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午後のお茶会

そして土曜日当日。優花は本を見ながらクッキーの材料をそろえ、お昼ご飯の準備をして、百合を迎える準備を整えた。あとは自分がご飯を食べて、百合をいつもの公園まで迎えに行くだけだ。

「今日のお昼は何かな」

竜は台所で料理している優花の手元を覗き込んだ。優花はキャベツ、にんじん、長ネギ、ピーマンを刻み切ったところだった。あとはもやしを洗うだけだ。

「野菜ラーメン。お兄ちゃんのリクエスト。お姉ちゃんにたくさん野菜食べさせたいんだって」

「あー。身体に気を遣ってか」

出産が間近になってきて、食事に関しては数馬からのリクエストが多くなっていた。当の佳代のほうが「そこまで神経質にならなくても」と若干呆れているほどだ。

「まさか、肉入らない?」

「入れるけど、少なめ」

「んー。健康的だということにしておくか」

 食べ盛りの竜には、肉少なめは物足りないのだろう。料理ができない手前、文句を言ってくることはなかったが。優花は夕食でボリュームを出して調整することにしている。竜が来て一か月以上もたつので、さすがに四人分の支度には慣れてきた。

「さて、さっさと食べて迎えに行かなきゃ」

 優花はいつもよりも手早く食べ終えて、百合を迎えに出かけた。自転車を走らせると、さわやかな初夏の風が首筋から髪の毛に流れていき、気持ちよかった。頭上には青空が広がっていて、優花の気分をさらに浮つかせた。実は今日が楽しみで、昨夜はなかなか寝付けなかった。まるで遠足が待ちきれない小学生のようだと、自分がおかしかった。

 公園に着くと、百合はすでにいつものベンチにいて、本を読んでいた。白いワンピースに、グリーンのパステルカラーのカーディガンを羽織っている。私服姿の百合は初めて見るが、ますます良いお嬢さんに見えた。

「あ」

 百合が顔を上げると、すぐに立ち上がって優花に手を振った。優花は急いで百合の近くまで走った。

「ごめんね、待った?」

「大丈夫。少し早く来すぎちゃったから」

 じゃあ行こう、と百合はベンチのそばにあった自転車に手をかけた。

「百合の自転車って新鮮だね」

「そうだね。でも中学の時はこれで通学してたんだよ」

 二人は他愛もない話をしながら、橘家へと向かった。おしゃべりをしながらなので、いつもより時間がかかって到着した。それでもあっという間だという気がするのだから、不思議なものだった。

「おじゃまします」

 百合はおずおずと中に入ってきた。リビングに通すと、数馬と佳代が待っていましたとばかりに満面の笑みで迎え入れた。竜は奥の台所で控えめに手をあげて百合に挨拶していた。

 数馬と佳代の紹介をして(竜は前会ったので省いた)、さっそくクッキーづくりに入ることになった。数馬と佳代は二人に気を利かせたのか、買い物に行ってくると言って出かけて行った。

「俺はどうしようかなー?」

 竜が少し所在無さそうに頭をかいていた。

「えっと、葉山くんも一緒に作るとか」

 ぎょっとなって優花は思い切り「だめだめ」と首を振った。

「竜は料理向きじゃないから。何が起こるかわからないの」

 その言葉に、竜も渋々頷いた。

「そればかりは否定できない」

 へえ、と言って、百合はそれ以上何も言わなかった。何となく、二人の空気から察してくれたらしい。

「じゃ、二人が作るの観察してる」

 竜が明るく提案したが。

「それはそれで気が散る」

 と優花は却下した。けれども。

「いいじゃない。別に見てるだけなら大丈夫でしょ?」

 百合がそう言ったので、優花は仕方なく竜がそこにいることを許した。竜は大げさに「ばんざーい」と両手を上げて喜んで見せた。

「やったー。じゃあ、俺のこと、葉山くんじゃなくて竜って呼んでね。俺も百合って呼んじゃおう」

「図々しいよ、まったく」

 こうして言い合っているとらちが明かないので、とにかく材料を量り始めることになった。

 本を広げ、二人で分担しながらグラムを量っていく。優花は思いのほか苦戦した。いつも作っている料理は、目分量で作れるようになってしまっている。こうして一から量るというのは最近ないことだった。百合も初めてだというだけあって、手つきが危なっかしかった。砂糖を量るのも、ちょっとずつちょっとずつで、なかなか思うようなグラムにならない。とりあえず必要な材料を量るのに、結構力をつかってしまった感じだった。

「優花の料理はうまいけど、こういうのは苦手なんだな」

 見ていた竜が感想をもらした。

「慣れてないんだから、しょうがないでしょ」

 そして、本の手順通りに材料を混ぜていく。手順というのも、料理の作り初めのころは気にしていたが、今ではほとんど気にしないほど体に染みついているので、やはり改めて手順を確認しながらというのは神経を使う。何度も作れば料理と同じようにお菓子の手順も染みつくのかもしれないが、そんなに頻繁に作れない。

「わあ。甘いいい匂い」

 百合がボウルの中のにおいをかいで小さな歓声を上げた。まだ砂糖とバターを混ぜている最初の段階だが、なんだか楽しそうだ。

「これだけで食べれちゃいそうだね」

「えー、ほんとに?」

 優花も百合にならってボウルの中のにおいをかいでみた。確かに、バターのふんわりした香りと、砂糖の甘い香りがいい感じに混ざっていて、これだけでおいしそうだ。

「でも、まだまだ。これから卵に小麦粉も混ぜなきゃ」

「クッキーの形には程遠いねえ」

 そして、また材料を混ぜていく。小麦粉をふるいにかけるときは、加減がわからなくて周りに飛び散り、二人の顔にもかかってしまった。

「やだ。優花の顔白い」

「そういう百合も」

 二人は互いの顔を見てケタケタ笑った。白いといっても、そんなに大したものではない。それなのに、おかしくてたまらなかった。それから、ああだこうだと言いながら、作業を進めていった。別に大したことではないのに、また二人で笑ったりして、あっという間に時間が過ぎて行った。生地を冷蔵庫に寝かせてひと段落したところで、竜が言った。

「後片付けは俺がするよ。二人は休んだら」

「え、でも」

 百合が何か言おうとしたのを、竜はさっと指を出して遮った。ちょっときざな仕草だった。

「この家では片づけは俺の担当なの。顔と手洗ってきたら?」

 確かに、バターを使っているから手が脂っぽいし、粉っぽいところもある。竜の言葉に甘えて、二人は洗面所で洗うことにした。

「葉山くんて、気が利くんだねえ」

 百合は手を洗いながら楽しそうにつぶやいた。

「そう?」

 タオルを差し出しながら、優花は首を傾げた。

「そうだよ。だって、私たちが作ってる間、見てるだけで何にも口出してこなかったじゃない。気が散らないようにしてくれてたんだよ」

「そっかな」

「そうだよ。だって、ずっとニコニコしながら見てたよ。見守ってるって感じ」

 材料を混ぜている間のことを思い出してみる。百合の言ったとおりだ。竜は少し離れたところで自分たちのことを、黙ったまま、でも楽しそうに見ていた。何が起こるかわからないからと、一つも参加させていないのに。こちらだけで楽しんでいて、ちょっと罪悪感も覚えた。

「型抜きくらい、一緒にやっても大丈夫じゃないかなあ? どう思う?」

 百合も同じことを感じていたようだった。

「そうだねえ……」

 二人で少し検討した結果、竜に型抜きに参加してもらうことになった。優花はこっそりと一抹の不安を覚えていた。

 台所に戻ると、片づけは完ぺきに済んでいた。百合が手放しでほめたので、竜は調子に乗って「それほどでもある」とふんぞり返っていたが。型抜きするかと聞くと、二つ返事でさらにテンションが上がっていた。優花はますます不安になった。

 冷蔵庫から取り出した生地を確認して、いざ型抜きを始めた。優花も百合も、難なく丸形や花形を抜いた。竜は……。

「そんなに考えないで、ちゃっちゃとやりなさいよ」

 竜は丸形とにらめっこしていた。どう抜けばうまくいくか考え込んでいるのだ。何をそんなに考え込む必要があるのか理解に苦しんでいると。

「料理だと思うからだめなんじゃない? 粘土だと思えば?」

 百合が何てことないようにそう言った。しかし、天啓のように聞こえたと後々言っていたほど、竜には新しい考え方らしかった。

「そっか」

 恐る恐る、でも確実に生地に型を押した。ぱこっと綺麗に丸い形が型に吸い付いて、バットの上にその形のままクッキー生地が収まった。

「やった」

 竜はぱっと顔をあげて、笑顔全開になった。目を輝かせて、頬を少し上気させている。まるで幼い子どものようなまぶしい笑顔に、優花の胸がとくんと音を立てた。

「俺、クッキーなら作れる」

 両手こぶしをぐっと握りしめて自信満々に言ってきた竜を見て、百合と優花は思わず苦笑した。

「ただ型抜きしただけでしょうが……」

 その後も、竜は本当に楽しそうに何度も型を抜いては成功して喜んだ。百合と優花も最初は一緒に型を抜いていたけれど、あまりにも竜が楽しそうにやっているので、最後のほうは全部竜に任せてしまった。

 焼き上がりも上々で、竜はますます満足そうに笑った。味も問題なかった。「俺のおかげでしょ」と言ったときには、さすがに調子に乗りすぎだと鋭く突っ込んだが。

 そのあとは三人でのお茶会になった。竜がふざけて、優花がそれに突っ込んで、百合がにこにこと「仲いいねえ」とのんびり言ったり。午後の昼下がりは、穏やかに、楽しく過ぎて行った。

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