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4 誠、母と会う

 やけ酒、ならぬ薄いオレンジジュースで一息、誠は行儀悪く大きくゲップをすると、やさぐれた目付きで現世を見つめていた。

 この世は糞だなどと悲観はしていない、ただ中途半端に似た、しかし別の世界であると認めずにはいられなかった。公園を見渡せば大人に対して子供が多く、兄姉が弟妹を引き連れている姿が散見される。ひとり遊びする子は少なく、保護者も安心して歓談に花を咲かせている。特段おかしくは見えず、いや、十数人で遊ぶ子供の塊がいくつもあるのはやはり違和感がある。少子化という言葉が根付いて久しい時代を生きていた誠にとって、数えるのも億劫になるほどの子供がいるだけで違和感なのだが、

「次鬼ごっこやる奴ぅ」

「遊具はこっちよー」

 小学校高学年だろう少年少女が恐らく家族でもない子供達の面倒を率先して見ている。自分達だって遊びたい盛りだというのに嫌がる素振りを見せないところは誠にとって異質に見えていた。

 質の悪い冗談のようで、それ以上見ていられなかった。前世ではそんな体験をしたことがない、人はそれほど優しくなかった。それが当たり前で、悔しくて、視界が歪む。

 くそ、と誠は内心で悪態をつく。肉体年齢のせいか、涙をこらえることができない。二十を超えたはずなのに自分の意志ひとつで気丈に振舞うことすらできない身体が今は恨めしい。

 なんとか涙が滴ることだけは堪えることが出来た、誰かに見咎められていたならば叶わなかったことだろう、今は誰の関心を引いていないことだけが彼にとって救いだった。

 その時である。

 公園の入り口、そこにひとりの女性が立っているのを誠は歪んだ視界の中でとらえていた。正確に言うならばひとりと、ベビーカーに乗せた子供である。

 自分と同じ、そんなことを薄らと考えていた時だった。どこか見覚えのある姿を熟視し考え、いやそれほど長い時間もかからず手を突き出していた。

「かーさ!」

 相変わらずの舌足らずだが、誠には構っている余裕などなかった。あれは、あの立ち姿は間違いない、全身の毛穴が開き皮膚と服の間に熱気が立ち込めるが気にせず、深く腰掛けていたベビーカーから身を乗り出していた。

 太く短い手足をいくら動かしてもベビーカーは前へ進まず、そんなことすら忘れて叫び、足掻く。今までにない慌てっぷりはそばで話していた大人の関心を引くに十分で、

「ん、まーくんどうしたの?」

「かーさ! かーさ!! げほっ、か、かーさ!」

「えっと……」

「真由さん、どうかした?」

 誠の狂乱が理解出来ず、戸惑う真由の肩越しから話し相手の女性が声を掛けていた。

 そして、駄々をこねる誠を抱きかかえるが、どこからそんな膂力が生まれるのか、暴れに暴れ、手に負えない。誠が藻掻く方向へと、女性は仕方なく歩み出していた。

「あら……」

「かーさ……」

 顔がはっきりとわかる距離まで近づいて、誠は力無く手を下げていた。似ている、前世の母と瓜二つと言ってもいいが、記憶の中にある雰囲気の僅かな誤差がどうしても受け入れがたく、脳みそが拒絶していた。

 ある意味では当然なのだ、前世で見た母の最後の姿は四十を超えていて、目の前の女性はまだ三十代前半のよう、それに過労で痩せ疲れた様子はなく、もはや他人の空似であった。

 その彼女は失意に項垂れる誠を一瞥した後、眉をひそめて一礼、一言も発さず横を通り過ぎていた。

 ……何やってんだよ。

 他人の腕の中で日干しの布団よろしく倒れ込みながら、誠は反省していた。この世界は前世と違うパラレルワールド、もう母親には会えないと心に棚を作ったというのに似たような見た目の人を見ては自ら棚をぶち壊す行為、これを恥と呼ばずなんとする。

 二十余年あまり生きての恥さらし、誠が自己嫌悪に心砕いていると、真由が近寄り代わりに抱きかかえていた。嫌がるどころか生きる気力すら失われた雑巾のような赤子を見ながら、

「どうしたのかしら?」

「さぁ?」

「あの人……うちの誰かに似ていたのかしら?」

 記憶を手繰り寄せていた真由はしばらくした後首を横に振る。分からない、そんな表情をしていたところに女性が身を寄せて、

「……あの人、関わらないほうがいいわよ」

 ひそひそと話しているつもりなのだろうが真下にいる誠にははっきりと聞こえていた。

 面白くない。他人とはいえ、似た顔の人が中傷されるのは。誠が聞き耳を立てていると、真由のほうから顔を寄せていた。

「どういうことですか?」

「あの人、『シングル』だから」

 シングル、つまりシングルマザー。いくら流行りに疎く、家にテレビがない家庭に育ったからといって、それくらいすぐに繋がった誠は苛立ちを露わにしていた。離婚して、女手ひとつで子育てをしているだけで後ろ指指すなんて倫理観が終わっている、敵はすぐ側にいた。

 しかし真由も同意するように頷くばかりで反論する様子がない。常識的で慈愛ある女性だと思っていただけに、誠は衝撃を受けていた。

「旦那さんが海外務めとかじゃなくてですか?」

「ううん、普通の会社員。会社もよく採用()るわ、どっちもやりにくいってのに」

 最近お馴染みとなった胃のむかつきに顔を顰めていると、大人の会話は誠の予想外の方向へと向かっていた。シングルとは、シングルマザーを指す言葉ではないらしく、またひとつ知らない単語が増えたことに辟易としていた。

 ただ、すぐに思い当たる。真由のように複数の男女がひとつの家庭を作ることが普通なのだとしたら、シングルとは一組の男女で家庭を作る、一夫一妻のことを指すのではないか、と。断定出来ないけれど、もしそうだとしたなら、いくらなんでも心が狭い。

 どちらかと言えば願望であった、真由が狭量でないことを、しかしそうなると母親に似た女性に瑕疵があることになる、片方を立てれば片方を下げなければならない、誠にはまだ決心のつかないことだった。

 嫌だな、と思ってもなにか出来るわけではない、無力さをまざまざと見せつけられながら、誠はまた考えることを止めていた。

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