カイヤックブール、動く……!
「おや……、ベラよ、向ける方向を間違っているのではないか……?」
カイヤックブールは、あざけるように笑った。
「何だと?」
「向ける方向が間違っていると言っているのだ。お前の力を弱めた人間にその杖を向けるべきではないのか……」
その言葉を聞いたとき、ララは全身鳥肌が立った。ベラは、ララの方に一瞥し、カイヤックブールに向き直った。
「我ら〝季節の王家〟には、人間を守る使命もある」
「その人間が、お前らの力を弱めているのではないか……」
「何が言いたい?」
「お前じゃ私を倒せんということだ……」
「ほざけ!」
ベラは、思いっきり杖を地面に向かって振り落とした。巨大な雪柱が、地鳴りを起こしながらカイヤックブールに向かっていく。カイヤックブールは直撃する寸前に、その細い右手で振り払い、雪柱を消し去った。
「ヒヒヒ、その程度か……?」カイヤックブールは笑っている。
「この外道が!」
ベラの目が血走り怒りに満ちると、杖をくるくる回して雪の竜巻を作り、カイヤックブールに向かって放った。その威力に、ララとノーツは耐えるのがやっとだった。コリンも、飛ばされないようにしっかりとララの髪にしがみついている。
しかし、カイヤックブールは笑いながら地面につくかのように口を開らくと、竜巻を食べ、口いっぱいに含んだその竜巻をベラに向かって吐き出した。ベラは、竜巻に両腕で顔を覆い耐えた。
「言っただろ……? 今のお前じゃ……、私は倒せん……」
竜巻がなくなり、ベラが目を開けると、カイヤックブールはベラの背後に移動し、右の手のひらをベラの背中に振り下ろした。
「しまった!」
振り向いたときには遅かった。ベラは、背中にあびたカイヤックブールの張り手に吹き飛び、枯れ木に体を思い切りぶつけその場に倒れた。
「こりゃ……万事休すだ」
コリンは見物しているかのように、あごをさすっている。
「さて――」カイヤックブールは、ゆっくりとララの方へ振り向いた。
「残るはお前たちだけだ……、人間の娘たちよ……」
その恐怖にひきつった顔でカイヤックブールは笑い、ゆっくりとララとノーツに近づく。ララは、恐怖に音が聞こえるぐらいの生唾を飲んだ。
「お前だけは――」
ノーツは、カイヤックブールに向き直って立ち上がると、剣を持ち直し、カイヤックブールを睨みつけた。
「お前は……、あのアホのインディオの赤子か……。これは大きく――」
「父様をバカにするな!」
ノーツは剣を真一文字に振ると、カイヤックブールの話をかき消した。
「威勢はいいな……。だが――」
カイヤックブールは姿を消すと、ノーツの目の前に現れた。
「速い!」
コリンが、ララの肩の上で興奮しながら叫んだ。
「お前らが遅いのだ……」
そう言うと、カイヤックブールはノーツを手の甲で吹き飛ばした。
「キャァァ!」。
「ノーツ!」
ノーツは、地面の雪に叩きつけられながら倒れこんだ。ララが、駆け寄ろうと立ち上がると、カイヤックブールがララの前に立ち顔を近づけて笑った。
「まだ……、デザートの時間じゃない……」
カイヤックブールの顔を見るなり、ララはその場に凍りついたように立ちつくして動くことができなかった。カイヤックブールは、そのくぼんだ恐怖の目をララに向けて余韻を残すと、ノーツの方へゆっくりと歩き始めた。ララは、カイヤックブールの目があった場所を見ながらその場にひざまずいてしまった。