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水音 A.S.

作者: 雨の狭霧

前作『水音』のアナザーサイドです。

 私は中学一年の吉野深月(よしのみずき)。私には好きな人がいます。それは三年生の日比谷正輝(ひびやまさき)先輩です。先輩はオカルト好きなので話を合わせるために日々怖い話を聞いて免疫を高めています。

 先輩は特に学校に纏わる話が大好きなようで、会うたびに『花子さんが』や『開かずの間は』とかの話をしてくれます。

 みなさんも知っているでしょう。学校の七不思議と呼ばれる有名な噂話のことです。

 これは学校内で起こる不思議な現象を七個知ってしまうと、不幸なことが起きたりするという話です。場所によっては『神隠しに遭う』とか『校内の何かに追われる』などの話を聞きます。

 ですが実際には七個以上の不思議な話をする人間がいます。先輩です。

 やはり噂話は噂話なんだろうなと私は内心ホッとしています。

 以前先輩から七不思議の特徴をお聞きしたことがあります。『知人の知人から聞いた』という自分から見ると全くの赤の他人の話なのに、話をするのが友達なので鵜呑みにしてしまうのだとか……。そして、その話をまた別の『知人』へ話すことで『チェーンメール』のような現象を引き起こすとのことでした。だからこそ人の望んだ怪異が潜んでいる、そんな怖さが増していくのでしょうか。

 そんな先輩と話したいがために私は毎日毎日新しい噂話を求めて、休み時間はクラスメイトとの会話に全神経を注いでいます。実は昨日の夜、友達の倉田明美(くらたあけみ)さんから新しい噂話がごく最近話されるようになったと聞いていたのです。ですので、今日はその『放課後の水音』に狙いを絞っています。

 クラスメイトの雑多な会話の全てに聞き耳をたてていると、(くだん)の噂話が聞こえました。

 私はその話をしているクラスメイトの所へ行き、噂について教えてもらいます。


「近藤さん。その『放課後の水音』という噂について詳しく教えて下さい。お願いします」

「え? まあ、いいけど。ほんとに吉野さんは怪談が好きなんだね。でと、水音だよね。ここ最近になって騒がれ始めたんだよね。なんでも隣町の長岡中学校で一人いなくなったとかでね……」

「それだけじゃないんだよ? すぐそこの工業系の大学でも、この噂で人が死んでるとか聞いたよ」

「玲二、それどこ情報だよ?」

「俺の兄ちゃんだよ。兄ちゃんの彼女がその大学にいてさ、そんな話を聞いたんだってさ」

「えぇと、それで具体的にはどんな不思議なことが起こるんですか?」

「そうそう、んでね。どうも雨が降り続いている時に、カップルが放課後の教室に残ってると水音が聞こえるんだってさ」

「その話はちょっと違うわよ。放課後の誰もいない教室で話していて、片方が帰った後も残っていると聞こえてくるのよ」


 近くにいた明美が話の補足をしてくれたお陰で噂話の内容が分かりました。これだけ情報があれば先輩に報告出来ますね。


 私は現国の授業が終わると同時に先輩のクラスへと向かいました。

 先輩はいつもと変わらずスマホでオカルト情報を見られているようでしたが、私のことを見るとスマホをスリープモードに切り替えて下さいました。


「話を聞こうか。深月一等兵」


 先輩の素敵な所の一つ、私の呼び方が統一されていません。前回は深月会長閣下と呼ばれました。

 今回はどうやら兵隊さんの話を見られていたのでしょう。私は先輩の何を見ていたか分かりやすい口調に微笑みそうになりました。必死に真面目な表情を装います。


「新しい噂話が出てきたのでお知らせしに来ました。先輩は『放課後の水音』って呼ばれてる話は知ってますか?」


 先輩の目に輝きが生まれてきました。


「いや、全く知らないね。それは一年の子たちで流行り始めてるの?」

「そうみたいです。私も昨日知ったばかりでして、先程まで友人から話を集めてました」


 先輩に喜んで貰えるだけで私は嬉しいです。

 今も先輩は熱の籠もった熱い眼差しを私に向けて下さってます。

 こんな時間が永遠に続けばいいのに、なんて考えてしまう私は重たい女なんでしょう。


「その話を総合すると……。前日から雨が降っていて、当日も雨が降っている放課後である事。そして、付き合っている男女が放課後の誰もいない教室で談笑をする事。最後に、どちらかが帰った後も教室に残る事。この三点が『放課後の水音』の条件のようです。後は、人によって話がバラバラでした。帰った方の子が帰り道で交通事故に遭うとか、残った方が翌日神隠しに遭うとか……」


 先輩は噂を慎重に吟味しているようで、先ほどから目を瞑っています。先輩って意外と睫毛が長いのですね。新たな魅力を発見しました。

 恐らく先輩はこう考えられているはずです。


――この情報では男女のどちらかに不幸なことが起こる

――であれば検証するためには女子の協力がいるし、危険がある

――この噂話は検証出来ないな


 私の知る先輩は他人に絶対迷惑を掛けない方です。そして、自分を犠牲にすることは(いと)わない方です。


「困ったな……。検証しようにも女子の知り合いなんて居ないし……ちらっ。今までは一人で検証出来るんだけど今回のはなー……ちらっ。付き合ってる二人だもんなー……ちらっ」


 今日は先輩の新たな魅力を二つも知れるなんて、本当に素敵な日です。まさか先輩から私を求めてくれるなんて思いもしませんでした。


「先輩が嫌じゃなければ……その……わたし……先輩のことが…………」


――好きです


 最後の言葉は声にならないほど恥ずかしいです。

 私が先輩と釣り合うはずなんてないのは分かっているつもりです。でも夢を追っていたいんです。先輩の隣にいるという夢を。


「気持ちは有り難い。でもな今回のは深月も危険なんだ。危険が危ないんだ」


 先輩は一人でも立っていられる強い人です。だから私が支えるまでもないのです。分かっています。

 先輩がとても優しいこと。分かっています。

 先輩がとても強いこと。分かっています。

 先輩がとても繊細なこと。分かっています。

 先輩は優しくて、強くて、繊細だから、自分のせいで誰かが大変なことになると耐えられないんですよね。

 でも、大丈夫です。私は、私の意思で先輩の隣にいたいのです。

 だから先輩が苦しむ必要なんかありません。私も一緒に苦しみます。


「わたしじゃ……ダメですか」


 違います。私が言いたかったことは。


――私は先輩が好きです。だから私は先輩の隣にいます


 そんなこんなでお試し交際期間がスタートした。

 そしてお試しが開始すると共に様々な七不思議を一緒に体験して回ったんだが、素晴らしい日々だった。桃源郷とは本当にあるんだと思うほどにな。


 最後の七個目で件の噂を検証する事にした。


 放課後、誰もいない教室で深月と二人きりでオカルト話で盛り上がる。この深月は俺のオカルト話を熱心に聞いてくれる。そのキラキラ輝く目でジッと見つめてくれる。


「もうそろそろいいと思うし、時間も遅くなっちゃうから深月は帰りなよ」


 楽しい時間とはあっという間に過ぎていきます。

 私は先輩に『もう少しだけでも一緒にいたらダメですか?』と聞こうと思ったが、先輩はこれから噂の検証を始めるため邪魔をするべきではないと考え、何も言わずに教室から出ました。


 その後、すぐには帰らず別の教室で雨が降り止むのを待っていたのですが雨は強くなる一方でした。

 私は仕方なく雨の中を帰ろうと思い正面玄関へと向かいました。

 現在の教室から正面玄関まで最も近い道は、先ほど先輩と分かれた教室前を通るのが一番です。ですが先輩の検証を邪魔するわけにはいかないので別の道で帰ります。

 先輩がいる教室から遠ざかるようにC階段と呼ばれる階段へ向かい、一階へ降り正面玄関へと気持ち速めに歩いていきました。

 この通路にはあまり使われることのない『不思議なトイレ』があるのです。普段から人気のない通路にあるので雰囲気は抜群の場所です。そんな場所なので私が速歩きになるのです。


――ぴちゃん


 丁度『不思議なトイレ』の前を過ぎ、先輩がいる教室の下あたりを通っている時、嫌に耳に響く水音が聞こえたのです。

 この『放課後の水音』は不思議なことが起こる人が、残る人なのか帰る人なのか分からないと噂されています。

 もし今の水音がそうなのであれば先輩には何も起こらないことになるはずです。

 私は迷わず来た道を戻って先輩がいる教室へ向かいました。

 そして教室の窓ガラスから中を覗くと先輩はいなくなっていました。

 私は教室の扉に手を掛けたところで虚脱感に襲われました。

 意識が遠のいていく中、教室の中に黒い服を着た誰かが右手の人差し指を口元へ持っていき『しー』としました。

 それを最後に私は眠ったのです。


 私は自宅に帰っており、両親と夜食を取っている最中でした。

 確かにあの時気を失ったはずなのにです。

 私はあまりの理解不能な状況に酔ってしまい吐いてしまいました。


 その後、私は父に抱えられて自室のベッドへ寝かされました。


「深月、ゆっくりお休みなさい。なにかあればパパかママを呼ぶんだよ? いいね?」

「はい、パパ。心配を掛けてごめんなさい。ママには吐いてしまってごめんなさいと伝えておいて下さい」


 父は優しく微笑んでから音を立てないように扉を閉めてくれた。

 本当は一人になりたくなかったけれど、この年で親に隣で寝てもらうのは恥ずかしかったのです。

 私は素直に寝ることにしました。



 翌日、朝になり幾分か気分がすっきりした状態でリビングへと向かいました。

 母がキッチンから私の方へと歩み寄ってきて、頬を優しく撫でてくれます。


「深月ちゃんおはよう。体調は大丈夫? まだ寝てなくていいの? 無理してない?」


 私は大丈夫と母に微笑み、朝食の準備を手伝い、両親と食べ、身支度を済ませました。

 今日は父が送って下さるとのことなので甘えることにしました。


 学校の正門近くで車を止めてもらい、父が職場へ向かうのを見送ってから教室へと向かいました。

 正面玄関で上履きへ履き替えている時、誰かの悲鳴が聞こえました。

 聞こえてきた方角から昨日の教室の付近だと思われます。

 私は嫌な気持ちを堪え、声がした方へと向かいます。


 階段を登り二階へ、続いて視線を左へと巡らせます。既に多くの人が集まり、見知った女生徒が床へ座り込み吐き気を堪えています。

 私は窓ガラスを打ち付ける雨の音を聞きながら、ゆっくりと教室の入り口へと近づきました。

 あと二歩で教室の中が全て見渡せる位置に着きます。

 私は不安を圧し殺し、意を決して覗きこみます。




 先輩が椅子の背もたれに頭を乗せ、苦痛と恐怖に歪んだ表情で天井を見つめていました。

 そして、口からは汚れた水が滴っていました。


――ぴちゃん


 昨日の帰りに聞いた水音と同じ音が聞こえました。

 その水音は先輩の口から滴った水が床へと落ちた音だったのです。


 私は再び虚脱感に襲われ、後ろへ倒れ込みました。

 そして薄れゆく意識の中、先輩が見つめる先の天井に、昨日教室で見た人がいたのです。

 その人物は右手の人差し指を口元に当て『しー』としていました。


 その後、私は意識を取り戻すことはありませんでした。

 なぜなら意識のない私は雨で増水した用水路に落ち、死んだからです。






 その死に姿は日比谷正輝が最後に見た深月と同じだった。

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