第6話:キレ気味ダウナー女の毒針
「死ねェェェ! 鉄クズがァァァッッッ!!!」
ダウナー女は取り出した針を片手に鋼の騎士へ強襲。速い。サングラスのオヤジよりもずっと速い。攻撃対象のちっこい鋼の騎士は鞘に納めた剣を未だ抜けてない。……マズいマズいマズい。非常にマズいよね、これ?
「危ない!!!!!!」
「おいッッ!! 猿ッ!!!」
飛び出してどうするか。そんなことを考えるよりも先に身体は動いていた。このままだとあの鋼の騎士はやられてしまう。あの鋭く尖った針に刺されて、もしかしたら死んでしまうかもしれないのだ。いや————。
させない。
そんなことをさせてはならない。
魔族を、これ以上犠牲にしてはならない。
守れ。守れ。守れ。
そのためのチカラが、いまのウチにはあるはずだから。
「あの世へいっちまいなァァァッッッ!!!!」
「さぁぁせぇぇるぅぅかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
守りたい気持ちで咄嗟に動いたウチの身体は、ダウナー女の前で大の字を作った。仁王立ちばりに堂々と。背後のちっこい騎士くんに危害が及ばぬよう大きく両手を広げて。
……それにしてもデモンズのオッチャンの強化ってすごいよなぁ。さっきまで数十メートルは離れたところにいたっていうのに、一瞬で彼女と騎士くんの間に割り込めてるんだもん。こんな超人的な動き、元の世界だったらまずできな——。
————————グサッ。
ダウナー女の渾身の毒針がウチの腹部を突き刺した。
たぶん、胃とか腸とかある辺り。
……猛烈な痛みと多量の出血、それから全身に毒が回って身体中が焼けるような……感じが…………しないな。むむ? むむむー?
「痛ッッッたぁぁぁ……くないな? あれ? ウチどうしちゃった?」
視線をウチのお腹に向ける。確かに針が刺さっている。しかもなかなかに長くて太い立派なものが。これってさ、即死級のやつなんだよね? 当たりどころ……悪いってものではないよね? 最悪のケースじゃないの? っていうか、血が出てないのはなぜ?
戸惑いを隠せないウチは、自然と目の前のダウナー女と目が合ってしまう。言わずもがな、彼女も相当に混乱している。だって、目泳いでるもん。
「なななな、なんだオメェは⁉︎ どっから出てきやがった⁉︎ それにその腹ァ! どうなってやがる⁉︎」
「ウチにだってわからないよ! ちょっとプイプイ! はやくこっち来て説明して!」
もはや女二人の痴話喧嘩。犬も食わないとはこのことだろうか。いや、それよりも安否確認だ。一瞬、後ろをチラッと振り返ってみる。
ちっこい騎士くんはと言うと……ポッカーンと口を開けて呆然としている。いや、上の甲冑に口はないけど。主に開けてるのは下のスライムの方だけど。
「おおおおい! 猿、だいじょう……なんだピンピンしてるな」
「なんだじゃないよ! もっと心配してよ! っていうかなんなのこれ⁉︎ お腹にこんなぶっとくて長い針刺さっても何の痛みもないの!」
『はぁ……やれやれ。しょうがないな』みたいなジェスチャーを翼で表現してからプイプイは淡々と語った。
「いいか、いまの猿はデモンズ様に次ぐ暫定世界二位の魔族。人間からしたらそうだな……準ラスボス的な存在だ。そんな存在が毒針ごときでプスッと都合よく倒れるわけないだろう」
「さっきと言ってることと違うじゃん! 一撃で! 死ぬッ! って言ってたのプイプイだよ⁉︎」
『なんだそんなことも知らないのか』とは言わないものの、そういう思惑を隠しきれていないプイプイは話を続ける。
……この小悪魔め、いつか絶対仕返ししてやるんだ。決めた。ウチは決めたぞ。どこかで無限コチョコチョくすぐりの刑に処してやる。
「それはボスランクに満たない一般魔族に対しての話だ。メタルスライムキングはボスランク、後ろのメタルスライムナイトは一般ランク。だから当たりどころが悪ければ————」
「これはこれはプイプイ様!! ご無沙汰しております。最後にお会いしたのは確か……我が主がデモンズ様の元へ外遊したときだったでしょうか。いやはや、お元気そうで何よりです」
ウチの後方からぴょこっと跳ねてきた騎士くん。どうやらプイプイと見知った間柄の様子。それにしてもこの小悪魔は顔が広い。まあ、オッチャンの最側近ともなればそんなものなのかな。
「ん? お前は……もしかしてメッタンか⁉︎ 100年ぶりくらいだな⁉︎ ……随分と大きく立派になったじゃないか。あのときはまだほんの小さなメタルスライムだったものな」
「はい。おかげさまでここまで進化することができました。しかし、プイプイ様。この私が一般魔族という発言だけは撤回いただきたいものです。このメッタン、修行に修行を重ねて我が主の親衛隊長を拝命した身。人間の物差しではありますが、恐らくは中ボスくらいのものではないかと自負しております」
「そうか、それは失礼を詫びたい。毒針は格落ちした小ボスや一般魔族に堕ちた過去ボスに効いたりするが……現役の中ボスなら毒針は効かんだろうな。どうだ、試しに一刺しプスッといってみるか?」
「「ハハハハハハッッ!!」」
……なんだろう、この『帰省したときの近所のおじさんとかつての少年』みたいなトーク。
っていうかさ、二人ともわかってるよね? 大丈夫だよね? いま、まだウチのお腹にぶっとい針が刺さってるんだよ? 完全にウチとダウナー女の存在ロストしてる感じだよね? 笑ってる場合じゃなくない?
そんな蚊帳の外な状況にしびれを切らしたのは……ウチ、ではなく目の前の彼女だった。
「おぅい! このクソ魔族! なにのほほんと談笑してやがる!」
うんうん。このお姉さん思ってたこと言ってくれたぞ。ダウナーな見た目とは裏腹になかなかまともで熱い感じじゃん。推せる。推せるかもしれないぞ。
「そんでオメェはなんで人間なのに魔族と仲良しこよしやってんだよ」
おっと、ウチに飛び火してきたぞ。毒針は効かず、お腹からも抜けず、敵対している魔族が目の前で談笑していればイライラもするか。さてどう対応するべきかね、プイプイさんや。
「プイプイ様、それは私も気になった点です。どうして人間の若い娘と行動を共に? それに何やら見たことのない格好もしていますし」
「あー、それは色々あってだな……どうしよう、ちょっと長くなるんだよなぁ」
プイプイが積もる話を繰り広げようかどうか迷うとき、ダウナーお姉さんの感情はとうとう噴火した。それはそうなるよね。散々スルーしてるわけだし。うん。同情。
「テメェら……人をバカにしやがってェェェェェェ!!!」
ダウナーお姉さんはウチに突き刺したままの針を放置して後退、同時に跳躍。ポーチから何か取り出す動作を見せた後、上空で振りかぶった。なんだこの……何か投げつけてきそうな感じ。それになんか光ってる。なにあの攻撃的な光。
「あの光は……マズい! アイツここで爆発魔法の魔石を使うつもりだ!」
「そんな破壊力のある魔法をここで使われたら、我が主の聖域は……」
「聖域どころか里が木っ端微塵だ! 猿ッ! 出番だ!」
「出番って言ったって……どうしたらいいの⁉︎」
「あの女を無力化できればそれでいい! 魔法でもグーパンでもなんでもいい! はやく!」
めちゃくちゃな注文をする小悪魔に多少のイラつきを覚えながらも、ウチは一瞬考える。
魔法は組み立てるのに時間かかって間に合わなそうだし、メタルスライムたちを傷つけたと言えどもお姉さんにグーパンなんて暴力的なことしたくはない……かといってこのまま爆発に巻き込まれるわけにもいかないし。
うーん、悩ましいな。じゃあ、短時間気絶してもらうほどの塩梅で————。
「お姉さんごめぇぇぇぇん! ちょっとの辛抱をお願いするかもッッッ!」
ウチはダウナーお姉さんの正面に向かって跳躍。振りかぶって投げそうな右腕をウチの左手で掴んで制止。そして————。
「痛いかもだから口は開けないで! 歯をグッと食いしばってて!」
「な、な、なんだオメェ、何を言って……やめろ! 放しやがれッッッ!!!」
右手に力を集めるイメージ。特別なことは必要ない。ただほんの数時間だけ気絶していてもらうくらいの強さで。決して生命を奪ったりお姉さんの綺麗な顔を損なうような威力を出さないように……。よし、きっとこれぐらいの強さだ!
「ちょっぴり寝ててくださぁぁぁぁい!!!」
ウチの右手に薄く淡く魔力の青白い光が灯る。その光をまとったまま、平たく伸ばした手でお姉さんの左頬を叩いた。
————————ペチッ。
掌底。バチンッではなくあくまでもペチッと。ここ重要。ウチの心優しい部分、テストに出ます。
「……よっこいせっと。よしよし、腫れてもなさそう。キレイな顔が傷つかなくてよかったぁ」
気絶したお姉さんをお姫様抱っこして着地。サングラスオヤジの隣に寝かせてあげるとプイプイたちが駆け寄ってきた。
「よくやったな、猿。いつの間にそんな魔力の加減を覚えたんだ?」
「……よくわかんない。ただ、お姉さんの顔に傷を作ると可哀想だなって思っただけ。他に更生の手段はあるだろうしさ」
お姉さんたちがやったことは許されることではない。どうしたって何か償いが必要だと思う。
だけど、同じ女性であるウチがお姉さんの身体を傷つけることは何か違う気がしてしまった。罰ならきっとウチではなくメタルスライムのそれなりの立場の人がきっと与えることだろう。
そんなことを考えているうち、ちっこい鋼の騎士くんが盛大な拍手をウチに送ってくれていることに気がついた。
「いやはや、お見事でした。人間が魔石なしで魔力を自在に操るとはこれまた凄いことですぞ」
「あ、ありがとう! えっと確か名前……メ……メッタ……」
「失礼、申し遅れました。私、我が主メタルキングスライムの親衛隊長を務めているメッタンと申します。以後お見知りおきを」
「あ、そうだそうだメッタン! ウチはヒカリ! 神谷ヒカリ! よろしくね〜」
風貌だけでなく名前まで可愛いちっこい騎士くん。下のメタルスライムはパチクリと瞬きしながらニコニコ笑い、上の甲冑が身振り手振りのジェスチャーを交えてコミュニケーションしている。
これはどっちが本体なんだ。わからん。わからんぞ。メタルスライムなわけだから下……だと思いたい。でも実は上っていうまさかのパターンもあったりなかったり?
「里に侵入した人間は四人か? うち二人は洞窟の入り口で我々が対処したぞ」
「ありがとうございます。大変助かりました。私たちの方で確認できているのも四人です。なのでこれでひとまずは一件落着————」
お姉さんたちをギリギリのところで食い止めたことで、『よーし、やっと一休みできるー!』なんて胸を撫で下ろそうとした矢先。叫びは城中に轟いた。
————————だぁぁぁれぇぇぇかぁぁぁぁ!!!
奥から聞こえる野太い声。ウチらは一斉に目を合わす。
メッタンが言うには、この城の奥にいる存在はただひとつ。
メタルスライムキング。王様だ。
その王様が悲痛な叫びに乗せて助けを求めている。……ということは。
何かが、この先で起きている。




