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モブに徹したい私 vs 絶対に私をヒロインにしたい世界  作者: 九葉


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20/20

最終話 モブには戻れなかったけど、これはこれで幸せ

『リナ共有・平和維持条約』が締結されてから、一ヶ月が経った。


私の実家、バレット男爵家は、今や世界で最もセキュリティレベルが高く、かつ人口密度の高い「聖地」となっていた。


私の「平穏な老後」計画は完全に崩壊した。

代わりに始まったのは、曜日ごとに最強の男たちが入れ替わり立ち替わりやってくる、ジェットコースターのような日々だ。


          ◇


**【月曜日:王家公認の溺愛デー】**


「あーん、だ。リナ」


「……殿下。自分で食べられます」


「ダメだ。月曜日は俺がリナの手足になると決めている。さあ、最高級の桃だ。口を開けろ」


週の始まりは、レオナルド殿下だ。

彼は公務の合間を縫って(というより公務をねじ伏せて)朝から晩まで我が家に常駐している。

彼の愛し方は、とにかく「甘やかし」だ。

歩こうとすれば抱き上げられ、服を着替えようとすれば(侍女が)手伝い、私が「喉乾いたな」と呟けば、瞬時にグラスが口元に差し出される。


「リナ。来週は王家の別荘に行こう。島を一つ買い取って、二人きりの楽園を作った」


「行きません。来週はジャガイモの植え付けがあります」


「そうか。なら、その島をジャガイモ畑に改造しよう。王立魔術師団を動員して土壌改良させる」


「税金の無駄遣いです!」


私のツッコミも、殿下にとっては「愛のさえずり」にしか聞こえていないらしい。

疲れる。月曜から胃もたれする甘さだ。


          ◇


**【火曜日:鉄壁の騎士による護衛デー】**


「異常なし。……リナ、今日も可愛いな」


「ギルバート様、その格好やめてください」


火曜日は騎士団長ギルバート様だ。

彼は「護衛」という名目で、私がトイレに行く時すらドアの前で直立不動で待機している。

しかも、なぜかエプロン姿だ。


「家事は危険だ。包丁は刃物であり、火は災いだ。全て私がやる」


彼は神速の剣技で野菜を千切りにし、氷魔法で冷蔵庫の温度を管理する。

完璧な主夫だ。

ただ、視線が重い。


「リナ。私がついている限り、蚊一匹、紫外線の一筋たりともお前の肌には触れさせん」


「日向ぼっこくらいさせてください」


「なら、私が太陽を斬る」


「斬らないで!」


過保護が行き過ぎて、天体現象にまで喧嘩を売り始めている。


          ◇


**【水曜日:マッドサイエンティストの観察デー】**


「やあリナ君! 今日のバイタルも素敵だね! 特に朝の寝癖の角度が黄金比だ!」


水曜日はシリウスだ。

彼は私の部屋に勝手に最新鋭の家電(魔道具)を設置していく。


「見てくれ。これは『全自動リナ君洗浄機』だ。中に入れば泡と超音波で全身ピカピカ!」


「人間洗濯機ですよね!? 入りません!」


「じゃあこっちは? 『夢録画枕』。君が見た夢をDVDに焼いて保存できるよ」


「プライバシーの侵害です!」


彼は私の「嫌がる顔」のデータを収集することに命をかけているらしい。

変態だが、彼が持ってくる便利グッズ(掃除ロボットなど)は悔しいけれど役に立つので、無下にはできない。


          ◇


**【木曜日:帝国皇太子の豪快デー】**


「ガハハハ! リナ! 狩りに行くぞ!」


木曜日はジークフリート皇太子だ。

彼は毎回、戦艦や飛竜に乗って現れ、私を物理的に連れ出そうとする。


「今日は北の山脈でドラゴンを狩って、その肉でバーベキューだ!」


「行きません! スーパーの特売日で十分です!」


「なんだと? 特売日……それは戦場か?」


「ある意味そうですけど!」


結局、彼は私と一緒にスーパーに行き、「この肉を全部買占める!」と叫んで私に叱られ、しゅんとして荷物持ちをさせられている。

近所の奥様方からは「あら、リナちゃん、今日はワイルドな彼氏ね」と噂されている。


          ◇


**【金曜日:魔王様の異文化交流デー】**


「……狭いな、こたつというのは」


金曜日は魔王ルシファーだ。

彼は長身を折り曲げて、我が家のこたつに入り浸っている。


「だが、悪くない。……リナ、ミカンを剥いてくれ」


「自分で剥いてください、魔王様」


「我の手は破壊のためにある。ミカンの皮ごとき……握りつぶしてしまう」


「不器用か!」


彼は魔界の珍味(見た目がグロテスクだが味は絶品なキノコなど)をお土産に持ってきてくれる。

両親はすっかり彼に餌付けされ、「ルシファー君、今日は鍋にするかい?」と可愛がっている。

魔王の威厳はどこへ行った。


          ◇


**【土曜日:女子会という名の戦略会議】**


「リナ! 来週のデート服はこれよ!」


土曜日はマリアンヌ様とアリスちゃんの日だ。

マリアンヌ様は私のプロデューサーとして、一週間の私の振る舞いを採点し、翌週のコーディネートを決める。


「火曜日のギルバートへの対応、少し冷たすぎたわ。次は『アメとムチ』のアメを3割増やしなさい」


「仕事のダメ出しみたいに言わないでください……」


「リナちゃーん! ケーキ食べよー!」


アリスちゃんは私の膝の上を定位置にして、ただただ癒やしを振りまいてくれる。

唯一の安らぎだ。

ただし、彼女が無自覚に「来週はみんなで温泉旅行に行こうよ!」と爆弾提案をしてくるので気は抜けない。


          ◇


そして、日曜日。

協定で定められた「完全休日」。

誰の干渉も受けず、私が一人で過ごせる唯一の日……のはずだった。


私は庭に出て、トマトに水をやっていた。

青空が広がり、風が心地よい。

ああ、平和だ。これぞ私の求めていたスローライフ。


「……ふぅ」


私はじょうろを置いて、空を見上げた。


ふと、庭の垣根の向こうを見る。


そこには。


木の陰から双眼鏡で見ている殿下。

屋根の上で擬態しているギルバートバレてる

ドローンを飛ばしているシリウス。

上空高くで待機している帝国の戦艦。

地面から目だけ出している使い魔(魔王の部下)。


全員、いる。

接触は禁止されているが、「見守る(監視する)」ことは禁止されていないからだ。


「……はぁ」


私は大きなため息をついた。

休まらない。

視線だけで肌が焼けそうだ。


でも。


「リナ! おやつの時間だよ!」


家の中から、お母さんの声が聞こえた。


「はーい!」


私は返事をして、家に戻ろうとした。

その時、隠れていた彼らが一斉にビクッとして、期待に満ちたオーラを放ったのがわかった。

『おやつ……リナが食べる姿を見られるチャンス!』という心の声が聞こえてきそうだ。


私は苦笑した。


かつて、私は「通行人A」になりたかった。

誰の目にも留まらず、物語の端っこでひっそりと生きる、名前のないモブに。


でも今は。


「……しょうがないなぁ」


私は振り返り、隠れている彼らに向かって、ニカっと笑って手招きをした。


「みんなも! お茶にするから出てきて!」


その瞬間。

ガサガサッ! ドサッ! ウィーン!

隠れていた最強の男たちが、待ってましたとばかりに飛び出してきた。


「リナ! 俺の隣だ!」

「いや、私が茶を淹れよう!」

「クッキーの成分分析は任せて!」

「肉はないのか!」

「我にもミカンを!」


庭が一瞬にしてカオスになる。

騒がしくて、面倒くさくて、重たくて。


でも、不思議と嫌じゃなかった。


私の【魅了:S+】は、バグかもしれない。

でも、このバグが引き寄せた彼らとの絆は、もうプログラムでは説明できない「何か」に変わっている気がする。


「まあ、こういう人生も、悪くない……かな?」


私は彼らの中心で、呆れながらも笑った。


『モブに徹したい私 vs 絶対に私をヒロインにしたい世界』。


この勝負。

どうやら、引き分け(私の負け)で幕を閉じたようだ。


これからも、私の「全然モブじゃない日常」は続いていく。

最強の愛に包まれて。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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