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モブに徹したい私 vs 絶対に私をヒロインにしたい世界  作者: 九葉


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12/20

第12話 メイド喫茶がバトルフィールドになっても、客は演出だと思っている

「か、神よ……もし聞こえているなら、今すぐここを更地にしてください」


私は配膳用のワゴンの下に潜り込み、ガタガタと震えていた。

頭上では、魔法と剣劇の音が交錯し、爆風が吹き荒れている。


私のクラス、1-A『アリスと不思議な森』は、開店からわずか一時間で『アリスと修羅の戦場』へと変貌を遂げていた。


「邪魔だ! 消え失せろ!」


ドガァァァァン!!


レオナルド殿下の放った炎の竜が、店内のテーブル(と敵の集団)をなぎ払う。

焦げ臭い匂いと共に、黒ローブの男たちが「ぐわぁぁぁ!」と吹き飛んでいく。


「リナの視界に入るな。汚れる」


キィィィィン!


ギルバート様の剣が一閃するたびに、空間そのものが凍りつく。

敵の放った魔法障壁も、物理的な盾も、全てが氷の彫像と化し、パリーンと砕け散る。


そして、極めつけは。


「えいっ! やあっ! オムライス一丁あがりっ!」


カォーン! パコォーン!


ヒロインのアリスちゃんが、調理場から持ち出した巨大な中華鍋を振り回していた。

彼女の一撃は重い。

ローブの男が杖でガードしようとしたが、杖ごと頭を叩かれ、星を飛ばして沈んでいく。

無邪気な笑顔で暴力を振るうその姿は、まさにバーサーカー。


(強い……強すぎる……!)


本来なら、テロリストの襲撃なんて大パニックになるはずだ。

生徒たちは逃げ惑い、悲鳴が響き渡るはずだ。


だが、現実は違った。


「すげえええええ!!」

「なんだあの演出! 本格的すぎるぞ!」

「殿下の魔法、CGじゃないのか!?」

「リナ様を守るための聖戦(劇)か! 俺たちも加勢するぞ!」


客席の男子生徒たちが、ペンライト(魔法の杖)を振って応援しているのだ。

彼らはこれを「アトラクション」だと思い込んでいる。

いや、私の【魅了:S+】による集団催眠効果で、恐怖心が「興奮」に書き換えられているのかもしれない。


「リッナ・ちゃーん! がんばッ・れ!」

魔王軍テロリストなんかに負けるなー!」


コールが起きる。

敵のリーダーらしき男が、仮面の下で引きつった声を上げた。


「な、なんだこの空間は……! 狂っている!」


「おっしゃる通りです! ここは狂気の坩堝るつぼです! 早く帰ったほうが身のためですよ!」


私はワゴンの下から小声で敵にアドバイスを送った。


「ええい、埒があかん! 『魅了』のリナを確保しろ! 他の雑魚は捨て置け!」


リーダーの指示で、影のような動きをする身軽な男たちが、殿下たちの防衛線をすり抜けてこちらに向かってきた。

アサシンだ。

狙いは私ただ一人。


「ひっ……!」


見つかった。

ワゴンの下の目が合った。

男が短剣を構え、ニヤリと笑う。


「もらった!」


「いやぁぁぁ! 来ないでぇぇぇ!」


私はパニックになり、手元にあったものを投げつけた。

それは、さっきまで私が握りしめていた「ケチャップ容器」だった。


ピューッ!


放物線を描いて飛んだ容器は、蓋が開いていた。

真っ赤なケチャップが空中で撒き散らされ、アサシンの顔面を直撃する。


「ぐあっ!? め、目が!」


「今だ! サーブ君、行けぇ!」


私の足元にいた蜘蛛型ロボット『サーブ君1号』が、私の叫びに呼応して飛び出した。


了解ラジャ。排除プログラム・レベル5、起動』


シリウスの声と共に、ロボットのアームから「高粘着スライムネット」が発射された。

ベチャァッ!

視界を奪われ、もがいていたアサシンは、全身をネバネバの網に絡め取られ、床に転がった。


「な、なんだこの粘着力は……! と、取れない!」


『ふふふ。僕の特製スライムだ。成分分析が終わるまで、そこでおとなしく観察されていたまえ』


ロボットからシリウスの勝ち誇った声が聞こえる。

牢屋の中から遠隔操作で援護射撃とは、さすがマッドサイエンティスト。役に立つ変態だ。


しかし、敵は一人ではなかった。

別方向から、もう一人のアサシンが迫っていた。


「こっちがお留守だぜ!」


背後からの奇襲。

殿下もギルバート様も、前線の敵に阻まれて間に合わない。


「リナ!!」

「しまっ……!」


二人の焦燥に満ちた叫び声。

刃が私の首元に迫る。

走馬灯が見えた。

ああ、お母さん。結局、一度も親孝行できないまま、メイド服で死ぬのね……。


その時。


バサァッ!


私の目の前に、豪奢な布が翻った。

フリルのついたエプロンだ。

それが闘牛士のマントのようにアサシンの視界を遮り、短剣を絡め取った。


「……私の最高傑作リナに、薄汚い刃を向けるんじゃないわよ」


凛とした声。

マリアンヌ様だ。

彼女は自分の身につけていたエプロンを瞬時に外し、武器として使ったのだ。


「なっ、公爵令嬢が護身術を!?」


「淑女の嗜みよ。……それに」


マリアンヌ様は扇子を開き、アサシンの顎をカチ上げながら、妖艶に微笑んだ。


「この子は私がプロデュースした『作品』なの。傷一つ付けたら、ローゼンバーグ家の全財力を使って、あなたたちをこの世の果てまで追い詰めるわ」


「ひぃっ!」


そのド迫力に、アサシンが怯んだ。

その隙を、私の【魅了:S+】は見逃さなかった。


システムが勝手に判定を下す。


【判定:危機的状況】

【スキル発動:強制応援バフ


私は無意識のうちに、心の底から叫んでいた。


「誰か! 助けてくださぁぁぁい!!」


その声は、ただの悲鳴ではなかった。

聞く者の脳内麻薬をドバドバと分泌させ、身体能力を限界突破させる「女神の祈り」として響き渡ったのだ。


ドクン!!


レオナルド殿下とギルバート様の瞳から、理性の光が消えた。

代わりに宿ったのは、制御不能なほどの愛と殺意。


「リナが……呼んでいる」


殿下の全身が、黄金の炎に包まれる。

それはもはや魔法の域を超え、小型の太陽のような輝きを放っていた。


「虫ケラどもが。……よくも私の愛しい人を怯えさせたな」


ギルバート様の背後に、巨大な氷の狼の幻影が浮かび上がる。

室温が一気にマイナスまで低下する。


「消えろ」

「凍てつけ」


「「極大魔法オーバーキル!!」」


ズドォォォォォォン!!


炎と氷の嵐が、教室の壁(と敵)をぶち抜いて炸裂した。

リーダーを含む残りの敵兵たちは、断末魔を上げる暇もなく、空の彼方へと吹き飛ばされていった。

キラキラと光る星になって消えていく彼らは、さながらロケット団のようだ。


静寂が戻る。

壁には大きな風穴が空き、外の青空が見えている。

教室内は半壊。

テーブルは消し炭か氷塊になっている。


終わった……。

何もかもが終わった。


私はへたり込んだ。

これで学園祭は中止、私たちは大目玉を食らって謹慎処分だろう。


しかし。


パチ……パチパチ……。


誰かが拍手をした。

それをきっかけに、割れんばかりの拍手喝采が巻き起こった。


「ブラボー!!」

「すげええ! 壁まで壊す演出なんて、前代未聞だ!」

「感動した! 愛の力が悪を滅ぼす……まさに王道!」

「リナ様万歳! 殿下万歳!」

「アンコール! アンコール!」


(……は?)


私は呆然と客席を見渡した。

誰も怪我をしていない。

そして誰も、これが「本物の戦闘」だったことに気づいていない。

殿下とギルバート様がやりすぎた破壊行動さえも、「気合の入った舞台装置」として処理されている。


「ふぅ……。やりすぎたか」


殿下が炎を消し、何食わぬ顔で髪をかき上げた。


「だが、リナを守るためだ。壁の一つや二つ、安いものだろう」


「ああ。それに、この程度の修繕費、私のポケットマネーで十分だ」


ギルバート様も涼しい顔で剣を納める。

金持ちの発想が怖い。


「リナちゃん、大丈夫!?」


アリスちゃんが駆け寄ってきて、私をギュッと抱きしめた。

彼女の手には、ひしゃげた中華鍋が握られている。


「怖かったねー! でも、悪い人たちバイバイしたからね!」


「う、うん……ありがとう……」


私は涙目で頷いた。

もう、ツッコミを入れる気力もない。


「リナ」


マリアンヌ様が、優しく私の背中をさすった。


「よく頑張ったわ。……あなたのその『か弱さ』が、男たちの本気を引き出したのよ。最高の演出だったわ」


「褒めてませんよね? それ」


こうして、学園祭最大のトラブル「テロリスト襲撃事件」は、生徒たちの誤解と、攻略対象たちのオーバーキルによって、幕を閉じた。

『アリスと不思議な森』は、「伝説のバトルファンタジー喫茶」として、学園祭の語り草となることが確定したのだった。


          ◇


数時間後。

嵐のような午前中の部が終わり、休憩時間が訪れた。

店は一時閉店し、クラスメイトたちは片付けや休憩に入っている。


私は校舎裏のベンチで、死んだように脱力していた。

隣には、なぜか殿下、ギルバート様、マリアンヌ様、アリスちゃんが並んで座っている。

豪華すぎるメンバーだ。

私の胃が痛い。


「さて」


レオナルド殿下が、不意に口を開いた。


「邪魔者は消えた。……約束の時間だ」


「約束?」


「忘れたか? 屋上での協定だ。『学園祭で一番楽しませた者が勝ち』。……ここからは、俺たちのターンだ」


殿下がニヤリと笑い、私に手を差し出した。


「リナ。午後は俺がエスコートする。王族専用のVIP席で、舞踏会の予行演習といこうか」


「待て」


ギルバート様が、反対側の手を取る。


「騎士団主催の剣術大会がある。最前列の席を用意した。私の勇姿を、その目に焼き付けてほしい」


「二人とも、リナちゃんを困らせちゃダメだよー! リナちゃんは私とお化け屋敷に行くの!」


アリスちゃんが背中から抱きついてくる。


「ちょっと待ちなさい。リナは疲れているのよ。私の用意したサロンで、最高級のスイーツとお茶を楽しむのが最優先だわ」


マリアンヌ様まで参戦してきた。


四方向からの誘い。

逃げ場はない。

午前中の戦闘で体力を使い果たした私に、拒否権など残されていなかった。


「あ、あの……」


私が口を開こうとした時、シリウスの声が足元のロボットから聞こえた。


『リナ君。僕も忘れないでくれたまえ。現在、地下牢の壁を溶解して脱獄中だ。あと十分でそちらに合流できる』


(脱獄するな!)


状況は悪化の一途を辿っている。

テロリストがいなくなった今、彼らのリミッターを外す要因は何もない。

ここからは、純度100%の「リナ争奪・学園祭デート編」が始まるのだ。


「……じゃあ、みんなで回りましょう。みんなで」


私は最後の力を振り絞って提案した。

一対一になるよりは、全員で牽制し合ってもらったほうが、まだ命が助かる確率が高い。


「みんなで、ですか……」


殿下は不満そうだったが、私の懇願するような目(死んだ魚の目)を見て、しぶしぶ頷いた。


「よかろう。リナがそう望むなら、ハーレムデートと洒落込もうか」


「ハーレムじゃないです。引率です。介護です」


私はよろよろと立ち上がった。

午後も地獄だ。

でも、生きて帰るまでは諦めない。


「さあ、行こう。伝説の続きを」


殿下の言葉と共に、私たちは午後の学園祭へと繰り出した。

そこには、午前中の騒ぎを聞きつけて集まった、さらなる野次馬と信者たちが待ち構えていることを、私はまだ知る由もなかった。

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