10 誠、白状する。
「――で、マジな話ー?」
部屋に閉じ込められた誠はベッドに腰掛けさせられ、椅子の背もたれに胸を乗せた美咲に問われていた。尋問のようで、その通り、尋問である。
今さら冗談だなんて道理が通るはずもなく、誠はおずおずと頷いていた。
「どう思いますか?」
「うーん、とりあえず言いふらさないほうがいいよー。『馬鹿だなー』で済ませてくれる人だけじゃないからねー」
美咲の言うことはもっともだ。現状ですら性急だったと誠は反省する。
そのうえで、
「ちなみにー、前世は男ー? 女ー?」
「男です」
「死んじゃったのは何歳ー?」
ずけずけと容赦なく聞いてくるな、と気圧されながら、誠は「二十二です」と答える。
ふむ、と一言、顎に指を当てた美咲はまっすぐ誠を見て、
「素知らぬ顔して彩花のおっぱい吸ってたんだー」
なぜか悪意ある場面のみを取り上げて、誠を糾弾していた。
いや、女性として気になるのはわかるが、不可抗力である。そもそも母乳で育てられているときには誠に前世の記憶はなく、気付いた時には粉ミルクだったので冤罪だった。
「記憶が戻ったのは最近です」
「でもお風呂は今も真由が入れてるよねー?」
「……」
事実であるがゆえに、誠は黙ることしかできなかった。所詮は生後一歳と半年、髪を洗うにも力が足りず、身体を洗うにも手の長さが足りない。それで当たり前なのだから真由がお風呂に連れていくし、それでも極力色々を見ないようにはしていた。
見ないようにしているということは意識していることにほかならず、どう言っても美咲からの追及から逃れる術はなかった。いっそ「役得だ」と開き直れればよかったのだが、真面目が服を着ているような性格が邪魔をしてそれも叶わない。
つまりは、
「……勘弁してください」
土下座、白旗降伏である。
「――と、こういうことを考える人もいるわけだー。今まで隠してたのは正解だねー」
からかいが成功してか、美咲はニタニタと笑いながら言う。身に染みてわかった誠は前世について固く口を閉じることを決意していた。
「――まあ、前置きはこのくらいにしてー」
「……はい」
「なにか言いたいことあるのかなー。まーいいやー、それでお金稼ぎがしたいんだよねー?」
逸れてしまった軌道が強引に修正されていく。これには誠も好都合と、頷くだけで済んでいた。
意図は伝わっただろうか、期待を込めた目で見れば、美咲はにっこりと笑い、
「そういうことなら全面的に反対するよー」
「え、この流れで?」
「流れも何も、初めから反対だって意思表示してたしー。勝手に事実を曲げないで欲しいなーって」
棘だらけの言葉に誠がめげることはなかった。職人は気難しいと相場が決まっているのだ、駄目なら駄目で別プランへ移行するだけ――と今、決めていた。
しかし、役者が違うとはまさにこのこと、わかりましたと誠が言う前に、
「五百万」
「はい?」
「弟子入り料ー。利子は取らないであげるー」
無茶な要求をする美咲へ、誠が今よりもっと大きかったなら頭を叩いていたことだろう。論理的ではないからだ、金がないから金稼ぎをしたいというのに、何もしないうちから五百万の借金をするなんて、状況が悪化しているとしか言いようがなかった。
「いや、いいです」
「いいですじゃないんだよー。もう決めたことだからー」
「勝手に決めないでください」
「勘違いしないでねー。誠の秘密を握ってるのは私なんだよー。それにこんなゴミでアクセサリー作ってる子が身内なんて知られたら――ぶち殺しちゃうかもー」
目には狂気、誠が必死で揃えたそれをゴミ呼ばわりどころか足蹴にしながら美咲は手を伸ばしていた。
反応する間もなく肩を掴まれ、持ち上げられていた。指が食い込むほど握られたなら痛むのは当然で、小柄な彼女からは想像できないほどの膂力に誠は命の危機を感じていた。
「誠にとっても悪いことじゃないよー。そんなチンケなもの、何千と売っても貧乏から抜け出せることはないしー、ちゃんと技術を修めるほうが最終的には得になることくらい、子供じゃないんだからわかるよねー?」
宙に浮いたまま前後へ揺さぶられ、抵抗らしい抵抗もできず、誠は項垂れるように首を垂れた。真正面からの脅しに屈しないためには、もう少し身体が出来てからでないと難しい。
完敗した誠を見て、美咲は喜色の笑みを浮かべていた。獲物を前にしたライオンのようであり、ならば誠は獅子に睨まれた兎か、抵抗する気持ちすら湧かないでいた。
その時だった。
「美咲、誠知らない?」
ドアをノックせず入ってきたのは彩花だった。彼女は人形のように力なく垂れる息子の姿を見て、
「仲良しじゃん」
悲しいことに彩花はひどい盲目のようだ。これが仲良く見えるなら囚人と看守は夫婦に見えることだろう。
「彩花ー、この子貰っていいー?」
「どしたの急に。人嫌いの美咲が珍しい」
「いやー、こんな面白い子なかなかいないからー、弟子にしようと思ってー」
息子が目の前で売られようとしているというのに、彩花は「目の付け所がいいじゃん」と止める気はないらしい。それどころか、
「いいけど、他に欲しい人がいたら喧嘩すんじゃないわよ」
「そりゃこまったねー。智也以外の男と取り合いになりそうだよー」
いつの間にか引く手あまたになりそうとまで予想され、こんなはずじゃなかったと、誠はしてもどうしようもない後悔を始めていた。
それから数日のことである。
暇さえあれば――ここでは誠の余暇ではなく美咲の手が空いた時という意味で――宝石研磨や金属加工の基礎知識を叩きこまれていた。教本だけでなく実際に宝石、吸いこまれそうなほど透ける水晶や光を乱反射させるアメジスト、七色に輝くダイヤモンドを観察したり、金銀プラチナといった貴金属を触れたりと、得難い経験を積み重ねていた。
だからこそ、解ることもある。まず誠が用意した石はそもそも石ではなかった。近くのショッピングモールで宝石掴み取りをやっていた際に調達したのだが、そのすべてが硝子か樹脂、プラスチックでできた模造品である。子供だましにまんまと引っかかったわけだが、そのまま研磨しようとしていたら、割れた破片で怪我をする恐れすらあったのだ。
学べば学ぶほど、自分がいかにもの知らずで無計画なことをしていたかを見せつけられる。売れるものを作るということがいかに難しく、必要となる知識や機材が貴重かをたった数日で痛感していた。
そもそも前世で装飾品など買う余裕があるはずもなく、見ただけで仕組みをわかった気になっていた時点で詰めが甘いと言わざるを得ない。編み物や雑貨と違い、単価に目がくらんだのだ、うまい話などあるはずがないという見落としに気付かせた点は、美咲に師事した甲斐があったなと、誠は考えていた。
また、ジュエリーの世界の奥深さに、誠はすっかりのめりこんでいた。宝石の種類だけでも数多とあり、カットの仕方、爪や台座のデザイン、使われている金属、そして逸話。金持ちの道楽としか見ていなかったが、工芸品としてだけでなく造り手の思いや苦悩、人生すら透けて見えるようだった。
時間さえあれば教本を読み続ける毎日が続く。一度読んだだけで覚えられるほど頭は良くないことを自覚しているのだ、なんどもなんども繰り返し、隅から隅まで頭に入れる。それだけでなく技巧のイメージトレーニングを繰り返し、その姿は図鑑にかじりつく子供のようで年相応に見えていた。
その愚直なまでの勤勉さは美咲にとっても予想外だった。一を教えて十をこなすような天才ではなく、教えたら教えた分だけ自習してものにしていく。手はかかるが何度教えても理解しない馬鹿ではなく、試行錯誤を勝手に繰り返して糧とする、なんとも教えがいのある子供に見えていた。
なので予定より前倒しになったのだろう、今、誠は研磨台の前に座らされていた。
「じゃー手磨きからやっていこーかー」
といって美咲から渡されたのは手のひらに乗る程度の石だった。深海を思わせる濃い緑に白い縁、同じ宝石が多彩なこともあるため、誠にはまだ判別不能だった。
誠はじっくりと眺める。ある程度成形されてるとはいえ、表面には凹凸や傷も多い。よく見る宝石の形になるよう削るためには相当の時間をかける必要があると予想していた。
緑色で代表的な宝石といえばエメラルドであるが、傾けて見ても二色性はない。緑なら翡翠やグリーンダイヤモンドもあるが、手で磨けるほど柔らかくない。
なんだろう、と首を傾げれば後ろから美咲が顔を覗かせていた。
「なんだかわかるかなー?」
「わかりません」
「じゃあこれならー?」
といって手渡されたのは筒である。形状から懐中電灯のようで、ボタンを押すにも柔らかい指では一苦労、なんとか押してみせれば、紫色の灯りがほのかに輝いていた。
「……フローライト(蛍石)?」
「せいかーい。予習はちゃんとしてるねー」
ブラックライトに照らされると、暗闇の中ほうっと輝く代表的な石の名前を口にすると、美咲は嬉しそうに誠の頭を撫でていた。
 




