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モブに徹したい私 vs 絶対に私をヒロインにしたい世界  作者: 九葉


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第13話 お化け屋敷の幽霊よりも、隣を歩くイケメンの方がよほどホラーです

学園祭の午後は、ある意味で午前中よりも過酷だった。

午前が「物理的な戦場」だったとするなら、午後は「精神的な公開処刑場」だったからだ。


私たちは校庭のメインストリートを歩いていた。

並び順はこうだ。


中央に、私。

右手に、第一王子レオナルド殿下。

左手に、騎士団長ギルバート様。

背後に、プロデューサー兼ボディガードのマリアンヌ様。

そして先導役として、ピンクのメガホンを持ったアリスちゃん。


「はーい、道を開けてくださーい! 『伝説のメイド』リナちゃんと、その下僕イケメンたちのお通りだよー!」


「誰が下僕だ」

「訂正しろアリス。私は守護騎士だ」


殿下とギルバート様が不服そうにツッコミを入れるが、アリスちゃんは聞こえないふりをしてスキップしている。

周囲の生徒や来場客たちは、私たちを見るなり海が割れるように道を開け、そして拝んだ。


「見ろ、あれが『虚無の聖女』リナ様だ……」

「両手にイケメンを従えて、あんなに面倒くさそうな顔をしている……なんと高貴な」

「俺もあんな目で見下されたい……」


聞こえてくる声が全部おかしい。

私の「帰りたい」という負のオーラが、なぜか神々しさとして変換されている。


「おいリナ。さっきから俯いてばかりだが、具合でも悪いのか?」


殿下が心配そうに私の顔を覗き込む。

その距離が近い。整いすぎた顔が視界いっぱいに広がる。


「いえ、ただの『生きる気力の低下』ですのでお気になさらず」


「そうか。人混みに酔ったのかもしれないな。……よし、人が少ない場所へ行こう」


殿下が指差したのは、講堂の裏手に特設された巨大なテントだった。

そこには、どろどろとした血文字で看板が掲げられていた。


『恐怖の廃病院 ~入ったら二度と出られない~』


「お化け屋敷か」


殿下がニヤリと笑った。


「吊り橋効果というやつだな。恐怖で心拍数が上がったところを、俺が頼もしく守る。そうすれば、お前は俺に惚れる。完璧な作戦だ」


「声に出ていますよ、殿下」


「私も同行しよう。暗闇に乗じて不埒な輩が近づかないよう、リナの手を握っている必要がある」


ギルバート様が真顔で私の左手を確保しようとする。


「あら、それなら私も行くわ。リナが怖がって泣き叫ぶ顔……想像しただけで創作意欲が湧くもの」


マリアンヌ様がサディスティックな笑みを浮かべる。


「私も行くー! みんなで行こう!」


アリスちゃんの決定により、私たちはこの禍々しいテントの中へと足を踏み入れることになった。

私としては、お化け屋敷よりも、今のこのメンバー構成の方がよほどホラーなのだが。


          ◇


お化け屋敷の中は、ひんやりとした冷気とカビ臭い匂いに満ちていた。

薄暗い廊下には、赤いライトが明滅し、どこからともなく悲鳴のような効果音が流れている。


「キャーッ! 怖いよー!」


アリスちゃんが先頭で叫びながら走っていく。

元気だ。お化けの方が逃げ出しそうな勢いだ。


私は殿下とギルバート様に挟まれ、サンドイッチ状態で歩いていた。


「ふん、子供騙しだな。こんな作り物で、この俺が動じるとでも?」


殿下は強がっているが、肩が強張っている。

どうやら彼は、オカルト系が苦手らしい。

さっきから私の腕を掴む力が、万力のように強い。痛い。


「リナ、前方に何かいる気配がする。……斬るか?」


ギルバート様は逆に、臨戦態勢だ。

腰の剣(模造刀だが)に手をかけ、殺気を放っている。

お化け役の生徒が可哀想だからやめてあげてほしい。


その時。


バァァァン!!


壁の一部が突き破られ、全身包帯まみれのミイラ男が飛び出してきた。


「ウグァァァァ! 呪ってやるぅぅぅ!」


迫真の演技だ。

普通ならここで悲鳴を上げ、彼氏にしがみつくのが正解なのだろう。


しかし、今の私の精神状態は「虚無」の極致にあった。

午前中の戦闘、接客、そして逃走劇。

疲労困憊の私にとって、目の前のミイラ男は「恐怖の対象」ではなく、「同業者」に見えたのだ。


私は立ち止まり、死んだ魚のような目でミイラ男を見つめた。


「……お疲れ様です」


「え?」


ミイラ男が動きを止めた。


「その包帯、暑くないですか? シフトは何時までですか? ずっと立ってて腰とか痛くないですか?」


「あ、いや、まあ……今は休憩明けなんで大丈夫っすけど……」


素に戻るミイラ男。


「そうですか。……いいですね、あなたは死んでいる設定で。私もいっそ、あなたに連れて行ってほしい。この世(修羅場)から、安らかな眠りの世界へ……」


私はふらふらとミイラ男に手を伸ばした。

切実な願いだった。

もう働きたくない。イケメンに追い回されたくない。静かに棺桶で眠りたい。


その姿を見た殿下が、ハッと息を飲んだ。


「リナ……お前、まさか」


殿下が私の肩を強く抱き寄せた。


「死者にすら慈悲を向けるのか!? 彷徨える魂を憐れみ、その苦しみを共有しようとしているのか!」


(違います。ただの現実逃避です)


ギルバート様が、スッと前に出た。


「離れろ、悪霊。彼女の純粋な魂に触れるな。彼女が救いを求めていいのは、私だけだ」


ギルバート様が凄まじい眼力で睨みつけると、ミイラ男は「ヒィッ! すいませんしたっ!」と壁の中に逃げ帰ってしまった。


「ああ……私の安息が……」


私ががっくりと項垂れると、殿下はそれを「恐怖で腰が抜けた」と解釈したらしい。


「怖かったのだな、リナ。無理もない。だが安心しろ」


ボッ。

殿下の掌に、小さな火の玉が灯った。


「俺が照らしてやる。この浄化の炎で、この屋敷ごときれいさっぱり焼き払って……」


「放火はやめてください!!」


私は全力で殿下の腕を止めた。

お化け屋敷で火気厳禁は常識だ。


「あらあら、殿下ったら野蛮ね」


背後からマリアンヌ様がため息をつく。

彼女は扇子で口元を隠しながら、冷静に周囲を観察していた。


「でも、この演出……照明の角度が甘いわね。もっと下から照らさないと、影が生きないわ。それにあの骸骨の配置、美的センスのかけらもない」


彼女はスタスタと歩き出し、あろうことかセットをいじり始めた。


「ちょっとそこの幽霊役! もっと背筋を伸ばして! 死んでいるからってダラけない!」

「あ、はい! すみません!」

「悲鳴のタイミングが遅いわ! 0.5秒早く!」


マリアンヌ様による「お化け屋敷リノベーション」が始まってしまった。

お化けたちが直立不動で指導を受けている。

もはやどっちがボスかわからない。


結局、私たちは一度も悲鳴を上げることなく(アリスちゃん以外)、お化けたちに敬礼されながら出口へと辿り着いた。


「ふぅ。なかなか楽しかったな」


殿下が満足げに言った。

何もしてないじゃないか。


「リナが無事でよかった。私の護衛に不備はなかったな?」


ギルバート様もドヤ顔だ。

幽霊を脅しただけだ。


私は疲労感だけを倍増させて、外の空気を吸った。


          ◇


次に連行されたのは、射的コーナーだった。

屋台には色とりどりの景品が並んでいる。

お菓子やぬいぐるみ、そして特賞には……。


「ああっ! あれ見て!」


アリスちゃんが指差した先には、棚の一番上に鎮座する巨大なぬいぐるみが。

それは、「伝説の魔獣・ケルベロス」をデフォルメした、頭が三つある犬のぬいぐるみだった。

正直、可愛くない。

目が血走っているし、牙がリアルすぎる。


「リナちゃん! あれ絶対に欲しいよね!?」


「いらない」


即答したが、アリスちゃんは聞いていない。


「よーし、誰が取ってくれるかなー?」


アリスちゃんがチラリと男性陣を見る。

挑発だ。これは完全に「男のプライド」を刺激する挑発だ。


「ふん。あんな粗悪な綿の塊など……」


殿下は鼻で笑ったが、私がぬいぐるみをジッと見ている(あまりの不気味さに凝視していただけ)のに気づくと、表情を一変させた。


「……リナが欲しがっているのか?」


「えっ、いえ、全然」


「遠慮するな。お前の視線が『連れて帰って』と訴えている。……よかろう。あのケルベロス、俺が狩る」


殿下が袖をまくり、コルク銃を手にする。


「待てレオナルド。射撃と言えば騎士の領分だ。魔法使いのお前に扱えるか?」


ギルバート様も銃を構える。


「見ていろリナ。私の精密射撃で、あの一番いい頭を撃ち抜いてやる」


競技開始。


パンッ! パンッ!


二人の射撃は正確無比だった。

だが、問題があった。

彼らの力が強すぎて、コルク弾が景品を破壊してしまうのだ。


バギッ!

ドゴォ!


景品のお菓子が粉砕され、置物が木っ端微塵になる。

屋台のおじさんが「ひいいい! 商品がぁぁぁ!」と泣いている。


「くっ、この銃、照準がズレているぞ!」

「威力が足りん! やはり実弾でないと……」


二人が言い訳をしている横で、私は小さくため息をついた。

このままでは屋台が壊滅する。

早く終わらせなければ。


「私がやります」


私は残っていた銃を手に取った。

狙うは、特賞のケルベロスではなく、その横にある参加賞の「うまい棒(的なお菓子)」だ。

あれを落として、さっさと次に行こう。


私は適当に構え、引き金を引いた。


パン。


軽い音と共に、コルクが飛ぶ。

やる気のない射撃だ。

当然、狙いは外れる……はずだった。


その時。

偶然吹き抜けた一陣の風が、屋台の暖簾を揺らした。

さらに、隣でアリスちゃんがくしゃみをした。

「へっくしょん!」

その衝撃波(?)で、私の腕がわずかにズレた。


コルク弾は不規則な軌道を描き、屋台の柱に当たって跳弾した。

カーン!

そして、跳ね返った弾が、棚の留め具に奇跡的な角度でヒットした。


ガシャン!!


棚が傾き、一番上にあったケルベロスが落下。

私の腕の中に、ズドンと収まった。


「……あ」


沈黙。


「す、すげええええええ!!」


周囲の野次馬が一斉に歓声を上げた。


「見たか今の!? 跳弾リコシェだ!」

「風向き、アリス様のくしゃみによる空気抵抗の変化、そして柱の反発係数……全てを計算し尽くした一撃だ!」

「リナ様、実はスナイパーの才能まで!?」

「無欲の勝利……いや、神の御業だ!」


(違う! ただのまぐれ! ミラクル!)


私は巨大なケルベロスを抱えて立ち尽くした。

三つの頭が私を見つめている。

重い。そしてやっぱり可愛くない。


「さすがだ、リナ」


殿下が拍手をする。


「俺たちが力任せに破壊している横で、最小限の力で最大の結果を出すとは。……やはりお前は、俺の上に立つ器なのかもしれない」


「完敗だ」


ギルバート様も敬礼する。


「その空間把握能力、騎士団の射撃教官としてスカウトしたいほどだ」


誤解が加速していく。

私はケルベロスの頭を撫でながら、「もうどうにでもなれ」と遠い目をした。


          ◇


「さて、次はどこへ行く?」


ケルベロスをギルバート様に持たせ(彼は満更でもなさそうだった)、私たちは再び歩き出した。

日は傾き始め、学園祭も後半戦に入ろうとしていた。


その時だ。

校舎の方から、凄まじい爆音が響いた。


ズガァァァァン!!


地面が揺れる。

悲鳴が上がる。

黒煙が立ち上る先は……旧校舎の地下、つまり「牢屋」がある場所だ。


「なんだ!?」

「またテロか!?」


殿下たちが身構える中、爆煙の中から一つの影が飛び出してきた。

それは、ボロボロの白衣を翻し、背中にジェットパックのような機械を背負った男だった。


「イヤッハァァァァ! シャバの空気は最高だねぇ!!」


シリウス・アルケミー。

彼は空を飛びながら(科学の力で)、私たちの上空で急停止した。


「シリウス! 貴様、脱獄したのか!」


殿下が拳を握る。


「人聞きが悪いな、殿下。僕は『自主的な仮釈放』を選んだだけさ」


シリウスは空中で眼鏡の位置を直した。

その手には、怪しげなリモコンが握られている。


「リナ君! 待たせたね! 君のために、最高の発明品を持ってきたよ!」


「いりません! 帰ってください!」


「照れるなよ。……さあ、起動せよ! 学園祭盛り上げ用巨大ロボ、『フェスティバル・デストロイヤー』!!」


彼がリモコンのボタンを押した瞬間、校庭の地面が割れた。

地底から、全高十メートルはあろうかという、巨大な鉄の塊がせり上がってきた。

形は……なぜか、リナの姿を模している。

ただし、目がビーム発射口になっており、両手はドリルだ。


「な、なによあれぇぇぇ!?」


「『メカ・リナちゃん』だ! 僕の愛と技術の結晶だよ! この子がいれば、ダンスパーティーの主役は間違いなしだ!」


「主役の意味が違う!!」


巨大なメカ・リナちゃんが、ウィーンという駆動音と共に動き出した。

その一歩で、屋台が一つ踏み潰される。


「排除。排除。リナ君以外のヒロインを排除します」


無機質な合成音声。

暴走している。完全に暴走している。


「シリウス貴様……! リナの姿をしたものを、あんな醜悪な兵器にするとは!」


殿下が激怒した。

黄金の魔力が膨れ上がる。


「私が破壊する。あんな偽物は、リナへの冒涜だ」


ギルバート様が剣を抜き、氷の魔力を解き放つ。


「あはは! やってみるかい? この機体には『対魔法障壁』と『リナ君への愛』が搭載されているから無敵だよ!」


上空で高笑いするシリウス。

地上で巨大ロボと対峙する王子と騎士。

逃げ惑う生徒たち。

そして、巨大ロボの足元で立ち尽くす私。


(どうしてこうなった……)


朝はテロリスト。夕方は巨大ロボ。

私の学園祭は、特撮ヒーローショーになってしまったのか。


「リナちゃん! 逃げよう!」


アリスちゃんが私の手を引く。

だが、ロボットの目がピカリと光り、私をロックオンした。


「発見。オリジナルを確認。……捕獲シマス」


巨大な手が、私に向かって伸びてくる。


「きゃあああ! 捕まる!」


その時。

マリアンヌ様が、扇子をバシッと閉じて前に出た。


「まったく……男たちって、どうしてこう、愛し方が暴力的で短絡的なのかしら」


彼女は呆れたようにため息をつき、そして私に振り返った。


「リナ。ここは彼らに任せて、私たちは行くわよ」


「え? どこへ?」


「決まっているでしょう?」


マリアンヌ様は、夕日に照らされた校舎の時計台を指差した。


「夜の『後夜祭ダンスパーティー』の準備よ。……あんな鉄屑と遊んでいる場合じゃないわ。あなたには、本物の『お姫様』になってもらうんだから」


彼女の目は本気だった。

巨大ロボよりも、王子よりも、何よりも強い意志を感じた。


「さあ、急ぐわよ! ガラスの靴はないけれど、私が最高のドレスを用意してあるわ!」


私はマリアンヌ様に引きずられ、戦場と化した校庭を後にした。

背後では、「喰らえ! プロミネンス・バースト!」「氷河斬り!」という叫び声と、爆発音が響き渡っている。

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