第26話:天を裂く雷槍
強がりでもなんでもない。
八方塞がりの状況で一筋の光明が見えたなら、それに手を伸ばすのがウチだ。
どんなに小さくわずかでも、希望がそこにあるのなら勇猛果敢に掴み取る。
元の世界でもどこでも一緒。言うなればそれが『神谷ヒカリスタイル』ってこと。
……あ、やっぱ今のナシ。自分で言っておいてアレだけど、流石に『××スタイル』はダサすぎてヤバい。恥ずかし過ぎて爆発しそう。
「じょじょじょ、上等ってオマエ……どうするつもりだ? いまのゴロウには近寄ることすら難しいじゃないか」
微かな希望を感じつつ、それでもなお眉をひそめるプイプイ。なんていうかこう、期待と不安が混ざり合う複雑な表情だ。まあ、気持ちはわからんでもないけど。
そんな小悪魔を横目にしつつ、遠く歩みを進めるゴロウの背中に目をやった。
瞬時にシミュレーション。必須なのは、テルシャバへ到達する前にウチの魔法をぶつけてゴロウの『核』を取り出すこと。生半可なものでは恐らく通じない。あの巨体の動きを止めるほどの、分厚くゴツい装甲を剥がす威力が要る。それほど高威力ならウチらの安全のための物理的な距離も必要になってくるかもしれない。
そしてなんと言っても緻密な想像と時間が不可欠だ。持てる魔力を思いきりぶつけながらも、『核』の部分を傷つけない繊細な魔法構築が求められる。
高威力かつ繊細な魔法、巨人との間合い、冷静にイメージングできる環境、これらが必要となると——————。
「作戦とは呼べないかもだけど、ちょっと聞いて。特にメッタン。あのね———」
脳内でシミュレーションした結果を包み隠さず話した。
作戦……と呼ぶには程遠い、あまりにも稚拙な作戦。
なぜなら、成功確率も不透明でありながらメッタンに一方的な危険が及んでしまうから。
本当はこんなこと……仲間が危険に晒されるようなことは提案したくない。
でも、ウチらにはもうこれしか残されていない。
「なっ、オマエ、それはメッタンがあまりにも……ッ!!」
「ハッハッハ、ヒカリ殿はなんとも大胆なお方だ。いいでしょう。そのお役目、しかと拝受します。ただ……あの巨体と火力ですから、私が持ち堪えられるのはせいぜい1分が限界かと」
「うん! それでじゅうっっっっっっぶん! 30秒でもいいくらい!」
「頼もしいお言葉です。ではヒカリ殿、時は一刻を争いますので……」
「そうだね! よーし、じゃあゴロウ救出作戦……開始ィィィッ!!!」
「御意ッ!!!!!」
メッタンが樹木の間から飛び出し、テルシャバへ向かうゴロウめがけて疾走した。
——————ぴょんぴょんぴょんぴょんぴょんぴょんぴょん!
颯の如くメタルスライムに跨った甲冑が駆け抜ける。
その姿は、まごうことなき草原を翔る騎馬と騎士。
あまりにも華麗な後ろ姿に見惚れていると、頭上で翼を鳴らす小悪魔が口を開いた。
「あれだけの巨体が暴れればテルシャバの騎士や近くの冒険者が集まってきてもおかしくない。ワタシたちもすぐに行こう。……と言っても、ワタシには何もできないのだが」
無力な自分に嘆き、非力な自分を責める寂しい声の響き。
高飛車で文句ばかりで嫌味と皮肉がマシマシなときがあっても、頭が良くて仲間想いのプイプイが自信をすっかり失くしている。
こういうとき、贈るべき言葉の正解は……。うん、きっとこれだな。
「なに言ってんの。本当の意味でゴロウを救えるのは友達であるプイプイだけでしょ。ウチとメッタンはそのお手伝いとキッカケを作るだけ。それだって仲間なんだから当然のことだし。だからそんな気に病まなくて良くない?」
頭上で羽ばたく小悪魔が徐にウチの目線まで降りてくる。
今にも泣き出しそうな眼差し。その意外とつぶらな瞳で真っ直ぐウチを見つめた後、小悪魔は頭を垂れて言った。
「ヒカリ、ありがとう。そしてワタシの友達を……頼む」
高飛車で口が悪くて、初めましての時はウチを猿呼ばわりする失礼極まりなかったプイプイ。出会ってまだそんなに時間は経っていないけど、なぜかもう随分長いこと一緒にいる気がしてしまう。
そんなプイプイが、愛すべき相棒が頭を下げている。助けてくれとSOSを出している。
それなら、ウチがやるべきことはただ一つ。
—————————全力で応えるだけだ。
「おけまるッ!! 任しといて!!」
ウチの目線でパタパタ浮かぶ小悪魔を鷲掴み、胸元の隙間へサッとしまい込む。
続いて両脚に軽めの魔力を流し込んだ後、間髪入れずゴロウの元へと駆け出した。
やること自体はそれほど複雑ではない。ゴロウの進行方向に対してメッタンが立ちはだかり制止。時間を稼いでもらっているうちにウチがゴロウの背後で魔法の構築、そして発動。
要するに『挟み撃ち作戦』だ。その一方で、時間との戦いでもある。ウチの魔法が早ければ早いほどメッタンのリスクは低下。でも、雑な高威力魔法では『核』ごと爆散させてしまう可能性だってある。
時間と魔法のクオリティ。このバランス、あるいは駆け引きが最大の肝と言ってもいい。
全てはウチにかかってる。ウチの魔法に。全部。あ〜、ガチで緊張する〜。
そんな頭の中の不安と心配、それからわずかな希望がぶつかり合う間にウチらはゴロウの背後に到達した。その距離、約100メートル。
「ヒカリ、始まったぞ!」
分厚い雲に覆われた鈍色の空の下。遠く雷鳴が聞こえる中、小悪魔が言うように巨大な背中が動きを見せた。
——————オ゛ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!
やり場のない悲しみや憎しみの混ざった叫びが轟く。
全身のあらゆる銃火器が躊躇なく盛大に発射。打ち上げ花火にも似た光景が目の前で広がる。
それはつまり、あの背中の向こうで小さな騎士が持ち堪えてくれているということだ。
仲間が身体を張ってつないだバトン。無駄にするわけにはいかない。
ウチはゴロウに向けて右手をかざし、スゥと一息吸ってから瞼を閉じた。集中集中。
湿った風が運ぶ火薬の匂い。
水分を含んだ重たい空気が肺を満たしていく。
暴力的で不規則に鳴り続ける銃声と爆発。次第に近づく雷音。
あらゆる音が混ざり合い、衝突しながら鼓膜を刺激する。
それからポタ、ポタ、ポタ……と、敏感になった肌が水の雫を感じ取る。
……雨がそこまで来てる。そして、雷も。それなら——————。
「雷、雷がいい。ゴロウを解き放つ…優しい雷が」
巨人の武装や装甲、彼が纏った全てを引き剥がす解放の雷をイメージ。
その雷は、悲しみを断ち切る刃のように。
その雷は、邪悪を祓う炎のように。
彼の御魂はそのままに、優しき心はそのままに。
人の業が成した偽りの肉体を灼きつくせ。
「お願いッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ウチの言葉に応えるように、巨人の上空に巨大な紋様が出現。
円状に広がる紋様はいわゆる『魔法陣』というヤツだろうか。
回転しながら青白く発光する幾何学模様のソレは、ビリビリと巨大な稲妻を無数に生成していく。
生命を愚弄する人間への『神の裁き』とでも呼ぶべき荘厳で厳格な雷の槍。
もはや数えることもできない大量の雷槍が巨人へ降りかかる。
グサッ、グサッ、グサッ、グサッ……。
稲妻が巨人の四肢を貫き、杭の如く地表に打たれていく。
魔法の雷はそれだけで終わらない。
降り終わった雷は槍のような原形を留めたまま、発炎。
魔法陣の消滅と同時に巨人の全身を業火で包んだ。
——————ア゛ァァァァァア゛ァァァァァァァァァッ!!!!
身動きが取れず灼かれていく巨人。
思惑通り武装や装甲が焼け剥がれていく。
……が、その光景と悲痛な叫びに良心が痛んで止まなかった。
「……違う。ウチはこんな……こんな処刑みたいなこと望んでない」
『優しい雷』とは到底言えない光景に、魔法をコントロールできない自分に悔しさが滲む。
それでもこの現実から目を背けてはならない、と自分に言い聞かせたそのとき———。
——————現実は想像をいとも容易く超えてきた。