強歩大会のメンバー
澄み渡る初夏の青空のもと。高校の校庭には、そこかしこに生徒たちがひしめき合っていた。生徒は皆いつもの制服ではなく、動きやすい私服で集まっている。ローファーではなく、スニーカー。スクールバックではなく、リュックサック。今日は入学して最初の大きなイベント、強歩大会だった。
「よろしくお願いします」
先輩を含むグループに合流した優花と百合は、そろってメンバーたちに頭を下げた。
「うん。今日はがんばろうね」
二年生、三年生の先輩たちは、弾んだ声で答えてくれた。
「優しそうな人たちでよかったね」
百合がこっそりとささやいた。それは優花も同意見だった。幸いにも、優花と同じ中学出身の人は誰一人なかった。もしもいたら、学年が違うと言えども優花の変なうわさを耳にしていたかもしれない。一人でひっそりと胸をなでおろしていると。
「ぼくたちもよろしくお願いします」
優花たちに続いてあいさつしたのは、同じクラスの男子二人だった。一人は高山史寛。背が高くてひょろよろしている、ひ弱そうなメガネ男子だ。緊張しているのか、さっきからずっともじもじと落ち着かない様子でいる。もう一人は河井知哉。高山とは対照的に、小柄でぽっちゃりしていて、顔がつるんと丸い。細い目をさらに細めながら常に微笑んでいて、頬がふっくらしていて、鼻も丸くて、ますます丸い印象だ。高山と河井は同じ中学出身で、親友同士なのだそうだ。あまりにデコボコと違いすぎる二人を見ていると、お笑いのコンビを見ているようだった。
一年生たちの自己紹介が終わったころ、オープニングとして校長先生のあいさつが始まった。とてもあっさりしたあいさつの後、生徒会長から今日の説明があったが、これまたざっくりしたものだった。そして、あっという間に出発の合図の笛が鳴らされ、生徒たちはぞろぞろと連れ立って学校から出て行った。あとで先輩たちに聞いたが、早く出発しないとゴールできないグループが毎年出るらしく、オープニングに時間をかけていられないのだそうだ。
歩きながら、先輩たちの自己紹介タイムになった。三年生の女子二名、男子二名。二年生の男子三名、女子二名。そして一年生四人と合わせて総勢十三名のグループをまとめるリーダーは、三年生男子の宮瀬大輝だった。応援部団長で、入学式にステージの真ん中で校歌を歌っていたのを見たので優花たち一年は彼のことを何となく知っていた。応援団長のイメージ通り、普段から声が大きく、朗らかで、人よりちょっと熱い魂を持っているのが自己紹介だけで伝わってきた。
「なんだか、すごいね。やっぱり団長さんなんだね」
百合はその団長の熱さに間近で触れて、心底感心してしまっている様子だった。高山は気圧され気味なのか、なんだかびくびくしているように見える。
「ホントホント。すごいよね。俺、応援部入ろうかなー。まだ決めてないんだよね、部活」
百合に楽しげに答えたのは、河井だった。細い目をさらに細めて笑っていて、七福神の恵比須様みたいだと、優花は秘かに一人で考えていた。
「あ、あの、花崎さんと、橘さんは、部活入ってますか?」
おどおどした調子で尋ねてきたのは高山だった。突然話しかけられて百合と二人で戸惑っていると。
「こいつは精いっぱいコミュニケーションを取ろうとしているんだよ。高校で脱人見知りしたいんだってさー」
と、河井は恵比須スマイルで教えてくれた。高山はそれを聞いて顔中真っ赤にしてしまって、話すどころではなくなってしまった様子だが。
「えっと……私たち、入ってないんだ。ね、優花」
優花はこくりと頷いた。優花の学校では、部活加入は強制ではないので、帰宅部を選択する人も多いのだった。
「なんで、ですか?」
どうにかこうにか高山が声を絞り出していた。そんなんじゃ聞こえないぞ、と河井がはやし立てていたが、逆効果だった。高山はますます顔を赤らめてうつむいてしまった。
「なんで、って言っても……」
答えづらくて、優花は困ってしまった。優花は家の事情があるので、部活をしている余裕がないというだけだ。中学の時は強制加入だったので一応美術部だったが、籍を置いているだけで全くと言っていいほど参加していなかった。学校の先生も事情を分かっているので、何もとがめなかった。
「私ね、家の手伝いしなきゃなの。父も母も忙しいから、犬の散歩しなきゃだし」
百合が答えた。私も同じ感じ、と優花は百合に合わせた。犬の散歩はないが、家のことをしなければならないのは間違っていない。
「でも」
百合がぼそっと言った。
「部活には興味ある……かな」
「え、そうなの?」
百合の言葉に、優花はびっくりした。今まで、そんな話をしたことがなかったのだ。
「ちょっとね。でも、運動できないし、絵とか歌とか下手だし。何ができるのか、わからないし」
「そ、それなら」
百合の言葉に重ねるようにして、高山がぐっと顔をあげた。
「天文部とか、どうですか」
「天文部?」
優花と百合は声をそろえて首を傾げた。
「何言ってんだよ、史寛。あんな根暗な部活にかわいい女子を二人も誘うなよ」
河井が恵比須スマイルのまま勢いよく高山の背中に突っ込みを入れた。痛ってえ、と高山は細い体をすぼめたが、口は止めなかった。
「天文部は根暗じゃないぞ。星を見るんだから、ロマンチックだろ」
高山の口から「ロマンチック」という言葉が出たのが意外で、思わず目を丸くしてしまった。申し訳ないが高山にその言葉は似合わない。
「活動は週に二回だし、それも参加自由だからゆるいし、夏の合宿と、文化祭があるだけだから。忙しい人でも大丈夫。おっきい天体望遠鏡もあって、すごく星がきれいにたくさん見えるんです。去年文化祭に来てみたとき、星の展示が素晴らしくて、それがあってこの高校と部活を選んだんです。なにより、先輩も優しいし」
熱く高山は語った。ぽかんとしながら聞いていると、はいはいはい、と河井が間に入った。
「その先輩てさ、男ばっかじゃん。なおさらだめだよ、女の子誘っちゃ。居づらいじゃん」
「う……それは」
河井の言葉に、しゅんと高山はうなだれ、細い体を縮めてしまった。天文部のことを語っていたわずかの間だけはあんなに生き生きしていたのに。なんだかかわいそうになってきた。
「高山くんは星が好きなんだね」
思わず声をかけてしまって、少し後悔した。高山が熱くキラキラしたまなざしを優花に投げてきたからだ。そしてさらに後悔することになる。
「た、た、橘さん! 体験入部でもいいので、ぜひ! お願いします!」
高山はずずずいっと優花と距離を縮めたかと思うと、両手でがっちりと優花の手を握ってきた。俊敏すぎる動きに優花はなすすべもなく、手を握られたまま固まってしまった。
「この大バカもんがっ」
河井が痛烈な突っ込みを再び高山の背中に入れ、その拍子に高山の手がぱっと離れた。
「なにどさくさに紛れて手なんか握ってるんだよ。橘さん困ってるじゃないか。それにお前、今ので全校男子生徒を敵に回したぞ」
その言葉に、高山はぱっと顔を赤らめた後、さあっと青ざめていった。河井は基本的に恵比須スマイルを保っているが、高山は案外百面相なのだ。と、優花は胸の内でこっそりと思った。
「ご、ご、ごめんなさい! で、でも、天文部は考えてください!」
「まだ言うかよ」
河井が呆れてそう言ったとき、前方を歩いていたリーダーの宮瀬から声がかかった。
「一年生! 仲がいいのはいいけどちゃんと歩けよ! 一応競争なんだからな」
はい! と一年生四人は声をそろえて返事した。そのそろい具合に満足したのか、宮瀬は満面の笑みで大きくうなずいた。