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中間考査の結果

「うっそ……」

 衣替えの季節になって、優花たち一年生は初めての高校でのテストの順位を返された。優花は成績の書かれた個票を見て思わずつぶやいていた。

 クラス順位、四位。

 思った以上の好成績にどう対応していいのかわからず、紙を持ったまま呆然としてしまう。学年でも上位に食い込んでいる。点数は確かに良かったのだが、ここまで順位がいいと思っていなかったのだ。

「優花。どうだった?」

 後ろから百合が話しかけてくる。席替えで、優花と百合は前後の席になっていた。

「だいたい予想できるけどねー。四位くらい?」

 実は、テストが返却されたあと、一緒にテスト勉強をした四人で点数を公開していた。合計点の順で行くと、百合、高山、優花、河井の順だった。でも、四人とも僅差だったので、順位が並んでいることは何となく想像できるのだが。

「百合はもしかして一位とか?」

 百合の合計点ならあり得なくない。もしかしたら、学年一位だってとれているかもしれないと思ったのだが、百合は小さく首を振った。

「ううん。二位だった。だから、多分高山くんが三位で、優花が四位で、河井くんが五位かなと思って」

 その予想はまさに的中していた。あとで確認したら、その通り、四人は順位を並べていたのだった。

「じゃあ、誰が一位なんだろね」

 百合を上回る合計点の持ち主がクラスにいるということだ。クラスを見回していると、河井がひそひそと話した。

「たぶん、長谷部はせべさん。ほら、学級委員の」

 優花がこっそり学級委員のほうへ視線を向けた。長谷部新菜はせべにいなはちょうど眼鏡をかけなおして本を読んでいるところだった。その本もよく見れば参考書のようだった。真面目で大人っぽい雰囲気を持つ彼女は、クラスメイト、特に女子から慕われていた。彼女から話しかけずとも、周りから彼女に寄っていくような感じだ。学級委員という立場も相まってか、頼りにされている様子だ。

「なんでわかるの? 確かに、いかにもって感じだけど……」

 百合が小声で聞き返した。河井も再び小声で返す。

「だって、同じ中学だったから。学年で一位はいつも長谷部さんだったよ」

 へえ、と優花が百合と顔を見合わせて感心していると。

「あれ? 知らない? 長谷部さんて、あの長谷部先輩の妹だよ?」

「え……?」

 優花は目を瞬かせた。長谷部聖弥はせべせいや。強歩大会で一緒のグループになった、三年生の応援部の副団長で、イケメンで女子から人気があって、でも妙に優花に迫ってきて、打ち上げのカラオケでは無理やり優花を連れ出そうとしていた、あの。

「うそでしょ」

 もう一度長谷部新菜を見た。そして長谷部を思い浮かべた。言われてみれば似ているような、やはり似ていないような。あれから、長谷部と何度か校内で遭遇してしまい(できるだけ避けたいのだが偶然会ってしまう)、できるだけ関わらないように、でも周りに変に思われるのも嫌で適当に話してやりすごしていたのだが、まさか血縁者がクラスにいるとは思いもよらなかった。

「でも、長谷部先輩と長谷部さんが話してるところって、中学の時からあんまり見たことないな。もしかして仲良くないのかもね」

 河井に言われて、二人が並んでいるところを想像してみたが、うまくかみ合わない。長谷部と妹の長谷部新菜のまとう空気が全く別物のように思えた。

 衝撃の事実ではあったが、だからといって優花があたふたするようなことではなかった。世間は狭いものだねと言って、そこで長谷部の話が終わりになった。長谷部新菜は優花にとってクラスの学級委員であり、長谷部の妹ということは関係がないのだった。



 その日の夜、テストの結果を兄たちに伝えた。数馬は大げさなほどに優花をほめた。妹の頭をくしゃくしゃと撫でまわし、これでもかというほどのほめ言葉を並べたあと、最後にこう言った。

「良かったなあ。テスト勉強会の効果ばっちりじゃないか。いい友だちができてよかったなあ、ほんとに」

 結果の個票を見ながら、数馬はにこにこと何度も頷いている。兄にとっては、テスト結果よりも妹がいい友だちに恵まれたことが嬉しいようだった。

(まあ、中学の時は心配かけたからね)

 中二の秋の終わり頃だったと記憶している。三者面談のとき、当時の優花の担任の先生に兄は尋ねたのだ。優花は学校でどう過ごしていますか、と。担任は無難に「真面目に授業を受けていますよ。普段の態度も問題ありません」と答えた。だが兄は、そうではなくて、と首を振り、こう言った。

「友だちと、どう過ごしていますか」

 優花は息をのんだ。担任も一瞬言葉に詰まった。重たい沈黙が、三人の間に流れた。

 担任が、優花を確認するようにちらりと視線を投げてきた。優花はただ黙ってうつむいただけだった。そして、担任は淡々と事実を語った。

「休み時間などは、たいてい一人で本を読んでいるか、テスト前などは勉強に励んでいる様子です。一年生の時は友だちとお話ししている様子も見られましたが、最近は……」

 担任の言葉が途切れたところで、もういいです、と数馬は答えた。そして優花をゆっくりと見た。その眼を、優花は見ることができなかった。

 そして帰り道。落ち葉の舞い散る道を無言で兄と歩いた。優花はその間もずっとうつむいていた。結局、二人は何も言葉を交わすことなく家に着いた。そして、優花は佳代の口から数馬の思いを聞かされた。

「優花ちゃん、最近お友だちの話をしなくなったでしょう。お休みの時に出かけてくるということもなくなったし……。それで、数馬は心配していたのよ、ずっと」

 優花は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。でも、友だちのことはもうどうしようもないことだと、とっくに諦めていた。だから、あのとき、精一杯の笑顔で言ったのだ。

「お兄ちゃんとお姉ちゃんがいれば、私大丈夫だから。心配しないでね」

 数馬と佳代が悲しげに微笑みながら「わかった」と言ったことを思い出すと、今でも胸が苦しくなる。

(今は、少し安心してもらえたかな)

 手放しで喜ぶ兄を見て、優花は心のつかえがとれたような気がした。

「よし。好成績を修めたご褒美に、好きなもの買ってやろうか。何がいい?」

「もー。中間テストくらいで大げさだってば」

 苦笑いをしながら答える優花だったが、結局兄の押しに負けて、後日かわいい財布を買ってもらった。テストが終わったら、百合たちとどこかに出かける約束になっている。この財布を持って出かける日が来るのが待ち遠しかった。

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