松岡家1
篠崎からの電話で、事故の翌日から一週間は忌引き扱いとなった。
両親の密葬を済ませた後、莎雪は、簡単に荷物を詰めたボストンバッグ一つだけを持って家を出た。
必要なものがあったら取りに来ればいい、と愁司が言うので、本当に必要最低限のものだけしか持ってきていない。
だから、与えられた新しい部屋が予想外に広くて、莎雪は恐縮してしまった。
天井が高く、窓も大きい。
ベッドは自分のものと然程変わらなかったけれど、清潔な白いシーツが眩しかった。
でも、まさか、と莎雪は思う。
莎雪を迎えるのに、わざわざ部屋を空けて準備をしたのだろうか。
松岡夫妻だって仕事をしているはずだし、時間的にもそんな余裕はなかったはずなのに。
また迷惑をかけてしまったのだと思うと、莎雪は素直に喜ぶ事が出来なかった。
◆◆◆
部屋に荷物を置いて一段落した後。
莎雪は、世話になる事になった松岡家の事を、色々と教えてもらった。
松岡家は、美容院『Rёf』を経営している。
愁司はお店を管理している美容師で、唯子は着物の着付けの先生なのだという。
それから、夫妻には二人の息子がいるらしい。
兄の蓮は夫妻と一緒に美容師として働いており、弟の翔は莎雪より一つ年下で、やっぱり美容師を目指して専門学校に通っているのだと聞いた。
それから、莎雪の今後の事についても話をした。
学校の事や、進路の事、……そして、お金の事。
両親の事故の直後、様々なところから電話や手紙が届いていた。
保険会社からの電話は、保険金の受取人が莎雪になっていたので、確認してほしいというような内容だった。
まだ十八歳の莎雪が保険金を受け取るには、後見人という、保護者のような人が必要になるらしい。
けれど、松岡夫妻と莎雪は血縁ではないので、莎雪の後見人になるには裁判所への申し立てが必要になるのだとか。
だんだん話が難しくなってきて、莎雪は頭を抱えた。
「裁判所の許可と言っても、そんなに大事ではないんだ。 莎雪ちゃんが生活する上で問題がないか、ちゃんと確認してもらうんだ」
「莎雪ちゃんの学校にも、今度改めてご挨拶に行きましょうね。……大丈夫よ、何も心配いらないわ」
愁司と唯子が、そっと莎雪の手を握った。
じんわりと温もりが広がる。
「ありがとうございます、本当に。 でも、どうしてここまでしてくれるんですか?」
ふと、疑問が口をついて出た。
いくら莎雪が知人の娘だといっても、子供の頃に何度か遊んでもらった程度で、深い親交があったわけではない。
十五年もの間一度も顔を合わせていなかった他人の子を引き取るという事は、松岡夫妻にとっても簡単な問題ではないはずだ。
二人は莎雪の問いに、少し驚いたような表情をした。
けれど、愁司がすぐに笑顔で答える。
「実は昔、莎雪ちゃんのご両親に助けて頂いた事があってね。 勝手だけど、その恩返しのつもりなんだ」
二人が顔を見合わせた。
「本当に素晴らしい人たちだったよ。 何度かお会いした後、満足にお礼も出来ないままで疎遠になってしまったけど……」
「事故のニュースを見て、すぐに新堂さんだと分かったわ。 警察の方にご住所を伺って、やっとおうちを訪ねる事が出来たのよ」
唯子の目に涙が滲んだのが分かって、莎雪はそれ以上、何も聞けなかった。
「あら、もうこんな時間なのね。 お夕飯どうしようかしら」
お茶やお菓子を振舞われ色々な話をしていると、唯子が時計を見て立ち上がった。
莎雪もつられて時計を見ると、夕方の六時を回ったところだった。
唯子がキッチンに向かい、冷蔵庫を開けたその時、玄関の鍵を開ける音がした。
ダイニングのドアが開いて、背の高い男の人が入ってくる。
「ただいま」
目が合った瞬間、莎雪は息が止まりそうになった。
その人が、あまりにもキレイだったから。
意思の強そうな眉、切れ長の瞳、通った鼻梁、薄い唇。
整った顔立ちに誂えたような、均整の取れた細身で長い手足。
そして、そこにいるだけで周りの視線を集めてしまうような、不思議な魅力も併せ持っている。
こんなにキレイな男の人を、莎雪は、テレビの中でさえ見た事がなかった。
まるで芸能人のようなオーラに包まれたその人に、莎雪は目を逸らせずにいた。
しかし、あちらはどういうわけか、眉間に皺を寄せている。
なんだか睨まれているような気がして、莎雪は我に返った。
「おかえりなさい、蓮。 莎雪ちゃんよ」
「……ああ、」
唯子が声をかけると、その人は短く返事をした。
(この人が、蓮さんなんだ……)
美人特有の、ちょっと近寄りがたいような雰囲気が、莎雪を圧倒する。
蓮が莎雪の顔をまじまじと見るので、自然と肩に力が入っていた。
挨拶しなくちゃ、と思うのに、緊張で額に汗まで滲んでくる。
「あ、あの、お世話になります……」
「俺をキズモノにしてくれた子ね。 覚えてるよ」
やっとの事で搾り出した声は、いとも簡単に遮られる。
「もしかして、責任取りに来てくれたの?」
お世辞にも笑っているとは言いがたい表情で、蓮は莎雪の目をじっと見つめていた。