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気持ちの区切り

 夏葉は、これから桃子の家に行ってみるという。桃子は、学校を休むというメッセージを送ったきり、夏葉がいくらメッセージを送っても返信してこないし、電話にも出ない。とにかく、今どうしているのか心配で仕方ないのだ、と夏葉は言った。昨日の桃子はおかしかったとはいえ、夏葉にとってはやはり大事な友人なのだ。

「飯田さんとは同じ中学出身だから、家は知ってるの。私も気になるから、夏葉と一緒にいくつもり」

 なんと、新菜が桃子の家まで案内するらしい。新菜はここでの和解に立ち会うだけでなく、桃子のことも気にかけようというのだ。

「ここまで来たら、乗りかかった船よ」

 面倒だ何だと言いつつ、結局最後まで付き合う姿勢を見せるところが、案外新菜らしいのかもしれないと思った。

「もし問題ないなら、あとで私も飯田さんの様子を聞いていいかな……?」

 優花がおそるおそる尋ねてみると、新菜はちょっとだけ驚いた顔をしてから、ズバッと言った。

「聞いてどうするの? これ以上、橘さんにできることはないと思うけれど」

 確かにその通りだ。聞いたところでどうしようもない。優花が何を言っても、それは桃子にとって責める言葉にしかならないだろう。しかし。

「ちゃんと、知っておいたほうがいいのかなって……。私も、当事者だから」

 自分がまいた種がどうなったのか、知るべきだと思った。桃子たちの行動のきっかけは、やはり自分の行動の中途半端さが原因なのだ。「そんなつもりではなかった」という気持ちでいてはいけない気がした。

「あまり背負しょい込みすぎるのもどうかと思うけど、それが橘さんらしいのかもね」

 新菜が仕方なさそうに肩をすくめた。

「飯田さんが、どうしても言ってほしくないって言ったら何も報告しない。それで良ければ、一応請け負ってあげる」

 それでかまわないと告げると、一連の会話を聞いていた夏葉がぽかんとした表情を浮かべているのに気づいた。夏葉は、優花の視線に気づいてハッとなる。

「なんか、橘さんと話してるとき、新菜のキャラ違うね」

 夏葉の言葉に、新菜が眉をひそめる。

「違うって?」

「どこが違うって言われても説明できないけど……不思議な感じがした」

 新菜は自覚がない様子で、首をひねった。

 それは、教室では見せない素の新菜がここにいるからだと思ったけれど、あえて言わなかった。新菜が無自覚に素を見せているのを邪魔してしまう気がしたのだ。

 そこで、夏葉のかばんからスマホの通知音が聞こえた。夏葉は慌ててスマホを取り出す。そして、安堵と落胆の二つの表情を見せた。

「英奈からだった。麗はちゃんと学校に行ったみたい。割と普通だったって書いてある。昨日大泣きして、案外吹っ切れてるのかもね」

 夏葉は、麗がどうしているかも気になって、英奈にメッセージを送っていたらしい。それが安堵の理由だ。

「桃子からは、相変わらず音沙汰なし……」

 落胆の理由はそれだった。

「ま、とにかく行ってみましょうか」

 新菜は励ますように夏葉の背中をぽんとたたいた。

 じゃあ、また明日。そう言って、優花と百合は二人を見送った。

「……遠野さんに、また明日なんて言う日が来るとは思わなかった」

 二人の姿が見えなくなって、優花の口から思わず本音がこぼれた。昨日までは考えられなかった事態に、まだ心が追いついていないのだ。

「それを言うなら、長谷部さんもだよ。あんなふうに話すことなんて、ないと思ってた」

 百合の言うとおりだ。新菜とも、こんなに距離近く話すことがあるなんて、思ってもみなかった。

「まあ、少なくとも、残りの1年8組生活は、結構平和に過ごせそうじゃない?」

 おどけた口調で百合が言う。

 そうだね、と優花は思わず笑って頷き返した。



 長谷部は宮瀬と一緒に校門前で待っていた。遠目でも、落ち着かない様子が見て取れた。それを、宮瀬が軽くいなしている様子も。

「心配しすぎ……って言っちゃいけないよね?」

 優花が苦笑い気味に言うと、百合も似たような表情を浮かべて、

「昨日の今日だしね」

 と答えた。

 校門までの道の中ほどまで来たところで、長谷部は優花たちに気づいた。長谷部が駆け寄ってこようとするのを、宮瀬が咄嗟に止めた。落ち着け、という感じで宮瀬の口が動く。仕方なさそうに長谷部がおとなしくなる。

「犬とそのトレーナーみたいになってる」

 百合がぼそっと言ったその言葉が妙におかしくて、優花はたまらず吹き出した。この場合、犬が長谷部でトレーナーが宮瀬のことだ。耳と尻尾の生えた長谷部と、指示を出す宮瀬の図が頭の中に浮かんでくる。

「ちょ……やめて。普通に話せなくなっちゃう」

 こみ上げてくる笑いをこらえながら優花は訴える。百合はいつだったか、あの二人を漫才コンビに例えたこともあった。そのときも大笑いしてしまったが、今は間もなく長谷部たちのところに着く手前なので、そんなことはできない。

「優花って、変なところでツボるよね」

「百合の例え方が面白いんだってば」

 結局、笑いを落ち着かせるために歩みが遅くなってしまった。

「なんだか楽しそうだね、二人」

 校門に到着すると、ニコニコした顔で宮瀬が言った。

「大丈夫そうだね」

 拍子抜けしたような表情で長谷部が言う。

「さっきお前の妹が『大丈夫』って言ってただろ? もうちょっと信用してやれよ」

「信用はしてるけどさ……」

 その言葉に、心がほっこり温かくなった。兄妹仲は良くないと言っていたけれど、悪いわけでもないのだと思った。お互いの間に信用があるから、長谷部は自分の妹に優花のことを頼んだりするし、新菜もその頼みを引き受けるのだ。

「さて、何があったかは歩きながら聞こうか」

 優花は、先ほどあった出来事を簡単に話した。新菜と夏葉の二人が桃子の家に行ってみるらしいと話したところで、長谷部がふんと鼻をならした。

「自業自得なんだから、そんなに心配する必要ないと思うけどな」

 桃子に対してまだ怒りがくすぶっている様子だった。

 そんなに桃子に対して怒って欲しくないと思うのは、自分のわがままなのだろうかと考える。むしろ、自分のために怒ってくれてありがたいと思わなければいけないのかもしれない。でも、それは本意ではない。

 その気持ちをうまく言葉にできずにいると、宮瀬が大げさなほどに長くため息をついた。

「橘さんがもう終わりって区切りをつけたんだ。おまえの気持ちもわからなくないが、そうやって怒るのはこれで終わりにしろ。それに、飯田さんはおまえに怒鳴られたことで既に制裁を受けているようなもんだ。これ以上は余計なお世話だよ」

 諭すように言われて、長谷部は渋々うなずいた。優花は密かにほっと胸をなで下ろす。優花が言いたかったことを、宮瀬が代弁してくれた。

 今回、宮瀬がいてくれて本当によかったと思う。冷静に外から見て意見を出してくれる人がいなかったら、おかしい方向へこじれてしまっていたかもしれないのだ。

「じゃ、俺たちは今日塾があるから。手紙事件も解決したし、長谷部が橘さんを家まで送っていく必要はないだろ」

 ぽん、と宮瀬が長谷部の肩をたたく。長谷部は一瞬だけ優花を見て、「そうだな」と力なく言った。そう言う表情の中に、わずかな安堵感があったことを優花は見て取った。

(もしかしたら、宮瀬先輩は昨日のことを知っているのかもしれない)

 何となくだけれど、優花と長谷部を二人きりにしないようにする意図がある気がした。もちろん、面と向かって確認できることではないが……。

 長谷部と宮瀬は駅の方へ向かって歩いて行った。軽く手を振って見送りながら、思わずため息が漏れてしまった。

「昨日、長谷部先輩と何かあったから元気がないの?」

 ため息を耳ざとく聞きつけた百合が、そっとたずねてきた。

「……それも、ある」

「それもって、まだ他にもあるの?」

「詳しくは、あとで」

 優花がそう答えると「うちに来るしね」と百合はあっさりうなずいた。今ここで聞き出そうとは最初から考えていないのだ。

「お菓子いっぱい用意して待ってるね」

 ちょっとうきうきした口調で言う百合を見て、優花はクスッと笑った。

「じゃ、お昼ご飯少なめに食べることにするよ」

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