探し物屋
とある町に探し物屋という、不思議な店がある。
なんでも、道端に無くしたものから、家の中で無くした物、全てを簡単に見つけ出すということで評判だとのこと。
そして、この物語は、お察しの通り探し物屋の主「史 佳久」の一つの不思議な探し物の物語である。
冬の朝、昨日の夜は随分と冷え込んで、窓にも霜が降りていた。
外は見るからに寒そうだった、僕は温い家の外に出たくないという、感情を抑えつつ、外の郵便受けに新聞を取りに行く。
まだ、21歳だというのに、寒さが体にきつくしみた、さっさと寒い外から戻って、僕は温い家の中で新聞の一面にさっと目を通した。
政治政策がなんたらとか、アメリカがどうだとか、どうでもいいような記事ばかりではあった。
正直な話僕は、こういう記事には興味はないのだが、これは仕方がないのだ、事務所の仕事柄、新聞の無い事務所は何となく恰好がつかない、なんていう僕のかってな、思い込みのせいであるのだ……。
僕は今朝の新聞とコーヒー缶を事務所の方に持っていき、テーブルの上に無造作に置いた。
事務所の依頼用ポストを確認すると一通のハガキがあった。
消印どころか切手すらない所を見ると、おそらく持参してきたのだろう。
手紙の内容を確認するとあまり、軽い内容ではなかった。
「こんにちは、初めまして、私は短期大学に通っている「加佐見 雪月」と申します。早速ですが依頼について、あらかじめ知っておいてほしいことがあります。私の母は先日、病によってこの世を去りました。以来私と父とで二人暮らしになり、家事は私が担当して、父は仕事に専念してくれています。なんとか家族としては、問題なく、やっていけているのですが、どうも最近、父は仕事で疲れているようなのです。話は変わるのですが、母の遺品の整理をしていたら、一枚の紙を見つけました、どうやら、私のことについての遺書のようなものを見つけたのですが、それが、無くした物のことで、父には仕事が忙しそうなので、聞くに聞けずで、どうしても、母が残したこの紙に書かれた物を見つけたいのです。どうか母が残した最後のものを探してください。後日改めて事務所の方に伺います」
遺品の一部を探す依頼っていうのは、今まで何度もやってきているが、さほど難しくはなかった。
書いてある限り軽い内容ではないが、今回の仕事は楽に終わりそうだな、とそう思っていたが、僕の考えは甘かったのだった。実際にはとんでもなく複雑な探し物の依頼になったのだ。
先日の手紙が届いてから2日たったある昼の事。
ピンポーンという軽快なチャイムの音がなる。
「事務所の方か」
自宅と事務所のチャイムの音はちょっと違う音になっている。
事務所のドアを開けると、僕は一瞬驚いた。
ドアの前には、きれいな黒髪ロングで、その黒髪に映えるような真っ白で、きめ細かな肌、大きな瞳と桜色の唇、すっと通った鼻、まるで細部まで神様が彫刻したかのような、そんな印象を持つ人だった。
「あの、先日この事務所に手紙を出した加佐見雪月と申します」
あ、この人が依頼主さんだったのか。
「えっと、中にどうぞ、ちょっと散らかってますけど……」
「失礼します」
雪月さんは丁寧にお辞儀をして、事務所に入ってきた。
「あ、紅茶かコーヒーどっちがいいですか?」
「じゃ、じゃあ紅茶でお願いします」
あらかじめポットのお湯を沸かしてあるから、後はティーパックを沈めるだけの簡単作業をこなし、ティーカップに注ぐ。
自分の分は缶コーヒーで済ます、という適当具合は、なぜか定着していた。
「では、さっそく依頼の話ですが、一体どんなものを探せばよいのですか?」
「えっと、どこかの風景ですかね? これを一度読んでほしいのですが」
雪月さんは真っ白な封筒を僕に差し出した。
「これは?」
「先日、依頼の手紙を出したときにも書いたと思うのですが、母の遺品の整理をしていたら、出てきたものなので、手紙みたいなのです」
手紙でないとしたらなんだろうか? 遺言状か何かだろう?
僕はそっと、封筒の中から1枚の便箋を取り出した。
「これを読んでいる時には私はこの世にいないかもしれません。私が愛したものはこの世で4つあります。私を生んでくれた両親、私を愛してくれたお父さん、私と私を愛してくれたお父さんの子雪月、そして、……………ワンシーン。雪月、あなたにこのワンシーンをぜひ知ってもらいたいの、でもね、このワンシーンはある条件がそろわないと見つけられないの。最初に書いておくわ、ごめんなさい、この条件を記すことはできないの、だって、私の両親が私の愛した人以外に誰にも見せても言ってもいけないというほどのものだもの。もしも、この手紙を誰かに見られたら困るの、本当にごめんなさい。
最後に雪月、愛しているわ。
母より」
これは、雪月さんにあてられた手紙のようだ。
しかし、何のワンシーンなのか、大事な部分がかすれていた。
おそらく、詳細を書きすぎてそれを消した後なのだろう。
それにしても、僕がこれを読んでよかったのだろうか? 誰にも言ってはいけないっていう秘密のワンシーンというものを僕が知ることになってしまうだろうし、探し物屋という仕事柄、僕が知る必要のないことまで知ってしまうのも事実だ。
「えっと、これは僕にみせてよかったのですか?」
「はい、大丈夫ですよ、私一人ではどうにも探せないのでお願いしに来たのです、父は見たことあるみたいですけど、しばらく仕事の都合がつかないみたいで、どうしても、この母が言ってる、ワンシーンが気になるんです」
最後の方に声のボリュームが若干上がった気がする、おそらく雪月さんは居ても立っても居られないのだろう。
「わかりました、では、依頼をお受けします」
いつもの決まり文句を言って、依頼を受領する。
――その二日後
僕はまだ、例の景色を見つけるとこはできていない。
さて、今回の探し物のヒントは「景色」と「秘密の場所」それから「いくつかの条件」ってことぐらいだな。
手元のカードが少ない時には情報収集が鉄則だけど「秘密の場所」ってこともあって、知る人はおそらく、かなり限られてるはず、そのおかげで、ろくな情報収取もできないことになるだろう。
なにか、探すための手立てはないか……。
「あーくそっ! 情報が少なすぎる、なにか、もう少しヒントはないのか?」
こんがらがった頭を整理するために僕は、缶コーヒーを開け、一気に飲み干す。
一つ、大きなため息をしてから、思考を切り替える。
情報がないなら、集めるしかない、けれど、秘密の情報を収集することは、至難の業だ。
では、どうするか……。
親戚一同から聞き出すか、あるいは、本人に聞けばいいのではないのか。
開始早々、ほとんど、手詰まり。
そんなことを考えている間に雪月さんが、訪問してきた。
「こんにちは、調子はどうですか? これ差し入れです」
と、雪月さんは、小さな箱を差し出した。
「あ、えっと、ありがとうございます」
箱の中を見るとイチゴのショートケーキが入っていた。
見るからに、甘そうな生クリームに、ちょこんと座っているイチゴは真っ赤で、何とも言えない空腹感にさらされた。
「あ、ちょっと待っててくださいね、お皿用意してくるんで」
僕は自宅の戸棚から、小さめのお皿と、小さな銀のフォークを用意して、事務所に戻った。
僕が戻ってきたことに、気付いていない雪月さんは、テーブルの上で何か書いていた。
「あの……何を書いてるんですか?」
僕が声をかけると、雪月さんは慌てて、ノートを閉じた。
「あ、何か見られたら、まずい物でした?」
「ええ、その、に、日記なんです」
日記か、この歳で日記を書くのもまた珍しい人だ。
「だ、ダメですよね、人に見られたくない秘密の物なのに、こんな所に持ってきちゃ」
雪月さんは、あはは、と笑う。
「そんなことはないですよ、誰だって持ち歩きたい秘密ぐらい……あ!」
そうか! もしかしたら、手がかりがあるかもしれない!
「雪月さん、もしかしたら、何かの手がかりがあるかもしれません、もう一度、お母さんの遺品を整理してもらえませんか?」
「何度も整理してますけど、それらしいものは、何もありませんでしたよ?」
「そうですね……例えば、日記とか、書いてたりしませんか? もしくは、手帳なんかでもいいんです!」
「わ、わかりました、もう一度、探してみます」
雪月さんは、荷物を片付けずに、事務所を慌てて出て行った。
机の上には、さっき雪月さんが書いてた、日記があった。
けれど、なぜか、苗字が違った。
「蒲岡雪月」
おかしい、母親が無くなったのなら、苗字はそのままのはず、ってことは、父親は、婿入りしたのだろうか? でなきゃ、わざわざ苗字を変える必要もないだろうし。
それに、この苗字どっかで……。
1時間ほどで雪月さんは戻ってきた。
手に持っていたのは、黒い革の手帳らしきものだった。
「あの、来る途中で中身をみたんですけど、1ページだけ不自然に破れたところがあるんですけど」
雪月さんはそのページを見せてくれた。
先月11月のページだった、左側の1日から15日までのページは残っていて、右側の16日から30日の分が無くなっていた。
「うーん……雪月さん、家に家族の予定を書き入れるためのカレンダーか何かありますか?」
「ありますけど、それがどうかしました?」
「そこに破れてる理由があるかもしれません、持って来てもらえますか? って、さすがに持ち出すのはだめですね……」
「さすがに、それは……あ、写メでいいなら、11月分だけ撮って送ります」
そういって、スマートフォンを取り出す雪月さん。
「は、はあ……」
あんまり、依頼者さんに個人情報を流したくないんだよな。
これなら、事務的なものを買っておくべきだったかな。
「あ、もしかして、持ってないです?」
「あ、いや、持ってますよ」
僕はしぶしぶ、自分のスマートフォンを取り出す。
アドレスの交換を終えて、雪月さんは今度は荷物をまとめて、出て行った。
事務所に残った僕は、手帳をペラペラとめくる。
あんまり、手帳の中は書かれていなかった。
1ケ月に1日にちに○(まる)が書いてあり、けれどその○は不規則だった。
家族と食事に出かけるのも、半分ぐらいは○の付いてる日が多かった。
なにか、ここにヒントがあるのではないだろうか?
1月9日、2月8日、3月8日、4月7日、5月6日、6月4日、7月4日、8月2日と31日、9月30日、10月30日。
何を意味してるんだ?
1月9日と、2月8日、3月8日には天気も入っている、1月から順に雨、晴れ、曇り。
さて、これだけの情報が一気に入ってきたわけだが、まだ何も分からない。
考え込んでいると、メールの受信音が響く。
雪月さんからだった。
件名、本文は無くカレンダーの写メだけが届いていた。
カレンダーを見ると11月28日に記念日とだけ書いてあった。
「記念日か……」
これ以上はたぶん何もできないだろう。
しかたない、雪月さんが戻ってくるのを待つか。
「ありがとうございます、少し質問したいことがあるので戻ってきてください」
と、返信しておく。
雪月さんを待っている間に、もう一度、手帳を見直すことにした。
「あれ? 11月のページあるじゃないか? 28日に○か……って? 破れてる痕跡は残ってる? はっ! これは12月のじゃないか!」
今日は、12月の26日か……一体何の日だ?
明後日に答えがあるのかもしれない、これを逃すと来月に持ち越しってこともある、悠長にやってはいられないな。
それから、雪月さんが戻ってくるのに時間はかからなかった。
さっそく、戻ってきた雪月さんを席に座らせ、質問を開始する。
「あの、質問なんですけど、11月の28日は何の記念日なんですか?」
「たぶん、結婚記念日だと思います」
「なるほど……では、お父さんに今連絡は繋がりますか?」
時間は昼時、会社勤めの人なら、昼休みに入ってる頃だろう。
「たぶん大丈夫だと思います、で、何を聞けばいいのですか?」
「今月の28日つまり、明後日の予定についてです」
「わかりました、ちょっと待っててください、少しの間失礼しますね」
雪月さんは外に出ていった。
どうやら、お父さんはあっさりと出たようだ、かすかにだが、雪月さんの話し声が聞こえる。
「終わりました! 明後日は、母の2つ目のお墓参りに行くそうです」
2つ目? 墓が2つもあるのか? それとも、母が2人いるのか?
しかし、お母さんが亡くなったのは先日の事、先日っていつだろうか? でも、1か月も離れているわけではないだろうし、それでも、墓参りは別に何度でも行ってもいいと思うが、さすがに、また、墓参りに行くのは早いんじゃないだろうか?
「そうですか、わかりました」
「それで、明後日の予定がどうかしたんですか?」
「いや、確証はなく、たぶんですが、景色の一部は明後日にあるんじゃないかと、思ってですね、それで質問してみたんです」
とにかく、景色の一部、それは明後日に行く墓参りの場所と○が示す何かだ。
なんでも、雪月さんは午後から、講義があるとのことで、学校の方にいってしまった。
とりあえず、今の状況を整理しよう。
僕は紙を広げ、次のようにまとめた。
分かった事。
まず、明後日がおそらく景色の日。
場所は母の2つ目のお墓。
分からない事。
蒲岡雪月 (どこかで聞いたことがある)。
景色がどんなものなのか。
手帳の○の意味。
次に雪月さんに会う時に必要な質問を作っておこう。
まず、一つ、明後日行くお墓はどこにあるのか。
もう一つ、父親は知っているのではないか?
とりあえず、これだけだな。
僕は、自宅に戻って、パソコンに向かって、今日あった事を整理することにした。
明後日、墓参りなのか……。
自宅のカレンダーを見て、僕はハッとした。
「これ、11月じゃないか……」
一か月、まったく変えていなかったのだ。
カレンダーをめくってみると、あることに気付いた。
11月28日、12月28日と、満月だったのだ。
そのほかにも、○の付いていた日付を見ると、全て満月の日だった。
「なるほど、景色には満月が欠かせないのか……」
けど、満月だけだと、何か簡単すぎるし、誰にでも見ることができる、これは、景色の一部でまだ、何かがあるのかもしれない。
その時、不意に「蒲岡」という単語が引っかかった。
「まさか……」
僕はすぐにパソコンに向かった。
――やっぱり、あなたは。
「明日、学校の講義の方はありますか?」
慣れない手つきでゆっくりとメールを打つ。
さすが、女子だなと思った、数分で返信が返ってきた。
「明日は休みです、何かわかったことがありましたか?」
と、かわいらしく絵文字などが使われていた。
「ええ、いろいろと、なので明日来てほしいのです」
と飾り気のない文で返信する。
「了解です」
もう、メールなんてめんどくさいものはやめて、普通に電話番号を交換しておけばよかった、と今さら後悔していた。
たった、2往復のメールのやり取りで、疲れてしまっていた。
適当にテレビをつけると、週間天気予報が流れていた。
気温は明日から、さらに下がって、さらに明日の午後から、明後日の夜にかけて雪が降るそうだ。
それを聞いて、僕は余計に疲れが増した。
――翌日
朝、いつも通りに、新聞を取りに外に出ると、ちょうど雪月さんが現れた。
「おはようございます! 朝はやっぱり寒いですね」
喋りかけてきたのは、もちろん雪月さんの方だ。
ちなみに、僕の今の格好は寝間着に厚手のコートを羽織っただけである。
「そ、そうですねー……」
いくらなんでも、早すぎないか? まだ8時だぞ?
来てしまったものは仕方がない、大人しく、事務所で待っててもらおう。
急いで着替えて、事務所に向かった。
雪月さんは、日記を書いていたようだ。
「日記、昨日の分ですか?」
「へ? あ、そうです、昨日書かずに寝ちゃったんですよ」
ははは、と笑う雪月さんそれにつられて、僕も少し笑う。
「さて、依頼の件ですが、いろいろとわかりましたよ、まず、わかっていることから、順に言っていきます」
僕が、ちょっと真剣な顔をすると、すっと姿勢を正した雪月さん。
「まず、一つ、この景色に欠かせないのは、満月です、手帳の○、あれは満月の日を指していたんです」
「へーそうだったんですか! あとは、何がわかりました?」
「まー、そう焦らず、この満月は、おそらく景色の一部でしかないでしょう、あまりにも簡単すぎますし、満月なら、どこでも、誰でも見ることができます」
雪月さんは、なるほど、と頷く。
「そして、場所は明日、お母さんのお墓参りの場所でしょう、第二のお墓なんて、そうそう建てるものじゃないですし、それに、雪月さん宛ての手紙にも「愛した景色」とあります、これなら、第二のお墓が建ってもおかしくはありません」
「じゃあ、明日になるまで、景色は分からないんですね?」
「そうですね、たぶん明日には分かりますよ。では、ここで質問です、明日行くお墓はどこにありますか?」
「たしか、日本海側沿いの海岸です、ここから結構近かったような……」
「そうですか……では、もう一つ、お父さんは景色を知ってるのではないのですか?」
「知ってるはずです、昔は、よく父母で一緒にどこかに行くことが多かったんです、その時に行っていてもおかしくはありません」
なるほど、前みたいに確認はしないのか……。
これは、どうやら、核心への最後の一手を打ってもいいかもしれない。
「そういえば、どこの大学に通ってるのです?」
一度、不思議そうな顔をするが、迷わず答えてくれた。
「芸術大学です。私の専門は絵ですけど……それが何か?」
「いや、ふと気になってですよ」
僕は「ははは」と笑う。
「では、この依頼の一件を終わらせましょう、この景色は明日見つかるのは確定しています、おそらく、お母さんの二つ目のお墓で満月、そして「雪」です。まだ、何か残されたものがあるかもしれないですけど、わかっているのはこれだけですね、強いて言うなら「花」とかですかね?」
「雪と花? ですか?」
雪と花、これは今まで探してきた中で一回も出て来てない「キー」だ、不思議に思っても、おかしくはない。
「そうです、花はきっと……「シクラメン」じゃないですか? 蒲岡雪月さん?」
「……はは、何のことですか? 私はこの景色を探してほしいんですよ? 私が知るはずがないじゃないですか!」
「いや、3年前、風景画で優秀賞を貰ったあなたにはわかるはずです」
「な、なんでそれを!?」
驚く表情が隠しきれていない雪月さん。
「その日記「蒲岡」のままでしたよ? 日記に名前が書いてあるのも珍しいんですけどね、あ、別に中は見てませんよ? どこかで聞いたことのある名前だなって、それで、ネットで調べてみたら大当たりだったって、ことですよ……同じ高校で美術部の後輩だったなんて、びっくりしましたけどね。あっ、ごめんなさい、僕、いろいろあって高校のことは半分くらい忘れてるんですよ」
「そうですか……」
雪月さんは寂しげで、どこか残念そうな表情を浮かべていた。
「――そうです、私はこの景色を知っています、三年前、最後のコンクールでこの風景を描いたんです」
「もしかしたらですけど、お母さんはその位に亡くなっているのでは?」
「そのとおりです、母が亡くなった後、父に連れられて、三年前の満月の雪の日、シクラメンが咲く丘で父は言いました」
ここは母さんが好きだった場所だ、父さんに母さんが愛した人だけにしか見せない風景だって言ったんだ。それでな、お前にこの景色を見せることなくお母さんはいってしまった、けれど、母さんは、もちろんお前を愛していたんだ、だから決して、わざとお前にだけ見せないようにしていたわけじゃないんだ。そのことをわかってほしい。
「実は私、母とよくケンカしてたんです、よそから見れば、あんまり仲のいい親子には見えなかったと思いますよ、それは、きっと父も同じです、だから、こんなことを言ったんですよ」
「雪月さん、あなたのその漢字は「雪」と「月」です……きっとお母さんが付けた名前じゃないんですか?」
「そうです、よくわかりましたね、さすが、高校一の探偵家さんですね」
僕そんなふうに言われてたっけ? まあいいんだけど。
「好きな風景が二つも入ってるんです、あなたの事を好かないはずがありません、きっとお母さんの思いが、雪月さんに伝わらなくて、じれったかったんですよ」
難くなっていた表情が、ほんの少しだが、柔らかくなっている気がした。
「明日、必ず来てください! 先輩!」
急に言われて、僕は驚いてしまった、思わず、どう返していいのか、分からず、僕はとっさに出てきた言葉で対処した。
「ど、どこに?」
と。
すると、雪月さんは立ち上がって、事務所から出て行こうとした。
扉を開いて、帰り際に放った一言は、僕を余計驚かせた。
「母の愛した風景に、あなたを連れて行きたいんです、待ってますから」
その言葉にどんな意味が込められているのか、さすがの僕も気づいてしまった。
もちろん、答えはでている。
――翌日
午前中にメールが届いた。
「午後7時に○○のところで待っています」
僕は「了解しました」とだけ返信した。
約束の場所に行くと、すでに雪月さんはそこにいた。
徒歩、15分程で、その間にいろいろ話していたら、例の景色の場所に着いた。
ちょうど、雪雲が晴れてきて、満月が輝きだすと、辺りに舞う雪に月の光が反射して、シクラメンの淡いピンクの絨毯が、キラキラと光っているようにも見えた。
三年前、雪月さんが描いた風景画がそこにあった。
「実は、父はこんなことも言い残していました」
いいか、雪月、この場所はお前の愛した人にだけしか見せちゃいけない……これは、父さんと、そしてなにより、母さんとの約束だ。
「だから、私は……先輩の事が好きです! 高校の時から、ずっと影に隠れて絵だけをかいていた私を見つけてくれたあの日から! だから、佳久先輩、私とお付き合いしてください!」
見た目とは裏腹に、感情がよく表に出る子だな、どっちかといえば苦手な性格だった、それでも僕だってたった数日しか話さないのに彼女に惹かれていたのかもしれない。
いや、忘れ去られた高校の時代に、すでに彼女に惹かれていたのだろう、自然と言葉が出てきた。
「僕だって、雪月さんの事が好きだよ、だから、一緒にいよう」
と。
とある町に探し物屋という、不思議な店がある。
なんでも、道端に無くしたものから、家の中で無くした物、全てを簡単に見つけ出すということで評判だ。
その店に助手ができたそうだ、雪のようにきれいで月のように優しく照らすような、そんな助手さんが……。
二人で仲良く店をやっているとのことだ。