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土曜のご招待

 百合ゆりという友達を得て、大きな変化が二つあった。

 一つは、お昼休みに一人ではなくなったことだ。いつもは自分の席で一人冷たいお弁当を食べていたが、今では席をくっつけて向かい合って食べたり、中庭に行って二人で食べたりするようになった。

「私、一人で食べるの嫌だったけど、誰か誘うのも怖くて。優花が話しかけてくれなかったら、私きっと今でも一人だった」

 周りを見ていなかったせいで、百合が一人でいることなどあの学活の日まで気づかなかった。それは自分も同じだと言うと。

「でも不思議。優花ならすぐに友だち作れそうなのに。むしろ周りから寄ってこないかな?」

 百合は時折、無邪気に痛いところをついてきた。裏を返せば、百合はまだ優花の悪い噂を吹き込まれていないということなのだろう。それを知れば、寄ってこない理由はわかるはずだ。

「優花は意外と人見知りなんだね」

 そういうことにして優花はあいまいにうなずいた。確かに、今は自分から人に話しかけるのは苦手だ。存外、人見知りで正しいのかもしれない、と思った。

 もう一つは、放課後に百合とおしゃべりして帰るのが日課になったので、少し帰りが遅くなったことだ。何かあったかと兄に尋ねられ「友だちとちょっとしゃべっちゃうから」と答えたら。

「そうか。友だちな。そうだな」

 と満面の笑みで肩をバシバシたたかれた。妹から「友だち」というキーワードを聞くのは何年ぶりだろうか、と声に出していたわけではないが、全身から嬉しさを溢れさせているのが分かった。兄は何も言わなかったが、いつも一人でいる優花のことをとても心配していたのだ。

「うちに連れてきて遊んだっていいんだぞ」

「遊ぶって……小学生じゃないんだから」

 とりあえず、どんな友だちか会ってみたいということらしかった。連れてきてみたい気はするが、問題が一つあった。

「俺も優花の友だち会ってみたい」

 会話に入ってきた竜を見て、優花は考え込んだ。百合に竜のことは話していない。いまだにどう説明したらいいかわからない存在だった。しかし、土日の休みに百合を招待すれば、絶対に竜は家にいるし……。

「友だち、かわいい子?」

「そうね。可愛らしい子よ。ほんわかしてて、癒し系な感じ」

「お。優花とは真逆な感じ」

「なによ、それ」

「優花はほんわかと程遠いじゃん。癒し系ではないな。そうだなあ、例えるなら……あ、ツンデレだ。ツンが多すぎてデレがあんまりないけど」

「あんたなんかに愛想よくするわけないでしょ」

「おお、冷たい」

 竜は大げさにショックを受けているように見せていたが、いつものことなので優花はスルーした。

「あ、ひどい。だからツンが多いんだっていうんだ。むしろツンだらけだ」

「うるさいっ。そういうこと言うからじゃない」

(家だとこういう調子だからなあ。百合が来たらびっくりしちゃうよ)

 竜のノリについていけないだろうと考えた。自分だって、竜を毎日相手にして疲れる。出来れば話さないで過ごしたいが、同じ空間にいる上に竜が絡んでくるので無視することもできない。言い返したくなるのが優花の性分でもあった。

「とりあえず、今度の土曜日にでも誘ってみたら? ゴールデンウィーク初日」

 佳代がさりげなく提案した。最近では、優花と竜の際限ない言い合いをしていると、佳代がさらりと間に入って止めてくれるようになっていた。数馬も入ることがあるが、怒鳴って無理やり終わらせるだけだ。

「じゃあ、一応聞いてみるよ」

 というわけで、さっそく次の日のお昼休みに百合に尋ねてみた。優花は少しドキドキしていた。友だちを家に誘うなんて、本当に久しぶりだ。断られたらどうしよう、嫌な顔されたらどうしよう。そんなことばかり考えていたのだが。

「本当? 行ってもいいの?」

 百合はぱあっと明るい瞳を優花に向けた。

「うん。例えば、宿題一緒にやるとか……」

「やるやる」

 優花が言い終わらないうちに、百合は何度も頷いた。

「なんかお菓子持ってくね。優花は甘いもの好き?」

「うん、好き。あ、でも持ってこなくていいよ。私、クッキー作ろうかなと思ってたから」

「え、作れるの?」

 百合はますます目を輝かせた。

「優花は料理もできてお菓子も作れるんだ。すごい」

「いや、お菓子はそんなに……。本を見ながらだよ。それなら誰だってできるよ」

 と言いつつ、ふと竜のことがよぎった。竜は、本を見ながらだってとんでもない失敗をやらかすかもしれない。ピーラーでいきなり怪我をするような奴が、クッキーなど焼いたら……考えただけでも恐ろしい。

「私、作ったことないの。作ってみたいなあと思ったことはあるけど、材料とか一人でそろえるの大変そうだし」

「それなら、一緒に作るとか」

 思いついたまま言ってみて、自分でびっくりした。こんなふうに「一緒に」と意気込まないで言えるなんて。さっきまで、誘うのだってびくびくしていたのに。

「それ、すごくいい考え。一緒にやりたい」

 こうして、今週の土曜日の午後は二人でクッキーを作った後、食べながら宿題をすることに決まった。

 そこで昼休みが終わりに近づいてしまい、優花は肝心な竜のことを話せなかった。放課後帰りながらでも竜のことを話そうかと思っていた。

 そして放課後。いつものように自転車を押しながら百合と公園に向かい、学校の授業の話や、読んだ本の話などをして、優花がタイミングを見計らった。そして。

「あのね、百合。ちょっと家のことで話してないことがあるんだけど」

 何?と百合が首をかしげた時、とんでもないことが起こった。

「あー。優花!」

 突然大声で声をかけられて、優花は「まさか」とゆっくり声の主を確認した。

「やっぱり優花だ」

 にかっと白い歯を見せて笑っていたのは、自転車にまたがった竜だったのだ。竜はさあっと自転車をこいで優花たちの近くにやってきた。

「なんでこんなところにいるのよ」

 優花は思わず立ち上がってにらんだ。

「仕事はどうしたの。さぼってるんじゃないでしょうね」

「んなわけないじゃん。買い出し頼まれてさ。まあ、いわゆるパシリ。一番下っ端だからな、俺。で、今帰りなんだけどさ」

 と、竜の視線が百合に向いた。百合は突然現れた少年にびっくりしてしまっていて、竜に視線を向けられるまでぽかんと口を開けていた。

「あ、もしかして友だち?」

 竜は自転車を降りて姿勢を正し、百合に向き直った。

「初めまして。葉山竜です。今、優花と一緒に住んでます」

「……は?」

 百合がさらにぽかんとした。優花は慌てて百合と竜の間に入った。

「違うの……いや、違わないけど、これから説明しようかなと思ってたの」

 だんだんと百合が混乱していくのが分かった。優花と竜の顔を見比べて、困った様子で首をかしげている。それもこれも元凶は。

「ちょっと竜! なんでそんな言い方なのよ。誤解するじゃない」

「だって、事実だし」

「もうちょっと言い方っていうものがあるでしょ。あのね、百合。話すと長いんだけど、とりあえずこいつはいろいろ事情があってただの居候なのよ」

「は? その言い方もひどくね? いろいろって端折はしょりすぎだろ」

「とにかく、なんでこんな場面で出てくるのよ。ややこしいじゃない。順序ってものがあるのよ」

「知らないし。優花を見かけたから声をかけただけじゃん」

「ほんとに間が悪いんだから……」

「あの!」

 優花が何か言いかけ、竜が言い返そうとしたとき、百合の大きな声が二人を遮った。普段、穏やかな声しか聴いたことのない百合の大きな声を初めて聴いて、優花は思わず黙った。竜も気まずそうに黙った。

「えっと、つまりね? 二人は恋人ってこと?」

 百合が混乱する頭でそう結論付けた。

「違うし!」

 優花と竜の声がそろった。百合のほうを向くタイミングも、声のトーンもほとんど一緒だった。

「ほら、すごい。息ぴったり。相性ばっちり」

 楽しそうに百合がポンと両手を叩いた。百合は自分の結論にものすごく合点がいったといったように頷いた。優花は竜とのやり取りに加えてさらに疲れが増した。

「だから、もう、違うってば……」

「とりあえず、俺から説明するとね」

「いいからあんたは黙ってて! というか仕事に戻りなさいよ」

「あ、そうだった。じゃ、土曜日来るんでしょ? 楽しみにしてるね」

 竜は急いで自転車にまたがると、来た時と同じように颯爽と去っていった。優花はがっくりと肩を落とした。

「ええっと、優花。結局あれは彼氏なの?」

「だから、あのね……」

 優花は何とか百合に事情を説明した。竜の複雑な境遇のことも、この騒動の後のせいなのか、あまり重苦しくならずにあっさりと話すことができた。そして百合が最後に言った言葉はこれだった。

「彼氏じゃないんだ、残念。お似合いだと思ったんだけど」

(なんか、土曜日……不安だ)

 楽しみ半分、不安半分。こうして、優花は百合を初めて自分の家に招待することになったのだった。

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