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死神  作者: ESOL
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命の終わり方


時間だけが過ぎていく。太陽は西に傾き、辺りを見事に橙に染め上げている。


町の中心からも離れ、僕たちは河川敷を歩いていた。




少女は今だだんまり。かなりストレスだ。


そろそろ原因でも聞こうと思って横をを見る。


すると少女は目線を夕焼に向けたまま僕に話しかけた。


「私よく神様にお願いしてたんです。幸せになりたいって」


本当に神様にお願いする子供などこの国でこのご時世まだいたのかと、ある意味感心した。


神様なんてものは結構適当で、性別と寿命を与えたらその後は放任している。(性格や出来事、死因を与えるのは別の神様の仕事だと言っていた)


その寿命だってルーレットやダーツで決めている、という噂が流れるくらい適当らしい。


そんな神様に何を求めているのだろう。


「でも叶わなかった。だから」


「だから自殺したんですか。努力もせずに神様に頼って。あなたが弱かったんでしょう? 神様はひとりひとりの人生にかまっているほど暇ではないんですよ」


イライラしてつい本音が出てしまった。


「だから、自分で幸せになろうとしたんです」


「・・・」


「私の家、父がいないんです」


「そうなんですか」


始まった。身の上話だ。


まぁ調査もあるし、適当に相槌でも打って聞いておこう。


「私が幼い頃に出て行ったらしくて。お父さんってうらやましかったけど、私には元からその存在がないんだって割り切ってました。母ががんばって私を育ててくれてましたし」


「はぁ」


「中学校の時に一度だけ母と大喧嘩したんですよ。私は卒業したら働きたかったんだけど、母は高校だけでも絶対に行けって」


「あなたは少しでもお母さんの負担を軽くしたかったわけだ。でもお母さんはあなたのためを思って高校に行かせたかった」


「ええ。母の家は子供が多くて母自身は高校に行けなっかった。それで社会に出てから色々苦労したそうです」


「親の思いに根負けしたあなたは高校に行った」


「はい。それから母は私の学費を稼ぐために更に仕事を増やしました。一日にいくつも仕事を掛け持ちして、朝早く出かけては深夜に帰ってきた」


「お母さんも苦労なされたのですね」


「私も応えようと学校ではがんばって勉強して、結構成績が良かったんです。母にもよくほめられました」


自嘲とも取れるような笑顔を浮かべる。


「バイトもしてたんですよ。母には『あんたは学校でがんばればいいの』って止められてましたが」


「新聞配達とか?」


「いえ、孤児院です」


「同情ですか」


「そうだったのかもしれません。でも、親のいない子を見てると応援したくなるんです。それに子供たちの笑顔を見てると私も元気になれたんです」


子供と遊んでいるときはいやなことを忘れられたのだと、少女は話す。


「でも、ずっとは続かなかった」


少女がうつむく。


「同級生が私の家のことを知っちゃたみたいで」


「いじめ・・・」


「なんでそんなことでいじめられてたんだろうって感じですよね。あの年頃は人と違うところは何でもそういう材料だったなぁ」


少女は続けた。


「心配かけたくなかったんでいじめのことは母には言いませんでした。でも今思うと母には冷たく当たってたように思います」


母のせいではなかったのに。あんなにもがんばっていたのに。


「自分が不幸なのが許せなかったんですね。母のせいではないとわかっていたのに」


「きっと悲しんでいますよ」


「・・・その母も先月亡くなりました。癌だったみたいです。仕事場の友達だという人からは、病院はお金がかかるから、と行ってなかったと聞きました」


「あ・・・すみません」


「いいんです。生きていたらその通りだったと思いますし」


話が止まる。これ以上どういう風に展開させていいのかわからなかった。


僕たちは無言のまま歩き続ける。




河川敷にはトンボが飛び交い、そこらじゅうから虫の声が聞こえてくる。


そろそろ夏も終わりだ。



少女は突然足をとめた。肩を震わせている。


「なんで・・・先に死んじゃうのよ。私まだ、謝ってない。八つ当たりしたことも、隠し事してたことも」


いままで押し殺していた感情とともに、涙が少女のほほを伝う。


「私のせいでいっぱい苦労させたのに。ありがとうって言ってないのに。もっとお母さんにほめてほしかった・・・!」


そうか。この少女は母が大好きだったのだ。


苦労して育ててくれた母。いつもそばにいてくれた母。


これからの自分を見守っていてほしかったのだ。


それも叶わず先に逝ってしまった。


安心させることもできないまま。


「私がんばったのに! こんなに、いっぱい・・・!」


「あなたがしていたのは幸せになる努力じゃない。不幸を我慢していただけだ」


静かな水面に水滴を落としたように、すすり泣く声が辺りに広がる。


「私が我慢すれば、お母さんを楽にしてあげられるって思ってた。お母さんの遺品を整理しているとき、日記を見つけたんです。私のことしか書いてなかった・・・」


「お母さんは知っていたんだ。あなたがつらい目に遭っていると。そしてお母さんのためを思ってに打ち明けてくれなかったことも」


「お母さんと一緒なら、何でも乗り越えられた。全部我慢できた!」


「もう我慢しなくていいんです。やり直すことはできないけれど、あなたの不幸もここで終わりです」


「私、もっと幸せになりたかった! 勉強して、友達と遊んで。結婚して、子どもを育てて。なのに・・・なんで・・・先に・・・」


少女は大きな声で哭き続ける。


「あなたは」


少女の目を見つめる。


「自分が許せなかったんだ。大切な母の変化に気づかず、自分のことばかり考えていたあなた自身を」




冥界の扉の前。


少女はこちらを振り返った。目の下はまだ赤く腫れていたが、もう涙は見えなかった。


「私、自分で幸せになろうとした、なんて偉そうに言ってましたが結局全部諦めてしまってたんですね。不幸に酔いしれて、何も見えてなかった」


「気づけたなら、あなたはもう弱くはない」


「ありがとうございました。私生まれ変われたら、今度はもっと強く生きてみようと思います。その人生の終わりに『楽しかった。幸せでした』ってあなたに言えるように」


少女はそう言って微笑み、消えた。



「あなたならきっと出来る」


少女が消えた後、僕はそう呟いた。



僕は冥界の仕組みをよく知らない。


生まれ変わることができるのかどうかもだ。


ただ、あの子がもし生まれ変わるのだとしたら、今度は幸せな人生を歩んでほしい。


僕は初めて神様に祈った。




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