最終話 モブには戻れなかったけど、これはこれで幸せ
『リナ共有・平和維持条約』が締結されてから、一ヶ月が経った。
私の実家、バレット男爵家は、今や世界で最もセキュリティレベルが高く、かつ人口密度の高い「聖地」となっていた。
私の「平穏な老後」計画は完全に崩壊した。
代わりに始まったのは、曜日ごとに最強の男たちが入れ替わり立ち替わりやってくる、ジェットコースターのような日々だ。
◇
**【月曜日:王家公認の溺愛デー】**
「あーん、だ。リナ」
「……殿下。自分で食べられます」
「ダメだ。月曜日は俺がリナの手足になると決めている。さあ、最高級の桃だ。口を開けろ」
週の始まりは、レオナルド殿下だ。
彼は公務の合間を縫って(というより公務をねじ伏せて)朝から晩まで我が家に常駐している。
彼の愛し方は、とにかく「甘やかし」だ。
歩こうとすれば抱き上げられ、服を着替えようとすれば(侍女が)手伝い、私が「喉乾いたな」と呟けば、瞬時にグラスが口元に差し出される。
「リナ。来週は王家の別荘に行こう。島を一つ買い取って、二人きりの楽園を作った」
「行きません。来週はジャガイモの植え付けがあります」
「そうか。なら、その島をジャガイモ畑に改造しよう。王立魔術師団を動員して土壌改良させる」
「税金の無駄遣いです!」
私のツッコミも、殿下にとっては「愛のさえずり」にしか聞こえていないらしい。
疲れる。月曜から胃もたれする甘さだ。
◇
**【火曜日:鉄壁の騎士による護衛デー】**
「異常なし。……リナ、今日も可愛いな」
「ギルバート様、その格好やめてください」
火曜日は騎士団長ギルバート様だ。
彼は「護衛」という名目で、私がトイレに行く時すらドアの前で直立不動で待機している。
しかも、なぜかエプロン姿だ。
「家事は危険だ。包丁は刃物であり、火は災いだ。全て私がやる」
彼は神速の剣技で野菜を千切りにし、氷魔法で冷蔵庫の温度を管理する。
完璧な主夫だ。
ただ、視線が重い。
「リナ。私がついている限り、蚊一匹、紫外線の一筋たりともお前の肌には触れさせん」
「日向ぼっこくらいさせてください」
「なら、私が太陽を斬る」
「斬らないで!」
過保護が行き過ぎて、天体現象にまで喧嘩を売り始めている。
◇
**【水曜日:マッドサイエンティストの観察デー】**
「やあリナ君! 今日のバイタルも素敵だね! 特に朝の寝癖の角度が黄金比だ!」
水曜日はシリウスだ。
彼は私の部屋に勝手に最新鋭の家電(魔道具)を設置していく。
「見てくれ。これは『全自動リナ君洗浄機』だ。中に入れば泡と超音波で全身ピカピカ!」
「人間洗濯機ですよね!? 入りません!」
「じゃあこっちは? 『夢録画枕』。君が見た夢をDVDに焼いて保存できるよ」
「プライバシーの侵害です!」
彼は私の「嫌がる顔」のデータを収集することに命をかけているらしい。
変態だが、彼が持ってくる便利グッズ(掃除ロボットなど)は悔しいけれど役に立つので、無下にはできない。
◇
**【木曜日:帝国皇太子の豪快デー】**
「ガハハハ! リナ! 狩りに行くぞ!」
木曜日はジークフリート皇太子だ。
彼は毎回、戦艦や飛竜に乗って現れ、私を物理的に連れ出そうとする。
「今日は北の山脈でドラゴンを狩って、その肉でバーベキューだ!」
「行きません! スーパーの特売日で十分です!」
「なんだと? 特売日……それは戦場か?」
「ある意味そうですけど!」
結局、彼は私と一緒にスーパーに行き、「この肉を全部買占める!」と叫んで私に叱られ、しゅんとして荷物持ちをさせられている。
近所の奥様方からは「あら、リナちゃん、今日はワイルドな彼氏ね」と噂されている。
◇
**【金曜日:魔王様の異文化交流デー】**
「……狭いな、こたつというのは」
金曜日は魔王ルシファーだ。
彼は長身を折り曲げて、我が家のこたつに入り浸っている。
「だが、悪くない。……リナ、ミカンを剥いてくれ」
「自分で剥いてください、魔王様」
「我の手は破壊のためにある。ミカンの皮ごとき……握りつぶしてしまう」
「不器用か!」
彼は魔界の珍味(見た目がグロテスクだが味は絶品なキノコなど)をお土産に持ってきてくれる。
両親はすっかり彼に餌付けされ、「ルシファー君、今日は鍋にするかい?」と可愛がっている。
魔王の威厳はどこへ行った。
◇
**【土曜日:女子会という名の戦略会議】**
「リナ! 来週のデート服はこれよ!」
土曜日はマリアンヌ様とアリスちゃんの日だ。
マリアンヌ様は私のプロデューサーとして、一週間の私の振る舞いを採点し、翌週のコーディネートを決める。
「火曜日のギルバートへの対応、少し冷たすぎたわ。次は『アメとムチ』のアメを3割増やしなさい」
「仕事のダメ出しみたいに言わないでください……」
「リナちゃーん! ケーキ食べよー!」
アリスちゃんは私の膝の上を定位置にして、ただただ癒やしを振りまいてくれる。
唯一の安らぎだ。
ただし、彼女が無自覚に「来週はみんなで温泉旅行に行こうよ!」と爆弾提案をしてくるので気は抜けない。
◇
そして、日曜日。
協定で定められた「完全休日」。
誰の干渉も受けず、私が一人で過ごせる唯一の日……のはずだった。
私は庭に出て、トマトに水をやっていた。
青空が広がり、風が心地よい。
ああ、平和だ。これぞ私の求めていたスローライフ。
「……ふぅ」
私はじょうろを置いて、空を見上げた。
ふと、庭の垣根の向こうを見る。
そこには。
木の陰から双眼鏡で見ている殿下。
屋根の上で擬態しているギルバート様。
ドローンを飛ばしているシリウス。
上空高くで待機している帝国の戦艦。
地面から目だけ出している使い魔(魔王の部下)。
全員、いる。
接触は禁止されているが、「見守る(監視する)」ことは禁止されていないからだ。
「……はぁ」
私は大きなため息をついた。
休まらない。
視線だけで肌が焼けそうだ。
でも。
「リナ! おやつの時間だよ!」
家の中から、お母さんの声が聞こえた。
「はーい!」
私は返事をして、家に戻ろうとした。
その時、隠れていた彼らが一斉にビクッとして、期待に満ちたオーラを放ったのがわかった。
『おやつ……リナが食べる姿を見られるチャンス!』という心の声が聞こえてきそうだ。
私は苦笑した。
かつて、私は「通行人A」になりたかった。
誰の目にも留まらず、物語の端っこでひっそりと生きる、名前のないモブに。
でも今は。
「……しょうがないなぁ」
私は振り返り、隠れている彼らに向かって、ニカっと笑って手招きをした。
「みんなも! お茶にするから出てきて!」
その瞬間。
ガサガサッ! ドサッ! ウィーン!
隠れていた最強の男たちが、待ってましたとばかりに飛び出してきた。
「リナ! 俺の隣だ!」
「いや、私が茶を淹れよう!」
「クッキーの成分分析は任せて!」
「肉はないのか!」
「我にもミカンを!」
庭が一瞬にしてカオスになる。
騒がしくて、面倒くさくて、重たくて。
でも、不思議と嫌じゃなかった。
私の【魅了:S+】は、バグかもしれない。
でも、このバグが引き寄せた彼らとの絆は、もうプログラムでは説明できない「何か」に変わっている気がする。
「まあ、こういう人生も、悪くない……かな?」
私は彼らの中心で、呆れながらも笑った。
『モブに徹したい私 vs 絶対に私をヒロインにしたい世界』。
この勝負。
どうやら、引き分け(私の負け)で幕を閉じたようだ。
これからも、私の「全然モブじゃない日常」は続いていく。
最強の愛に包まれて。
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