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モブに徹したい私 vs 絶対に私をヒロインにしたい世界  作者: 九葉(くずは)


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16/20

第16話 事後処理という名の「聖女伝説」の始まり

学園祭という名の嵐が過ぎ去り、王立学園には平穏な日常が戻ってくる……はずだった。


翌朝、私は重い足取りで登校していた。

全身が痛い。

筋肉痛ではない。精神的な打撲痛だ。

昨日の「システム管理者との対話」という訳のわからないイベントのせいで、私のSAN値(正気度)はマイナスに振り切れていた。


「……おはよう、リナ」


校門の前で、見覚えのある金髪の青年が待ち構えていた。

レオナルド殿下だ。

彼は爽やかな笑顔で手を振っているが、その背後にはなぜかレッドカーペットが敷かれ、近衛騎士団が整列してファンファーレを吹いていた。


「な、なんですかこれ」


「挨拶だ。昨夜、バルコニーで語り合った仲だろう? これくらいの出迎えは当然だ」


「語り合ってません。一方的に囲まれていただけです」


「照れるな。……さあ、教室までエスコートしよう。お前の足に砂埃一つつけさせん」


殿下が手を差し出してくる。

拒否権はない。

周囲の生徒たちが「キャーッ! 朝から眼福!」「公式カップル確定演出!」と黄色い声を上げているからだ。


私は諦めて殿下の手を取り、レッドカーペットの上を歩き出した。

モブ人生、完全終了のお知らせである。


          ◇


教室に入ると、さらなる異変が私を待っていた。


「あ、リナ様だ!」

「リナ様、おはようございます!」

「今日も空気が美味しい!」


クラスメイト全員が起立し、私に向かって一斉に最敬礼したのだ。

しかも、教室の奥……私の席があった場所が、様変わりしていた。


そこには、金色の祭壇のようなものが設置され、その中心にガラスケースが置かれていた。

ケースの中には、カピカピに干からびたオムライスが鎮座している。

そう、私が昨日、ヤケクソで「虚無」と書いたあのオムライスだ。


「……何これ」


私は祭壇を指差して震えた。


アリスちゃんが飛び出してきて、誇らしげに胸を張った。


「えへへ、すごいでしょ! リナちゃんの『虚無オムライス』を永久保存処理したんだよ! シリウス先生が『時間停止魔法』をかけてくれたの!」


「捨ててよ! 生ゴミだよそれ!」


「ダメだよ! これは我がクラスの……ううん、学園の至宝なんだから! 『聖遺物アーティファクト』として登録申請中だよ!」


頭が痛い。

私の黒歴史が、国宝級の扱いで保存されようとしている。


さらに黒板を見ると、今月の目標欄にこう書かれていた。


【目標:リナ様の尊さを守る】

【禁止事項:リナ様に大声を出す、リナ様を走らせる、リナ様に労働させる】


「あの、私、掃除当番とか……」


「とんでもない!」

男子生徒が叫んだ。

「リナ様が箒を持てば、その箒が聖剣になってしまいます! 掃除は我々下々の者が行いますので、リナ様はそこで呼吸をしていてください!」


呼吸をするだけの仕事。

前世なら「最高の職場だ」と喜んだかもしれないが、今は針のむしろだ。


「……リナ」


背後からギルバート様が現れた。

彼は深刻な顔で、一枚の羊皮紙を私に差し出した。


「どうしたんですか、そんな怖い顔して」


「……王宮からの召喚状だ」


「へ?」


「昨日の学園祭の騒ぎ……特に、巨大ロボとシステム管理者の件が、国王陛下の耳に入ったらしい。『その中心にいた娘を連れてこい』との仰せだ」


時が止まった。

国王陛下。

この国の最高権力者であり、レオナルド殿下の父親。

ゲームの設定では、厳格で冷徹、実力主義の塊のような王様だったはずだ。


「処刑……ですか?」


私はガタガタと震えた。

王都の空を爆発させ、学園を半壊させ、息子をたぶらかした罪。

死刑以外に思いつかない。


「安心しろ。処刑などさせない」


殿下が私の肩を抱いた。


「父上は少し頭が固いだけだ。俺が説得する。それに、お前を断罪しようものなら、俺が国を捨ててお前と駆け落ちする覚悟はできている」


「やめてください。戦争になります」


「私も同行する」

ギルバート様が剣の柄に手をかけた。

「もし陛下が理不尽な命令を下すなら……騎士団長の職を辞してでも、お前の盾になる」


「ニートにならないでください」


こうして、私は登校してわずか十分で、王宮へと連行されることになった。

「モブとしての平穏な生活」どころか、国家レベルの重要参考人としての生活が始まろうとしていた。


          ◇


王宮への移動は、王家専用の豪華な馬車だった。

乗り心地は最高だが、心持ちは囚人護送車である。


隣には殿下。向かいにはギルバート様。

窓の外には、物珍しそうにこちらを見る市民たち。

シリウスは「僕は王宮出入り禁止だから」と、小型ドローン(ハエ型)を私の髪飾りに仕込んで参加している。


「緊張しているのか、リナ」


殿下が私の氷のように冷たい手を握った。


「大丈夫だ。父上は、ただお前に興味があるだけだ。……まあ、『俺を骨抜きにした女』として警戒はしているだろうが」


「それが一番怖いんです」


王城の門をくぐる。

威圧感のある石造りの城壁。

ずらりと並んだ衛兵たち。

前世で観光地として見た城とは訳が違う、本物の権力の中枢だ。


謁見の間へと続く長い廊下を歩く。

カツ、カツ、カツ。

足音が響くたびに、寿命が縮まる気がする。


「リナ・バレット嬢、入室!」


重厚な扉が開かれた。

そこには、広い空間と、赤い絨毯、そして玉座に座る一人の男がいた。


国王レジナルド。

レオナルド殿下をそのまま渋くし、威厳を百倍くらい上乗せしたようなナイスミドルだ。

その鋭い眼光が、入り口に立った私を射抜く。


(ひいっ……! 目が合った瞬間に処刑されそう!)


私は反射的に、その場に平伏した。

最速の土下座(ジャンピング土下座)だ。

勢い余って額を床にぶつけた。ゴンッ!


「……面を上げよ」


重低音ボイスが響く。

私は恐る恐る顔を上げた。額が痛い。


国王陛下は、私をじっと見下ろしていた。

値踏みするような、探るような目だ。


「そなたが、リナ・バレットか」


「は、はい! しがない男爵家の三女、リナでございます! 特技は空気読みと逃走です!」


「……ほう」


陛下は顎をさすった。


「レオナルド。この娘が、お前が『国を傾けてでも手に入れたい』と宣った女か?」


「はい、父上」

殿下が堂々と答える。

「彼女こそが私の運命です。彼女以外を妃に迎えるつもりはありません」


「ギルバート。お前もか?」


「御意。彼女は我が魂の安息地。彼女を守るためなら、私は剣を王に向けることも辞しません」


「……ふむ」


陛下は鼻を鳴らした。

空気が重い。

息子と重臣が、一人の小娘のために謀反をほのめかしているのだ。

激怒して当然だ。


「して、娘よ。そなたは、この二人をどう思っているのだ?」


陛下が私に問うた。

究極の質問だ。

ここで「好きです」と言えば、「息子をたぶらかした悪女」として処刑。

「嫌いです」と言えば、「王族を愚弄した」として処刑。

どちらに転んでもデッドエンド。


私は震える唇を開いた。

嘘はつけない。

なら、正直な気持ちを、最大限にオブラートに包んで伝えるしかない。


「……め、迷惑、です」


「……何?」


「あ、いえ、その! お二人はあまりにも眩しすぎて! 私のような日陰者には光が強すぎるのです! そばにいるだけで日焼けしそうです! できれば半径5メートル以上離れて、双眼鏡で眺めるくらいの距離感がベストだと思っております!」


必死の弁明だ。

「嫌い」ではなく「恐れ多い」というニュアンスを含ませたつもりだった。


室内が静まり返る。

やってしまったか?

不敬罪か?


陛下が立ち上がった。

そして、玉座の階段をゆっくりと降りてくる。

私の目の前まで来ると、彼はしゃがみ込み、私の目を見つめた。


「……つまり、地位も権力も顔も、そなたには無価値だと?」


「無価値というか……私には過ぎた荷物と言いますか……。私はただ、庭で野菜を育てて、夜はぐっすり眠る生活がしたいだけでして……」


陛下が目を見開いた。

そして次の瞬間、その厳格な顔がくしゃりと歪んだ。


「……なんてことだ」


陛下が私の手をガシッと掴んだ。


「余は……余は感動した!!」


「はい?」


「王宮に群がるのは、権力欲にまみれたハイエナばかり。誰もが余の顔色を窺い、媚びへつらう。……だが、そなたは違う!」


陛下の手が熱い。


「王族を『迷惑』と言い切るその胆力! そして『野菜を育てたい』という地に足のついた思想! これこそが、真に国を憂う者の姿ではないか!」


(違います。ただの事なかれ主義です)


「素晴らしい……。レオナルドが見初めるのも無理はない。いや、レオナルドには勿体ない!」


陛下が立ち上がり、高らかに宣言した。


「リナ・バレットよ! 余はそなたを気に入った!」


【システム通知】

隠しキャラ:国王レジナルド

状態:陥落

ルート確定:『王家公認の国宝』ルート


またバグった。

私の【魅了:S+】は、王様の「人間不信」設定すらも貫通してしまったらしい。


「父上、リナの手を離してください。馴れ馴れしい」

殿下が不機嫌そうに割って入る。


「うるさい! 未来の娘(嫁)の手を握って何が悪い!」

陛下は一歩も引かない。


「いいか、リナ。そなたのような無欲な人間にこそ、国の中枢にいてほしいのだ。……どうだ、余の相談役にならんか? 給金は弾むぞ」


「いえ、結構です! 私、難しいことはわかりません!」


「その『わからない』と言える正直さが良いのだ! 大臣どもは知ったかぶりばかりするからな!」


ダメだ。何でもポジティブに変換される。


その時。

ドローンを通じて、シリウスの声が私の脳内に直接響いた。


『リナ君、ピンチのようだね。だが朗報だ。昨日のシステム管理者との接触で、君のステータスに変化が生じている』


(変化?)


『君の周囲で、確率変動(運の偏り)が起きている。試しに、窓の外を見てごらん』


私は言われるがままに、謁見の間の大きな窓を見た。

そこには、王宮の庭園が広がっているのだが……。


「……え?」


冬の入り口だというのに、庭園の木々が一斉に花を咲かせていた。

桜、薔薇、向日葵。

季節外れの百花繚乱。

しかも、それらが風に乗って花びらを舞い上げ、窓の外で「ハートマーク」を描いている。


「こ、これは……奇跡だ!」

陛下が叫んだ。

「そなたが来た途端、枯れかけていた王家の庭園が蘇った! やはりそなたは『豊穣の女神』の申し子か!」


(ただのバグです! 世界のテクスチャ表示がおかしくなってるだけです!)


「決まりだ」

陛下は重々しく頷いた。


「リナ・バレット。そなたを本日付けで、この国の『人間国宝リビング・ナショナル・トレジャー』に認定する」


「……にんげんこくほう?」


「うむ。王家の庇護下に入り、国を挙げてそなたを守る。税金は免除。衣食住は最高ランクを保証。ただし、国外への流出は断固阻止する」


「それって、要するに……」


「一生、この国から出られない(逃げられない)ということだ」


殿下が耳元で囁いた。

「よかったな、リナ。これで俺たちは、法律的にも離れられなくなった」


「私も安心した。騎士団総出で『国宝警備』の任務に当たれる」

ギルバート様も満足げだ。


私は床に突っ伏した。

終わった。

野菜を育てて暮らす夢は叶うかもしれない(国宝として)。

でも、その野菜畑は、たぶん鉄格子とイケメンに囲まれた場所にあるのだろう。


「……謹んで、辞退申し上げたいのですが……」


「謙虚なところも素晴らしい! 宴だ! 今夜は国を挙げての祝賀パーティだ!」


陛下の号令で、王宮中が慌ただしく動き始めた。

私の意思は、巨大な国家権力という歯車に飲み込まれていく。


こうして、「学園のアイドル」から「国のアイドル」へとジョブチェンジさせられた私は、逃げ場のない王宮生活へと足を踏み入れることになったのだ。


だが、私はまだ知らなかった。

人間国宝になったことで、私の存在が「隣国」の野心的な皇子や、「魔王」を名乗る中二病の男たちにまで目をつけられることになる未来を。

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