<3・いらっしゃいませ喜んで!>
と、まあ。少なくとも三日後の時点では、エルは優等生なことを言っていた。ガロンも、エルが我慢しているなら仕方ないと小屋で大人しく待っていたのである。
が、さすがのエルも、二週間過ぎる頃には限界が来たようだ。死んだ目でこんなことを言い出した。
「むり」
ゴミ捨てにも行けないので、ご飯などで出たゴミは転移魔法で魔王城につっかえすことになっている。
エルはからっぽになった缶詰を見つめて、告げた。
「むり。むりです。娯楽もないし、毎日味気ない缶詰と似たようなカップ麺ばっかりの日々。え、なんですかこれ?地獄ですか?そうですよね?」
「だから俺は言ってんだろうが、これブラックだって」
「勇者なんで来ないんですか?今どのへんほっつき歩いてるんですか?もう二週間過ぎてんですけど?」
「も、もうすぐって聞いてるけど……うん」
やばい。ガロンは冷や汗をかく。
自分もストレスで死にそうになっているが、それ以前にエルのオーラがやばいのだ。このままだと、自分が先に殺されかねない。なんせ、エルの攻撃には怖いものが多いのだ。だからこのダンジョンに配置されたとも言えるのだが。
「ガロンさん、このからっぽの缶詰に魔王様への呪詛詰めて送り返してもいいですか?せめて不幸の手紙だけでも」
「……ダメだって」
魔王軍の手下が魔王を呪ってどうすんだ、と突っ込むガロン。
「大丈夫です。本気で死ぬような呪詛なんてこめません。精々、ちょっと魔王城が激ムズダンジョンになったり、魔王城の全ての排水溝からブラックGが湧き出してきたり、一晩バイオハザードが発生して手下がみんなゾンビになる程度の呪いかけるだけなんで」
「普通に全部嫌なんだが!?」
「それくらいしないと脅しとしか効果ないんじゃありません?僕達のところに娯楽の道具の一つも送ってくれないんですよ!?せめてトランプ!マンガ!ゲーム!パソコン!ゴーストガールのえっちなフィジュアと素敵なオカズー!!」
「落ち着けええええええええええ!そして脅しって言っちゃったよオマエ!!」
補足説明。ゴーストガール、というのは幽霊系モンスターの一種である。美女の幽霊が多く、幽霊系男子には非常に人気があるのだ。
「俺だってなあ……俺だってなあ、オカズ不足と萌え不足には悩んでるんだよ!」
バン!とガロンは床を(ちなみに畳である)叩いて言った。
「去年の今頃は……ダークネスアイドルグループ『リリーズ』のライブに行ってたんだ……!チケット鬼のように高かったし抽選倍率ヤバすぎたけど、それでも友人家族に頭下げまくって大量に買ってやっといい席当てたんだよおおお……!そのせいで貯金すっからかんになってやべえと思って、今年のライブにも行くため金を稼ぐべく魔王軍に入ったのに……なんでそのライブのチケットを購入することもできないなんて事態に陥ってんだよ!」
「大量にチケット買うとか普通に迷惑なやつでは?」
「うっせえええええええええ!ちゃんと全部俺の金で払ったし、俺が行かなかった席のやつは友達とかいろんなやつにタダで譲ったんだよこんちくしょう!!つか、ライブに行けないわ、こんなところでライブ当日を野郎と二人きりで向かえることになるわ、段々時間の感覚もなくなってくるわでやべーとしか言いようがねえ!いい加減俺だって、俺だって外に出たいんだあ!」
そうだ、と顔を上げるガロン。
「やっぱりさ……ちょこーっとくらい洞窟の外に出てもバレないんじゃね?すぐにさ、コンビニで雑誌くらい買って帰ってきてもいいんじゃね?転移魔法使えばすぐだよな?」
そうだ。
いくら魔王様の命令だとしても、数分この小屋を抜け出したところでバチは当たらないのではないか。というか、バレなきゃいいのだ、バレなきゃ。
「本当に大丈夫なんでしょうか」
エルは渋い顔をしている。
「そりゃ、僕だって雑誌や漫画の一つや二つ買いに行きたいですよ。でも、本当にバレませんかね」
「バレねえってそれくらい……あ」
まるで、自分達の会話を聞いていたかのようだった。エルが持っていたからっぽの空き缶のゴミが消え、代わりに魔王城からの手紙が転送されてきたのである。
差出人は、直属の上司であるチョーからだった。
内容はこんなかんじ。
『そろそろあんさんら、こっそりサボって洞窟の外に行きたいとか思ってるかもしれへんけど、絶対ダメやでえ?
魔王様は、手下が考えそうなことはぜーんぶお見通しや。
具体的には、洞窟の出入り口周辺に結界貼ってんねん。
万が一脱走しようもんなら、雷魔法で真っ黒焦げにされてまうからな、覚悟しときいや(*´Д`)』
ガロンとエルは同時に吠えた。
「「顔文字うっぜええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」」
あいつはなんなんだ、この小屋に実は監視カメラでもついているのだろうか。その手間があるならさっさと自分達で勇者をぶちのめしてくれればいいものを!というかその予算、自分達が快適に仕事をするために少しくらい回してくれてもいいではないか!!
これがパワハラでなくてなんなのか!ああ、魔王軍がこんなブラック企業だなんて知っていたら就職なんかしなかったのに!
「……ガロンさん」
エルが、すっくり立ち上がって言った。
「このままこの小屋の中で退屈に殺されるよりは、今すぐ飛び出して真っ黒焦げになって往生した方がマシでしょうか」
「待て待て待て待て待て待て待て待て、早まるなエル!気持ちはめっちゃわかる、死ぬほどわかるが!!」
このままではエルが自爆特攻して死にかねない。いや、幽霊系モンスターだからもう死んでるっちゃ死んでるのだけれど!
「止めないでください、ガロンさん!じゃあ手合わせしましょうそうしましょう!そろそろ魔法使わないと体訛りそうなんですよねええ!」
ついにはエルがその場で杖を取り出して振り上げた。
「とりあえず最初は〝デス〟の魔法かけていいですか?」
「ちっとも良くない!!」
ホワイトゴーストの魔法は即死効果が付与されているものが多すぎてやばいのだ。あとはゾンビになる魔法とか、呪いでじわじわダメージを食らう魔法とか、猛毒の魔法とか、まあとにかく戦うのがめっちゃ嫌な相手なのである。しかも、幽霊モンスターなせいで物理ダメージがちっとも効かないという面倒っぷり。
もちろん、ガロンも魔法攻撃は嗜んではいるのだが。
「お前、ここが小屋の中だっての忘れてねえ!?八畳間!八畳間しかないの!!」
畳の上で真っ青になって吠えるガロン。
「俺とお前が戦ったら間違いなく小屋が爆散する!魔王様激怒するから!損害賠償とんでもない額になるの見えてるから!お金ないから俺達!!」
「ああああああああああああああああもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!じゃあガロンさんをゾンビにするだけで我慢しますからああああああああ!!」
「ダメだっつってんだろうが!!」
これはまずい。本気で限界だ。ガロンが冷や汗だらだらになった時だった。
『おい、誰もいないか?いないよな?』
『ああ。ダガーの奴は大丈夫か?あいつらが囮になってくれたおかげでここまで来たが……』
『大丈夫だって、信じようぜ。とにかく、城下町まで行けばお宝がわんさかあるって話だからよお』
「!」
何やら、小屋の外から話し声が。ガロンはエルと顔を見合わせた。お互い、わかりやすく目がキラキラしている。
もしや、これは。
「盗賊!?」
ついに、ついにこの何もない洞窟ダンジョンの道に、人間が来てくれたのだ。
来た人間は全部ぶっ倒していいと言われている。特に、今の会話から察するに相手は盗賊だ。多少残酷にぶっ殺しても良心が咎めない相手だろう。
――マジだ!
ベランダへ二人仲良く飛び出すガロンとエル。見間違いではなく。奥の通路から、茶色い皮の軽鎧を身に着けた二人の男が歩いてくるのが見える。腰にはロングソード、背中には大きな麻袋を背負っている。そしてどちらも人相がすこぶる悪い中年男性。間違いない、典型的な盗賊ルックだ。
となれば、黙って見ているなんて選択肢はない!
「いらっしゃいませええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」
「喜んでえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」
「んぎゃあああああああああああああああ!?」
ガロンたちは共にベランダの手すりを乗り越えて飛び降りた。どうやら自分達の存在にまったく気づいていなかったらしい盗賊二人。突然空から降ってきたダークナイトとホワイトゴーストに、ぎょっとしたように目を見開いている。
「嬉しいぜお前ら!俺らずっとここで待ってたんだよ、盗賊とか勇者とかそういうのが通ってくれるの!マジで退屈してたんだ、遊んでくれえ!」
「闘りましょう殺りましょうさあさあ全力で!」
「あ、いや、その……え、魔王の部下?テンションたか……」
「お、おれたちはそういうのいいかなあって……」
盛り上がりまくりで登場した魔王の部下二人に、完全に盗賊コンビはびびっている。腰の剣を抜く気配もない。
このままではまずい。逃げられたら、せっかくの久しぶりの暇つぶし――じゃなかった、仕事がパーになってしまう!
「エル、とりあえず拘束魔法よろ!」
「了解ですう!」
「待って待って待って待って!?おれら盗賊だけど、そんな魔王の部下の皆さんとガチで戦うほどの戦闘能力は……」
「そんな遠慮すんなよ、お前らも暇だろ!?」
「さあさあさあさあ遠慮なさらず殺りましょうってー!!」
「いやだからああああああああああああああああああ!?」
相手の意志など聞いていない。ていうか、聞く余裕などまったくのナッシング。
「いやっほおおおおおおおおおおおお!!」
ガロンはハイパワーテンションで剣を抜き、盗賊たちに襲い掛かったのだった。少しはいいかんじに抵抗してくれればいいなあ、なんてことを願いつつ。