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三千円の行方

「うわあ、かっこいい! 竜ってば王子様みたいだね。私も現場にいたかったなあ」

 打ち上げの日の翌日のこと。百合は万全ではないものの体調は回復したということで、ちゃんと登校してきた。お昼休みに、打ち上げの様子を聞かれたので、自分の身に起こったことを話したら、いの一番にこの感想を言った。

「王子様って……大げさな」

 優花は軽く苦笑いをしたが、百合は断固として言い張った。

「そうでしょ? 困っているところに颯爽と現れて助けてくれたんでしょ? すごく素敵!」

 百合は目をキラキラさせ、感激しきっている様子だった。現場にいなかったぶん、余計に百合の想像は美化されているらしい。

「本当にさりげなく気が付けるよね、竜って。私なら感動して泣いちゃうかも」

 その言葉に思わずドキッとする。百合には、自分が泣いてしまったことは話していなかった。自分でも、なんであんなに泣けてしまったのかわからない。桜町の駅に着いた頃には目が真っ赤でとても家に帰れない状態で、しばらくプラットホームで落ち着くのを待つ羽目になったほどだ。

(あれは、感動したっていうのかな?)

 ちょっと違う、という気がしていた。でも、あの時の感情を表す言葉が、今は見つからなかった。

「でも、長谷部先輩も思い切った行動に出たね。優花狙いだとは思っていたけど、なんだかスマートじゃない感じがするなあ。焦っちゃうほど、結構優花に本気だとか」

「まさか。やめてよ」

 冗談ではない、と思った。あんな恐怖を感じさせておいて、本気だとか言われてもちっともうれしくない。最初から長谷部に対しては警戒心があったので、ますます願い下げだ。

(校内で遭遇しないようにしよう)

 学校で何かあるとは思いたくないが、できるだけ避けて行動するに越したことはなかった。

 と、思っていたのに。

「どうも、橘さん」

 掃除当番でゴミ捨てに行く途中、廊下でばったり長谷部に遭遇してしまったのだ。昨日の恐怖を思い出し、慌てて目をそらして逃げようとすると。

「重そうだから手伝うよ」

 と、優花の持っていたごみ箱をひょいと持ち上げてスタスタと歩き出してしまったのだ。優花のクラスのごみ箱だから、そのまま放っておいて逃げるわけにもいかず、あとをついていくしかなかった。

 長谷部はごみ捨て場に着くと、そのままごみを捨ててくれた。優花は少し離れた場所でその様子を黙って見ていた。

「そんなに警戒しなくても、何もしないよ」

 長谷部は困ったように笑うと、ポケットを探った。そして出したのは千円札二枚だった。わけが分からなず二千円と長谷部を見比べながら眉をひそめた。

「昨日、一年生からは千円しかもらってないんだよ。だからこれは彼に返しておいて」

 竜は三千円を長谷部に手渡していた。あとで優花が返そうとしたけれど、竜は「俺が勝手にやったことだから」とかたくなに受け取らなかった。

 優花は黙ってうなずくと、それを受け取った。長谷部は優花の手に触れないようにそっとお札を渡すと、すぐに距離を置いた。昨日の行動からは想像できないことで、優花は多少面食らっていた。

「昨日の彼は、彼氏なの?」

「え、いや……その……」

 それは違う。だからといって、友だちとも違う。やはり、竜という存在をどう説明すべきかわからない。優花がうつむき言いよどんでいると、長谷部が不敵な笑みを浮かべた。

「なんだ。違うんだ。へえ」

 その笑みに、昨日の恐怖がまたよみがえってきて、優花は思わず後ろへ一歩下がった。今ここでなにかあっても、竜は助けに来てくれないのだ。

「じゃ、まだチャンスはあるということにしておこうか」

 長谷部はごみ箱を優花の前に置くと、「またね」と言い残し、楽しげな様子で優花の横を通り過ぎて行った。優花はしばらくその背中を見送っていたが、ほっと一息吐き出し、気を取り直してまた教室に戻っていった。



「なんだよ。つりはいらないと言ったんだけど」

 優花は長谷部から受け取った二千円と自分のお金の千円を足して、三千円を竜に渡した。竜はやはり受け取ろうとはしなかったが、優花は無理やりその手に握らせた。

「私だって借りっぱなしはいやよ。気分が悪い」

「別に俺が勝手にしたことだから、優花が気にしなくてもいいんだって」

 竜はまたお金を優花に突っ返した。しかし優花も負けていられない。

「だから、これで貸し借りなしなの」

「俺だって、返してもらったらなんかかっこつかないしさー」

「じゃあどうすればいいのよ、これ」

「どうするっていっても」

 んー、と二人は考え込んだ。優花はこのお金を持っていたくない。元々は竜のお金なのだから。長谷部が持っていたという事実も、少し嫌だった。

「あ、そうだ」

 竜はわざとらしくポンと手を打った。

「優花、土曜日ヒマ?」

「土曜日?」

 別に予定は入っていなかった。百合と何か約束もしていない。あえていうなら、中間テストが二週間後にあるので、その勉強をしなければいけないと思っていたくらいだ。

「ヒマならさ、少し付き合ってよ。買い物」

「買い物? なに買うの?」

「それがさ」

 竜は照れながらわけを話した。それを聞いたら、なるほどと思った。貸し借りもなくせるし三千円の使い道も決まるし、一石二鳥のことだった。

「わかった。いいよ」

 優花はすんなり応じ、二人で買い物に行くことになった。


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