表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モブに徹したい私 vs 絶対に私をヒロインにしたい世界  作者: 九葉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/20

第15話 運営すらも、私のバグには勝てなかった

消去デリート……実行」


無機質な声と共に放たれた漆黒の光線が、私を飲み込もうとした。

それは魔法ではない。

この世界の「データ」そのものを無に帰す、絶対的な消去コマンドだ。


「させるか!」

「守り抜く!」


レオナルド殿下とギルバート様が、同時に叫んだ。


ドォォォォォン!!


光と闇が衝突し、舞踏会場が激しく震動した。

衝撃波で窓ガラスがすべて割れ、シャンデリアがガシャガシャと揺れる。

令嬢たちの悲鳴が上がる中、私は恐る恐る目を開けた。


そこには、信じられない光景があった。


レオナルド殿下が展開した黄金の炎と、ギルバート様が作り出した氷の壁が、黒い光線をギリギリで受け止めていたのだ。


「ぐっ……! なんだこの威力は……!」

「魔力ではない……『存在』そのものを削り取られる感覚だ……!」


二人の顔が苦痛に歪む。

彼らの服が、光線に触れた端から砂のように崩れ落ちていく。

物理的な破壊ではない。情報の消失だ。


「無駄だ」


仮面の男――『システム管理者アドミニストレータ』の代行者は、淡々と言った。


「私の権限は『世界のルール』そのもの。キャラクターごときが、システムに抗えると思うな」


男が手をかざすと、黒い光線が増幅した。

炎が消え、氷が砕かれていく。


「殿下! 団長!」


私は叫んだ。

このままでは、私を庇って二人が消えてしまう。

私が消えるのは構わない(いや、嫌だけど)。でも、攻略対象メインキャラが消滅したら、このゲーム自体が崩壊してしまう!


「どいてください! 狙いは私なんでしょ!?」


私が前に出ようとすると、殿下が背中で私を制した。


「動くな、リナ!」


殿下の背中は、ボロボロになりながらも、決して揺るがなかった。


「たとえ世界の理であろうと、俺の『理』は曲げられん! 俺が惚れた女一人守れずに、何が次期国王か!」


「その通りだ」


ギルバート様も、血の滲む唇で笑った。


「システム? 権限? 知ったことか。私の『愛』は、いかなるプログラムよりも強固だ。この身がデータ屑になろうとも、彼女の指一本触れさせん!」


(かっこいいけど! 言ってること無茶苦茶だよ!)


愛でシステムエラーを起こそうとしている。

だが、現実は非情だ。

黒い光線が、二人の防御壁を突破し始めた。


「警告。抵抗を確認。……強制排除(BAN)対象に追加」


代行者が冷酷に告げる。

終わった。


その時だった。


「待ったぁぁぁぁ!!」


会場の天井が爆破された。


ガラガラガッシャーン!


瓦礫と共に降ってきたのは、またしてもあの男だった。

黒焦げの白衣。背中には謎の機械。

シリウス・アルケミーだ。


「やあみんな! ダンスパーティーの途中ですまないが、乱入させてもらうよ!」


「シリウス!? 生きてたのか!」


「当たり前だろ! 爆風を利用して成層圏まで飛んでいただけさ! それより……」


シリウスは、手に持っていたタブレットのような端末を激しく操作しながら、仮面の男を指差した。


「そいつの正体がわかったぞ! そいつは『自律型デバッグプログラム』だ! この世界のバグを自動検知して修正する、お掃除ロボットみたいなもんだ!」


「掃除機だと!?」


「ああ! だから物理攻撃は効きにくい! だが……プログラムである以上、ハッキングは可能だ!」


シリウスがニヤリと笑った。


「リナ君! 僕がそいつの論理回路ロジックに干渉して、一瞬だけ隙を作る! その間に、君の『バグ』を叩き込んでくれ!」


「私のバグを!? どうやって!?」


「簡単さ! 君の最強の武器……『お願い』をするんだ!」


「はあ!?」


「君の【魅了:S+】は、システムの上限を突破している! つまり、管理者権限すらも上書き(オーバーライド)できる可能性があるんだ! システムそのものを『籠絡』しろ!」


無茶振りだ。

相手は機械プログラムだぞ。

機会に色仕掛けしろと言うのか。


「行くぞ! コード注入インジェクション!!」


シリウスが端末のエンターキーを叩き割る勢いで押した。

バチバチバチッ!

仮面の男の周囲に、数式のような文字が浮かび上がり、彼の動きを一瞬止めた。


「エラー。不正なアクセスを検知。処理遅延……」


「今だリナ! とびきりのウイルスを!」


殿下とギルバート様が道を開ける。

マリアンヌ様が「背筋を伸ばして! 上目遣いよ!」と叫ぶ。

アリスちゃんが「がんばれー!」とペンライトを振る。


私は追い詰められた。

やるしかない。

生き残るために、私はこの「世界」そのものを口説き落とす!


私はスカートの裾を握りしめ、仮面の男の目の前に立った。

そして、涙目で、震える声で訴えた。


「あ、あのっ……!」


仮面の男の目が(光る点が)、私を見下ろす。


「お願いです……見逃してください……」


私は必死だった。


「私、ただ平穏に生きたいだけなんです。バグってるのは知ってます。でも、誰にも迷惑かけないように、部屋の隅っこでじっとしてますから……」


本音だ。

ただの命乞いだ。


「だから……私のこと、消さないで……?」


最後の一言に、私は無意識に首をかしげた。

これがマリアンヌ様直伝の「最強のおねだり角度(あざとさ120%)」であることに、私は気づいていなかった。


シン……。


会場が静まり返る。

仮面の男の動きが止まった。

黒い光線が霧散する。


「……解析中」


男の声から、感情のようなノイズが混じり始めた。


「対象:リナ・バレット。……音声パターン、解析。……表情筋の収縮率、解析。……視覚データ、照合」


ピピピピピピピピ!!


男の仮面の奥で、凄まじい勢いで処理音が鳴り響く。


「……エラー。……エラー。……判定不能」


男が頭を抱えた。

体がノイズのように明滅する。


「可愛い……すぎる……」


「はい?」


「システム定義における『愛らしさ』の限界値を突破。……エラー。この存在を消去した場合、世界の『萌え』総量が致命的に低下する恐れあり」


(なんちゅう計算してるんだ!)


「結論:保護対象プロテクトに指定」


カッ!!


仮面の男から、ピンク色の光が溢れ出した。

漆黒だった彼のオーラが、一瞬にしてファンシーな色に染まる。


「リナ様……。申し訳ありませんでした」


男が、その場に跪いた。

まるで忠誠を誓う騎士のように。


「貴女様はバグではありません。……この世界の『仕様アップデート』です」


「は?」


「貴女様を中心に、世界を再構築します。これより、全リソースを『リナ様を見守る機能』に割り当てます」


「やめて! 監視しないで!」


「では、私はこれにて。……サーバーの上から、貴女様の尊い日常を24時間録画し続けます」


男はそう言い残すと、光の粒子となって天井の穴から昇天していった。

キラキラと輝くその姿は、満足して成仏する霊のようだった。


取り残された私たち。

半壊した会場。


「……勝ったのか?」


殿下が呆然と呟く。


「ああ。……リナが、世界システムを陥落させた」


ギルバート様が剣を収める。


「さすがリナ君! 機械まで落とすとは、もはや種族の壁を超越した『全一オール・ワン』だね!」


シリウスが高笑いする。


私はその場にへたり込んだ。

勝った気がしない。

世界システムを味方につけた?

つまり、私はこれから「世界の運営公認」のヒロインとして生きていかなければならないということか?


「……詰んだ」


私の小さな絶望の呟きは、再開されたワルツの音色にかき消された。


          ◇


騒動が去り、舞踏会は奇跡的に再開された。

「今の演出、すごかったわね!」「神が降りてきたのかと思ったわ!」と、参加者たちは全てをエンターテイメントとして消化していた。この国の民度ポジティブさは異常だ。


私はバルコニーに逃げ出していた。

もう踊りたくない。

夜風に当たりながら、現実逃避をしたかった。


「……ここにいたのか」


背後から声がした。

振り返ると、レオナルド殿下が立っていた。

ボロボロの礼服を脱ぎ捨て、ワイシャツ一枚の姿になっている。

月明かりに照らされた彼は、悔しいほどに絵になっていた。


「殿下……」


「逃げるな。今日はもう、十分逃げただろう」


彼は私の隣に立ち、手すりに肘をついた。


「……なあ、リナ」


「はい」


「俺は、お前が欲しい」


ストレートすぎる告白に、心臓が跳ねる。


「権力のためでも、顔のためでもない。……今日、お前が見せた『弱さ』も、『強さ』も、そしてあの『訳のわからない力』さえも、全てが愛おしい」


殿下が私の方を向く。

その瞳は、昼間の狩人の目ではなく、一人の青年の真剣な眼差しだった。


「俺の妃になれとは言わん(本当は言いたいが)。ただ……俺のそばで、俺を振り回してくれないか?」


「殿下……」


ちょっと、ときめいてしまいそうになった。

いけない。これは乙女ゲームの強制力だ。流されてはいけない。


「私も、同じ意見だ」


もう一人の声。

バルコニーの反対側から、ギルバート様が現れた。


「リナ。お前を守るのは私だ。……システム管理者とやらが空から見守るなら、私は地上で、一番近くでお前の盾になろう」


「僕も混ぜてよ」


屋根の上から、シリウスが逆さまに顔を出した(怖い)。


「君のバグは未知数だ。一生かけて解明したい。……君という名のミステリーをね」


「あら、リナは私のものよ」


カーテンの隙間から、マリアンヌ様が顔を出す。


「私の最高傑作を、むさ苦しい男たちに渡すもんですか」


「リナちゃーん! お菓子あるよー!」


アリスちゃんまで乱入してきた。


結局、バルコニーはすし詰め状態になった。

狭い。

ムードも何もない。


でも。


「……ふふっ」


私は思わず吹き出してしまった。

テロリスト、巨大ロボ、システム管理者。

あんな滅茶苦茶な一日を乗り越えて、まだこうして懲りずに私を追いかけてくる彼ら。

ここまでくると、もう「恐怖」を通り越して「呆れ」、そして少しだけ「愛着」が湧いてきてしまったのかもしれない。


「……笑った」


殿下が目を見開いた。


「初めて見た。……お前の、心からの笑顔」


「え?」


私は自分の頬に手を当てた。

笑っていた? 私が?

営業スマイルでも、苦笑いでもなく?


「綺麗だ……」


ギルバート様がため息をつく。


「その笑顔……0円どころか、国家予算レベルの価値がある」


「記録した! 今の笑顔、永久保存!」


シリウスがシャッターを切る。


私は顔を赤くして、慌てて表情を隠した。


「わ、笑ってません! 今のは顔の筋肉が痙攣しただけです!」


「素直じゃないな」


殿下が優しく私の頭を撫でた。


「だが、それでいい。……これからも、俺たちがその笑顔を引き出してやる」


月夜の下。

私の「モブに徹したい」という野望は、完全に打ち砕かれた。

しかし、その破片の上で、新しい何かが始まろうとしていた。


「……お手柔らかにお願いします」


私の小さな降伏宣言は、夜風に乗って彼らに届いたようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ