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<5・気の毒なヤツと不憫なヤツ。>

 何やら、とんでもない秘密が隠れている気がしてならない。

 そう思ったのは、どうやら洞窟に詰めている他の魔族達も同じだったようだ。洞窟ダンジョンから出なければペナルティにはならないので、その日はガロンとエルが控えている小屋にA班からD班まで(なおガロンとエルの班はE班である)のリーダーが勢ぞろいすることになったのだった。

 なお、八畳間しかないのでぶっちゃけ、六人がいるだけで結構ミッチミチなのだが(中にはかなりデカいやつもいるし)、そこは今回我慢するしかない。

 本当は電話で会議ができれば早いのだが、内線電話を仕事以外で使うと叱られるし、全員スマホは取り上げられているので直接会うしかないのである。


「やっぱりブラックでごわすな、うちの魔王軍は」


 はああ、と大柄なオークの姿をしたA班リーダーが言った。


「わしらA班は、洞窟の入口付近を担当しているでごわすが……すぐそこに出口があるのに、ちょこーっと出て町の商店街に行こうとしただけでペナルティでごわす」

「あ、試したんだ?」

「そうごわすな。部下の一人が耐えられなくなって店のカワイコちゃんに会うと言いながら飛び出していき……直後消し炭になりやした。いや、ちょっと規則を破っただけで部下があっさりトラップで殺される職場とか聞いてないでごわす……」

「……洞窟から出たらうんぬんのところ、書類に超ちっさい文字で書いてあるだけだしね……」

「そうでごわす。あまりにも理不尽でごわす……」


 そろそろ限界、とその顔には書いてある。というか、他のメンバーの表情も似たり寄ったりだ。


「でも、ブラックなのはうちの魔王軍だけじゃないかもしれないのよ」


 そう言ったのは、吸血鬼モンスターの女性であるB班のリーダーである。真っ赤な長い爪をひらひらさせながら告げる。


「この間、うちの班との戦闘中に勇者が死んだ……って話は聞いてるわよね?」

「ああ」

「正確には、うちの班のエリアに逃げ戻ってきた勇者を、わたし達が嬉々として追いかけまわしてたってのが正しいんだけど……そしたら橋で足を踏み外して、そのまま溶岩の沼に勝手に落ちて行ったのよ。チョーさんはトラップとかなんとか言ってたけど実際はただのあいつのドジね」

「お、おう」


 追い回していた、というところに闇を感じる。まあB班も暇で暇でしょうがなくて、勇者が来て「ひゃっほー獲物だぁあああああああ!」となったのは想像に難くない。


「で、あいつしばらくの間橋のはしっこに引っ掛かってたんだけど」


 はあ、と彼女はため息交じりに言った。


「その時意味不明居なこと呟いてたのよ。やっぱりレベルが足らなかったとか、もうコンティニューは嫌だとか、元の世界に返してくれとかうんぬんかんぬん」

「……ナニソレ」


 その言葉で、なんとなく察してしまった。ひょっとして。


「俺らは魔王様にパワハラ受けてるけど、勇者は女神様にパワハラ受けてらっしゃります?」

「……多分」


 その瞬間、全員がまったく同じ表情になった。ようは、勇者に同情したのである。

 そう言えば聞いたことがある。世界に危機が迫った時、女神はよその世界から助っ人を召喚することができるらしい、と。あくまで噂だと思って聞き流していた。しかし、もしやそれは勇者のことなのではないだろうか?


「始まりの町に、突然勇者が現れる……ってもしかして」


 エルがしょっぱい顔で言う。


「女神が無理やり、異世界から勇者を召喚してきてます?いえ、ぶっちゃけ……拉致ってきてます?」

「え、なに?勇者気の毒すぎない?」


 思わずガロンはツッコミを入れる。


「つまり、勇者もこの世界のために戦ってるんじゃなくて……女神に無理やり拉致されてきて、元の世界に帰るためにイヤイヤ戦わさせられてるってオチじゃ……」


 うっわ、可哀想。

 思わず合掌した。しかも、何度も死んでも女神の加護で復活させられて戦わさせられるのだとすれば――それはもう気の毒というレベルの話ではない。というか、魔王軍のがマシかもしれないと思うほどのブラックっぷりではないか。

 なんというか、この世界まともな上司がいないのはなんでだろう。自分達、ひょっとしてものすごく不幸だったりするのだろうか。


「……なあ」


 そして、ガロンはあることを思いついてしまう。


「勇者は、元の世界に帰りたいだけなんだよな?つまりこの世界の人間や土地に愛着なんざ微塵もねえ。そんでもって、どんなに嫌でも魔王様を退治するためにダンジョンに挑み続けないといけないわけだ。それってつまり、ぶっちゃけ魔王様より……女神様のこと、恨んでね?」

「つまり?」

「……勇者、味方にできんじゃね?」

「あ」


 その瞬間、全員が思ったことだろう。

 次に勇者が来た時、殺さないで捕獲することにしよう、と。そして説得してしまおう、と。

 勇者が味方になってくれれば、自分達のこのブラックすぎる仕事からも解放される可能性が高い。そして、勇者をえんえんと召喚するめんどくさい女神こそが、自分達にとってもラスボスだと言えなくはないわけで。


「作戦決まり、よし」


 A班リーダーが頷いた。


「わしらで、勇者をとっ捕まえるど!」




 ***




 自分達だって魔族であり、魔族の悲願を叶えたい気持ちはある。

 ブラックすぎる任務を押し付けてきた魔王様と魔王軍上層部に愛想を尽かしている気持ちもあるにはあるが、だからといって魔族自体を裏切りたいなんて思うはずがないのだ。

 この任務から、無理に逃げる方法を探さなかった理由の一つがそれである。勇者と結託して魔王様に歯向かおう、なんてことも思うはずがなかったのだ。

 そう、それが、魔族の害になるのであれば。

 勇者と手を組むことで、魔族にもメリットがあることでなかったのなら。


「う、ウウウウウ……」


 数日後。泣きながら洞窟ダンジョンに入ってきた勇者を、魔族のメンバーは温かく迎え入れた。ガロンとエルを含め、多くのメンバーがA班の拠点に集まって、先日とは打って変わりお茶を出してもてなしたのである。ちなみにA班の拠点の方がちょっと広くて綺麗にリフォームされていた。和室に通されてお茶とお菓子を貰った勇者は、ぽろぽろと涙をこぼしてこう言ったのである。


「うう、うう、今度はもっと酷い殺され方すると思ってました……ありがとございます。ボク嬉しいです……」

「お、おう。ていうか、お前も相当参ってんだな」

「そりゃあもう。ていうか、聞いてくれます?酷いんですよ、女神様……!」


 十六歳くらいの青年は、半泣きになりながら我が身に起こった悲劇を語り始めた。

 元々彼は、令和の日本という国に生きる人間だったという。ある日トラックに撥ねられて、気づいたらこのジャスティスワールドに飛ばされていたというのだ。

 彼は気づいた。ここが、自分がプレイしていたRPGゲームの世界であるということに。勇者が魔王を倒してハッピーエンド、というシンプルな物語の世界ではあるが――ゲームのシステムが、そのまま世界に組み込まれているということに。つまり。


「女神様、ボクに一応チートスキルはくれたんですけど……ゲームの約束を破ったら、元の世界に帰してくれないって言うんです」

「ゲームの約束?」

「ハイ。……ゲームだから、セーブしたところで何度でもやり直しができなくてはいけない。勇者は死んでも、データをロードすれば何度も復活する。魔王を倒してクリアするまでゲームを終わりにすることはできない。でもって……一番長くてめんどくさい、この最終ダンジョンだけは絶対に通過して魔王城に行かないとダメだって……」

「あー……」


 どうやら、勇者の不可解な性質はそれゆえだったらしい。

 この世界は、その令和日本とやらのゲームとして成立している。勇者は、ゲームの通りに何度でもセーブして死んで復活してを繰り返さないといけない。それをやらないと、女神を怒らせて元の世界に帰して貰えない。だから、どんなにきっつい死に方をしてもまたこの世界の勇者として蘇ってしまうのだというのだ。

 でもって、こんなに弱っちいのになんで最終ダンジョンにいきなり現れたのかと言えば――本人のチートスキルが起因しているという。つまり、彼はその気になれば、どこにでもチートスキルでテレポートできるというのだ。なんと便利な能力をもらっていることか。


「ダンジョンの中で使わなかったのは、ダンジョンの中では入口から出口までちゃんと攻略しないと女神様に怒られるからです……前に一回、びびってスキルで離脱したら、ものすごい圧をかけられました」

「圧?」

「次にやったらカンナで顔面削ってブチ殺すとか言われました」

「え、なにそれ、パワハラにしても怖すぎない?」


 女神って女神って名前なのにそういう性格なんかい、と全員白目になってしまう。

 いずれにせよ、勇者が想像以上に不遇だった、ということがわかった。ガロンもエルも、そこにいる全員が目をうるませている。

 この世界にまともな労働環境というものはないのだろうか。あるいは自分達が極端に不運なだけなのだろうか。


「なあ、勇者よ」


 ガロンは切り出す。


「お前、元の世界に帰れたら、この世界がどーなってもいいよな?」

「はい、ぶっちゃけどうでもいいです」

「女神様には、ムカついてるよな?」

「はい、まあ、軽く殺意抱いてます」

「……女神様ぶっ倒したら、元の世界に帰れそうだと思わねえ?俺ら的にもよ……今後も第二、第三の勇者を女神に呼ばれるのすごく困るというか。お前も、お前の世界の住人が強引にぶっ殺されて呼ばれ続けるの、すっげえ嫌だよな?」

「……嫌ですね、はい」


 説得は、あまりにも簡単だった。

 そして勇者の能力があれば、このダンジョンから魔王様の結界をすっとばして脱出することも、女神のいる空間に行くことも簡単なわけである。――そして、女神を倒して勇者が元の世界に帰れば、勇者はもう復活しないし女神も新しい勇者を召喚できなくなる。魔族としても、願ったり叶ったりなわけだ。


「勇者、俺らと一緒に女神様ぶっ倒さね?つーか、お前はスキルで女神様のところに俺らを飛ばしてくれるだけでいいわ」

「はい喜んで!」

「即答!」


 その後。

 パワハラに悩まされていた勇者と魔王軍のメンバーは結託し、女神様をボッコボコにすることに成功。

 無事に勇者は元の世界に帰還、魔族は世界征服に成功し魔族の楽園を作ることができ、魔王軍メンバーもまたブラックなお仕事から解放されましたとさ。


 めでたし、めでたし?


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