第4話:魔石と人間
完全に愚かで未熟だったウチとプイプイは、メタルスライムの言葉をきっかけにすぐに洞窟へ進入。
メタルスライムキングと呼ばれる彼らの王様を救出するべく、そして残りの二人の人間を対処するため暗闇を手探りで歩いていた。
「いやー、ホントにうっかりだったねー。一仕事終わったと思ってたもん」
「ワタシも迂闊だった。マタンゴから情報を得ていたというのに……」
プイプイの声のトーンが低い。ウチへの賑やかな不満や愚痴のエンドレス再生もなく、遂には黙りこんでしまった。彼にも落ち込むということがあるらしい。ふむふむ。人間と変わらんな。
そしてさらに洞窟内の暗闇と静寂が気まずさを増長させている気がする。さすがにこのテンションはマズい。鬱屈するより明るく元気にいかないと。だって、これからもう一仕事あるのだから。
「当たり前かもだけど洞窟って暗いねー。修学旅行で鍾乳洞なら入ったことあるけどバリバリ観光地で照明入ってたもんなー。ねぇ、なんか光出す魔法とかないの?」
「お前がイメージして具現さえすれば、そんなこと容易くできる。……だが、さっき少なくない魔力を消費したばかりで、なおかつこの後も魔力消費が見込まれるとなると安易に推奨はできない」
淡々と回答されたけど……え、つまりは夜目を頼りに進めってこと?
イヤイヤイヤイヤ、さすがに無理っしょ。果てしなく無限に暗いもん。もっと文明の力りきを使ってさ……あ。そうしたらアレ使ってみよう。謎アップデートされたアレ。
「ふふん。じゃあさ……アレを使うときだよ!」
「おいおいおい、今度は何する気だ。まさか洞窟ごとぶっ壊すとか言わないだろうな」
「ちっがうよー」
すっかり泥に塗れたスカートのポケットに手を突っ込む。薄く硬い感触を手が覚えると、即座に引き出してプイプイへ見せびらかした。じゃじゃーん! これが文明の力の結晶、スマートフォンじゃい!
「ああ、デモンズ様のご好意で力を付与された謎端末か」
「うっす。反応、うっす。もっとないの、おおーとかスゲーとか」
「で、それで何ができるんだ」
「はいはい、ちょっと待ってねー」
スマホの画面をタップ。浮かび上がったホーム画面には、まだ幼い弟と妹が飼い猫のリンと戯れる姿が映し出されていた。……懐かしい。って表現するのも変か。つい昨日まで当たり前の日常だったわけだから。でも、なんだかもう遠い昔に感じてしまう。
……っていう、センチメンタルな心の動きは一旦どこかへ追いやって、ウチはスマホのライトを起動させ—————————た。
え、ちょ、ちょちょちょ、ま、まぶしー!!
「なにこれ明るすぎ! もはや昼!!」
「デモンズ様の魔力が注入されたのだ。これくらい不思議ではない」
小さな懐中電灯ほどの申し訳なさそうな光……なんてレベルではなく真昼級の明るさが洞窟内を照らした。これだけ明るくなれば暗闇で見えなかったものまで見えるようになるわけで。……うん。えっと、あの五十メートルくらい先の青い光は何?
「ねぇ……なんかあそこ光ってない? 幽霊、とかじゃないよね?」
「ゴーストもアンデッドもここにはいない。メタルスライムの里だからな。あれは魔石の原石が反射しているだけだ」
淡々とした口調でプイプイは言う。魔族の在るところ魔石在り、というこの世界の原理原則を目の当たりにしたカタチだろうか。ひとまずウチはその原石とやらを拝んでみることにした。
「めっちゃ綺麗……宝石みたい」
岩の隙間から透き通った小さな青い石が植物のように生えている。サファイアにも似た高貴で不思議な輝きは、間違いなく見た者を虜にさせる光だった。うっとり。つい時間を忘れて見入ってしまう。
「魔族のみんなはホントにこれ食べ……」
「バリバリムシャムシャガリガリガリバリボリバリボリバリバリバリ」
「おい」
「なんだ、猿も食いたいのか? だが残念だったな。人間として生まれたことを呪え」
「ずるーい。ウチもお腹へったー」
ものすっっっごく硬そうな物質が砕けたり割れたりする音を響かせながら、プイプイは魔石を貪り食っている。なんとなく想像はしていたものの、実際に間近で見ると壮絶な画だ。それより君らの歯、丈夫すぎない?
圧巻の咀嚼力を横目にウチは周囲を観察する。この洞窟はメタルスライムの里、ということは彼らは普段この洞窟を根城にしている。それはつまりここに魔石が相当数あることを意味して……いるはずなのだが。美しい青の原石が他に見当たらない。代わりに切り取られたような煌びやかな青の断面が洞窟内に点在していた。
「もしかしてだけどさ……この辺って魔石たくさん生えてた? なんか根本から無理やり刈り取られてる感があるんだけど」
「うっぷ。この形跡から察するに侵入した人間が奪っていったのだろう。全く迷惑極まりない」
「……そっか。なんかごめん。人間がキミらに迷惑かけちゃってさ」
「我々魔族は人間に死ぬほど恨みがあるが、別の世界から来た猿が謝ることはない。一日でも早くデモンズ様のおつかいを済ませられれば、状況はきっと変わる。少なくともワタシはそう信じている」
自分と同じ大きさほどの魔石をたらふく平らげたからなのか、プイプイは穏やかな様子で言った。この小悪魔は主人であるあのオッチャンを心底信頼している。半ば強制と言えどもそのオッチャンが縁あってウチにおつかいを頼んだのだから、ウチもその務めを果たせねばなるまい。兎にも角にもやるしか他に道はないのだ。元の世界に帰るためにも。
「小休止はこの辺にして先を急ぐぞ」
「えー、休めたのプイプイだけじゃんよー」
満腹でニコニコな小悪魔を肩に乗せ、洞窟深部への進入を再開。スマホ片手にヒンヤリと静まった岩の道をひたすら突き進んだ。ここで顕著に気になるのは……うん、ウチの空腹。腹の虫が収まることを忘れたみたい。サイコーにはずい。
「プイプイさんや」
「どうした猿」
「ウチ、メチャお腹空いてるんですけども」
「知ってる」
「えー、じゃあ何か食べ物プリーズプリーズ」
「ワタシだって悪魔じゃない。人間用の食糧があるならとっくに渡している」
「いや、どう見ても悪魔じゃん。ちっこい悪魔。自分だけ満腹になるまで食べちゃってさー」
「うるさい猿だな。メシはキングを助けた後だ。それまでガマ————」
恐らくはプイプイが食事の我慢を強要しかけたとき、両耳は洞窟の奥から重厚な音を捉えた。
ガンッ! ギンギンッ! ガゴッ! バシッ!!!
硬く鋭い金属同士が衝突するような鈍い音。幾度となく立て続けに響くそれは、どこか一方的に思えてしょうがなかった。
「……急いでくれ猿! 嫌な予感しかしない!」
「う、うん! わかったけど、終わったら美味しいごはんご馳走するって約束してよね!」
「ああ、わかったよ! だから走れ! 早く!」
冷たい汗がツーと背中の筋を通り、胸の鼓動はバクバクと加速する。
洞窟の一本道を駆け抜けるほど胸騒ぎは肥大するばかりだった。