表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モブに徹したい私 vs 絶対に私をヒロインにしたい世界  作者: 九葉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/20

第9話 接客練習のはずが、新たな宗教が爆誕していた

学園祭まで、あと三日。

我が1-Aの教室は、一種異様な熱気に包まれていた。

それは文化祭特有のワクワク感ではない。

例えるなら、新しい宗教の儀式を執り行う直前の、狂信的な緊張感に近い。


「いいですか、リナ様。角度が違います。あと二度、顎を引いてください」


「……はい」


「視線は冷たく、しかし慈愛を込めて。ゴミを見るような目で、かつ『救ってあげる』というニュアンスを含ませるのです」


「……無理難題を言わないで」


私は教室の中央で、お盆を持たされて立ち尽くしていた。

周りを取り囲むのは、クラスの精鋭たち(「リナ様親衛隊」と改名した男子生徒たちと、衣装係の女子生徒たち)。


現在行われているのは、メイド喫茶に向けた「接客特訓」だ。


私の作戦はこうだ。

練習の段階で「接客不適格者」の烙印を押してもらう。

あまりに無愛想で、あまりにドジで、お客様を不快にさせるメイド。

そう認定されれば、晴れて私は皿洗い係へと左遷されるはずだ。


だから私は、全力を尽くして「塩対応」を演じていた。


「いらっしゃいませ。……水です。飲めば」


ドン。

私はコップを机に叩きつけるように置き、能面のような顔で男子生徒(客役)を見下ろした。

完璧だ。

これ以上ないほど最悪な接客だ。

普通の店なら「店長を呼べ」と怒鳴られるレベルだ。


さあ、怒れ。呆れろ。そして私を厨房へ追放してくれ。


しかし、客役の男子生徒は、なぜか顔を真っ赤にして震えていた。


「……っ!」


彼は胸を押さえ、机に突っ伏した。


「ダメだ、よすぎる……」

「おい、どうした!」

「リナ様の……あのアイスブルーの瞳に見下ろされた瞬間、俺の中の何かが目覚めた……」

「『飲めば』という命令口調……ゾクゾクする。俺も言われたい。『空気です、吸えば』と言われたい!」


(なぜだ!)


周りの女子生徒たちも、頬を染めてメモを取っている。

「なるほど、『クール系ドSメイド』という新ジャンルですね。これは需要がありますわ」

「計算し尽くされた冷徹さ……素晴らしい演技力だわ」


違う。演技じゃない。素で嫌がっているだけだ。


「次は配膳の練習です! リナちゃん、オムライス運んでみて!」


アリスちゃんが、本物のオムライス(食品サンプル)が乗った皿を持ってきた。

よし、次こそは失敗してみせる。

私は皿を受け取ると、わざと足をもつれさせた。


「ああっ、大変! 転んじゃうー(棒読み)」


私は派手に転倒するフリをして、オムライスを宙に放り投げた。

これで皿は割れ、中身は飛び散り、私は「破壊神」として恐れられるはずだ。


だが、私の体が傾いた瞬間。

【魅了:S+】の補正が、物理法則すらも捻じ曲げた。


私の体は、まるでスローモーションのように優雅な弧を描いた。

宙を舞うオムライス。

私は回転しながら、着地と同時に皿をキャッチするのではなく――なんと、滑り込んだ男子生徒の口に、空中のオムライスをダイレクトにシュートしたのだ。


スポッ。

パクッ。


「……え?」


教室が静まり返る。

転んだはずの私は、なぜか着地成功のポーズ(片膝立ち)を決めていた。

そして、オムライスを受け止めた男子生徒は、恍惚の表情で咀嚼していた。


「う、美味い……! リナ様が投げたオムライスが、重力加速度によって旨味を増している……!」

「神業だ……!」

「アクロバティック配膳! これを見世物にしよう!」


「待って! 今のただの事故だから! 偶然だから!」


私の弁明は、湧き上がる拍手喝采にかき消された。

どうしてこうなる。

失敗すらも「エンターテイメント」に変換されてしまうなんて。


          ◇


特訓は続く。

次は、メイド喫茶の華、「オムライスへの落書き」だ。

ケチャップでハートを描いたり、「LOVE」と書いたりする、あれだ。


「リナ様、お願いします。お客様への愛を込めてください」


ケチャップ容器を渡される。

愛なんてない。あるのは「早く帰りたい」という殺意だけだ。

私はその感情をそのままぶつけることにした。


私はオムライスの上に、ドロドロとした赤い文字でこう書いた。


『 虚 無 』


達筆だった。

無駄に習字スキルが高かったせいで、ケチャップ文字が禍々しいほどの迫力を放っている。


「どうだ!」


私は鼻を鳴らした。

オムライスに「虚無」。

食欲減退間違いなしだ。これでお客様はドン引きして帰るだろう。


だが、クラスメイトたちはオムライスを取り囲み、感動に打ち震えていた。


「深い……」

「なんて哲学的なんだ」

「甘い卵料理の上に記された、人生の真理……。甘さの中に潜む空虚さを表現しているのか」

「これを食べれば、世俗の悩みから解放されそうだ」

「メニュー名決定! 『リナ様の悟りオムライス』、一皿金貨三枚!」


(高っ!!)


「リナちゃん、すごい! 私、『大好き』って書いちゃったけど、リナちゃんの方が芸術的だね!」


アリスちゃんが自分のオムライスを見せてくる。可愛いハートマークだ。

それでいいんだよ、ヒロイン。それが正解なんだよ。

なんで私の「虚無」が勝ってしまうんだ。


          ◇


そして、最難関の試練が訪れた。

アリスちゃんが目を輝かせて提案した、あのおまじないだ。


「リナちゃん! 最後はこれだよ! 『美味しくな〜れ、萌え萌えキュン♡』ってやるの!」


「……断る」


「えーっ! 絶対可愛いよ! みんなも見たいよね?」


クラス中がブンブンと首を縦に振る。

男子生徒に至っては、拝む準備をしている。


「やりたくない。死んでもやりたくない」


「お願い! リナちゃんがやってくれないと、私、悲しくて泣いちゃう!」


アリスちゃんがうるうるとした上目遣いで見てくる。

卑怯だ。ヒロインの涙は、この世界において核兵器に等しい。彼女が泣けば、天候が荒れ、イベント進行に支障が出る。


私は観念した。

やるしかない。

だが、魂までは売らない。

形だけやって、その心の無さをアピールしてやる。


私は気だるげに立ち上がり、死んだ魚のような目で、棒読みの呪文を唱えた。


「おいしくなーれ。もえもえきゅん(真顔)」


手でハートを作ることもせず、ただ指をパパッと振っただけ。

完全に「残業続きのOLが嫌々やらされた宴会芸」のテンションだ。


シン……と静まり返る教室。


やったか?

さすがにこれは「やる気ないなら帰れ」と言われるだろう。


恐る恐る顔を上げると、目の前にいた男子生徒が、鼻からツーっと鮮血を垂らしていた。


「……ギャップ萌え……ッ!」


バタッ。

彼は白目を剥いて倒れた。


「キャーッ! 救護班! 救護班!」

「ダメです、全員尊すぎて倒れてます!」


「すごい……普段はあんなにクールで、オムライスに『虚無』とか書くリナ様が、恥じらいを押し殺して、必死に魔法をかけてくれた……」

「その不器用さが愛おしい!」

「俺のオムライス、発光し始めたぞ!?」

「魔法が強すぎて物理干渉を起こしている!」


(なんでだよ!!)


私の適当なおまじないは、「ツンデレキャラによる至高のデレ行動」として解釈され、クラスメイトたちを次々と病院送りにしていた。


          ◇


放課後。

私は精根尽き果てて、机に突っ伏していた。

クラスメイトたちは「リナ様の衣装の最終調整だ!」と別室へ行ってしまい、教室には私とアリスちゃんだけが残っていた。


「リナちゃん、お疲れ様! 完璧だったよ!」


アリスちゃんがジュースを差し出してくる。


「……アリスちゃん。私、もうダメかもしれない」


「えー? どうして?」


「私、皿洗いがしたかったの。ゴム手袋をして、洗剤の泡にまみれて生きたかったの……」


「変なのー。あ、そうだ! リナちゃんにプレゼントが届いてるよ!」


アリスちゃんが、廊下に積まれていた山のような荷物を指差した。

嫌な予感がする。


一つ目の箱。金色の包装紙に包まれている。

差出人は『L・A』。レオナルド・アークライト殿下だ。

中を開けると、最高級の紅茶葉(缶入り)が百個と、手紙が入っていた。


『リナへ。

学園祭の準備で疲れているだろう。

この紅茶は、王家御用達の最高級品だ。当日はこれを使え。

それから、俺は当日までお前に会えないが、監視……いや、見守ることは忘れていない。

俺の愛を込めて、この紅茶の缶には全て俺の似顔絵を刻印しておいた。

客に振る舞うたびに、俺を思い出せ』


缶を見ると、確かに蓋にレオナルド殿下のキメ顔がエンボス加工されていた。

怖い。

こんなの出せるか。客が呪われる。


二つ目の箱。銀色の厳重なアタッシュケース。

差出人は『G・E』。ギルバート様だ。

中には、護身用と思われる小型のスタンガンと、分厚いマニュアルが入っていた。


『リナへ。

不特定多数の客と接すると聞いた。気が気ではない。

万が一、客がお前の指に触れようとしたり、不埒な視線を向けたりした場合は、躊躇なくこの「雷撃のスタンガン」を使え。

私が事前に騎士団に話を通しておいたので、正当防衛が認められるはずだ。

なお、当日は私が店の警備責任者として常駐する(変装して)。安心して給仕に励め』


(営業妨害だ!)

店内でスタンガンを振り回すメイドなんて、伝説どころか犯罪者だ。


そして、三つ目の箱。

これは箱というより、檻だった。

差出人は……書かれていないが、独特の薬品臭でわかる。シリウスだ。


中には、小型のロボットのようなものが入っていた。

蜘蛛のような形をしており、赤い目が光っている。


『リナ君へ。

僕はまだ牢の中だが、科学の力に壁はない。

これは自律型給仕補助ゴーレム「サーブ君1号」だ。

君が転びそうになったら支え、変な客が来たら自爆……じゃなくて、排除してくれる。

カメラ機能も搭載しているから、君のメイド姿を360度全方位から記録し、僕の網膜に直接転送してくれる優れものだ。

楽しみにしているよ』


私は無言で檻に布を被せた。

見なかったことにしよう。

当日、このロボットが起動しないことを祈るのみだ。


「わあ、みんな優しいね! リナちゃん、愛されてるー!」


アリスちゃんは能天気に手を叩いている。


「……アリスちゃん。これのどこが優しさなの? これは包囲網よ。包囲網なの」


私は天を仰いだ。

逃げ場はない。

学園祭当日は、クラスの信者たち、暴走する客、そして遠隔(一部近距離)から干渉してくる攻略対象たちという、全方向からの敵と戦わなければならない。


「もう、まな板の上の鯉ね……」


私は覚悟を決めた(諦めた)。

どうせ逃げられないなら、このカオスな祭りを最短で終わらせて、すぐに寮に引きこもろう。


しかし、私は忘れていた。

この物語には、もう一人の重要人物がいることを。

そう、この乙女ゲームの「悪役令嬢」ポジションである、公爵令嬢マリアンヌ様の存在を。


廊下の陰から、扇子で口元を隠した令嬢が、鋭い視線で私を睨んでいることに、まだ誰も気づいていなかった。


「……ふん。モブ風情が、調子に乗って。学園祭の主役は、この私よ」


嵐は、まだ序章に過ぎなかったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ