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第2話:いざ、メタルスライムの里へ

「この森を抜けた山の麓に小さな洞窟がある。そこがメタルスライムの里だ」


「うん、わかった。ここまで乗せてくれてありがと」


「お気をつけて」


 人間みたいなムキムキの上半身を持った馬がヒヒーンと鳴いて去っていった。どうやら彼はケンタウロスと呼ばれている魔族で、オッチャンの城の周辺を走り回りながら警備しているらしい。

 ウチの姿を見たときはかなり警戒していたけど、小悪魔がオッチャンからの特命だと説明するとすんなりここまで運んでくれた。やるじゃん、小悪魔。とってもありがたい……のだけど。


「なぜワタシがこんなションベンくさい猿と行動を共にせにゃならんのだ!」


「もうそれはさー、しょうがないじゃん。オッチャンがそう言うんだからさー。ってかウチ、ションベンくさいってマジ?」


「比喩だよ、比喩!」


「そうカッカせずにさ。しばらく一緒にいるっぽいんだから仲良くしようよ、プイプイ」


「プイプイさん、な! さんを付けろー!」


 ウチの肩にちょこんと座って永遠に不満を唱えるプイプイ。これはこれでポッドキャストみたいでいいかなーと思いながら森に進入する。

 森とか山とかって移動教室くらいでしか行ったことないけど、明らかに元の世界にはないような歪の木々や草花がそこら中に生い茂っていた。

 舗装された人間用の道などもちろんない。剥き出しの自然をかき分けながら進んでいく。……いま気付いたけど、これ制服めっちゃ汚れね?


「ねえねえ、プイプイさー」


「さんを付けろって言っとるだろうが」


「オッチャンはなんで人間と交渉したいの? ってか、何しようとしてんの?」


「……」


 プイプイは溜め込んだ息を吐き出し、遠い空を見上げてからポツリとこぼす様に言った。


「デモンズ様は人間の行いに疲弊されておるのだ。毎年のように新たな勇者が魔王城に訪れ、賞金狙いの冒険者は至る所に跋扈する。魔族のインフラは幾度となく破壊され、仲間たちが傷ついていく。我らはただ平穏に暮らしているだけなのに、魔石の活用で豊かになりたい人間はなりふり構わず立ち向かってくる」


「魔石って?」


「魔法や我ら魔族の生命活動の源だ」


 どうやら魔石はウチら人間で言うところの『電気』や『食』ってニュアンスで、主に魔族が生息する場所で採取できるらしい。

 魔族は魔石のおかげで命を繋げたり、魔法が使えたりしているから大事な資源なのだとか。……っていうか、石食ってるって君らヤバいな。


「人間も石の恩恵を受けてるってこと?」


「ああ。人間は魔石を独自に研究して自分たちでも擬似的な魔法を扱えるようにした。今では魔石を使って火を起こしたり、水を生成したり、怪我や病気の治癒までしているようだ」


 魔石を体内に取り込んで吸収した魔族は、適性や傾向があるものの己の力で魔法という神秘を発動できる。

 対照的に魔石を吸収できない人間は独自に加工して生活に取り込み、種の発展繁栄を目指している。そんな風にプイプイは言った。


「その石を人間に分けてあげたりしないの?」


「もちろんデモンズ様は三百年ほど前に一度提案した。しかし、人間は独占できねば意味がないとしてその提案を拒み、今も変わらず我々魔族を駆逐しようとしているのだ」


「ウチが言うのも変だけど……人間ってホントに一方的で欲が深いね」


「全くだ。だからデモンズ様はお前を使者として送り込み、まずは交渉のテーブルについてもらおうと考えたのだ。魔石の安定供給と引き換えに魔族討伐をやめてもらうために、な」


『デモンズ様が本気になれば人間なぞ一瞬で塵にできるのに……』と、物騒なことをプイプイが呟く。だがその選択肢がありながら実行していないということは、オッチャンは人間とどうにかして共存したいのかもしれない。……これはウチの希望的観測だけど。


「まあ……魔族討伐中止は切実な願いであることに変わりないが、デモンズ様は他に叶えたいことがあるご様子だがな」


「というと?」


「……わからん。ワタシにも詳しいことをお話にならないのだ。だが、成し遂げたい何かがあることは長年お仕えしていればわかる」


 プイプイはそう言ってこの話題をやめた。オッチャンの本当の狙いは当然だけどウチにもわからない。

 ひとつだけ確かにわかるのは、彼は自分と同じ魔族を守ろうとしているということだ。だからきっと、彼が企む裏の目的もそんな悪いことではないのだろう。と、ウチも楽観的に捉えて考えるのをやめた。


「ねー、まだ歩くの? そのナントカの里、遠くない?」


「たわけ。森を歩き始めてそんなに経ってないだろうが」


「そうなんだけどさー、ちょっと喉乾いたっていうか……あ!」


 視線の先。摩訶不思議な樹木の間にきらびやかな水の輝きが見えた。川だ。心地よいせせらぎを奏でながら、透き通った小川が流れている。水を求める身体は気付けば駆け寄っていた。


「水ぅー!! これ、飲んでも大丈夫かな?」


「この辺りはウンディーネの加護が効いているから大丈夫だが——」


 ゴクゴクゴク。透明度の高い水を両手ですくって口元へ運ぶ。口当たりの柔らかい軟水が慈雨のごとく身体に染み渡っていく。

 ぷはぁ。喉が渇いたときの水がこの世で最も美味しい飲み物かもしれない。


「猿はデモンズ様から魔法を賜っているのだから、水くらいいつでも出せるぞ」


「……え?」


「どの程度まで使えるのかは現時点では未知数だが、少なくとも基礎的な属性魔法は扱えるはずだ。試しにやってみろ」


「どうやって?」


 アニメや映画の中でしか見たことのない魔法をいきなりやれと言われてできるはずもない。っていうか、できるなら早めに言ってほしいよね。どこでも水分補給できるなんて最高じゃん。


「……はぁ。しょうがない。このプイプイ様が懇切丁寧に教えてやろう。魔法はな、術者のイメージと魔力量が重要だ。例えば、お前が水の弾丸でそこの樹木の幹を貫通させると想像したとしよう。そのイメージを具現させるのに体内の魔力量が足りていれば自ずと魔法は完成する。……まぁ、口で説明するよりやってみた方が早いだろう」


「うーん、よくわかんないけど……まずは試しに一回やってみるね!」


 水の弾丸だから……水鉄砲みたいな感じかな。右手が銃だとして、人差し指の先から勢いのある水流が飛び出ていくイメージ。その水が太くて大きい目の前の樹木を……貫く!


 ザバババババババババババババババババババババドッバーン!!!!!


「……へ?」


「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉい!」


 幅が十メートルほどの水の弾丸……いや、ほぼビームがウチの指先から放たれた。水流は森林の木々を木っ端微塵に砕き、洗い流し、視界の悪かった森を切り開いてしまった。

 ……え、ウチ何か間違えちゃった感じ?


「おいおい、どうした⁉︎」


「敵襲か⁉︎」


「あれ人間じゃないのか⁉︎」


 どこかに隠れていたらしい魔族たちが一斉に顔を覗かせる。ニワトリとヘビが合体したような魔族、衣服をまとった二足歩行のイノシシ、手足のついた歩くキノコなどなど……バラエティに富んだ面々が事故現場へ駆けつけていた。


「魔族の同志たちよ! 驚かせてしまって申し訳ない。ワタシだ。魔王デモンズ様の最側近、プイプイだ。いまデモンズ様から特命を賜った者に魔法をレクチャーしていたのだが、未熟のためか魔法の暴発が起きてしまった。責任は全てワタシにある! 森の修復は魔王城の予算にてエントたちへ、怪我をした者がいればヒールスライムへの依頼をただちにするつもりだ。重ねて謝罪する。この度は申し訳なかった。……ほら、猿も頭を下げろ!」


「すすすす、すみませんでした!」


 魔族の群衆を前にプイプイが頭を下げ、ウチもそれに続いた。不慣れな世界で未経験のことを軽い気持ちで取り組めば、こうやって迷惑をかけてしまう。

 プイプイにもう頭を下げさせたくない。授けられた力を一日でも早く正しく使いこなせるようにならなければ。


「プイプイ様がそう言うなら……」


「なんでプイプイ様が人間と一緒に?」


「魔王様が特命を授けたって……人間にか?」


 ざわめきながらも事態の収束に安堵したのか、群衆はそれぞれの場所へ帰っていった。


「プイプイ、ごめんね」


「……ふぅ。こういう事態を予見してデモンズ様はワタシに同行させたのだろう。それならこれは仕事だ。猿が気に病む必要はない。……だが、魔法の訓練は必須だな。猿の想像力もデモンズ様が与えた世界二位の力も規格外のようだ」


「はい……」


 自分の失態にしょんぼりしていると、小さな赤色のキノコがトコトコと歩いて近づいてきた。……なにこの子、可愛いが過ぎるんですけど⁉︎


「ぷいぷいさま、きょうはどうしてここに?」


「マタンゴか。ああ、この先のメタルスライムの里で人間が暴れていると連絡が入ってな。これから救援に向かうところなのだ。ここを人間が複数通ったと思うのだが何か知らないか?」


「それならね、しってるよ。にんげんがごにん……ちがうな、よにんくらいこのもりをとおっていったよ。そのときもね、やくそうとかえりくさーをたくさんたくさんとっていったよ」


「……そうか。怪我をした者はいないか?」


「うん、いないよ。みんな、にんげんがこわくてかくれていたから」


 小さくて可愛いキノコの言葉に胸が痛くなる。ウチと同じ人間がここまで敬遠され恐れられているなんて。これまでどれほどのことを魔族にしてきたのだろう。


「じゃあ、またね。ぷいぷいさまと……にんげん」


「ああ、元気でな」


「ま、またねー!」


 森に生きる魔族たちに迷惑をかけてしまった申し訳ない気持ちと、この世界の人間の行いに対する思いが交錯する。

 なんとなく……なんとなくだけど、ウチが王都へ行くことの意味がほんの少しだけわかったような気がした。


「ずずず、随分歩きやすくなったねー。ハハハ」


「猿のせいだろうが。エントたちから何を言われるかわかったもんじゃない。アイツらの説教は死ぬほど長いんだぞ」


「ごめんってばー」


 幸か不幸か、ウチが放った魔法の影響で山の麓までは平坦な一本道となった。土の道は水分を含んで泥のようになっているけど、鋭い枝をかき分けたり複雑に絡まったツタの間をくぐることもなくなった。だから歩くのがかなり楽に……あ、めっちゃスニーカー汚れてる。トホホ。


「そういえばプイプイさー」


「プイプイさん、な」


「ウチ、人間なのになんで魔法使えてんの? 人間は加工した魔石で魔法を使うんでしょ?」


「ふむ。そこそこ鋭いな。それは恐らく——」


 ウチが魔石なしに魔法を使える理由。

 それはどうやら、オッチャンの魔法でウチの身体の仕組みを一時的に変化させているかららしい。魔石を食べて魔力に変換する魔族に対して、ウチはこの世界で摂った食事の栄養がそのまま魔力に変換できて魔法が使える身体になっているのだとか。

 ……なんだそりゃ。つまり、ごはんをモリモリたくさん食べればいいってことじゃん。余裕。あ、でも体重増えるのはなぁ……。まあ、いっか! こんな体験なかなかできないし!


「その身体の仕様はあくまでも一時的だ。遅かれ早かれ旅が終わればいずれ解け……」


「よ〜し! 美味しいものいっぱい食べて元気に旅を終わらせよ〜う!」


「ワタシの話を聞けッ!!」


 耳元で愉快に小言を並べるプイプイ。よくもまあ飽きもせず永遠に喋っていられるなと感心したそのとき——————————。



 ピィィィィィィ! ピィィ! ピィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!



 悲痛な叫びが、広がる空をつんざいた。

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