん、やらせてって」
「あ!」
竜は優花の手からキーホルダーを取り上げて、さっさと優花のバッグにつけてしまった。
「もう、なに勝手に……」
優花が文句を言っている間にも、竜は自分のバッグにクマを取り付けていた。
「うん、いいな。おそろいっていうの。なんていうか、一体感? みたいな」
「でしょ? 一緒に行ったって感じになるでしょ?」
竜のご機嫌な言葉に、百合が満面の笑みでうなずいた。優花と圭輔は目を合わせ、少し苦笑気味にため息をついた。
「百合、いつもこんな感じだから相手するの疲れない?」
圭輔が困ったような、でも優しい瞳で尋ねてきた。
「ううん。百合と一緒にいると楽しいよ。毎日学校行くのが楽しみ」
優花は即答した。飾らず、素直な言葉がぱっと出てきた。
「そっか」
ますます圭輔の瞳の色が優しくなった。百合がそんな圭輔を見て「えへへ」と嬉しそうに笑った。
「またみんなで来ようね。あ、今度は動物園がいいな」
百合がぱあっと瞳を輝かせて三人を見た。思わず優花たちは顔を見合わせてしまった。
「お前、まだ動物園にこだわってたの?」
優花たちの気持ちを代弁するように、呆れ顔で圭輔が言った。
「だって、好きなんだもん。圭輔だって、ジェットコースターとかないからいいでしょ?」
「それは……そうだけどさ……」
痛いところを突かれたらしく、圭輔が黙り込んでしまった。
(圭輔……百合に弱過ぎでしょ)
今日の圭輔を振り返れば、ずっとこんな様子だったことを思い出す。そうしたらおかしくなって何だか笑いが込み上げてきた。
「何? 優花どうした?」
竜がのぞき込んできた。優花はそこでこらえきれなくなって、とうとうお腹を抱えて笑い始めてしまった。電車の中なので、声はかなり控えたが。
「どうしたっていうか……楽しかったなあって」
笑いながら、優花は答えた。一瞬、竜はきょとんとした顔をしたが、すぐににかっと白い歯を見せて笑った。
「そうだな。すっげー楽しかった」
その言葉を聞いて、優花はとても幸せな気持ちになった。
竜の初めての遊園地。楽しい思い出になってよかったと心から思った。
自分は、数年ぶりの遊園地。両親のことを思い出してしまって、辛い思い出になっていたけれど、今は違う。ちゃんと楽しい思い出の場所になった。そのことがとてもうれしかった。
電車に差し込む夕日が、徐々に赤く染まっていった。桜町の駅に着くまで、四人は今しがたの遊園地の思い出を話し、たくさん笑った。そして、四人のそれぞれのカバンについているキーホルダーは、四人が笑うたびに楽しそうに一緒に揺れるのだった。




