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モブに徹したい私 vs 絶対に私をヒロインにしたい世界  作者: 九葉


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19/20

第19話 世界を救うのは「勇者」ではなく「お母さんの味噌汁」だった

目が覚めると、私は空の上にいた。


「……あれ?」


豪華な天蓋付きのベッド。

窓の外を流れる雲。

そして、眼下に広がる、見慣れた王都の町並み。


「うわぁぁぁぁぁ! 本当に飛んでるぅぅぅ!」


私は飛び起きて窓枠にしがみついた。

魔王城は、重力など知ったことかと言わんばかりのスピードで、王都の上空へ侵入しつつあった。

巨大な影が都を覆い、人々が蟻のように逃げ惑っている……いや、待てよ?


目を凝らすと、逃げ惑っているのではない。

王城のバルコニーで、国王陛下が手を振っているのが見えた。


「おお! 見よ! リナが『空飛ぶ城』に乗って帰還したぞ!」


陛下が拡声魔法で叫んでいる。


「なんと派手な凱旋だ! 魔王城を略奪してマイホームにするとは、さすが我が国の国宝! スケールが違う!」


(違います! 拉致です! 誘拐です!)


地上の市民たちも、「リナ様バンザイ!」「新しい観光名所だ!」と手を叩いて喜んでいる。

この国の危機管理能力はどうなっているんだ。


ドォォォォン!!


城内で爆発音が響いた。

まだやっているのか。

私は寝間着(魔王が用意した最高級シルクのネグリジェ)のまま、部屋を飛び出した。


          ◇


玉座の間は、もはや原形を留めていなかった。

屋根はなくなり、青空(王都の空)が丸見えだ。


瓦礫の山の上で、男たちが肩で息をしていた。


「ハァ……ハァ……しぶといな、魔王」

レオナルド殿下が、折れた聖剣を杖にして立っている。


「貴様らこそ……人間にしてはやる」

魔王ルシファーも、片方の翼がボロボロになりながらも、不敵に笑っている。


「まだだ……まだ弾はある!」

ジークフリート皇太子が、空になったガトリング砲を投げ捨て、素手で構える。


「リナの……リナの笑顔を守るまでは……!」

ギルバート様が、血まみれの顔で氷の壁を作る。


全員、限界だ。

魔力も体力も尽きかけている。

それでも彼らを突き動かしているのは、異常なまでの「執着心」のみ。


「いい加減に……」


私は瓦礫を踏み越え、彼らの中心へと歩み出た。


「いい加減にしてください!!」


私の怒鳴り声が、戦場に響き渡った。

男たちが一斉にこちらを見る。


「リナ!」

「無事だったか!」


「無事じゃありません! 見てください、下を!」


私は床に空いた大穴を指差した。

そこには、私の実家である「バレット男爵邸」の屋根が見えていた。

魔王城は、ピンポイントで私の実家の上空10メートルでホバリングしていたのだ。


「あそこには、私のお父さんとお母さんがいるんです! 庭にはお母さんが手塩にかけて育てたトマトがあるんです! あなたたちが瓦礫を落とすたびに、トマトが潰れているんですよ!?」


「ト、トマト……?」

殿下が呆気にとられる。


「世界の覇権よりも、トマトの方が大事だと言うのか?」

魔王が眉をひそめる。


「大事です! 私の平和な老後の象徴なんです! それを……それを……」


私は涙を流した。

演技ではない。

連日のストレスと疲労、そして愛する平穏が壊されていく悲しみが、決壊したのだ。


「もう嫌ぁぁぁぁ! 喧嘩するなら他所でやってよぉぉぉ! 私を巻き込まないでよぉぉぉ!」


私はその場に座り込み、子供のように泣きじゃくった。


その瞬間。

世界が静止した。


【システム通知】

対象:リナ・バレット

状態:号泣ガチ

特殊効果発動:『世界干渉ワールド・リセット


男たちの脳内に、強烈な電流が走った。


「泣かせ……た?」

殿下が青ざめた。


「我々が……リナを?」

ギルバート様が剣を取り落とした。


「俺の女神が……涙を……」

ジークフリートが膝をついた。


「温もりを与えてくれた女を、我が手で絶望させたというのか……」

魔王が翼を閉じた。


彼らの闘争心が、急速に萎んでいく。

代わりに湧き上がってきたのは、強烈な「罪悪感」と「庇護欲」だった。


「すまない、リナ!」

「私が悪かった!」

「泣き止んでくれ!」


四人の最強の男たちが、私を取り囲んでオロオロし始めた。

世界を滅ぼせる力を持つ彼らが、一人の少女の涙の前では無力だった。


「……降りる」


私が鼻をすすりながら呟くと、魔王が即座に反応した。


「わかった。今すぐ降ろそう。……おい、着陸だ! トマト一粒たりとも傷つけるなよ! ソフトランディングだ!」


魔王城が、ふわりと降下を始めた。

王立学園の広大なグラウンド(昨日メカ・リナちゃんで更地になった場所)へ、羽根が舞い降りるように静かに着地する。


ズゥゥゥゥン……。


着陸成功。

私は裸足のまま、城を飛び出した。


          ◇


一時間後。

バレット男爵家の、こじんまりとしたダイニングルーム。


そこには、異様な光景が広がっていた。


「さあさあ、何もありませんが、お茶でもどうぞ」


私の母(ほわほわした天然おばさん)が、盆にお茶と煎餅を載せて配っている。

父(人の良さそうな小太りのおじさん)が、新聞を読みながらニコニコしている。


そして、狭いテーブルを囲んで座っているのは。


第一王子レオナルド。

騎士団長ギルバート。

帝国皇太子ジークフリート。

魔王ルシファー。

天才魔術師シリウス(窓から覗いている)。


この世の権力と武力のトップ5が、ちゃぶ台を囲んで正座していた。

シュールすぎる。


「あらあら、リナちゃんがお城を持って帰ってくるなんて驚いたわあ。お土産かしら?」

母がのんきに言う。


「お父さん、庭の日当たりが悪くなるから、あとで移動してもらわないとなあ」

父も危機感ゼロだ。


さすが私の両親。

モブとしての適応能力が高すぎる。

彼らにとっては、魔王も王子も「娘の友達」というカテゴリで処理されているようだ。


「……うまい」


魔王が、母の出した味噌汁(朝食の残り)を一口飲んで呟いた。


「これが味噌汁か……。五臓六腑に染み渡る。この味、魔界のシェフにも再現させねば」


「煎餅も悪くないな。……歯ごたえが軍用糧食レーションに似ている」

ジークフリートがバリボリと齧っている。


「この茶器……安物だが、リナが使っていると思うと、聖杯に見えてくる」

殿下が湯呑みを愛でている。


彼らは戦いを終え、奇妙な落ち着きを取り戻していた。

いや、私の「実家」という圧倒的な「日常空間」の空気に飲まれているのだ。


「さて」


私はエプロン姿(母のを借りた)で、仁王立ちになった。


「皆さん。これからの話をします」


男たちが背筋を伸ばす。


「私は、この家で暮らします。王宮にも、帝国にも、魔界にも行きません。ここで野菜を育てて、平和に暮らします。これは決定事項です」


「だが、リナ……」

殿下が反論しようとする。


「口答えは禁止です! また泣きますよ!」


「うっ……」

殿下が口を閉ざす。私の涙は最強の武器だ。


「でも、あなたたちは私を諦めないでしょう。ストーカー気質だし、粘着質だし、人の話聞かないし」


「否定はしない」

ギルバート様が真顔で頷く。


「そこで、提案があります。……『協定』を結びましょう」


マリアンヌ様が、一枚の羊皮紙を持って現れた。

彼女はちゃっかり父の書斎で契約書を作成していたのだ。


「名付けて『リナ共有・平和維持条約』よ」


内容はこうだ。


1.リナの居住権は「バレット男爵家」にあるものとする。

2.各攻略対象は、定められた「曜日」のみ、リナへの面会・デート権を有する。

3.面会時間外の干渉、抜け駆け、拉致監禁は厳禁とする。違反者は「リナの涙」および「全員からの総攻撃」を受ける。

4.日曜日はリナの「完全休日」とし、誰の接触も受け付けない(こたつで寝る権利)。


「……なるほど。ローテーション制か」

ジークフリートが腕を組む。


「月曜は俺だ。王族の公務の都合上、週の初めが良い」

殿下が早速主張する。


「火曜は私だ。騎士団の定休日に合わせる」

ギルバート様。


「水曜は僕だね。実験データの集計日だから」

シリウス。


「木曜は俺だ。帝国から飛竜で通うには時間がかかる」

ジークフリート。


「金曜は我だ。魔王城(現在は校庭に駐機中)からの送迎付きだ」

魔王。


土曜日は、アリスちゃんとマリアンヌ様による「女子会(プロデュース会議)」枠となった。


「……異論は、ないですね?」


私が睨むと、男たちは顔を見合わせた。


正直、彼らにとっては不満だろう。

独占したいはずだ。

だが、彼らは学んだのだ。

争えば、私が壊れる(泣く)。

そして、一人が独占しようとすれば、世界大戦が起きる。

ならば、秩序を持って共有し、その限られた時間の中で最大限のアピールをして「選ばれる」のを待つしかない、と。


「……よかろう」

魔王が重々しく頷いた。


「週に一度、この味噌汁が飲めるなら悪くない」


「俺も同意する。……一生会えないよりはマシだ」

殿下がサインする。


次々と署名されていく契約書。

その光景を見ながら、私は深い、深いため息をついた。


解決……したのか?

これ、要するに「日替わりで最強の男たちが家に押しかけてくる」ってことじゃない?

全然「モブ」じゃない。

むしろ「逆ハーレムの中心地」として固定されてしまった。


「まあ、いっか……」


窓の外を見る。

魔王城が校庭に鎮座し、その周りでアリスちゃんがケルベロスと遊んでいる。

空には帝国の戦艦が浮かび、近衛騎士団が警備に当たっている。


日常は壊れた。

でも、少なくとも「監禁エンド」や「死亡エンド」は回避できた。

それだけで、今は良しとしよう。


「お母さーん! 味噌汁のお代わり!」

ジークフリートが叫ぶ。


「こら! 勝手にお代わりしない! 自分の国に帰ってから食べて!」


私はお玉を持って彼を叩いた。

男たちが「おお……」「家庭的だ……」と目を輝かせる。


こうして、私の世界を巻き込んだ逃走劇は、ちゃぶ台の上での平和条約締結によって、一応の決着を見たのだった。

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