第30話:時空の裂け目と異世界食材
「……あ? なんだ? オメェ、腹へってんのか?」
これまでのシリアスな雰囲気から一転、キョトンと呆れた表情の彼女は瞼をパチクリさせた。ギャップのあるその顔にウチの中の好感度メーターが上振れしてしまう。この人、やっぱり推せる。推せるぞッ!!
「……はい。さっきデカめの魔法を使ったので……」
「デモンズから授かったとはいえ、昨日今日で魔法を使いこなすとはオメェも大したもんだな」
「うーん、使いこなせてるんですかね……」
「まあ、普通の人間は魔法が使えねぇからな。加工された魔石を使って魔法の真似事しか出来ねぇのと比べれば、十分使いこなしてるじゃねぇか」
最初にプイプイに教わった通り、イメージして魔法を成立させることには慣れてきた気がする。でも、蓋を開けてみれば大半が威力過剰で想像の範囲を超えたものだ。それにはどこか、ウチの描いたイメージの外で誰かが大胆に上書きするような感覚があって、気色悪さみたいなものさえ感じる時がある。
もちろん、アイスバーみたいに的確に魔法を駆使できた例はある。だけどアレは親しみ慣れたものをただ巨大かつ硬質化して再現しただけ。言い換えれば、よく知っているからこそ思い通りにできたと言ってもいいのかもしれない。
……などと魔法の使用感についてアレコレ考えながら空腹の頂点に達したお腹をさすっていると、時計に目をやった彼女が意外な一言を発した。
「それはともかくだ。そろそろメシにすっか」
「……へ?」
「は? オメェ、腹へってんだろ? だったらメシだ。っていうかお前ら、今日は泊まっていくんだよな?」
と、当然のように彼女は工房隅のキッチンスペースで準備を始めた。
急なもてなし。急な歓迎モード。なんだこの見事な手のひら返しは。
まさかの展開で言葉を失いかけたが、ここは少しでも遠慮の姿勢を見せておくべきだろうか。いや、お腹はへってるけども。相当へってるけども。……でも、図々しく見られるのもなんかアレだし。
「……え、でもでも、そんな面倒をかけるわけには……」
「なーにが面倒だ。お前らは俺の取引先になったんだ。丁重にもてなすのが当然だろ。だからオメェはその辺に座っとけ。あ、メッタンは別な。早くこっち来て手伝え」
「は、はいッ!!!」
お声のかかったメッタンは足取り軽くキッチンスペースに入り、流し台で手を洗いながら彼女から説明を受け始めた。冷蔵庫らしきデカい箱にある食材、器具や食器の位置、それから何やら献立について話している。
「……流れでこうなっちゃったけど、ホントによかったのかな」
「アルフェがああ言ってるんだ。ここは厚意に甘えておくべきだろう。ワタシたちも戦闘後で消耗しているし、いま外に出たところでまた人間とエンカウントするだけだ」
「まあ……そうだけどさ」
「オマエとメッタンが最も魔力を消費しているんだ。今日のところは休ませてもらえ。武器の話は明日だっていい」
ウチの頭上で寝そべるプイプイが落ち着いたトーンで言う。参謀役とも言える彼がそう言うのだ。今は激戦を戦い抜いた仲間と自分を存分に労う方がいいのかもしれない。
……と、緊張の糸を緩め羽を伸ばしていいと自分に言い聞かせたとき、なんとも美味しそうな会話を彼女たちは繰り広げていた。
「なんでカラアゲなんだよ。蒸した方がヘルシーだろうが」
「いえいえ、アルフェ様。ヒカリ殿はいまどちらかというと、パンチの効いた主菜でライスをモリモリ召し上がりたいはずなのです。昨夜はパンとポトフで若干薄味でしたから。なのでここはニンニク醤油ベースの味付けで……」
「油の片付けがよー、ちーっと手間なんだよー。食材は……まあ、あるな」
……じゅるり。『カラアゲ』という言葉が耳に届いた瞬間、ウチの口内に唾液がジュワッと分泌された。これがアレか、条件反射ってヤツか。犬。パブロフの犬。ワンワン。
お腹の悲鳴だけでなく口腔までもが空腹の合図を出す一方、以前から気になっていた素朴な疑問をプイプイに投げてみた。
「ねー、この世界の食文化ってどうなってんの? ウチの世界と激似なんだけど」
「そう言えば話してなかったな。人間の食文化が現在の様に発展してきたのはここ100年くらいの最近の話だ。プリモルディオでは稀に時空の裂け目ができることがあってな。そこから動植物や食材、物資を始めとした様々なモノが迷い込むことがある。人間たちは奇跡的に流れ着いたその資材を自分たちの文明に取り入れてきたというわけだ」
「……時空の裂け目って? ウチが召喚されたみたいなコト?」
「異世界から来たという結果は同じだが、過程が違う。オマエはデモンズ様の特別な魔法によって意図的に召喚されたが、時空の裂け目……俗に言う『ディメンション・ゲート現象』は偶発的なものだ。高濃度高威力の魔力が衝突する際に発生しやすいと言われている」
……また新たな単語が出てきた。と、思わず身構えてしまったが、要するに強い魔法や魔力がぶつかった時に起きる事故とか災害といったニュアンスの現象らしい。すごくカジュアルに言えば『神隠し』的な現象で、向こうの世界のヒトやモノがこの世界に来ることもあれば、逆にこの世界から向こうの世界に転移してしまうことも珍しくないのだとか。
「じゃあ、ニワトリとか醤油とか片栗粉とか、そういう食材その他諸々がそのナントカ現象でこっちに来ちゃって上手く浸透してるってこと?」
「そういうことになるな」
「でもさでもさ、向こうの世界のものがいきなり来ても使い方とかわからなくない? 得体の知れないものって躊躇しそうなもんだけど、そんなにすぐ馴染むの?」
「なかなか鋭くなってきたな。そう、異世界素材が急速に普及した理由は別にある。その素材の使い方はもちろん、生産技術や加工法まで広める存在がいるんだ」
プリモルディオの人間に異世界素材を広める存在……か。魔族に対してあれだけ嫌悪感を示すわけだから恐らく魔族ではない。この世界の人間が素直にその技術や知識を取り入れるとなると……神様とか天使とかそういうメルヘンチックで超常的な存在?
いやいや、まさかね。そんなわけないか。もっと現実的に考えろよ、ウチ。
この世界の人間を説得できる背景がありながら尚且つ異世界素材に明るく、そして人間側に多大なメリットをもたらすことができる存在ということは……あれ、ちょっと待って。
……なんだろう、この今まで見落としていたものを見つけたような感覚。
「まさか、その存在ってさ……」
「ああ、恐らくオマエが浮かんだ通りだ。この世界で異世界素材を広める存在、それは当然に——————」
——————異世界人だ。




