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<1・夢と希望の入隊式。>

「はじめまして、諸君。儂が魔王だ」


 初めて見た魔王様は、それはそれは格好よく見えたものだ。

 魔王軍に入った初日。いわゆる入隊式の日、ガロンは初めて間近で憧れの存在を見た。大きな二つの角、がっしりとした肩幅、筋骨隆々な腕に、ごつごつとした彫りの深い顔立ち、そして立派に生えた茶色の髭と太い眉。まさに、魔族が考える男の中の男。その理想を体現したような姿に惚れ惚れしてしまったのは自分だけではあるまい。

 今、この世界は人間達と魔族とで戦争をしている。

 人間たちからこの世界を取り戻し、魔族の楽園を作る為――魔族のために立ち上がってくれた魔王様を、誰もが尊敬していたはずだ。ガロンもその例に漏れない。自分達も自分達の種のため、魔族の未来のため、何かできる事があるのではないか。そう思って、この魔王軍に志願することを選んだというわけだった。

 自分はまだ百二十五歳の若造だ。人間で言うところ、まだ十代の若者のようなもの。二千三百歳の魔王様からすれば、まだまだひよっこのような存在だろう。魔法も、剣の腕も、何もかも未熟だという自負がある。

 だが。


――それでも、魔王様のため、魔族のために働きたいという気持ちは誰にも負けねえ!


 どっしりとした魔王様が、その大きな金ぴかの兜を取る。新しく入ったばかりのひよっこの新人たちにも、きちんと礼を尽くしてくれるつもりなのだと悟り、感嘆の息が漏れた。

 やはり、魔族を率いるリーダーならばこうでなくては。

 並んだ新兵たちをぐるりと見まわし、魔王様は演説をする。


「言うまでもないことだが……我々魔族は、今から一万年前に人間どもとの戦争に敗れ……魔界という、不毛の土地に追いやられてしまった」


 魔王様は太い眉をひそめて、悲しそうに告げた。


「だが、魔族の数も増えてきたこと。何より、魔界だけではすべての若い者達を食わせていくには限界がある。……我々という種が存続し、かつ魔族の誇りを取り戻すためには……我々が今ここで、立ち上がらねばならんのだ。そう、人間どもに奪われた世界を取り戻す。この世界に、我々の楽園を築かんことを!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「魔王様!魔王様!魔王様!魔王様!」

「我々はあなたについていきます!」

「魔王様ばんざーい!魔王様ばんざーい!魔王様ばんざーい!」

「ウゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

「ばんざーい、ばんざーい、ばんざーい!」


 新兵たちから、歓声が上がる。


「安心するがよい!この儂が、魔王が、必ず諸君らを勝利へ導いてみせよう!儂の采配を信じるのだ……いざ!」

「魔王様あああああああああああああああああああああ!」


 士気が上がっていく。ガロンもまた、拳を突き上げて叫んだ一人だった。


「魔王様、ばんざーい!」


 そう、ここから始まるのだ。

 忌々しい勇者どもとの闘い。男として、自分もまた名を挙げるための戦いが!




 ***




 とはいえ。

 新兵の配属は、そうすぐに決まるものではない。

 最初の数日はひたすら訓練と身体能力・魔力テストばかりである。ガロンもその例に漏れなかった。そもそも魔王軍の方だって、新兵たちの戦闘能力がどれくらいなのかわかっていなければ配置を決めようがない。

 もっと言えば、一応全員兵士とはいえ、誰もが得手不得手を持っているものだ。

 それこそ本当は戦うことより、後方支援の方が向いているという者もいるだろう。事務処理が得意な者、料理が得意な者、医療の心得がある者。そういう者はみんな、サポート任務に回した方がいいに決まっているのである。


「こんにちは、ガロンさん!」

「おう、こんこん、エル」


 訓練前。ロッカールームで着替えていると、一人の同期が声をかけてきた。魔族と一言で言っても、その種類は様々である。共通しているのは全員がモンスターだということ。ガロンはダークナイト――闇の剣を操る騎士であり、エルはホワイトゴーストという幽霊系のモンスターだった。体がうっすら透けている、白い衣を纏った少年の姿をしているのだ。

 入隊当初から、彼とは親しくしている。ガサツで大雑把な魔族が多い中、彼は礼儀正しくて親切で、とても親しみやすい人物なのだった。まあ、ゴーストというモンスターである都合像、ものを運ぼうとしてうっかり手がすりぬけてしまい、大事な武器やら壺やらを落として割ってしまうミスをたびたびやらかしてはいるが。


「聞きました、ガロンさん?もうすぐ、僕達配属が決まるそうですよ」


 わくわくした顔で言うエル。


「楽しみですねえ。……できることなら、魔王城の護衛部隊か、魔王城から近いダンジョンの配属にしてほしいところです」

「そうだな。俺らはどっちも、後方支援向きじゃねえし」

「ですです」


 あはは、とエルは笑う。


「僕なんて、意識してないとなんでもすり抜けちゃいますからねえ。物資の輸送も、料理とか手当とかも、なーんも任せられないというか。危ないですし、ミスばっかりですし!」

「いや、ミスはなくせって。難しいのはわかってるけど!」


 そんな彼の額をつんつんと突っつく。ホワイトゴーストの特徴として、本人が強く意識をしていないと体がなんでもすりぬけてしまう、というのがある。意識を集中させたときだけ、物に触ることができるのだ。ふよふよ浮いている時間が長すぎて、もはや足で地面を歩く感覚も忘れてしまったと語っていた。

 今は額に触れた、ということは本人が集中してくれているということだろう。この集中力をいつも保つことができれば、こうも失敗だらけにはならないはずなのだが。


「まあ、向いてないのは俺も同じだ。特に料理とか絶対できねえな」


 甲冑の留め具を嵌めながら言うガロン。


「俺がまだダークナイトに進化する前……ダークウォーリアーだった時のことだ。一時期、一族の炊事担当をやったことがあってなあ。あんまりにもシチューが煮えないものだから、ダークフレアの魔法で鍋ごと焼こうとしちまって」

「……それは、やる前からやばいってわかりそうなもんですが」

「だよな!今ならそう思う!……もしあれをやらかさなかったら、シチューが爆発してみんなの晩飯が抜きになることなんかなかったんだよなああああ!」


 あの時は大変だった、とガロンは遠い目をする。なんせ、闇一族の小さな集落に消防車が十五台も急行したのだから。――爆発したキッチンから出た火は存外小さくて、すぐに消火できたから良かったけれど。


「まあ、元々闇の一族は細かい作業が苦手で、脳みそ筋肉な奴が多いのは事実だ」


 小手の確認。きちんと嵌っている、問題なし。


「うちの先輩も、既に何人も魔王様に雇ってもらってて、みんな前線勤務なわけだしな」


 剣のチェックも怠りなし。刃は今日もぴっかぴかだ。よし、準備完了。


「ダークナイトってのは、闇魔法と剣術を併用できるから……戦力として、結構いい仕事できるって話だ。俺ぁ、ダークナイトの中でそんなに優秀ってわけじゃあねえんだけどな。まだまだ魔法の腕も未熟だし、剣術だって俺より強い奴はごまんといる。それでも、魔王様のために戦いたい気持ちは誰にも負けねえ。だったら、鍛錬あるのみだ」

「それは、僕も同じですよ」


 うんうん、と頷くエル。


「ただ、配属先によっては……忙しすぎて、個人の鍛錬の時間があまり取れないかもしれないんですよね。勇者はもう、はじまりの町に出現しているみたいですし」

「そうだな。まあ、あとは実戦で鍛えるしか……ん?」


 ふと、引っかかりを覚えてガロンは首を傾げた。

 そういえば、自分は魔王様からこう聞いている――魔族に抗うことができる勇者なる存在は、ある日突然はじまりの町に現れるものなのだと。それも、女神様の手によっていきなり降臨するものだというのだ。元々の町の住人が勇者の力を手に入れるとか、何か不思議な力に目覚めるとか、訓練していた者が勇者の資格を手に入れるとかそういうのではないらしいのである。

 ならば、勇者とは一体どこから来た存在なのだろう。

 というか、何ではじまりの町に来るのがわかっているのだろう?そもそも、はじまりの町って名前がよくわからない。まるで勇者誕生のために作られたような名前ではないか。


「なあ、エル。なんで勇者って、はじまりの町で生まれるものってことになってるんだ?」


 伝承にはそうある。そして、時々勇者が現れて魔族と戦うのだと言う話も。確か、一万年前の魔王にトドメをさしたのも勇者だったのではなかろうか。


「つか、それがわかってんならよ。今のうちに始まりの町に総攻撃仕掛けて、レベル1の勇者を全戦力で抹殺すればよくね?ダンジョンで待ち構えたりしないでさあ」

「あーうん……それは思いました。でも、魔王様いわくダメなんですって」

「なんで?」

「よくわからないんですけど……なんか、システム的に無理とか、クソゲーになるから無理とか言われました」

「なんで????」


 いや、その、何もわからないのだが。

 クソゲーになって何が問題なのだろう。だって、自分達は勇者を倒し、人間を殲滅し、魔族の楽園を作るために戦っているはずなのだ。邪魔な勇者は、レベルアップしてくる前に踏みつぶした方が早いはずである。勇者は、はじまりの町を出発し、いくつもの町を経由して最終的に魔王城に辿り着くと聞いている。魔王城に来る頃にはいくつものダンジョンで鍛えて強くなっており、魔王とも互角に戦えるまでに成長しているのだというのだ。

 なら、成長する前にプチっと潰してしまうのがてっとり早いはずではないか。

 なんで勇者の成長を呑気に待っていてやらねばならないのか。


「僕に訊かれても困りますよう。僕だって新兵の一人でしかないわけですから」


 ガロンの問いに、エルは困ったように眉をひそめた。


「それに、女神様、とやらがどこから勇者を連れてくるのかも誰も知らないみたいですしね。……何にせよ、魔王様の命令には逆らえないわけですし。僕達は自分なりに訓練して、強くなって、勇者を迎え撃つことだけ考えればいいんじゃないでしょうか」

「まあ……そーね」


 この時抱いたのは、ほんの小さな疑問だった。

 それがまさか、自分達の未来を大きく揺るがすことになるなど、一体どうして想像できただろうか?


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