第16話 事後処理という名の「聖女伝説」の始まり
学園祭という名の嵐が過ぎ去り、王立学園には平穏な日常が戻ってくる……はずだった。
翌朝、私は重い足取りで登校していた。
全身が痛い。
筋肉痛ではない。精神的な打撲痛だ。
昨日の「システム管理者との対話」という訳のわからないイベントのせいで、私のSAN値(正気度)はマイナスに振り切れていた。
「……おはよう、リナ」
校門の前で、見覚えのある金髪の青年が待ち構えていた。
レオナルド殿下だ。
彼は爽やかな笑顔で手を振っているが、その背後にはなぜかレッドカーペットが敷かれ、近衛騎士団が整列してファンファーレを吹いていた。
「な、なんですかこれ」
「挨拶だ。昨夜、バルコニーで語り合った仲だろう? これくらいの出迎えは当然だ」
「語り合ってません。一方的に囲まれていただけです」
「照れるな。……さあ、教室までエスコートしよう。お前の足に砂埃一つつけさせん」
殿下が手を差し出してくる。
拒否権はない。
周囲の生徒たちが「キャーッ! 朝から眼福!」「公式カップル確定演出!」と黄色い声を上げているからだ。
私は諦めて殿下の手を取り、レッドカーペットの上を歩き出した。
モブ人生、完全終了のお知らせである。
◇
教室に入ると、さらなる異変が私を待っていた。
「あ、リナ様だ!」
「リナ様、おはようございます!」
「今日も空気が美味しい!」
クラスメイト全員が起立し、私に向かって一斉に最敬礼したのだ。
しかも、教室の奥……私の席があった場所が、様変わりしていた。
そこには、金色の祭壇のようなものが設置され、その中心にガラスケースが置かれていた。
ケースの中には、カピカピに干からびたオムライスが鎮座している。
そう、私が昨日、ヤケクソで「虚無」と書いたあのオムライスだ。
「……何これ」
私は祭壇を指差して震えた。
アリスちゃんが飛び出してきて、誇らしげに胸を張った。
「えへへ、すごいでしょ! リナちゃんの『虚無オムライス』を永久保存処理したんだよ! シリウス先生が『時間停止魔法』をかけてくれたの!」
「捨ててよ! 生ゴミだよそれ!」
「ダメだよ! これは我がクラスの……ううん、学園の至宝なんだから! 『聖遺物』として登録申請中だよ!」
頭が痛い。
私の黒歴史が、国宝級の扱いで保存されようとしている。
さらに黒板を見ると、今月の目標欄にこう書かれていた。
【目標:リナ様の尊さを守る】
【禁止事項:リナ様に大声を出す、リナ様を走らせる、リナ様に労働させる】
「あの、私、掃除当番とか……」
「とんでもない!」
男子生徒が叫んだ。
「リナ様が箒を持てば、その箒が聖剣になってしまいます! 掃除は我々下々の者が行いますので、リナ様はそこで呼吸をしていてください!」
呼吸をするだけの仕事。
前世なら「最高の職場だ」と喜んだかもしれないが、今は針のむしろだ。
「……リナ」
背後からギルバート様が現れた。
彼は深刻な顔で、一枚の羊皮紙を私に差し出した。
「どうしたんですか、そんな怖い顔して」
「……王宮からの召喚状だ」
「へ?」
「昨日の学園祭の騒ぎ……特に、巨大ロボとシステム管理者の件が、国王陛下の耳に入ったらしい。『その中心にいた娘を連れてこい』との仰せだ」
時が止まった。
国王陛下。
この国の最高権力者であり、レオナルド殿下の父親。
ゲームの設定では、厳格で冷徹、実力主義の塊のような王様だったはずだ。
「処刑……ですか?」
私はガタガタと震えた。
王都の空を爆発させ、学園を半壊させ、息子をたぶらかした罪。
死刑以外に思いつかない。
「安心しろ。処刑などさせない」
殿下が私の肩を抱いた。
「父上は少し頭が固いだけだ。俺が説得する。それに、お前を断罪しようものなら、俺が国を捨ててお前と駆け落ちする覚悟はできている」
「やめてください。戦争になります」
「私も同行する」
ギルバート様が剣の柄に手をかけた。
「もし陛下が理不尽な命令を下すなら……騎士団長の職を辞してでも、お前の盾になる」
「ニートにならないでください」
こうして、私は登校してわずか十分で、王宮へと連行されることになった。
「モブとしての平穏な生活」どころか、国家レベルの重要参考人としての生活が始まろうとしていた。
◇
王宮への移動は、王家専用の豪華な馬車だった。
乗り心地は最高だが、心持ちは囚人護送車である。
隣には殿下。向かいにはギルバート様。
窓の外には、物珍しそうにこちらを見る市民たち。
シリウスは「僕は王宮出入り禁止だから」と、小型ドローン(ハエ型)を私の髪飾りに仕込んで参加している。
「緊張しているのか、リナ」
殿下が私の氷のように冷たい手を握った。
「大丈夫だ。父上は、ただお前に興味があるだけだ。……まあ、『俺を骨抜きにした女』として警戒はしているだろうが」
「それが一番怖いんです」
王城の門をくぐる。
威圧感のある石造りの城壁。
ずらりと並んだ衛兵たち。
前世で観光地として見た城とは訳が違う、本物の権力の中枢だ。
謁見の間へと続く長い廊下を歩く。
カツ、カツ、カツ。
足音が響くたびに、寿命が縮まる気がする。
「リナ・バレット嬢、入室!」
重厚な扉が開かれた。
そこには、広い空間と、赤い絨毯、そして玉座に座る一人の男がいた。
国王レジナルド。
レオナルド殿下をそのまま渋くし、威厳を百倍くらい上乗せしたようなナイスミドルだ。
その鋭い眼光が、入り口に立った私を射抜く。
(ひいっ……! 目が合った瞬間に処刑されそう!)
私は反射的に、その場に平伏した。
最速の土下座(ジャンピング土下座)だ。
勢い余って額を床にぶつけた。ゴンッ!
「……面を上げよ」
重低音ボイスが響く。
私は恐る恐る顔を上げた。額が痛い。
国王陛下は、私をじっと見下ろしていた。
値踏みするような、探るような目だ。
「そなたが、リナ・バレットか」
「は、はい! しがない男爵家の三女、リナでございます! 特技は空気読みと逃走です!」
「……ほう」
陛下は顎をさすった。
「レオナルド。この娘が、お前が『国を傾けてでも手に入れたい』と宣った女か?」
「はい、父上」
殿下が堂々と答える。
「彼女こそが私の運命です。彼女以外を妃に迎えるつもりはありません」
「ギルバート。お前もか?」
「御意。彼女は我が魂の安息地。彼女を守るためなら、私は剣を王に向けることも辞しません」
「……ふむ」
陛下は鼻を鳴らした。
空気が重い。
息子と重臣が、一人の小娘のために謀反をほのめかしているのだ。
激怒して当然だ。
「して、娘よ。そなたは、この二人をどう思っているのだ?」
陛下が私に問うた。
究極の質問だ。
ここで「好きです」と言えば、「息子をたぶらかした悪女」として処刑。
「嫌いです」と言えば、「王族を愚弄した」として処刑。
どちらに転んでもデッドエンド。
私は震える唇を開いた。
嘘はつけない。
なら、正直な気持ちを、最大限にオブラートに包んで伝えるしかない。
「……め、迷惑、です」
「……何?」
「あ、いえ、その! お二人はあまりにも眩しすぎて! 私のような日陰者には光が強すぎるのです! そばにいるだけで日焼けしそうです! できれば半径5メートル以上離れて、双眼鏡で眺めるくらいの距離感がベストだと思っております!」
必死の弁明だ。
「嫌い」ではなく「恐れ多い」というニュアンスを含ませたつもりだった。
室内が静まり返る。
やってしまったか?
不敬罪か?
陛下が立ち上がった。
そして、玉座の階段をゆっくりと降りてくる。
私の目の前まで来ると、彼はしゃがみ込み、私の目を見つめた。
「……つまり、地位も権力も顔も、そなたには無価値だと?」
「無価値というか……私には過ぎた荷物と言いますか……。私はただ、庭で野菜を育てて、夜はぐっすり眠る生活がしたいだけでして……」
陛下が目を見開いた。
そして次の瞬間、その厳格な顔がくしゃりと歪んだ。
「……なんてことだ」
陛下が私の手をガシッと掴んだ。
「余は……余は感動した!!」
「はい?」
「王宮に群がるのは、権力欲にまみれたハイエナばかり。誰もが余の顔色を窺い、媚びへつらう。……だが、そなたは違う!」
陛下の手が熱い。
「王族を『迷惑』と言い切るその胆力! そして『野菜を育てたい』という地に足のついた思想! これこそが、真に国を憂う者の姿ではないか!」
(違います。ただの事なかれ主義です)
「素晴らしい……。レオナルドが見初めるのも無理はない。いや、レオナルドには勿体ない!」
陛下が立ち上がり、高らかに宣言した。
「リナ・バレットよ! 余はそなたを気に入った!」
【システム通知】
隠しキャラ:国王レジナルド
状態:陥落
ルート確定:『王家公認の国宝』ルート
またバグった。
私の【魅了:S+】は、王様の「人間不信」設定すらも貫通してしまったらしい。
「父上、リナの手を離してください。馴れ馴れしい」
殿下が不機嫌そうに割って入る。
「うるさい! 未来の娘(嫁)の手を握って何が悪い!」
陛下は一歩も引かない。
「いいか、リナ。そなたのような無欲な人間にこそ、国の中枢にいてほしいのだ。……どうだ、余の相談役にならんか? 給金は弾むぞ」
「いえ、結構です! 私、難しいことはわかりません!」
「その『わからない』と言える正直さが良いのだ! 大臣どもは知ったかぶりばかりするからな!」
ダメだ。何でもポジティブに変換される。
その時。
ドローンを通じて、シリウスの声が私の脳内に直接響いた。
『リナ君、ピンチのようだね。だが朗報だ。昨日のシステム管理者との接触で、君のステータスに変化が生じている』
(変化?)
『君の周囲で、確率変動(運の偏り)が起きている。試しに、窓の外を見てごらん』
私は言われるがままに、謁見の間の大きな窓を見た。
そこには、王宮の庭園が広がっているのだが……。
「……え?」
冬の入り口だというのに、庭園の木々が一斉に花を咲かせていた。
桜、薔薇、向日葵。
季節外れの百花繚乱。
しかも、それらが風に乗って花びらを舞い上げ、窓の外で「ハートマーク」を描いている。
「こ、これは……奇跡だ!」
陛下が叫んだ。
「そなたが来た途端、枯れかけていた王家の庭園が蘇った! やはりそなたは『豊穣の女神』の申し子か!」
(ただのバグです! 世界のテクスチャ表示がおかしくなってるだけです!)
「決まりだ」
陛下は重々しく頷いた。
「リナ・バレット。そなたを本日付けで、この国の『人間国宝』に認定する」
「……にんげんこくほう?」
「うむ。王家の庇護下に入り、国を挙げてそなたを守る。税金は免除。衣食住は最高ランクを保証。ただし、国外への流出は断固阻止する」
「それって、要するに……」
「一生、この国から出られない(逃げられない)ということだ」
殿下が耳元で囁いた。
「よかったな、リナ。これで俺たちは、法律的にも離れられなくなった」
「私も安心した。騎士団総出で『国宝警備』の任務に当たれる」
ギルバート様も満足げだ。
私は床に突っ伏した。
終わった。
野菜を育てて暮らす夢は叶うかもしれない(国宝として)。
でも、その野菜畑は、たぶん鉄格子とイケメンに囲まれた場所にあるのだろう。
「……謹んで、辞退申し上げたいのですが……」
「謙虚なところも素晴らしい! 宴だ! 今夜は国を挙げての祝賀パーティだ!」
陛下の号令で、王宮中が慌ただしく動き始めた。
私の意思は、巨大な国家権力という歯車に飲み込まれていく。
こうして、「学園のアイドル」から「国のアイドル」へとジョブチェンジさせられた私は、逃げ場のない王宮生活へと足を踏み入れることになったのだ。
だが、私はまだ知らなかった。
人間国宝になったことで、私の存在が「隣国」の野心的な皇子や、「魔王」を名乗る中二病の男たちにまで目をつけられることになる未来を。




