もう一人の監視者……?
街はとても広く、人混みで疲れることはないが、歩き疲れるぐらい広かった。街の周りには、壮大な自然が広がり街の建物より高い山々がそびえているのがよく見える。
「ねえコリン、あの山、とてもきれい!」
ララは、左に見える大きな山を指差して言った。
「おお! あれは――」
「あれは、わが城を構える〝夏に雪が降る山〟だ」
コリンは、ベラに横取りされてばかりで、自分の知識を話せないことにストレスを感じていた。だが、二人はそんなことを気にせずに話を続けた。
「あの山に住んでいるの?」
ララは、ベラの真横に走り寄って、ベラの顔を見上げて訊いた。コリンは、ララの肩の上で、そっぽを向いている。
「そうだ。あの山の頂上に、わが城、〝冬のひまわりの城〟がある」
「へえ~……」
ベラの話を聞いたあと、ララはゆっくりと山に向き直り、じっと目を凝らして城を探した。
山は、荘厳にたたずんでいる。青い空にほど近い頂上付近は、木がなく岩肌が見えていて、頂上に白い建物がかすかに見えた。そこから延びる道のようなものがあり、その下に生い茂る森へと続いていた。
「あれ……?」ララは、その山をまじまじと見ていると、一つの疑問を抱いた。
「ねえベラ、木に葉っぱがついているの?」
ララは、山を指差しベラを見上げた。山の森には、白く雪が乗っかっているが、所どころ葉の緑が見える。ベラは、ララを見降ろして話した。
「そうだ。〝夏に雪が降る山〟の森の木々には葉が生っている。秋には紅葉しきれいに彩る。冬は、わが夫〝夏の王ラマー〟の力によって、緑の葉を生い茂らせているのだ。わが娘〝春の姫リンネ〟が喜ぶからな。優しい人よ」
そう話すベラの目は、妻と母親の目になっていた。ララはその目に、自分の母であるレジュリーの目と重なって見えた。ララは、優しいレジュリーが恋しくなった。
「優しい王様なんだね……」
ララは自分のその言葉に、〝夏の王ラマー〟を勝手にイメージした姿と父親の真咲の姿が重なった。二人を重ねた姿の父親は優しくララの頭の中で微笑んだ。
「あの向こうにも、山や森が広がっているの?」
ララの言葉に、さっきまで優しい目をしていたベラの表情が一変した。
「行くぞ」
ベラは正面に向き直ると、また足早にシュワルツを連れて歩き始めた。シュワルツは、一度ララを振り返り、そのあとベラを見て従うように黙ってついて行った。
「私、なんかいけないこと言った?」
ララは、先を歩くベラを追いかけながらコリンに訊いた。コリンは、嬉しそうに話し始めた。
「山の向こうにはな、ベラの宿敵――」
コリンが、嬉しそうに話し始めようとしたとき、前でシュワルツが大きな遠吠えをして、ベラの前に立ち戦闘態勢になっていた。ララは遠吠えに驚き前を向き、コリンはまた話すチャンスをつぶされ頭を押さえていた。
「何で……」
コリンは頭を下げ、目をつむってつぶやいているが、ララは聞いていなかった。
「シュワルツ、大丈夫だ――これ、姿を見せんか!」
ベラは、シュワルツを落ち着かせ、前に出ると誰もいない道の真ん中で叫んだ。
「いや~、これは、これは冬の女王ベラリサ王妃。ご機嫌麗しゅう――」
ララがベラの横に駆け寄ったとき、前に立っていたのはシルクハットを被り、杖を持った小太りな薄紫色の動物だった。
「久しいな、幻ウサギ」
ベラは見下すように一歩前へ出て睨みつけると、幻ウサギはシルクハットを上げて挨拶をした。そのときに、幻ウサギのピンと立ち先の曲がった長い耳が見えた。
「幻ウサギって?」
ララは、幻ウサギを見ながら顔をしかめてコリンに訊いた。でも、コリンは返事をしなかった。
「コリン……?」
ララは、肩にいるコリンを指で突っついたが何も返答がない。ララは、おかしいなと思い、コリンの体を掴んで見た。
「……マジ?」
ララは、幻ウサギを見たときよりも顔をしかめてつぶやいた――コリンは、口を大きく開け、いびきをかいて寝ていた。
「信じられない……」
ララは、コリンを雑に掴んだまま、幻ウサギを見た。