元撃墜王、教師になる
大陸での戦争が終わって4年ほどの月日が流れた。
「と、いう事で就職先をください。教授」
そんな事を言ったのは、まだ青年といってよい感じの青年だった。背筋を伸ばし、石造のように動かなくなる。軍人を思わせるが、先の戦争で多くの若者が戦地に行ったのだ。このような立ち居振る舞いをする人間は珍しくもない。
「君ねぇ・・・・」
教授は後退が進んだ白髪の頭をペンで掻きながら呆れたように言う。この若者・・・・杉田翔一を見る。成績優秀、もう少し努力すれば二流に値するような、この大学に入らずにもっとレベルの高い場所にいけた筈の男だ。
「PMCとかだめなの?この前、スカウトがきてたじゃない?」
「いや、あれは・・」
バツの悪い顔をする翔一。PMC、一般的には『民間軍事会社』と呼ばれる存在である。軍から委託される警備任務だけではなく、新人教育も儘ならない小国で軍隊の新人教育、軍用機の整備も任されている。
先の戦争で「撃墜王」や「エース オブ エース」などの称号で呼ばれている翔一は蓬莱連邦の空軍から招聘されたりする。PMCからは来るのは航空軍のFTTパイロットは海兵隊並みの戦闘訓練が待ち受けているからだ。
「軍と関わるような事をしたくないんですよね」
「金払いは好いでしょうに」
「金の問題じゃないのですがね」
曖昧な笑顔を見せる翔一。それを聞いて教授はため息をつきながらも、しばし思案すると、何を思いついたのか携帯電話を取り出す。
「君、教員免許持ったよね?」
「え?はぁ、まぁ」
と、相槌を打つ。それに満足したのか教授はニィと笑って携帯電話を操作しどこかに電話をかけ始めた。「ほら、あの人の席が空いてるでしょ」とか「うんうん、そうそう」とか「じゃ、ありがとう」のやり取りがあって電話を切る。
「君の就職先決まったよ」
「決まったうれしいのだがね」
翔一は呆れ半分、驚き半分である。そして、教授が何者なのかを疑問視する感情が沸き立ってきた。
就職先は扶桑女学園。名前からして女子校である・・・・のだが、学園を目指して車を走らせていた所、初めに出会ったのは検問所じみた施設だった。ベースボールキャップにサングラス、ジャケットにデニム系のパンツでまとめた人間が立っているが、普通ではないのは手にはアサルトライフル、合衆国製のM4にマガジンを多数収められるチェストリグである。PMCが警備任務などで用いられるスウタンダードな装備だ。
「ここは秋津だよなぁ」
銃器に怯むような事はないが、戦場以外で見るのは違和感を感じている。無論、彼らに違法性はない。しかるべき手続きをすれは国内での銃器の運用は可能なのが、諸外国から見れば安全神話を見ているような秋津国では、まず見かける事はない代物である。
「失礼しました。どうぞ、お通りください」
「はいよ、ごくろうさん」
車の窓を閉めようとしたところ、再びPMCの警備員に呼び止められる。先ほどの高質な声色とは違い、何か期待するような声色だ。
「あ!あの!・・・『笑顔の死神』ですよね!!」
ごん!!
その言葉を聞いた瞬間、ハンドルに頭を打ち付けた翔一にギョとする警備員。
「あ・・・あの、違いましたか?」
「いや、久しぶりにその名前で呼ばれて、戸惑っただけだ」
「よかった・・・間違っていたらどうしようかと・・・・・あ、あの失礼ですが・・お願いが」
オズオズと手帳とペンを出してきた。用はサインが欲しいらしい。翔一は一瞬だけためらったが、手帳を手に取ると自分の名前を書き込んだ、久しぶりだった(有名になり始めた頃、広報部から覚えさせられた)が意外と覚えているもんだなぁと思いながら書き終えた手帳を彼に渡す。
「わぁ。ありがとうございます!」
「アンタも大戦に?」
「ええ、でも、最後の一年だけですが・・・・・って、良く分かりましたね?」
翔一は自嘲気味に笑う。最後の一年にもなれば撃墜王としてすでに有名人だった頃だ。国防軍は広報で翔一よく使ったので、空軍だけではなく、陸海軍、近衛軍団、友邦の蓬莱連邦、敵側の蓬莱帝国、インペラトールにさえも轟いていた『最強』のパイロット、青い機体に蒼いヘルメットを被った笑顔のキャラクターが目立つように描かれていた為か『笑顔の死神』として喧伝さていたのだ。
もっとも『中房』くさいとして、あまり気に入ってなかったが。
ようやく開放され、車を走らせる。バックミラーには先ほどの警備員が手を振っている様子が映っている。
「笑顔の死神ね・・・・」
呟く、そして無意識に舌打ちをする。気に入らない・・・・非常に気に入らなかった。あの様に英雄を見るかのように自分を見る眼、もう軍人ではないのに付き纏う『撃墜王』という束縛は翔一を不愉快にさせた。英雄を目指したわけでも撃墜王を目指した訳でもない、FTTという「カッコイイ」乗り物を乗り回すと言う少年心を満たす為の口実に過ぎず、愛国心とか大切な人を守りたいと言うモノは付属物に過ぎない。
「クッソ」
と、悪態をついてアクセルを踏み込んだ。
「これまた豪奢な」
高級官僚、大企業や秋津国と同盟または友好的に接している国の重鎮などの御息女が通うと聞いていて、それなりの覚悟はしていたが、それを上回る規模だった。
「歴史というモノは、川の流れのようなものだ。源流を知り、海に、湖に流れ込むまでを知らなければ、知った事にならない」
と言う教授の口癖の下、現代史専攻の筈だったのに紀元前か学ぶ羽目になったが、それはそれで面白かったので気にも止めなかったが、今更ながら頭の隅にあったゴシック様式に似ているなと思っている。車を適当な駐車場に止め、指定された玄関に向かうと。
「メイドさんだ」
と思わず口に出してしまった。大戦時に大陸にいた頃、サブカルチャーに煩い所謂「オタク」が存在していた。陸軍のソイツは(猪瀬とか言った筈だが)メイドは何たるかを切々と語っていた。今現在、目の前に居るのはソイツが切々と語っていたソレその物だ。メイド喫茶にある安っぽい服装のモノではなく、生地を選んでデザインもしっかりとしている。
「杉田翔一様、お持ちしておりました。理事長がお持ちです」
鈴の音のような声で案内される。内装も十二分に豪華だった。腕のいい職人を使ったのが素人目でも良く分かるほどだ。
しばらく行くと、重厚な扉の前に着く。「理事長室」と書かれたプレートが目に付いた。メイドがコンコンとノックをする。
「理事長、お連れしました」
「お入り」
と中から声がする、ギィと重そうな音を立てて扉が開けられる。
(すごいなぁ・・おい)
心の中で呟く。理事長室と入っても応接室とセットになっている様なのだが、調度品の数々は「すばらしい物」と言うのが分かる。軍で将校の執務室に呼ばれた時も此処までではなかったし、よく分からない理由で戦艦≪近江≫に呼ばれた時は艦長室の広さと豪華な調度品に驚きを感じた(歴代の艦長が自慢の一品を置いていく習慣があったらしいし、10万トンを超える近江は外交も兼ねて艦長室は必要以上に、それこそ秋津国の総司令官の執務室以上に豪華な造りになっている)が、今回はそれ以上だ。
「よく来てくれましたね。杉田翔一さん」
「は、はい!」
呆けていたので、思わず軍隊時代の「気ヲ付ケ」を連想してしまい、背筋を伸ばし、目の前の理事長と呼ばれている老女を見る。品の良さそうな女性だ。真っ白な白髪も彼女を際だ立たせている。何よりも眼だ。優しそうな瞳だが、力のある眼だ。今雨をしている人間にあったのは2人ぐらいだ。一人は自分の母親、もう一人は空軍に居た将校だ。これで3人目となる。
「この扶桑女学園で理事長を務めている扶桑薫子です。よろしくお願いします」
「杉田翔一です。こちらこそ、よろしくお願いします」
軽く翔一は頭を下げる。それに薫子は優しく微笑んだ。
「早見教授から、優秀な学生だと伺っています。期待していますよ」
「優秀かどうか、自分では判断しかねますが、微力を尽くします」
「はい、がんばってください。上田さん、学園を案内してあげて」
薫子がメイド・・・上田が一礼して「こちらに」と翔一を手招きする。扉が閉まると薫子は緊張の糸を解くと机の引き出しから書類を取り出す。翔一の履歴書だ。
「航空軍のエースさんね・・・・なかなハンサムな人だし。面白くなりそう」
翔一は一回生、二回生、三回生の教室を案内される。途中、何人かの学生と会ったが皆、礼儀正しく挨拶をしてくる。スカートの裾を摘んでの挨拶はなかったが女学生同士の「ごきげんよう」と言う挨拶は存在した事に軽い感動を覚えつつ、食堂に案内される。
「おおお・・凄い」
と感嘆する。なんといっても広い。内装も少々高級目なレストランを彷彿とされる。オープンカフェのように野外にも机と椅子が並べられている。雰囲気としては実に女性が好みそうなスタイルであろう。
「基本的に学生、教職員、学校関係は無料となっています」
「む、無料!?」
驚愕の事実である。大学の食堂も「格安」の部類に入っていたが。無料とは・・・流石はお嬢様学校である。0の桁を間違えたのかと思う程の学費に、学生の親やOB、企業から寄付金は膨大なものとなっている。
「あ!!つ〜〜ちゃん。どうしたの?」
元気のいい声がした。声のした方向を見ると一人の学生が見て取れる。足早に此方に近づいてくる。やや赤っぽい髪を短く纏めている。スタイルは好い方だが、少々胸がこぶりかなぁ・・などと翔一は思っているが顔には出さない。
「・・・・柿田川様、私はつ〜ちゃんでありません。上田と呼びください」
「え〜〜鶴子なんでしょ?じゃ〜〜つ〜ちゃんでいいじゃん」
先ほどまですれ違った学生とは違ってフレンドリーな印象をあたえる娘だ。興味の対象が、翔一に移った。
ジッと翔一を見ると、大きな眼を、さらに大きくして叫んだ。
「あ〜〜!!お兄さん!!なんで、ここにいるの!?」
結構な大声である。食堂に居た人達の視線が集まる。翔一は呆然とする。正直言うなれば、こんな娘は知らない。大体、こんな美少女とお近づきなっているのなら忘れるはずがない。
だから
「はいぃ」
と間の抜けた声を出してしまった。少女はプゥとほほを膨らませる。可愛げがある行動なのだが、如何せん翔一には覚えがない話だ。
「ぶぅ、あんなに振り回したのにぃ」
と、とんでもない発言をする。翔一が妙な視線に気がつくと上田が半眼で此方を見ている。
「なんちゅう発言をするんだ!?俺は君なんぞ知らんぞ?」
「あ、本気で忘れてるよ、この人。まぁ、嫌がってたし・・・・仕方がないかなぁ」
少女は此方をジッと見て、笑った。表現を表すならば悪ガキが悪戯を思いついた瞬間とか小悪魔的な・・・・といったところが適当であろう・
「ほらぁ、浜松の航空実験団でさぁ・・むぐぅ!?」
翔一は思わず少女の口を押さえた。
不味いのである。非常に。大戦以後、翔一は軍籍から離れている。予備役にも入っていないから本来なら軍関係に関わっても良いことは殆どない。だが、実験団と企業の連中が翔一の操縦データーを欲しがったのだ。そして、翔一もFTTには乗りたかった。戦争は御免だがFTTは好きなのだ。アルバイトと称して航空実験団と企業は御上にダンマリで秋津国が導入、配備している戦術航空騎兵99式《疾風》の改良型である?型を乗り回す事となる。法に抵触する事間違いなし、事実が露見すれば冷たい場所に放り込まれるのである。
「お前、あの時の女の子か」
「そ〜〜だよ。柿田川 白糸、思い出した?」
満足そうに笑顔になる柿田川 白糸。そして、白糸は自分の腕は翔一に絡ませる。女の子の独特的な柔らかいモノが腕に当たる。翔一は腕に触れているモノを見て、一瞬眉を寄せる。だが、すぐに向き直り食堂を見渡す。
「こう見ると、お前もお嬢様なんだなぁ」
「なぁ、ひど!!」
「コホン」
咳払いがした。翔一と白糸が振り返ると・・・・・
上田がくだらない夫婦漫才を見るような表情で二人を見つめていた。
「杉田先生、最後に生徒会室にご案内します」