第29話:ドワーフのアルフェ
「……ハァ? 相手を極力傷つけずただ無力化するための武器だって? オメェはバカか。そんなんあるわけねぇだろうが。武器っつーのはな、相手の首を獲るためにあんだよ」
……と、紫の艶髪をヘアバンドでまとめた体格の良い女性が言う。健康的に焼けた肌が活発な性格を想起させ、傷跡だらけで皮の厚い両手が彼女の仕事への熱意を物語っている。
そして、タンクトップから溢れんばかりの暴力的な乳。乳がデカい。クッソデカい。女のウチが言うのも変だけど、メチャクッッッソ乳がデカい。スイカとかメロン級。グラビアアイドルも恐らくドン引きする艶かしい魅惑のプロポーションに開いた口が塞がらなくなる。
とはいえ、呆気に取られたままでは話が前進しない。彼女が仕事に関してプライドの高い性格と悟ったウチはひとまず煽ってみることにした。
「え〜、でも高名で優秀なアルフェさんなら何でも作れるって聞いたんですけど〜」
「あ? 誰だ、そんな適当なことほざいたバカは」
「メッタン」
「ヒヒヒ、ヒカリ殿ッ! 私は武器の相談ならアルフェ様にしてはどうかと言っただけで……」
動揺するメッタンを睨みながらジリジリと詰め寄った彼女は、腰を落とすと同時にメッタンの剣を奪い取り鞘を剥いだ。一瞬の出来事。目にも止まらぬ速さ。確実にシロウトの身のこなしではない。
「おいメッタン、テメェ……。この刃こぼれはなんだぁ? 手入れは怠るなってオレはあれだけ言ったよなぁ?」
「こここ、これはその、あの……先ほどの戦闘でですね……」
「うるっせぇ! 問答無用! 魔石300個で許してやるから今すぐ持ってこい! 上等なヤツだぞ、いいな!」
『さささ、300⁉︎』と慌てふためくメッタンを他所に、彼女は作業台についた。
厚い木製の板に剣を乗せ、切長の目を細めてはあらゆる角度から武器の状態をチェック。把握を終えたのか、彼女は無からその右手に青白い光を出現させた。
これまで何度も目にした輝き。もう経験則でわかる。あれは魔法だ。
大きめのトンカチのような形状に変化した光。彼女は優しく光るその輝きをコツンコツンと剣に当てていった。真剣な眼差し、深い呼吸、迷いのないトンカチさばき。集中するその姿、いや所作の全てがプロフェッショナルに思えた。
「ほらよ。カテェものだったりアチィものを斬ったんだろうが、オメェが思う以上に剣は繊細なんだ。もっと大事に扱えよな」
刃こぼれの癒えた剣がメッタンに投げ渡された。
魔法のトンカチをコツンと数回当てただけ。どんな理屈でそうなったのかは知る由もないが、見違えるほど輝きを増した剣に魅了されない者はこの場にいなかった。
……と、もはや説明不要だけども、この人がドワーフのアルフェさん。聞くところによると、ドワーフのお父さんと人間のお母さんから生まれているらしく、厳密にはこの世界でも珍しい魔族のハーフなんだとか。
幼少期にかろうじて映画や絵本でファンタジーに触れた身としては、ドワーフってもっとこうモジャモジャのじいさんみたいなのを想像するわけですよ。が、しかし。現実は小説より奇なりってヤツ。
誰がこんなバチクソセクシーお姉さんの登場を予期していただろうか。初めてこの世界に来て良かったと思ったかもしれない。あ〜、眼福〜。
「で、実際はどうなんだ? ドワーフの中でも技術と経験が群を抜いているアルフェなら、ヒカリが求める武器の手がかりくらいは知っていると思ったのだが」
話を本筋に戻したプイプイの言葉に、彼女は一瞬眉をしかめた。あからさまな嫌悪あるいは抵抗の表現。ウチはそれを見逃さなかった。
「お前らのやろうとしていることはわからなくもない。温厚で平和的なデモンズが考えそうなことだ。だがな、王国の人間はオレにとって大口顧客だ。その食い扶持を無くしかねないことをわざわざ教えると思うか? オレには生活がかかってるんだよ」
……。沈黙。工房内を静寂が包んだ。
彼女の職業は言わずもがな鍛治職人。どうやら人間の武器防具も受注しているらしいから、人間と魔族が争うほど懐が温まる。それはいわばこの争いに間接的な加担をしていると言えなくもない。
武器を作ることが彼女の生きる術。理解はできてもメタルスライムキングやゴーレムの姿が脳裏に浮かぶと、なんとも言えない複雑な気持ちになってしまうのはきっとウチだけではなかった。
「魔族に関係するヤツ全てがデモンズ一派に協力的だと思わねぇことだ。オレのように人間相手に商売するヤツ、魔族の情報を横流しするヤツ、いつまでも反撃しないデモンズに怒り心頭のヤツ……そんなヤツらがごまんといるぜ」
確かに。防戦一方で虐げられ続ける魔族の戦況。これを覆す実力がオッチャンにはあるはず。平和的解決を望んでいるとはいえ、側から見れば人間の侵攻を野放しにしている様に見えてもおかしくない。もしやオッチャン、魔族の燻る反感や不満に気付いていない?
……いや、魔族への想いが誰よりも深く厚いオッチャンに限ってそんなはずはない。それならこれまで攻勢に出なかった理由は? 本気を出すと世界が滅びかねないから?
——————本当に?
あらゆる思考が交錯する。疲れや空腹が余計にあらぬ疑念を掘り起こしているかもしれない。よくないな、こういうの。ホント良くない。
そんな答えの出ない迷宮に入りかけたとき、彼女が意外な言葉を発した。
「しかしだな、オレは鍛冶屋であって商人だ。商人は当然に対価があって動く。報酬、対価、金が全てだ。金があれば味方になるし、金がなければ知ったこっちゃねぇ。……俺の言っている意味がお前らにわかるか?」
立ち上がった背丈の高い彼女が見下すように言う。その視線はウチの頭上……オッチャンに最も近い立場のプイプイに向けられていた。どうするどうする。これどうすんの⁉︎
「ワタシたちはデモンズ様の特命を受任した身。前に進まなければならない。……参考までに聞くが、何が望みだ?」
彼女の発するプレッシャーに負けじと小悪魔が慎重に言葉を選ぶ。緊迫した空気の中、ウチはただ固唾を飲み込むことしかできなかった。……ゴクリ。
「お前らの求める情報に正しく合致するかはわからんが、限りなく近いと思われる情報や資料は惜しみなく渡す。その対価として……そうだな、上質な魔石1000個だ」
「いいい、1000個⁉︎ アルフェ様、それはいくらなんでも……」
「うるせぇ。メッタン、テメェは300個の工面でも考えてな。俺はいまデモンズのとこのコイツと話してんだ」
メッタンを牽制しながらも彼女の口元には笑みが浮かぶ。有利な状況を最大限利用して利益を高めようとするその姿勢は、まさに商人そのものだった。
『ぐぬぬ……』とでも言わんばかりのわずかな震えが頭に伝わってくる。プイプイなりに魔族側の事情と照らし合わせて葛藤しているのだろう。
「さあ、どうすんだ? ヒントなしでアテのない武器探しの旅に出るか? それともそのまま王都へ行くか?」
ウチらの事情の足元を見た彼女が煽ってくる。
やっていることを客観的に見れば相当にイヤなヤツなのだけど、なぜかそこまで不快感や抵抗を覚えない。これはウチだけだろうか。
……ああ、そうか。きっとこの破壊力抜群のナイスバディのせいだ。セクシーなドSお姉さんに攻められていると脳が認識して、一種の快楽成分が……ゴホンゴホン。
と、(たぶん)空腹から派生した煩悩がウチを惑わせるとき、プイプイがようやく口を開いた。
「……わかった。望み通り魔石1000個を手配しよう」
「プ、プイプイ様⁉︎」
「ふん、やればできんじゃねぇか」
『そそそ、そんな無茶をして良いのですか⁉︎』とメッタンがたじろぐ中、ふっかけた本人は満面の笑みを浮かべている。
……良い。笑った顔も良い。『クールなシゴデキパイオツカイデー系姉ちゃん』かつ『一人称:オレ』という属性もさることながら、この純真少女的な表情。推せる。推せるぞ。
「ただし、だ。知っているだろうが、魔石は人間によって乱獲されている。その影響で質の高い魔石の採集には手間も時間もかかる。そしてここへの運搬はノームたちに依頼するつもりだが、彼らは身体が小さい。1000個という数を運ぶのにもそれなりの時間が必要だと理解してもらいたい」
「ああ、いいぜ。1ヶ月は待つ。だが、それ以上は待てねぇ。いいな?」
「承知した。実務者に伝えよう」
「交渉成立だな。……ふふ、これで人間たちの発注に応えられるぜ」
張り詰めた空気で満ちていた工房が一転、安堵の気に包まれた。
ウチらが胸を撫で下ろす傍ら、彼女は『来週までに設計、その翌週には在庫で試作を始めて……』とボソボソつぶやく。うんうん、仕事狂いの姉ちゃんはいいものだ。
と、新たな推しの笑顔に安心したからなのか、あるいは緊張の糸が切れたからなのか、急激に疲労と空腹が襲いかかり——————。
—————————ギュルギュルギュルクゥゥゥゥゥ。
腹の虫がとうとう悲鳴を上げた。




