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女の子へのプレゼント

 土曜日の午後のこと。優花と竜は駅ビルの三階にある、文具売り場にやってきていた。文具といっても、ファンシーなキラキラしたデザインのペンケースや、キャラクターものの柄の入っているノートや消しゴムなど、小学生の女の子が好みそうなものがずらりと並んでいる。

「こういうものがいいのかあ」

 ほおほお、と竜は感心しきった様子で何度も頷いた。

「それなら聞くけど、何を選ぼうとしてたのよ」

「例えばそうだなあ、おままごとセットとか、おしゃべりするぬいぐるみとか」

「それって、幼稚園児向けじゃない……」

 優花は呆れて首を振るばかりだった。すると竜は憤慨したように腕を組んだ。

「仕方ないだろ。ちゃんとしたプレゼント買うの初めてなんだから。それに、十歳くらいの子が何で喜ぶのか全く見当がつかない」

「こういう可愛らしい、使えるものがいいんだよ。予算にもちょうどいいでしょ。ほら、選んじゃってよ」

「んー。これはこれで何がいいのかわからん」

 思い切り顔をしかめて、いろいろ手に取りながら竜は悩み始めた。

(誕生日プレゼントかあ)

 優花は、先日の竜の話を思い返していた。



「誕生日プレゼント選ぶの、手伝ってくれないか?」

 竜は照れながら尋ねてきた。

「誕生日?」

 誰のことを言っているのかわからないので、首をかしげていると。

日奈ひなの誕生日。ほら、俺の妹。来週十一歳になるんだよ」

 そのとき、写真で見せてもらった妹のことを思い出した。父親違いの、五歳離れた妹のことだ。くるんと丸まったくせっ毛が、お人形さんみたいでとても可愛らしかった印象が残っている。

「俺、あっちのじいちゃんばあちゃんには嫌われてるからさ、普段会わせてもらえないんだけど、誕生日だけは会っていいって許されてるんだ。日奈が頼み込んでくれたおかげで」

 明るく竜は話しているが、内容はとんでもなくシビアだった。竜は葉山の姓を名乗ってはいるけれど、実際のところ血のつながりはない。育ての父の葉山広樹はやまひろきが亡くなって、一度はその実家に妹と一緒に引き取られたのだが、竜だけは他の親戚の家をたらいまわしにされていた。その話は優花も佳代を通して聞かされてはいたのだが。

(実際本人から聞いちゃうと、なんだか重みが違う)

 重い話のわりに、竜が明るくしているのが救いだった。わざとそうしているのかもしれない、と思うと、胸が締め付けられそうだった。

「でも、今年から仕事してるだろ? 誕生日当日には会いに行けないからさ、今度の日曜日に会いに行っていいことになったんだ。一年に一度しか会えないからさ、どんどん大きくなっちゃってびっくりしちゃうよ」

 てっきり、竜の誕生日にも会うのかと思ったのだが。その日は許されていないらしい。

(……ということは、ずっと自分の誕生日を祝っていないのかな)

 葉山の実家に行ってからずっとたらいまわしにされていたのなら、当然祝ってもらえる環境ではなかったのだろう。食事だってずっと一人だったと言っていたくらいなのだから。

「今まで誕生日は会うだけで何か特別なことはしてやれなかったんだけど、今は自分のお金があるから、ちょっとプレゼントでも買ってやろうかと思って。でも、なに買ったらいいかわからないんだよなー」

「それで、一緒に来てほしいってこと?」

「そう。だって優花は女の子なんだから、小学生女子が欲しそうなものがわかるだろ?」

「うーん、でもその妹さんの好みがわからないから何とも……」

「優花のセンスでいいよ。俺より絶対マシだから。自分が小学生の時ほしかったものでいいからさ。頼むよ。ちょうどこの三千円くらいの予算で考えていたんだ」

 どうせ浮いてしまっている三千円だった。これなら、互いに貸し借りなしになると思えたので、優花は「いいよ」と頷いたのだった。



「これなんかいいと思うか?」

 竜が選んだのは、やたらとラメの入ったピンクのペンケースだった。真ん中に大きなこれまたショッキングピンクのリボンがあしらわれている。確かに可愛らしいが、好みの分かれるところだ。自分だったら絶対に選ばないものだと思えた。優花は自分の十一歳だった時を考えてみた。両親が亡くなった翌年だ。数馬との二人暮らしで、我慢しなければならないとどこかで思い込んでいて、欲しいものを欲しいと素直に言えなかった。それに気づいた数馬に、「子どもが遠慮するな」と怒られたことを思い出す。

「それもかわいいけど、もう十一歳なんでしょ? こういうのは?」

 優花が示したのは、黒の生地に白い縁取りをされた、シンプルなペンケースだった。リボンがついているのは同じだが、これは細い銀の縁取りがされている。チャックの部分には、ピンクと青のラメの入った小さなリボンのチャームがつけられていた。

「十一歳の女の子はもうそんなに子どもじゃないから。ちょっと大人っぽいような、でもかわいいようなものがいいと思う」

 へえ、と竜が感心したように頷く。さらに優花はカラーペンを一本取った。このシリーズは淡い色から濃い色までバリエーション豊かだ。

「それからね、こんなペンを集めるのも女子は好き。たくさんの色を集めて、色ペンだけのペンケース持っている子もいるのよ」

 実は優花も色ペンだけの小さいペンケースを持っている。実際勉強などでよく使うのは数本なのだが、いろいろそろっているとそれだけでなんだか気分がいいのだ。たまに気分を変えたくなって、普段の色分けと違うものをノートに使うこともあるが、それも楽しい。

「ペンなんて、赤しか持ってなかったけどな。そんなに必要なもんなのか……?」

 竜は今一つ理解できないようだった。男子のペンケース恐ろしいほどシンプルだ。シャーペンに消しゴム、赤ペンが一本。これらがペンケースに入っていればマシなほうで、たまにカバンに直接筆記用具を突っ込んでいる男子がいる。それを目撃した時はかなり衝撃的だった。

「ま、いいや。じゃあ、そのペンケースと、色ペン何本かセットであげよう」

 色ペンの種類も、優花が選ぶことになった。可愛いと思える色と、必要だと思える色、何種類ずつか選んで、ちょうど三千円になるようにした。プレゼント用にうまく包んでもらい、お店を出た。

「ありがとう、優花。助かったよ。お礼に何かおごろうか」

 その申し出は丁重に断った。今日買い物に付き合ったのは、竜に助けてもらったお礼と三千円の借りを返したかったからなのだ。ここでおごってもらってしまったら、また貸し借りができてしまう気がした。

「私におごらないで、明日妹さんに何かおいしいもの買ってあげればいいじゃない。一年ぶりなんでしょ?」

「そうだけど……」

 んー、と竜は上を向いてしばらく考え込んでいたが、突然ぱっと笑顔になった。名案がひらめいたらしい。

「それなら、明日優花も一緒に会おうよ」

「へ?」

「妹の日奈、紹介するよ」

「え、でも、いいよ。そんなの」

 突然の提案に面食らいながら、優花は首を振った。せっかくの兄妹きょうだい水入らずで会えるところを邪魔するほど、図々しくもなれない。ちょっとその妹に興味はあったけれども。

「大丈夫だよ。日奈はいい子だぞ」

「いや、そういうことじゃなくて……」

「いいからいいから。二時間くらい会って話すだけだから。よし、そうしよう」

 もう竜の中では決定事項になってしまっているようだった。絶対嫌だという理由もなく、というよりもちょっとその日奈に会ってみたいという気持ちが湧いてきてしまって、翌日の兄妹の再会に立ち会うことになったのだった。

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