家族の秘密と仲間外れのララ
「ララや、おじいちゃんの書斎の前で何していたんだい?」
家族で静かに食事をしていると、オルバが優しく鋭い目でララに尋ねた。突然訊かれたララは驚きでむせてしまい、スープを口から軽く吹いてしまった。
「もう、ホントに落ち着きないわね……」
レジュリーは、ララの服を優しく丁寧に拭いた。
「自分で拭けるから」
ララは、このちょっとした子供扱いが気に入らなかった。レジュリーから布巾を取ると、自分でこぼれた部分を拭いた。
「で、何していたんだ?」
真咲が、ロールキャベツをほおばりながら訊いた――「うまいな」と、真咲が言うとレジュリーは満面の笑みでロールキャベツを一口食べた。ララは、さらに顔をしかめた。
「ドアが閉まる音がしたの」
ララは、少々声を大きめに言った。あまりにも両親が、ララのことを無視して、仲良くするから、自ら話を戻した。
すると、三人がいっせいに手を止め、ララを見た。ララは、予想以上に注目を浴びて少したじろいだ。
「本当か?」
真咲の目が見開いていた。レジュリーやオルバも怖い目でララを見ている。
「そ、そうよ……。おじいちゃんの書斎のドアの前だけ凍っていたからおかしいな……って」
動揺を隠すために毅然と振舞うララの話を無視して、三人がヒソヒソ話し始めた――信じられないと、ララは目をぐるりと回してふて腐れた。
――じゃあ、もしかして……
――床が凍っていたってことは……、冬の女王かもしれないね……
――ということは、あいつも……
――でも、特に問題はないわよね?
――家にいる限りは……
――問題ないわよ
「何の話をしているの?」
ララは、除け者にされていることに腹をたて、拳を握ってテーブルを叩いた。
「い、いや、何でもない……」
何でもないと言っている真咲の言い方が、何かあることを意味しているように聞こえる。ララの目が細くなり、大人三人を睨む――三人は、目も合わせない。
すると、オルバがゆっくりと話し始めた。
「ララや。しばらく家から出てはいけないよ」
オルバの顔が笑っていなかった。ララの中で、三人の態度の急変に、猛烈な好奇心が湧いてきた。ララの頭の中で、カチッとスイッチが入った。
「いいわね! 絶対ダメよ!」
さすが母親、ララのスイッチに気付いて念を押す。
「わかったわよ――ていうか、こんな雪じゃ、外に出る気にもならないし……」
つまらなそうにうつむくララ。しかし、頭の中はひねくれ――キレ者の策士みたいに作戦が練られていた。
三人がララを外に出したがらない理由、かすかに聞こえたワード「冬の女王」のこと、あいつとは誰か……。どうやら忙しくなりそうだと、ララは心躍らせた――まずは、情報収集だ。
「じゃあ……さ」作戦実行。
「おじいちゃんの書斎見てみたい!」
またも三人がいっせいにララを見た。ララは、六つの目が同時に自分に向けられたとき、今度は満面の笑顔を返した。
「書斎……?」
「危ないわよ!」
真咲とレジュリーは、オルバを見た。
「――大丈夫でしょ。あの人がいますから……」
オルバは、笑顔で二人を見た。
「でも、明日クリスマスの買い物に行くのよ。ララ、プレゼントはどうするの?」
「適当に決めていいわ。後から文句は言わないから」
だけど、とんでもなくセンスのないプレゼントだったら、とんでもなくうるさい駄々をこねるのがララだ。
「文句言わないのね?」
「言わない!」
我が子のウソ笑顔に騙され、レジュリーも真咲も顔をしかめて肩をすくめた。
「しょうがないわね……」
「じゃあ明日、鍵を渡すね」
「ありがとう! いろんな本があるんだろうなあ……」と、言っているララの目は、意地悪く、悪巧みをしている目になっていた。
「ごちそうさま。もう寝るわ」
ララは、そそくさとイスから立ち上がる。
「もう寝るの?」
レジュリーは、自分の席から立ち上がり、ララの食べ終わった食器を片付けながら訊いた。
「うん、早く明日になってほしいから」
「そんなにおじいちゃんの書斎に入りたいの? 変な子ね……」
「だって、おじいちゃんの書斎にはいろんな本があるんでしょ?」
「あんた、本読まないでしょ?」
「読むよ――今回は……」
「今回は……ね」
レジュリーは、愛娘のこの家に来てからの一番の笑顔に、嬉しさと不安の入り混じった表情で食器を片づけた。真咲はイスに座りながら、大きな伸びと大きなあくびをして、天井を見つめている。先ほどの話を考えているかのように一点だけを見ている。オルバは、みんなの分のお茶を入れていた。
「おや? ララ、紅茶飲まないのかい?」
「私はいい。もう寝るから」
昼間とは打って変わって笑顔で答えたララに、三人は妙な緊張感を抱いているのがヒシヒシとララに伝わった。ララは、無理に笑顔を作っている自分に窮屈感も抱いていた。
「おやすみなさい」
ララは、普段見せない無理やりな笑顔を保つのに疲れ、三人に手を振り寝室に向かった。
三人は、ほのぼのした顔でララを見ていた。が、ララがいなくなると、三人とも硬い表情になっていた。
ララは、ギシギシきしむ階段で一通りメロディーを奏でたあと、自分の寝室のドアノブを持ちながら、おじいちゃんの書斎をチラッと見た。
この家には不釣り合いな黒いドアは、ただただ静かにたたずんでいる――床は、凍っていない――明日、あの中に入れると思うと、ララの心はリオのカーニバルのように躍動した。あの部屋には、何か秘密がある。そう思うと、寝室に入る足取りも軽くなった。
ララはベッドに入り、明日になるのを心待ちにしながら、温かい掛け布団の中で目をつむり、静かに眠りについた。
眠りについたララは、昼間見た恐い夢を見ずに、ぐっすりと眠っていた。