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<2・ブラック企業だなんて聞いてません。>

「地下洞窟ダンジョン?」

「せやで!」


 ガロンの問いに、大きなコウモリ型モンスターの上司・チョーはそう答えた。ちなみにこの上司、何故か西のエセ訛りで喋る。その地方の出身ではないはずなのに、テレビで見てハマってしまったらしい。


「ワテらの仕事がなんなのか知っとるやろ?ワテらは、魔王様を補佐して、最終的に魔王軍を勝利に導くのが目的や。そのためには、魔王城に接近してくる勇者をダンジョンで足止めせなあかんわけやね」

「はい、それはわかります。……ていうか、それならはじまりの町に爆撃でも仕掛けて、町ごとレベル低い勇者を潰した方がいいとは思いますけど、なんでそうしないんですか?」

「それは大人の都合や」

「大人の都合」

「大人の都合やねん、つっこんだらあかんことがこの世界にはぎょうさんある、あんさんも若いうちに学んどき」

「は、はあ……」


 なんじゃそりゃ、とガロンはエルと顔を見合わせる。ちなみにエルは相変わらず地面からふよふよ浮いているわけだが、ガロンの方がずっと背が高いので丁度目線が合うのだ。


「とにかく、始まりの町を攻撃して勇者をさっさと潰す……とか、そういうの考えたらあかんねん。そら、効率よく思うかもしれへんけど、考えてもできんもんはできん。その代わり、各々のダンジョンに魔王軍のモンスターを配置して、魔王城に来る前に勇者を潰すってことはしてええっちゅうことな」


 ようは、とチョーは羽根をばさばさと鳴らして言う。


「どこのダンジョンでもええ。調子こいた勇者をさっさとゲームオーバーに追い込んで、魔王様の負担をなくす!あわよくば冒険を諦めさせる!ワテらはそういうことをせなあかん。そんなわけで……ほとんどのモンスターはそれぞれのダンジョンに配置されるっちゅーわけやな」


 ごにょごにょごにょ、と彼が呪文を唱えると、ホログラムのように地図が浮かび上がった。

 この世界、ジャスティスワールドの地図だ。

 この世界には、広い広い海に大陸が一つ浮かんでおり、その周辺に小さな島がちょっとだけある――という構図になっている。魔王城は北の果てにあり、勇者が降臨するはじまりの町は南の果てにある。その南の町から、まっすぐ勇者は魔王城のある場所へと向かってくるというわけだ。

 ただし、この大陸には中央に大きな湖がある関係で、一直線にこの魔王城へと北上してくることは叶わない。そして湖を渡る手段は現状存在していないのだ。よって陸路で、西か東に大きく迂回するのが必須とされているのだった。


「勇者が西と東のどっちから向かってくるかはわからん。けんど、どっちから来たとしても、大きな大きなダンジョンを通ることは避けられへん。特に、魔王城があるこの最北端の町の手前ある、巨大な地下洞窟ダンジョン。勇者がこの町に入るのは、必ずここを通るはずや」


 ココ、ココ!と彼は翼で場所を指示した。


「すべてのダンジョンに魔王軍を配備し、最終的にはこの魔王城を精鋭で防衛するっちゅうわけや。弱いモンスターほど、魔王城から離れた場所に配置される。魔王城に近いダンジョンほど、ワテらが強いとみなしたモンスターを置くちゅーわけやな」

「ということは、つまり」

「せや、おめでとう!あんさんらは、かなーり強い兵士やと魔王様に認められたっちゅーことや!せやから、この巨大な地下洞窟で、勇者を迎え撃つ役目に選ばれたわけやな。これは、ひじょーに名誉なことなんやで!」

「そ、そうですね!やったあああああ!エル、良かったな!」

「うん!!」


 二人で手を取り合って喜ぼうとしたところで、エルの手がすりぬけてスッ転ぶことになってしまうガロン。またしても忘れてしまった。本当に、見た目だけなら人間にも近いからついつい彼が幽霊モンスターであることを忘れてしまう。


――しかし……魔王城に精鋭を置くのはいいとして。


 ちら、と地図を見るガロン。


――やっぱり始まりの町に一番近いダンジョンに強い奴らを置いて、プチっと勇者を潰した方が絶対早いと思うんだけどのあ。なんでそれやっちゃダメなのかなあ。


 なんだか、勇者のレベルアップを助けてしまうようで嫌な感じである。

 いくらレベルの低い勇者でも、レベルの低いモンスターではろくに足止めできないだろうから尚更に。むしろ勇者の良い鍛錬になってしまう気しかしないのだが。


――でもこれも、大人の事情ってやつだからつっこんじゃいけないのか……?


 はじまりの町を攻撃しないことといい、なんだか腑に落ちない。が、どうせチョーも中間管理職のようなもの、尋ねたところでそもそも答えを知らない可能性がある。詰め寄ったところで意味などないのだろう、と無理やり流した。

 第一、彼はなんだかんだいっても上司で、自分達の先輩なのである。多少疑問に思っても従わなければいけない立場なのは間違いない。


「勇者がいつ、件のダンジョンに来るのかは一切読めへん。西のルートを通るか、東のルートを通るのかにもよって違ってくるしな」


 そこで、とチョーは赤い目でまっすぐ自分達二人を見た。


「その時まで二人には地下洞窟ダンジョンで住み込みで働いてもらいたいんや。もちろん、重要な場所の守りを任せるわけやから、立派にこなせばボーナスも出るで!絶対に、勇者をそこで足止めするんや。魔王様のところに通したらあかん。勇者だけやない、盗賊や、近くの町の自警団……みたいな連中も来るからな。そいつらもぜーんぶぶっ殺して、魔王軍ここにありきってのを示すんや。ええな?」

「わ、わかりました、チョー様!」

「わかりましたです!」

「その意気や!他の連中も随時そっちに回す。期待しとるで!」

「はい!」


 いろいろ不思議に思うことはあるが、期待されていると言われて嬉しくないはずがない。

 ガロンとエルは顔を見合わせ、頑張ろう!とお互いに声をかけあった。そして、件の地下洞窟ダンジョンへと出発したのである。




 ***




 ところが。

 この仕事が想像以上に過酷であることに、ガロンは着いて三日で気づいたのだった。というのも。


「……暇だ」


 洞窟内に設置されている、魔族待機用の見張り小屋にて。ガロンはあくびをしながら、ごろんと寝転がったのだった。


「暇だ、暇だ、暇だ、暇だ、暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇ヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

「ガロン!ひまひまひまひまうっさいですよ!」


 がるるるる、と双眼鏡で坑道を見張っていたエルが言った。


「確かに暇ですけど!人っ子一人来ませんけど!だからってここで勇者が通るのを待ち伏せするのが僕達のお仕事なんだからしょうがないでしょうが!そんなところで寝てないで、あなたも仕事してくださいよ!ちゃんと見張りするの!!」

「そんなこと言ったって!誰も来ないんだから、双眼鏡見ててもつまんねーじゃねえーかよー!」


 ここは元々人間達が作った金山の炭鉱であったらしい。金を採掘しきり、そろそろ閉山かと思ったある日――洞窟に狂暴な毒蛇が棲みつき、次々人間達を襲う事件が起きたというのだ。

 彼らは残った金とそれ以外の宝を全て捨て、この坑道を放棄した。そこに蛇以外にも多くのモンスターが棲みつき、ダンジョン化して今に至るとうのである。

 魔族としても、非常にありがたい場所だった。他の道が全て崩落してしまった関係で、この坑道を通らない限り魔王城の城下町に行くことができない。そして、複雑な道を行ったり来たり上ったり下ったり――して最終的にはこの広い道を通って出口に向かう、はずなのだ。

 自分達はその、必ず勇者が通るはず、の道を見張っているというわけである。

 見張り小屋は岩壁に埋め込まれるように設置されている。張り出したベランダから双眼鏡で下を見下ろせば、誰かが通ればすぐ気づけるという寸法だった。

 蛇や元々先住民としていたモンスターは放置。しかし、それ以外の人間は、勇者だろうと勇者でなかろうと屠ってよしと言われていた。きっと盗賊とか、面白い奴らがこの場所を通るのだろうとガロンはとても期待していたのである。ところが。


「本当に誰も来ねえ……」


 これである。

 勇者はおろか、盗賊や商人さえこの道を通らない。この三日間、自分とエルはただ双眼鏡で道を眺めているだけの人に成り下がっている。

 食糧は魔王城から転送されてくるし、この小屋の中にはシャワーやトイレ、布団などもちゃんと完備されてはいるのだが――いかんせん、娯楽が皆無なのだ。テレビもない。ゲームもない。漫画もない。はっきり言って、退屈すぎて死にそうなのである。


「なんでだよ。根性足りねえよ人間。戦うために来たのに俺ここに来てからずっとゴロゴロしかしてねえよ……」

「洞窟の入口の方に、盗賊が数人来たのが最後でしたね。しかも、それも洞窟入口を見張ってる班が全部倒しちゃいましたし」

「なんだよあいつら!俺らに少しは獲物の残しておけよ!」

「A班のメンバーも退屈してたんでしょうね。超笑いながら盗賊を切り刻んでたそうですよー」

「盗賊も簡単に切り刻まれてんじゃねえよコンチクショウ!」


 まあ、仕方ない、のもわかるのだ。

 魔王城の城下町に、もはやカタギの人間はそうそう行こうとも思わない。そして、この地下洞窟ダンジョンの前にはもう一つ別のダンジョンがあり、それを突破できるくらいの実力がなければそもそもここまで辿り着けないのだ。

 そう、チョーにも言われた通り。ここは魔王城に近いゆえ、かなりハイレベルなダンジョンとなっているのである。かなりの実力がなければ辿りつけず、残念ながらそれだけの実力を持っている者はそう多くはないのだ。


「つまらない……くそ、このままじゃ退屈で死ぬ。コンビニで御菓子買ってきていい?」

「駄目です」


 ガロンの言葉に、エルは間髪入れずに答えた。


「僕達は勇者が来るまでこのダンジョンに引きこもってないといけないんです。一歩たりともこの場所から出ちゃダメなんです」

「なんで!?」

「契約書にそう書いてあるから」


 ほら、とエルが一枚の白い紙切れを取り出して見せた。それは、この地下ダンジョンの担当になった時に交わした雇用契約書である。

 重要なポジションにつけた、と喜んでいてきちんと読まずにサインをしてしまっていたが、もしや。


「え、なに?……マジ?俺ら、休みもないの?」


 しっかり読み直して、青ざめる。

 おかしい。週七日勤務と普通に書いてある。有給休暇の権利なしとか、休みは一日五時間までとかなんかすごいこと書いてある。でもって、この職場=洞窟から許可なく出たら懲罰とかなんとか――。


「え、なに?パワハラ?パワハラだよねこれ?え、ブラック企業?労働基準法は!?労働組合!?」

「魔王軍にそんなのないですよ!」


 エルが死んだ目で叫んだ。


「諦めましょう、ガロンさん。僕達は……勇者が一秒でも早く、ここに来てくれることを祈るしかないんですよ!」

「嘘おおおおおおおおおお!」


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