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指先で溶け合う温度  作者: 藍崎深森
新しい家族
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訪問者


 朝食を終えて食器の後片付けをした後、部屋に戻った莎雪は、携帯のメール着信を知らせるイルミネーションが光っているのに気が付いた。

 届いたメールは、瑠奈からのものだった。


『おはよー!瑠奈だよん♪

 今日の選択授業のノートは、E組の白河しらかわさんにお願いしたよ!

 他の授業もバッチリだから安心してね。


 あとね、話したい事がいっぱいあるから、早く帰ってきてね!

 莎雪がいないとつまんないよー!』


 賑やかな文面に、ころころと表情を変えて話す、小動物のような瑠奈の様子が目に浮かんだ。




 親友の瑠奈とは中等部からの仲で、もう六年も一緒にいる。

 瑠奈は、小柄な身長とふわふわで亜麻色の髪がぬいぐるみのように可愛らしくて、入学初日から既に周りの目を引いていた。

 明るい性格や豊かな表情も魅力的で、何より友達思いで優しい女の子だ。


 忌引が明けるのは次の火曜日だと返信すると、数分でメールが返ってきた。


『火曜日かぁ、一週間って長いー!

 ウチに来て欲しかったけど、松岡さん(だっけ?)も優しそうな人みたいだし、とりあえずは安心だね。


 そういえば、篠崎先生からの伝言で、お休みが明けたら進路指導室に来なさいって。

 莎雪は確か進学希望だったよね?

 推薦入試の話かも知れないから、絶対忘れないでね!』


 そういえば、そうだった。

 高校三年の秋と言えば、早ければ既に進路が決まっていてもおかしくない時期だ。

 莎雪は大学への進学を希望していて、推薦入試の日程も来月に差し迫っている。


 けれど今の状況では、進学は諦めた方が良いのかも知れない。

 居候をさせてもらっている上に大学に行きたいなんて言い出したら、松岡家にどれほどの迷惑がかかるか……なんて、考えなくても解る事だ。


 ――先生には、就職する方向で相談してみよう。

 莎雪は、瑠奈に短く返信をして、携帯を閉じた。




 蓮が戻って来たのは、十時を回る頃だった。

 店を開けるのは十一時からなので、予定より早く用事が片付いたらしい。


 開店準備で忙しい唯子の代わりに出迎えると、蓮の後ろに綺麗な女の人が立っていた。


 莎雪よりも少し背が高く、細身で華奢な体。

 明るい茶色の髪はツヤツヤで、巻かれた毛先が肩のところでふわりと舞う。

 ベリーカラーのカットソーとシンプルなグレーのプリーツスカートに、黒のブーツが秋らしい。

 ほのかに香る甘い香水は、その整った表情を絶妙に和らげている。


 それが『アヤキ』だと解ったのは、軽く言葉を交わす二人の雰囲気がとても自然で、違和感なく感じられたからだ。

 彼女と話す蓮は笑顔で、けれど今朝莎雪に見せた笑顔とはまるで違っていた。


「ただいま」

「お……おかえりなさい」


 蓮がお客様を連れてきたのだから、お茶でも出すのが礼儀だと思う。

 けれど、莎雪もこの家に来たばかりの身だ。

 どういう風に振舞うのが正解なのか、解らない。


「あの、お茶の用意とか……」

「ああ。 別にいいよ、どうせすぐ消えるから」


 蓮はそう言って、何事もないかのようにリビングに行ってしまった。

 それに続こうとしたアヤキが、私を見て立ち止まる。


「ねえねえ、もしかして莎雪ちゃん?」


 どうして私の名前を知っているのかと尋ねそうになって、すぐに、蓮が話したのだと思い直した。

 想像よりも少し高い声。

 興味津々、といった目でまじまじと顔を見られて、莎雪はたじろぐ。

 その顔をどこかで見たことがあるように錯覚したのは、最近の流行らしいメイクの所為だろうか。


「はい、そうで……」

「きゃー、ホンモノ! ずっと会いたかったの!」


 疑問に答える莎雪が言い終わらないうちに、アヤキが抱きついてきた。

 突然の事に、頭の中が真っ白になる。


「あ、写真撮っていい? すぐ終わるから」


 そう言って携帯を取り出すアヤキは、少し興奮しているようだった。

 まるで幻の珍獣にでも遭遇したようにテンションが高い。

 そして、呆然としている莎雪の写真をひとしきり撮り終えると、満足したように満面の笑みを浮かべた。


「アヤキ、何遊んでんの。 時間ないんだから早く準備しなよ」

「はいはい、ただいま参るぞよー」


 リビングから顔を覗かせた蓮の言葉に、アヤキはおどけて返事をする。


「莎雪ちゃん、びっくりさせてごめんね。 ケーキ持ってきたから、一緒に食べよう?」

「あ、ありがとうございます……」


 莎雪の返事を聞いてまたにっこりと笑ったアヤキは、莎雪の手を取ってリビングへと促した。




 ◆◆◆




「……頭悪いんじゃないの?」


 蓮が溜息混じりに呟いた。

 その視線の先には、美味しそうなイチゴのショートケーキを頬張るアヤキがいる。

 莎雪はといえば、アヤキに“お願い”されてコーヒーの準備をしていたところだった。


「蓮も食べなよ。 超おいしいよ」

「次に来るときは白紙の小切手の用意しといて」

「何よ、これ以上さらにお金取る気なの?」

「迷惑料まではもらってないし」


 二人の会話がさっぱり解らない莎雪は、カップにコーヒーを注いでリビングへと運ぶ。


「あの……どうぞ」

「ほらぁ、莎雪ちゃんがせっかく淹れてくれたんだから、もうちょっとゆっくりしようよ。 アタシの我儘は今に始まった事じゃないでしょ?」


 なおもケーキを口に運ぶ悪びれないアヤキに、蓮は何度目かの溜息を漏らす。


「まったく、名前に『姫』なんて使うからこうなるんだよな。 おじさんに文句言わなきゃ」


 そして、アヤキの隣に腰を下ろした。

 莎雪も座るように促されて、アヤキの前の席につく。


「莎雪はどれがいい?」


 ケーキの箱をこちらに見せながら蓮が言った。

 ショートケーキが一つに、チーズケーキとモンブラン、フルーツタルトが二つずつ並んでいる。

 けれど、アヤキのお土産なのだから、先に選ぶのは気が引けた。


「先に、蓮さんが選んで下さい」

「蓮はイチゴショートよ。 昔からこれしか食べないもんねぇ」

「そうなんですか?」


 莎雪は思わず蓮を見た。

 甘いものは食べなさそうなイメージだったから、これは意外な事実だ。


「じゃあ私はフルーツタルトにします」

「えー。 ショートケーキの方が美味しいのにー」

「でも、蓮さんが」

「蓮と翔に嫌がらせをするのがアタシの趣味なの」


 アヤキが、向日葵のような笑顔で莎雪のお皿にショートケーキをのせた。


「はい、あーん」


 莎雪の口元に、ケーキを取ったフォークが差し出される。

 蓮の不機嫌オーラがひしひしと伝わってくるこんな状況で、悠長にケーキなんか食べられるわけがない。


「アヤキ、莎雪で遊ぶのやめて」

「遊んでないわよ。 可愛がってるじゃなーい」

「莎雪も。 気にしないで食べていいから」


 どうしたものかとオロオロしている莎雪に、蓮が言った。

 思い切ってケーキを口に入れると、生クリームの甘さが広がる。


「わ、おいしい」

「でしょう? 予約入れてやっと買えたのよ、ここのケーキ」

「はい、時間切れ」


 満足げにフォークを置いたアヤキの腕を、蓮が引っ張った。


「撮影始まるの、十二時からだっけ? いい加減にしないと間に合わないよ」

「撮影……ですか?」

「ああ。 そういえば、まだちゃんと自己紹介してなかったのよね」


 アヤキは、名残惜しげにコーヒーカップを置くと、ブランド物のバッグから名刺を取り出し、莎雪に見せた。

 薄いオレンジ色の可愛らしい名刺には、『月刊 SEEKER 専属モデル』の文字。


「改めまして、松岡絢姫まつおか あやきです。 蓮の従姉いとこで、モデルやってまーす」




 『きゃー、ホンモノ!』は、こっちの台詞なのであった。




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