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第8話:ウサ耳バニーのオッサン


 光の速さは秒速約30万キロメートル。…‥なんて学校で教わったけど、まさかこのウチが体感する日が来ようとは。風を切る感覚はあっても加速に伴う衝撃も負荷も何もない。なんなんだこの世界。まあ、きっとこれもオッチャンの強化によるものだろう。故にウチの身体はピンピンしてる。……お腹はペコペコだけど。あ〜、このまま体重も落ちてくれたらいいのに。

 そんなことを思いながら、気付けばウチらは『王の間』の入り口までたどり着いていた。

 城の入り口よりも遥かに重く厚く高く、いかにも王様っぽい装飾が施された門には冠とヒゲが足されたメタルスライムのシルエットが彫られている。

 その門が……開いている。いや、訂正の必要があるな。開いているのではない。破壊されているのだ。物理的に、何かこうゴツゴツした硬いもので何度も思いっきりぶつけられ、そして力尽くでこじ開けられた痕跡がある。


「……なに、これ。まさかこれも……」


「間違いなく五人目の人間の仕業でしょう。クッ、私としたことが不甲斐ない……」


 彼はどこか全ての責任を一人で背負い込もうとしているが、もはやこれは一人で対処できるレベルの事態ではない。そんなこと素人のウチだってわかる。

 だって、里が襲われ、仲間が傷つき、自分の主人の懐まで侵入される危機をたった一人でどうにかできるわけないのだから。

 彼は勇敢に立ち向かった。守るべき存在のために戦ったのだ。彼がもしも非難されるようなことがあれば、ウチも一緒に受けよう。その資格くらいはウチにだってあるはずだ。

 そう思ったとき、ウチの頭上でダウンしていたプイプイが目を覚ました。


「……ん? どこだここは? んんー? ……って、おおぉぉぉぉぉぉぉい! お、王の間が! 王の間の門が壊されとるじゃないか!」


「ちょっ、遅いって。その反応いまやったとこだよ」


 衝動的に門前までパタパタと羽ばたいた小悪魔が振り返る。憎たらしいものの意外とつぶらでかわいい瞳を数回パチクリさせると、困惑した表情で言った。


「あれ……さっきまでワタシたち『永遠の廊下(エターナル・コリドー)』にいたはずだよな……」


「プイプイ様、お目覚めになりましたか。ヒカリ殿のそれはそれは見事なダッシュによってここまで到着できたのです。まさに一瞬。光の速さというのはきっとあのことを言うのでしょう」


「へ? 光の……速さ? ワタシはバケモノみたいな雄叫びを聞いて、それから……むぅ思い出せんな」


 バケモノみたいなクソデカボイスで悪かったな。っていうか、いまエターナルなんとかって言ってた? たぶん廊下のことだよね? もしかしてアイツ把握してた……系だよね。この感じ。

 よし、決めた。後でゼッタイ、無限くすぐり地獄へ堕とす。


「そんなことより、猿! 一刻も早く中へ! モタモタしている場合じゃないぞ!」


「わかってるってば! さあ、行くよメッタン!」


「御意ッ!!!」


 悲しいほど傷つけられた門を通過すると、そこは荘厳で華麗な里の長に相応しい空間……だと思っていたのだが。



 ————ガゴンッ! ガギンッ!! ガンガンガンガンッ!!!



 痛々しく鈍い音が空間に響く。

 音の正体は……冠を被った巨大なメタルスライムが一方的に虐げられる音だった。

 そのそばには、棘の生えた鉄球に長い鎖をつなげ振り回し続ける人間の姿。

 全身をピチピチの黒タイツで包み、ウサ耳のカチューシャをつけたバニーでセクシーなお姉さ……ん? いや、なんかちょっと違うな。ジーッ……(眼を凝らす)

 筋骨隆々。角刈り。濃いめの腕の体毛。そして目立つ青髭と厚めの唇。

 ……絶句。あれはバニーガールのセクシーお姉さんなどではない。



 ————————強烈な個性を放つ、バニーのオッサンだ。



「んもう! なんで! この子ったら! 倒れないのかしら! そらそらそらそら!!!」


「グッ……もう、やめ……てく……れ。アアッ……誰……か……たす……け」


 抵抗のひとつもすることなく、鉄球を受け続けるメタルスライムの王。

 その光景はもはや人間による魔族への拷問でしかなかった。

 ウチの胸の奥から滲み溢れ始める男への憎悪と怒り。

 抑えきれない情動に任せ、バニーオッサンへ殴りかかったのは……メッタンだった。


「貴様ァァァァァァァァァァァァッ!!!」


 猛烈なスピードでメッタンが突撃。上の甲冑が鞘から小さな剣を素早く抜くと、バニーのオッサンに切りかかった。


「なぁにぃ? 雑魚がまだ残ってたの? ……外注の連中、サボったのかしら。まあいいわ。経験値に換えてあげるわん♪」


 バニーのオッサンは鉄球の付いた鎖を頭上でブンブンと回転させ———。


「ブッ壊してやんよぉぉぉッッ!!!!」


 異様なスピードでそれを放った。鉄球は生き物のように複雑に幾度も軌道を変え、メッタンに襲いかかる。


「クッ!!!!」


 メッタンは空中に跳躍。間一髪で回避行動を取るも、鉄球は追撃をやめない。空中を泳ぐように旋回した後、メッタンの着地の瞬間を狙って再び襲いかかった。

 棘つき鉄球がドリルのように回転。嫌な音を空間に響かせる。


「これで終いよぉぉぉぉぉぉぉッッッッ!!!」


「チイッッッッ!!!」



 ————————————————ドッ。ドガーンッッ!!!



 硬度と重量のある物質同士がぶつかり合う、独特の鈍い音。

 ……直撃。鉄球はメッタンの小さな盾を粉砕し、甲冑とメタルスライムのコンビを王の間の壁へと容赦無く叩きつけた。

 ここまでの間、わずか数秒。あの鉄球にもはや物理法則や常識などない。空中を漂い獲物を確実に仕留める蛇そのものだった。


「オーホッホッホ! ちょ〜っと期待したアチシがバァカだったわねん。何の食べ応えもなかったわ。あ〜あ、ざぁんねん♪」


「…………我が……主、いま……お助けに……参りま……す」


「……メッタン、メッタンか⁉︎」


 壁に叩きつけられ地に伏したボロボロの甲冑が再びメタルスライムの上に騎乗。

 メッタンは刃こぼれした小さな剣をバニーなオッサンに向けると、覇気をまとった声で高らかに言った。


「貴様は……貴様だけは絶対に許さん! 親衛隊長メッタンの名の下に必ずや成敗してくれるッッッ!!」


「……あら〜? まだ生きてたのねん。案外しぶといじゃない。そういうタフな子、嫌いじゃないわぁ」


 引きずる様に一歩ずつ進む傷ついたメタルスライム。

 その上でよろめきながらも決して刃を下げない甲冑。

 どこをどう見てもボロボロだった。同時に、その姿は立派な不屈の騎士だった。

 彼の気迫が、主を守ろうとする鋼の意志が王の間を支配する。

 この騎士の戦いに、とてもじゃないがウチの介入する間合いや隙はどこにもなかった。


「あの日、冒険者に襲われ虫の息同然だった私を我が主は救ってくださった。どこにでもいる最下級のメタルスライムだった私を、見捨てることなく生かしてくださったのだ。だから私は決めた。この身体この魂が朽ちるその時まで、我が主にお仕えしようと! 我が主をお守りすることが私の———」

 

 ————————————————————————————————ドスッ。


 鎖につながれた鉄球が龍のように舞い上がり、そして急降下した。

 地面を突き刺し喰い込む様に叩きつけられた鉄球。そこは先までメッタンのいた場所だった。

 ウチは周囲を確認する。……メッタンが見当たらない。影も形も、声も聞こえない。

 ……あるのは、鉄球のそばに転がった見覚えのある小さな剣だけだった。


「……え? 嘘……。嘘だよね、プイプイ? メッタン、どこかに隠れたんだよね?」


「…………」


 プイプイは何も言わない。

 代わりにバニーのオッサンの気色悪い声が空間に響いた。


「我が主我が主ってうるさいのよねん。うるさいハエはやっぱり早めに潰すのが一番だわ、フフッ。さあ王様、邪魔が入ったけどお楽しみの続きを始めようかしら♪」


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