第25話:存在証明
「それって、ウチらが行こうとしてるドワーフさんとこに近い街だよね⁉︎」
「はい、ドンハルト王国の中でも特に交易が盛んな大都市です。このまま巨人が接近すれば、大惨事になりかねません!」
焦りを隠せないメッタンが真剣な眼差しで言う。
召喚士を自ら踏み潰し、こちらの声は届かず無差別に破壊行動を繰り返す巨人。
銃火器の塊のようなあの存在がテルシャバに到着すれば、目も当てられない悲劇になることは想像に難くない。それはつまり、魔族への憎悪が一層広がることになる。
そうなれば和平交渉なんて夢のまた夢。魔族と人間がお互いを滅ぼし合う最悪の事態に発展してもおかしくない。
……でも、彼はプイプイのかけがえのない友人だ。どうする、どうするよ。ウチは一体、どうすればいい?
苦渋の決断を迫られるとき、口をつぐんでいたプイプイが言葉を放った。
「あれは暴走だ。人間の魔石の輝きを過度に受けると限界突破の力を得る代わり、自我を失いその身が滅ぶまで暴れ回ると聞いたことがある」
「……それってさ、ゴロウは……」
「ああ、時間の問題だ。放っておいても消滅する。テルシャバと共に滅ぶか、テルシャバが滅ぶ前にワタシたちで葬るか。そのどちらかを選ばなければならない」
胸元に収まるプイプイがようやく言葉を発したかと思えば、なぜか冷めた口調だった。
大事な友人が消滅の一途をたどっているというのに。あまりにも事務的で淡々とした言葉の羅列になんだかモヤってしまう。
これがさっきまでショックで黙り込んでいた奴が言うことですかね。いや、感情的になれっていうわけではないけどさ。
「本当に……その選択肢しかないの?」
「ああ。だが、ワタシたちにはデモンズ様から託された使命がある。それを踏まえるならば……選択肢はひとつだ」
ウチの胸元から頭上高く飛び立ったプイプイが巨人を遠く見つめる。
デモンズのオッチャンから託された『人間との平和交渉』。
このミッションを遂行するためには、人間を交渉のテーブルに着かせなければならない。そのために魔族への嫌悪が広がる行動はできるだけ避けていきたいのが本音だ。しかし……。
「ゴロウはプイプイの友達……なんだよね。なんでそんな簡単に飲み込めるわけ。友達だったらさ、最後まで他に手段がないか探すもんじゃないの⁉︎」
ウチとしたことが感情的になってしまった。
だって、プイプイがあまりにも諦めていたから。あまりにも感情を殺して大人であろうとしたから。デモンズのオッチャンと同じくらい魔族を大切に想うプイプイに、友達を諦めてほしくなかったから。
「……しょうがないだろ。こんな状況になってしまっては、もうどうにもできない」
「選択肢がない、しょうがない、どうにもできない……って、そればっかじゃん! ウチが聞きたいのはさ、プイプイがホントはどうしたいかってことだよ!」
……あーあ、やっちゃった。ブレーキ効かなくなっちゃったよ、ウチ。
これもうアレだな。バチクソにケンカするしかないヤツだ。多分ね。
「———たいに決まってるだろ」
「あ? なに? 聞こえないんだけど」
「……救いたいに決まってるだろ! ゴロウはワタシの幼馴染で親友だ! そんなゴロウをメチャクチャにした人間をワタシは許せない! だからといって人間に復讐すればデモンズ様の願いに水をさすことになる。それにそもそも復讐できるような『力』がワタシにはない。そんなちっぽけで無力なワタシはどうすればいい……どうすればいいんだよ!」
どこかで感情を堰き止めていたプイプイ。きっとこれまで立場が彼の心を抑圧してきたのだろう。そんな彼がようやく本音を打ち明けた。
己の非力さを嘆き無力感に襲われることは誰にだってある。ウチだってこれまで何度も体験してきた。友達や家族がツラいとき力不足で手を差し伸ばせなかったことなんて、一度や二度どころではない。何億と味わってきた。だから、わかる。
「なんだ、ちゃんと言えるんじゃん。それなら何とかするしかないっしょ」
「オマエ……」
「ウチに任せておけし」
プイプイは心の底からゴロウを助けたい。当たり前に親友を助けたい。その『力』があるのなら、助けられる『方法』があるのなら、今すぐに友達を助けたいのだ。そんな友達想いの優しいプイプイを、ウチは助けたい。
『力』に関しては恐らく大丈夫。どこか過剰気味なウチの魔法を使えば、あの巨体をなんとかすることは多分イケる。これはもう理屈を超えた直感でしかないけども。
最大の問題点は『方法』だ。これに関しては全く想像がつかない。刻一刻と迫る消滅への道から如何にしてゴロウを救うのか。……。うーん、さっぱりわからんちん!
任せておけなんて啖呵を切ったものの、小難しいことを避けがちだった頭脳にこの問題はなかなか厳しい。手がかりくらいは降って湧いてこないものかとクッソなめた思考でいると、しばらく黙っていたメッタンが口を開いた。もちろん上の甲冑が。
「ヒカリ殿が言うように、意外となんとかなるかもしれません」
「……え? ガチで言ってる⁉︎」
「はい。というのはですね——————」
メッタンが説明してくれたことを要約すると、どうやらゴーレムの体内には『核』なるものが存在していて、身体が朽ちてもこの『核』を大地に還せば再びゴーレムとして生まれ出ることができるらしい。
例えるならゴーレムは『核という魂が鎧をまとった状態』の魔族で、服を着替えるように鎧だけ剥がして付け替えることができれば、ゴロウを救える可能性はゼロではないかもしれない。
……と、記憶の棚から慎重に卸すようにメッタンが言う。
「その話はもちろんワタシも聞いたことがある。だが、都市伝説でしかないはずだ。信憑性は低い。これまで魔王城でお仕えしてあらゆる情報や知識に触れてきたが、『核』の存在も『生まれ変わった例』も実際に確認したことはないぞ」
「ええ、この情報は魔石探求の中で行方不明となった人間が遺した書物に書かれていたものです。書物には『どの大地に還せばいいのか』『再び生まれ出るための時間』といった重要な部分が省かれていましたから、やはり眉唾物です。ですが、手詰まりの現状なら賭けてみる価値はあるかと」
本当に実在するか分からない核、再び生まれ変わるという都合のいい与太話。
きっとウチの世界の人間が聞いたら『そんな上手いバカみたいな話ないっしょ』とでも言うだろう。
でも、ここはウチのいた世界とは別世界。魔法という奇跡が存在する世界。
何が起こってもおかしくない。博識なプイプイさえも知らないことがまだまだきっとある。
デモンズのオッチャンはそれを知ってほしくて、プイプイをオトモさせたのかもしれない。今はそんな風に思うんだ、ウチは。なんとなく。なんとなくね。
それならば。可能性がわずかでもあるのなら——————。
「都市伝説上等ッ! ウチらの目で確かめようじゃん!!!!」