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モブに徹したい私 vs 絶対に私をヒロインにしたい世界  作者: 九葉


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14/20

第14話 舞踏会は戦場であり、ダンスは殴り合いのメタファーである

太陽が完全に沈み、王立学園は夜の帳に包まれた。

校庭での「巨大ロボvs王子&騎士」という特撮映画のような騒ぎは、遠くで響く爆発音と共に収束に向かいつつあるようだ。


私は、校舎の最上階にある特別準備室に監禁されていた。

監禁と言っても、手錠や縄で縛られているわけではない。

「美」という名の鎖に縛られているのだ。


「動かないで、リナ。マスカラがズレるわ」


鏡の前で、マリアンヌ様が真剣な眼差しで私の顔を覗き込んでいる。

彼女の手には化粧筆。

背後には、ドレスや宝石箱を抱えた取り巻きの令嬢たちが控えている。


「マリアンヌ様、もう十分では……? 私、ただのモブなので、布切れ一枚巻いておけば……」


「お黙りなさい。素材あなたが良いのだから、妥協は許しません」


マリアンヌ様は筆を走らせながら、熱っぽく語った。


「いいこと、リナ。舞踏会ダンスパーティは、ただ踊るだけの場所じゃないわ。女たちの戦争よ。ドレスは鎧、メイクは武器、そして笑顔は……相手を仕留める刃なの」


「物騒すぎませんか?」


「特に今夜は、あの野蛮な男たち(殿下と騎士団長)が、血眼になってあなたを探しに来るでしょう。彼らのペースに巻き込まれないためには、あなたが圧倒的な『格』を見せつけて、彼らを跪かせるしかないのよ」


なるほど。

つまり、舐められないように着飾れということか。

一理ある。

「なんだ、やっぱり地味な村娘か」と幻滅されれば、彼らの執着も薄れるかもしれない。


私は少し期待して、マリアンヌ様のプロデュースに身を委ねることにした。


          ◇


一時間後。

私は全身鏡の前に立っていた。


「……誰?」


思わず呟いてしまった。

そこに映っていたのは、私であって私ではなかった。


茶色の髪は、夜会巻きのように複雑に編み込まれ、星屑のような小さな宝石が散りばめられている。

メイクは、私の地味な顔立ちを活かしたナチュラルなものだが、目元のラインが強調され、伏し目がちになると色気が漂う仕様になっている。


そして、何よりもドレスだ。


「テーマは『月下の静寂』よ」


マリアンヌ様が満足げに解説する。


色は深いミッドナイトブルー。

派手な装飾やフリルは一切ない。

だが、その生地自体が特殊だった。

角度によって微かに光沢を変え、まるで夜空そのものを纏っているかのような奥行きがある。

背中は大胆に開いており、肩から腕にかけては透け感のあるレースが覆っている。


「派手さを捨て、あえて『静けさ』を強調したわ。周りの令嬢たちが孔雀のように着飾れば着飾るほど、あなたのその『沈黙』のような美しさが際立つ……そういう計算よ」


(すごい……。これなら確かに、壁際に立っていても馴染むかも?)


私はドレスの裾を摘んだ。

深い青色は、確かに闇に紛れるには最適だ。

マリアンヌ様、ありがとう。私の「目立ちたくない」という願いを、最高の形で叶えてくれたのね。


「さあ、仕上げよ」


マリアンヌ様が、一つのネックレスを取り出した。

それは、何の変哲もない、透明なクリスタルのネックレスだった。


「これは?」


「魔道具よ。『視線誘導ミスディレクション』の逆……つまり、あなたを見た者の視線を、無意識に釘付けにする呪いがかかっているわ」


「外してください! 今すぐ!」


「あら、冗談よ。ただのガラス玉だわ」


マリアンヌ様は悪戯っぽく笑い、私の首にそれをかけた。

ひやりとした感触。

だが、鏡の中の私は、そのガラス玉をつけることで、なぜか完成された一枚の絵画のようになってしまった。


「完璧だわ……。悔しいけれど、私が着るより似合っているかもしれない」


マリアンヌ様が少しだけ寂しそうな、でも誇らしげな顔をした。


「リナ。胸を張りなさい。あなたは今夜、この学園で一番美しい『影』になるのよ」


          ◇


その頃、校庭では。


ズドォォォォン!!


巨大な爆発と共に、メカ・リナちゃんが崩れ落ちた。

全身から黒煙を上げ、その巨大な鉄の塊がグラウンドに膝をつく。


「バカな……! 僕の最高傑作が、物理攻撃と魔法攻撃の同時飽和攻撃で沈むなんて……!」


コックピット(頭部)から放り出されたシリウスが、パラシュートで降りてきながら嘆く。


地上には、肩で息をする二人の男が立っていた。


レオナルド殿下は、自慢の礼服が所々焦げ、袖が破れている。

髪も乱れ、頬には煤がついている。

だが、その瞳は爛々と輝き、野性味溢れる色気を放っていた。


ギルバート様も同様だ。

騎士服はボロボロで、マントは半分焼け落ちている。

しかし、氷の剣を杖代わりに立つ姿は、戦場を生き抜いた戦士の悲哀と強さを感じさせる。


「はぁ……はぁ……。しぶとい鉄屑だったな」


殿下が汗を拭う。


「ああ。だが、これで邪魔者はいない」


ギルバート様が剣を納める。


二人は顔を見合わせた。

そこにあるのは、共闘の友情ではない。

これから始まる本当の戦いへの、牽制だ。


「行くぞ、ギルバート。舞踏会はもう始まっている」


「望むところだ、殿下。……リナとのファーストダンスは、私がいただく」


二人の男は、ボロボロの格好のまま、しかし王者の風格で校舎へと歩き出した。

彼らの背後で、メカ・リナちゃんが「リナ君……バンザイ……」と言い残して爆散した。

シリウスは「ああっ! データのバックアップが!」と叫んで爆風に巻き込まれていった。

彼については、もう放っておこう。


          ◇


講堂は、煌びやかな舞踏会場へと変貌していた。

数千本の蝋燭がシャンデリアで輝き、オーケストラの優雅な演奏が流れている。

色とりどりのドレスを着た令嬢たちと、燕尾服の紳士たちが談笑し、グラスを傾けている。


私は、その入り口で立ちすくんでいた。


「……無理。やっぱり無理」


足がすくむ。

こんなキラキラした場所に、私ごときが入っていいわけがない。

酸素が薄い。光が眩しい。


「リナちゃん、行こう! みんな待ってるよ!」


アリスちゃんが私の背中を押す。

彼女もまた、可愛らしいピンクのドレスに着替えていた。

まるで妖精だ。彼女こそが主役だ。


「アリスちゃん、私、お腹痛い。帰る。盲腸かもしれない」


「大丈夫だよ! 盲腸ならシリウス先生が『3秒で切除する魔法』開発してたもん!」


「それ余計に怖いやつ!」


問答無用で、重厚な扉が開かれた。


ギィィィ……。


扉が開くと同時に、会場内の喧騒がスッと引いた。

入り口に立った私たちに、数百人の視線が集中する。


私は反射的に、顔を伏せた。

見ないで。石ころです。

ただの通りすがりの背景Aです。


しかし、静寂は破られなかった。

むしろ、どよめきすら起きない。

ただ、全員が息を呑む音が聞こえた。


(えっ、なに? やっぱり変? ドレスに値札ついたままとか?)


不安になって、恐る恐る顔を上げる。


すると、近くにいた貴族の男子生徒が、持っていたグラスを取り落とした。

パリーン。

その音が、静寂を破る合図となった。


「……女神だ」

「夜の女神が、地上に降りてこられた……」

「なんて静謐な美しさなんだ。派手に着飾った自分が恥ずかしい……」

「あの憂いを帯びた瞳……この世の全ての悲しみを背負っているようだ」


(ただ緊張して吐きそうなだけです)


私の【魅了:S+】は、夜のとばりというシチュエーションを得て、さらに凶悪な補正をかけているようだ。

「ミッドナイトブルーのドレス」+「伏し目がちな表情」+「震える肩」=「儚くも高貴な夜の女王」。

この方程式が、会場内の全員の脳内で成立してしまっている。


「ふふ、計算通りね」


隣でマリアンヌ様が扇子で口元を隠し、勝ち誇ったように笑った。


「さあ、歩きなさいリナ。モーセが海を割るように、道が開くわよ」


言われた通りに一歩踏み出す。

すると、本当に人垣が左右に割れた。

誰も私に触れようとしない。

いや、触れることすら恐れ多いというように、一歩下がって頭を垂れる。


私はその「恐怖の静寂」の中を、祭壇への生贄のように進んでいった。


会場の中央まで来た時だった。

入り口の方から、悲鳴のような歓声が上がった。


「キャーッ! 殿下よ!」

「ギルバート様も!」

「きゃっ、素敵……! なんてワイルドなの!」


振り返ると、扉の前に二人の男が立っていた。

レオナルド殿下と、ギルバート様だ。


彼らの姿を見て、私は目を疑った。

ボロボロだ。

服は破れ、煤で汚れ、髪は乱れている。

普通なら「つまみ出せ」と言われる浮浪者寸前の格好だ。


だが。

彼らは堂々としていた。

そのボロボロの姿が、逆に「戦いを終えた男の勲章」として機能している。

破れた袖から覗く筋肉、汗ばんだ首筋、そして鋭い眼光。

「傷ついた野獣」のようなフェロモンが、会場中の令嬢たちを悩殺していた。


「……いたぞ」


殿下が私を見つけた。

その目が、肉食獣のように細められる。


「リナ……」


ギルバート様も私をロックオンした。


二人は迷うことなく、私に向かって一直線に歩き出した。

会場を横切る二つの嵐。

人々が慌てて道を開ける。


私の心臓が早鐘を打つ。

来る。

ラスボスたちが来る。


逃げたい。でも、背後は壁(人垣)。

左右も壁。

前方は猛獣。


「リナ」


殿下が私の目の前で止まった。

煤けた匂いと、男性的な香りが鼻をくすぐる。

彼は私の姿を上から下まで舐めるように見つめ、そして深く吐息を漏らした。


「……卑怯だぞ」


「は、はい?」


「そんな姿を見せられては……俺の理性が蒸発してしまう」


殿下の手が、私の頬に触れようとして、止まった。

自分の手が汚れていることに気づいたのだ。

彼は苦笑し、手を引っ込めた。


「汚れた手で、その雪のような肌に触れるわけにはいかないな」


「いえ、あの、どうぞお構いなく(触らないでください)」


「待て、レオナルド」


ギルバート様が横に並ぶ。

彼もまた、私の姿を見て絶句していたが、すぐに騎士の顔に戻った。


「そのドレス……防御力が低すぎる」


「え?」


「背中が無防備だ。肩も出ている。こんな姿を他の男に見せるなど……今すぐ私の上着を」


ギルバート様がボロボロの上着(半分焦げている)を脱ごうとする。


「いりません! それ着たら余計に目立ちます!」


「そうか……ならば、私の体で視線を遮るしかないな」


ギルバート様が私の背後に回り込み、壁ドンならぬ「背中ドン」の体勢で密着しようとする。


「近い! 騎士団長、近いです!」


三つ巴の膠着状態。

周りの視線が痛い。

「リナ様はどちらを選ぶの?」「野獣と野獣に挟まれた美女……絵になるわ」

勝手な実況をするな。


その時、オーケストラの指揮者が空気を読んだのか、それとも読めなかったのか、ワルツの演奏を始めた。

優雅な調べが流れる。

ダンスタイムの始まりだ。


「リナ」


殿下が、汚れていない方の手(左手)を差し出した。


「俺と踊れ。国一番の権力と、俺の全てを賭けて、お前をリードしてやる」


「いいえ、リナは私と踊る」


ギルバート様も手を差し出す。


「私のステップは戦場の剣舞のように正確だ。お前の足を踏むことはないし、他の誰にも踏ませない」


二つの手が目の前にある。

究極の二択。

どちらの手を取っても、その瞬間「本命ルート」が確定し、バッドエンド(溺愛監禁生活)への扉が開く。


(どうすれば……どうすればこの場を切り抜けられる!?)


私は助けを求めて周囲を見た。

マリアンヌ様は「さあ、選びなさい! どちらも私が認めた男よ!」と親指を立てている。

アリスちゃんは「わあ、すごーい! クライマックスだね!」と拍手している。


誰も助けてくれない。

自分の身は自分で守るしかない。


私は脳をフル回転させた。

拒否すれば、彼らは力づくで来るだろう。

選べば、片方の恨みを買うか、選んだ方の愛が重くなる。


ならば。

第三の選択肢だ。


私は深呼吸をした。

そして、震える声で言った。


「あ、あの……私、ダンスが踊れません」


「……なに?」


「田舎育ちのモブなので、ステップなんて知りません。足を踏むどころか、転んで殿下たちを巻き込んでドミノ倒しにする自信があります」


これは嘘ではない。

前世は事務員、今世は引きこもり令嬢。

マリアンヌ様の特訓はウォーキングだけで、ダンスまでは手が回らなかったのだ。


「だから、無理です。ごめんなさい」


私は深く頭を下げた。

これで「なんだ、踊れないのか。興醒めだ」となってくれれば……。


しかし、殿下はフッと笑った。


「踊れない? それがどうした」


彼は強引に私の手を取り、腰に手を回した。


「俺の足の上に乗れ」


「はい?」


「子供の頃、父上にそうしてもらったことがあるだろう? 俺の足の甲に、お前の足を乗せろ。そうすれば、俺が動くだけで踊れる」


「ちょ、重いですよ!? 私、最近お菓子食べ過ぎて……」


「羽のように軽いさ。さあ」


殿下は私の足を自分の革靴の上に乗せさせた。

密着度が上がる。

顔が近い。

逃げられない。


「レオナルド、抜け駆けは許さんぞ」


ギルバート様が反対側に回った。


「ならば、私は背後から支えよう。三人で踊ればいい」


「はあ!?」


前代未聞の「三人ダンス(サンドイッチ型)」が結成されようとしていた。

前には王子、後ろには騎士。

私は挟まれたハムだ。


「ミュージック、スタートだ」


殿下の合図で、私たちは動き出した。

ワルツのリズムに合わせて、殿下がリードし、ギルバート様がサポートする。

私の意思など関係なく、体は勝手に動かされる。


「ひっ、あ、目が回る……!」


「リナ、俺だけを見ろ」

「リナ、背中は私に預けろ」


会場中がざわめく。

「新しい……!」「三人でのワルツ……なんて高度な技術!」「あれこそが真の愛の形!」

違う、これはただの連行だ。


私は必死にバランスを取りながら、心の中で叫んだ。


(お母さーーん! 助けてーー! 私の学園生活、もう修復不可能ですーー!)


シャンデリアの光が回転する。

回る、回る。私の平穏も、常識も、全てが遠心力で彼方へ飛んでいく。


その時。

回転する視界の端に、会場の窓ガラスがガシャン!と割れるのが見えた。


「!?」


音楽が止まる。

冷たい夜風と共に、黒い影が飛び込んできた。


「……見つけたぞ、器」


しわがれた声。

昼間に撃退したはずの「真理の使徒」の残党か?

いや、違う。

今度の敵は、纏っている気配が桁違いだ。


「我は『システム管理者』の代行者。……その娘のバグを修正(消去)する」


現れたのは、全身がノイズのように揺らぐ、仮面の男だった。


(バグ修正!?)


私の【魅了:S+】を消してくれるの?

それなら歓迎だ。

どうぞどうぞ、持っていってください。


私が期待の眼差しを向けると、男は無機質に告げた。


「修正方法は一つ。……対象の『存在』ごとの消去デリートだ」


「やっぱ殺す気じゃん!!」


私のツッコミと共に、男の手から漆黒の光線が放たれた。


「リナ!!」


殿下とギルバート様が、同時に私を庇った。

愛のサンドイッチが、最強の盾となる瞬間だった。

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