第28話:光は、珠だった。
「……あ」
ポタッ、ポタッ、ザァーッ……。
後味の悪い空気を見兼ねたのか、あるいは鎮火の助け舟か。それとも魔族の心の代弁か。こらえていた空が泣き出した。
同時に、巨人の向こうから頼もしい仲間の声が届いた。
「ヒカリ殿〜、プイプイ様〜ッ!!」
メッタンがぴょんぴょんと跳ねながらやってきた。ピンピンしたところを見ると、怪我もなく無事に務めを果たしてくれたのだろう。……あの凄まじい爆発の嵐で無傷ってよく考えると相当ヤバいな。どんなポテンシャルの持ち主だよ。
それはさておき、この子は本当によくやってくれた。ありがたやありがたや。
「御二方、お怪我はありませんか⁉︎」
「うん、大丈夫。プイプイも無事だよ」
ウチらの誰一人として負傷せず、無事で済んだことは幸運だった。……が、それはあくまでウチらの話。王国の騎士たちは犠牲になってしまったし、一帯の草原はもはや焼け野原。プイプイの親友は道具として扱われた挙句、最終的にはこんな酷い有り様に。
俗に言う勝利の美酒……なんて、とても味わえるムードではなかった。
「それにしても凄まじい光景です。敵視する魔族を自らの武力にするとは、人間の発想に驚きを隠せません。我々魔族にそんな発想は出てきませんから」
「そう……だよね。ウチもそう思う」
焼け剥がれて原型から遠のいていく巨人の姿。
その姿に目を逸らすことなく、メッタンが例のアレに言及してくれた。
「結局のところ『核』は存在しなかった、ということになるのですかな……」
「……どうだろう。少なくとも今のところはそれっぽいものは見かけてない……かな」
「そうでしたか……。古い書物の情報と言えど、私はとんでもない嘘をお二方に伝えてしまったのですね。このメッタン、一生の不覚。腹を切ってお詫びを……ッ!!!」
「いやいやいや、ちょちょちょ、止めなって! ほら、プイプイも何か言っ……あっ! 危ない!」
先まで巨人の頭部だったパーツが落下。
瞬時に落下予測地点のプイプイの首根っこを掴み、後退。幸い事故にはならずに済んだ。
これで巨人の武装、装甲、四肢、頭部に至るまで全てが焼け落ちたわけだが……ん? むむむ?
「なに……あれ?」
「ヒカリ殿? どうされました?」
しとしと降り注ぐ雨、昇る白煙。そして、残骸散らばる地表。
巨人を覆っていた魔法製の炎や雷槍は消え失せた。……が、頭部パーツの残骸あたりに輝く小さな光が見えた。
「なんだろう……」
身体は勝手に駆け寄っていた。考えるまでもなく見逃してはいけないものと本能が悟ったから。
焼け落ちた巨人のパーツを掻き分け、灰を払い、光に手を伸ばした。
残骸のあらゆるものが熱い。かなり熱い。相当熱い。火傷覚悟で光を掴んだ。
——————光は、珠だった。
オレンジ色の光を放つ、手のひら大の小さな珠。
小さくても強くたくましく『見つけてくれ』とでも言わんばかりに確かな輝きを放っている。
それでいて、温かい。熱いのではなく、温かい。
空の上で優しく見守るお天道様のような、大事な人を優しく見守る瞳のような、そんな温かみがこの珠にはある。ただの宝石には思えない。これってもしかして……。
「ヒカリ殿〜、どうされまし……って、おやおや⁉︎ これはこれはまさか⁉︎」
「だよね⁉︎ そうだよね⁉︎」
「プイプイ様、プイプイ様ーッ!! どうかこちらへ!!!」
感傷に浸り途方に暮れていたプイプイ。しかし、メッタンの興奮した呼びかけに反応すると、瞬く間に手のひらの珠を奪い取っていった。少しは落ち着きたまえよ。って、落ち着けるわけないか。
「この魔力の感触……ゴロウだ。鈍くて重くて融通は効かないのに、柔らかい温もりと優しさがそこにある。間違いない。これは……ゴロウの『核』だ」
頬で熱を感じながら、珠を抱きしめるプイプイ。
その柔和で愛に満ちた表情は彼の素顔のひとつかもしれない。
……うん。ホントいい顔するのよ、この小悪魔は。いつもこんな穏やかな顔でいてくれたらいいのに。なんてね。
「再会おめでとう、プイプイ」
「ああ……ああ、ありがとう。ヒカリ、メッタン」
今回の戦闘を通して感じたのは、王国側の技術発達が魔族の認識を超えている可能性があることだ。つまり、魔族はもはや人間に遅れをとっている。認識を改めなければ瞬く間に……。
と、末恐ろしいことが脳裏をよぎったとき、周辺で大勢の湧く声が聞こえた。
『通信途絶の地点、こちらです!』『急げ急げ!』『魔族の奇襲に注意しろ!』
『一攫千金のチャンス到来ってこと⁉︎』『騎士団に横取りされるなよ』『早く行けって』
決して少なくない人々がここに集まりつつある。都市の近くであれだけド派手に戦ったのだから当然と言えば当然か……と、自分を納得させるとメッタンがすぐさま次の行動を提案してくれた。
「テルシャバの騎士と冒険者たちが集まりつつあるようです。この場に長居は無用ですね。アルフェの工房はここからそう遠くありませんから、すぐに向かいましょう」
「そうだな。ヒカリもメッタンも戦闘直後で消耗している。人間とのエンカウントは避けるべきだ」
迅速な意思決定で足早に目的地へ向かう一同。先導するメッタンにプイプイが続いていく。
ウチはふと後ろを振り返り、巨人の残骸に視線を送った。
激しい戦闘の名残。焼けた草原と巨人の一部。
この結末へ至るまでに犠牲になった魔族や人間に対して、手を合わせずにはいられなかった。
「ヒカリ殿〜、お急ぎを〜」
「あ、うん! すぐ行く!」
この雨が傷ついた者たちを慰める慈雨か、あるいは天の気まぐれなのかは誰にもわからない。
名もなき魔族や人間の争いの成れの果て。犠牲になった彼らを弔い想う存在がいたっていい。
だからウチは手を合わせ、祈った。強く祈った。
無駄な争いが終わるようにと、魔族と人間が手を取り合えるようにと。
降りしきる雨の中。ウチはわずかな祈りを捧げた後、先を急ぐ仲間の背中を追いかけた。
確かにある右手の痛みに気付かぬフリをして。




