スニナ・フォール
「悲しい歌だ……」
ノーツは歌を聞き終えると、岩肌から手を離しうつむいた――だが、歌を聞いていたのはノーツだけ。ララたちに、岩山の歌は聞こえていなかった。
「どう? やるもんでしょ?」
ララは、コリンに向かって腕組みをして、得意げにあごを上げ、見下すように言った。
「ララが、やったとは限らないじゃん」
コリンは、本気にしているララを見て笑っていた。ララは、舌を鳴らしながらキッとコリンを睨んだ。
「頂上が見える」
ノーツ顔を上げ、進む先の山の頂上を指差して言った。ララたちは、ノーツの指さす方を見た。雲が晴れて道の果てが見えた。
「急ぎましょう」
ノーツの一声で、ララたちは駆け足で岩道を登っていった。
高い山を一生懸命楽しく登ったのに、頂上だと思った場所は頂上ではなく、中腹の開けた場所だった。
「まだ頂上じゃないの……」
ララは、目の前にそびえる高い山を見て、落胆の言葉を発した。まわりは山の岩で囲まれ、上はまた冬の曇り空がのぞけた。数本生えている木々は、弱ったように生え、葉は枯れ落ち、少しうつむいているように見える。ララが視線を前に移すと、岩山の下に洞窟が口を開けて待っていた。
「遅いではないか!」
ベラが、洞窟を背に腕を組んで立ち、怒りながら叫んだ。ララたちは、急いで駆け寄る。
「シュワルツ! お前がついていながら――コリン、何でそこにいる?」
シュワルツの頭に乗っているコリンを、ベラは不思議そうに訊いた。
「だって、ララ足元おぼつかないんだもん。まだ赤ちゃんだから」
「もう十歳です!」
コリンは笑っているが、ララは自分がバカにされて怒っていた。
「もうそんなに大きく――」
「時間がない」
笑っているコリンを睨みつけるララとのやりとりを遮るかのように、ベラが間に割って入った。
「敵はすぐそこだ。気を引き締めよ」
ベラは、ララたちを睨みつけて言った。ララはうつむいて黙ったが、コリンはシュワルツの耳で遊んでいた。シュワルツも、怒るに怒れず、困ったように小さく唸った。
「で、これからどうする?」
ノーツだけが、ベラに臆することなく向き合って話していた。ララは、横目でノーツを見て、こんなにたくましい女の子を見たことがないと思った。学校にいる学級委員の子より頼りがいがある。ノーツが学校にいたらどんなに楽しく過ごせるかと、ララは想像していた。
「〝滝跡の洞窟〟を抜けて、山の頂に向かう」
「え、あの洞窟……?」
ララは、ベラの指差した洞窟を見たときに、何か嫌な思い出が甦ったような気分になった。でも、詳しく思い出そうとすると、脳が勝手に遮断してしまう。わかっているのは、とても怖かったということだけだった。
「ララ、大丈夫?」
ノーツが、顔色の悪いララに気付き、ララの肩に優しく手を置いて声をかけた。
「うん……大丈夫……」
ララは、肩に乗っているノーツの手に優しく触れると、何かから気を紛らわすかのようにノーツに訊いた。
「何であの洞窟が〝滝跡の洞窟〟なの?」
「それは、洞窟の上の岩が名前を意味しているんだ」
答えようと口を開けたノーツを、遮るかのようにシュワルツの頭に乗るコリンが答えた。今まで遮られていたうっ憤を晴らすかのように、ノーツの方を見て憎たらしい笑顔を見せた。ノーツは、ララを見て肩をすくめる。ララは、ノーツに向かって首をかしげてコリンに訊いた。
「どういう意味?」
「洞窟の上の岩を見てごらん」
コリンは、洞窟の上を指差して言った。ララは、目を凝らして岩を見た。
「何かの跡? 滝跡だから水?」岩が一部分だけくぼんで、削れいるように見えた。削れているというより、そこを水が通っていたたような跡だ。
「そう! ララ、すごいね」
コリンは、ララに向けて拍手を送った。ララは、恥ずかしそうに両手の人差し指を回して立っていた。
「ここは春になると、山頂の雪が解け、水が流れて滝になる。その滝が洞窟を隠すんだ。そして、今オレたちが立っているここが泉になり、森に落ちる大きな滝となる。ウェンデル最大の滝〝スニナ・フォール(悲鳴の滝)〟だ」
「そうなんだ。でも、そんな大きな滝が流れたら、森が沈んじゃうんじゃないの?」
「ここの山はかなり高いから、落ちる前に水蒸気になってしまうから大丈夫なんだよ。ララの世界にもあるだろ?」
「へえ~、知らない」
コリンの説明にうなずきながら訊いていたララは、あることを思い出して岩の滝跡を見た。
「ちょっと待って――もしかして……」