第5話:小さき鋼の騎士
一本道を抜けると、洞窟の中とは思えない巨大な空間……というか街が現れた。
住宅や商店と思しき中世ヨーロッパ風の建物、公園や噴水といったまるで人間の生活圏と変わらない様相。そして奥には立派な城まで確認できる。いずれもメタルスライムのサイズ感で作られているからか、人間サイズの半分から三分の一程度の大きさがウチ的には推せるポイント。ちっちゃくて可愛い。
……だが、さすがはメタルスライムの里。あらゆるものがメタリックシルバーで統一されている。辺り一面まさに銀世界。うん、ギンギラギンな主張がすごい。
「想像していたがここも酷い有り様だな……。ワタシはヒールスライムに連絡するから猿はそのまま城へ向かってくれ。このメインストリートを真っ直ぐ進めば到着する」
「わかった!」
プイプイはウチの肩に乗ったまま小さな魔法陣らしき紋様を出現させ、何やら外のヒールスライムと話し始めた。魔法ってそういう使い方もできるのかと感心しながらも、それはスマホでもできると気付くまでに時間はそうかからなかった。もしかしてスマホってウチの世界での魔法だったりするのかも?
……なぜそんなどうでもいい思考が脳を占めていたかというと、プイプイが言うようにどこを見ても酷い有り様だったから。行く先々で確認できるメタルスライムたちの姿に生気はほぼなく、皆一様に傷だらけの姿で倒れている。
スライムサイズの小さな武器や防具が散らばる状況から察するに、きっと自分たちの街を守るため必死に抵抗したのだろう。現実逃避の思考はそんな悲惨な光景から心を守るための防衛反応だったのかもしれない。
「そっちが終わり次第すぐに頼む。……ああ、すまない。よろしく頼む」
プイプイとヒールスライムの通話が終わる頃には、ウチは城の門まで到着していた。これまたもちろん銀一色の分厚い門。大きさはウチがだいたい160センチだから……それがギリ収まるくらい。メタルスライムのシルエットらしき饅頭型の厳かな紋が彫られている。
「ねぇ、プイプイ。門がさ……開いてるってことは……」
「人間たちはキングの元へ到着した可能性が高い。急ぐぞ」
あくまでも冷静に話すプイプイだったが、その声には確かな怒気が込められているようだった。自分の仲間が散々傷つけられたのだから当然か。だが、感情的にならずに気丈に振る舞えているのは彼が精神的に成熟しているからなのだと思う。……自分だけ抜け駆けで食事したりするけど。まあ、ウチは優しいから大目に見てあげようっと。
門を通過して城内へ続く急勾配の階段を上がると、金属が激しくぶつかる音と人の声が聞こえた。
ギンギンギンギンッ! ガギンッ!
「オラオラオラ! 防戦一方でいいのかオラ⁉︎」
「そんなザコ一匹、はやく片付けちまえよニセ神父」
修道服っぽい姿で頭部がピカピカに輝くサングラスオヤジとタバコを咥えたダウナー風味の白髪の女が何かと戦闘を繰り広げている。その何かとは、今まで目にしてきたメタルスライムで間違いない。だが————。
「ここから先は我が主の聖域! 私がいる限り一歩も通さん!」
雄弁に語るのはメタルスライムの上にちょこんと乗っかった甲冑。ちっこい。非常にちっこいが、守るべきもののために脅威へ立ち向かう姿は間違いなく騎士そのものだった。
「プイプイ、あの子もメタルスライムなんだよね⁉︎」
「ああ。だが、ただのメタルスライムではない。キング直轄の親衛隊、メタルスライムナイトだ」
ギンッ! ガギンギンギンッ!
サングラスオヤジが手にするリーチの長い武器。恐らく槍の一種であるそれは、バトル漫画で描写されそうなスピードでメタルスライムナイトに打ち込まれていく。鋭い剣先の連撃。速い。速すぎる。こんな芸当をこの世界の人間は実現させてしまうのか。
しかし、小さな鋼の騎士も負けてはいなかった。その手にあるデフォルメされたような剣で槍の猛攻を冷静に薙ぎ払っていく。長いリーチの軌道を読んでは確実に攻撃を受け流しているようだった。事実、槍を直撃した痕跡が見当たらない。……のだが。
「ねぇ、あのちっこい騎士くん……反撃してる? サングラスのおっさんが言ったように防戦一方な気がするんだけど」
「今のところ反撃はしてないな」
「じゃあ、早く助太刀しないと! ウチ行ってく……」
「待て。あれは——」
ウチを制止するプイプイの視線の先。ギンッと響く金属音の発信源には剣を大きく振り上げた鋼の騎士と槍を持たないサングラスオヤジが対峙していた。剣に振り払われたらしき槍は宙で回転。鋭角に地に突き刺さった。
「ハァ……ハァ……テメェ……オレのスタミナ切れを待っていやがったな」
槍を失ったサングラスオヤジが額の汗を拭いながら言う。
そのオヤジの言葉に応えるように鋼の騎士はおもちゃのような剣を向け、言った。
「魔石の補助があると言えど、人間がそのスピードを永続できるとは考えにくかったのでな」
「……ハハ、そうかい。魔族様はなんでもお見通しってわけかよ。気にいらねぇ。だがオレの負けだ。一思いにやりな」
「潔く負けを認めるその姿勢は賞賛に値する。しかし、我が主の聖域と同士の暮らしを踏み躙にじった報いを受けてもらう」
鋼の騎士を光が包む。神々しく圧倒される青白い光。それが帯状に連なり構えた剣へと集まっていく。
「歯ァ食いしばれェ! メタルシンケン九の型、鋼十字斬りッッッ!!!」
空間を切り裂く縦一閃と横一閃が可視化されたエネルギー体となってサングラスオヤジへ向かっていく。青く輝く十字の光。それはウチの世界のどんなイルミネーションより美しく、いつまでも眺めていたいと思うほどだった。
「ア゛アアアアアアァァァァッッッ!!!」
青白い光の筋がサングラスオヤジの身体を貫いて……いく……と思ったのだが……。あれ? どした? 光どこいった?
「……フゥ……ハァ……なんで……情けなんぞかけやがった」
十字の光に当てられ地に伏したサングラスオヤジが虫の息で言う。
小さな鋼の騎士は剣を鞘に納め、跨ったスライムと共にぴょんぴょんと跳ねながら近寄った。……いちいち可愛い。ダメだ、好き。
「生命まで奪ってしまえば貴様ら人間と同じになってしまうからな。これで懲りたのならもう二度と我々に近寄らないことだ。仲間とともに直ちにここを去れ」
「クソッ……」
サングラスオヤジが握り拳でわずかに地面を叩くと、タバコを吐き捨てたダウナー女がゆっくり接近して口を開いた。……なんだかちょっとだけカッコいいかもなんて思ってしまう自分がいなくもないけど、でもやっぱり歩きタバコもポイ捨てもアカン。
「おいおい、喋る鉄クズさんよぉ。さては戦闘の勘定にアタシを入れてねぇだろ?」
「私は女性と子どもを手にかけないと決めているのでね。それよりこの男を連れて早く引け。加減したとはいえ早急に手当をせねば……」
「オマエ、いまアタシを馬鹿にしたな? 女だから非力だ、女だから相手にならない、女だから戦う価値もない、そう決め込んだろ?」
ダウナー女が鋼の騎士に向けた感情、これは恐らく怒りだ。女であることで不利益を被り、女であることで理不尽を味わってきた人間の……孤独に荒波をくぐり抜けてきた者の言葉に聞こえた。何の根拠もない。ただそう聞こえただけのウチの思い込みでしかなかったが、そういうバックボーンを浮かべると途端に胸が苦しくなった。
「落ち着け、女。決着はついたのだ。貴様まで倒れれば二人して助かる術は無くなるのだぞ」
「また……バカにしたな……」
彼女がおもむろに腰のポーチに手を回し何かを取り出すと、ウチの肩に乗ったプイプイが慌てふためき始めた。痛い痛い。羽根、羽根がペチペチって顔に。痛い。痛いってば!
「猿、マズいぞ! アイツ、針を持ってる!」
「針ってナニ⁉︎」
「毒針だ! 当たりどころが悪ければ……」
「わ、悪ければ……?」
見たことのない深刻な表情でプイプイが言う————。
「一撃で死ぬッ!!!!」