第24話:モトニハモドレナイ
絞り出した声で巨人が口にしたのは、自滅願望だった。
『助けてくれ』『なんとかしてくれ』という生き延びたい切実な願いとは対極にあるもの。
ツギハギだらけの身体にされた挙句、破壊行動を強要される不本意な自分からの解放。
巨人はそれを……望んでいるようだった。
「ゴロウ、お前……何を言ってるんだ。やっと……やっと再会できたんじゃないか。魔王城に戻ってさ、体勢を立て直そう。それで十分に回復できたらタイタンを一緒に探そ———」
「オレ……ハ……モウ……モトニハ……モドレナイ……」
巨人が告げる残酷な現実。
欲に身を委ねた人間の所業が、彼らの未来を絆をこんなにも容易く引き裂いてしまう。
こんなことが罷り通っていいはずがない。魔族だってこの世界に生きる生命だ。その生命を自分たちの利益のためだけに徒に虐げて弄んでいい理由には絶対にならない。
そして、突きつけられた過酷すぎる言葉。その言葉を受け止めきれないのか、もしくは受け止めるために心で格闘しているのか、小悪魔はただ小さく翼をはためかせるだけだった。
直面する絶望。束の間の静寂。誰一人として言葉を口にできなかったが、巨人の足元から吠えるような声が聞こえた。
「木偶の坊、何をしている! そんなゴミクズどもさえもお前は始末できんのか! 120回払いでお前の使用権を買ったんだ、相応の仕事をこなせ!」
聞くに堪えない罵声の数々。魔族を生命とすら思わず、成り上がるための道具としか見られない愚かな大人の言葉。耳を塞ぎたくなってしまう。
「ほら早く! 殺るんだよ! ……チイッ、強制起動!」
イラつきを隠せない召喚者が巨人へ向かって魔石を翳す。
召喚者に応えたのか、魔石の邪な輝きが周囲に散らばり始める。その輝きは次第に連なる光の粒子となって巨人の全身を飲み込もうと襲いかかった。
「ヒカリ殿ッ! 離れてくださいッ!!!」
数メートル先のメッタンが叫ぶ。
逼迫したその声の揺らぎが本能的にウチの身体を動かした。
プイプイの首根っこを即座に掴み、巨人の肩から大きく離れるように跳躍。着地。メッタンと並び立ち、巨人を見上げた。
不気味な光に包まれていく巨人。距離をとっても聞こえる『ギギギ』『ゴゴゴ』という不穏な音が響く。
緊迫した空気が場を支配する中、追い討ちをかけるように召喚者は言った。
「さあ、動け! 魔族を殲滅しろ! 骨の髄まで残らぬよう徹底的にな!」
反魔族思想に染まった召喚者の号令。
この言葉に呼応するように、あるいは抗うように巨人は雄叫びを上げた。
——————ア゛ァァァオ゛ォォォォォォォォォォォォッ!!!
天空へ轟く嘆きの叫び。
再び大気は怯え、大地は震え、油断すれば両脚はすくんでしまいそうだった。
妖しい光をオーラのように纏った巨人がウチらを見下ろす。
交わる視線。その紅く発光する瞳には……間違いなく涙が溢れていた。
「ハッハッハ! いい、いいぞ! それでいい!」
従順な様子に余程満足しているのか、召喚者の高笑いは止まらない。
巨人の本心を知ろうともせず、力ずくで従わせることがそんなに快感だろうか。
生命を軽んじる召喚者に怒りの感情が募ってゆく。チクショウ。チクショウ。
爪が食い込むほど拳に力を込めたとき、召喚者が振り返ってウチらを睨み言った。……のだが。
「全砲門解放! 圧倒的火力でコイツらを灼きつく———」
——————————————————グチャ。
「……え? なにが……起こったの?」
1秒にも満たない瞬きをした瞬間、眼前にいた召喚者の姿はどこにもなく、ただそこには巨大な右足がそびえるだけだった。
「……待って。わけわかんない。さっきの召喚オジサンはどこ?」
事態を上手く把握できない。理解できるのは、巨人の足が一歩前に出ているということだけ。
混乱するウチを見兼ねたのか、メッタンが小さくある方向に指を差した。
「ウソ……でしょ?」
メッタンが示したのは巨人の右足の足元。
いや、足と地面が接する境目と言っていいかもしれない。
それが意味することは、つまり……。
「巨人が葬りました。わずか一瞬、その右足で」
予備動作も揺れも風も何も感じ取ることはできなかった。
一挙手一投足が大振りだった巨人。そんな巨人が無風無音の芸当を果たして実現できるのだろうか。
それともやはり……魔法と同様に物理法則さえも簡単にパスできてしまうのが人間の魔石の力とでも言うのだろうか。
目の前の事態に理解が追いつかないとき、ウチらに向けられた強烈な殺気を感じた。
——————オ゛ァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!!!
両手の巨大な銃口、両脚の飛翔体の発射角、そして鋭く光る紅の眼光。
……間違いない。巨人はウチらを殺しにかかる。
「ヒカリ殿ッ、きますッッ!!!」
——————ドドドドドドッ! ババババババッ! バシュンバシュンッッ!
巨人に備わったあらゆる銃火器の一斉射撃。
メッタンの瞬時の判断によってウチらは大きく後退。爆煙を利用して樹木の間に身を潜ませた。そのおかげで事なきを得たが、銃火器の被害をほぼゼロ距離で受けた地表は焼け野原と化してしまっていた。
これでは恐らく召喚者の亡骸も無力化した騎士たちもタダではすまない。またも犠牲を出してしまった己の非力さに嘆く暇なく、メッタンが巨人の異変を指摘した。
「……変ですね」
「えっと……何が?」
「あの巨人、我々を見失っているはずですが……無差別に射撃を続けています」
……言われてみれば、確かに。
前後や上下左右、巨人の周囲には彼を脅かす存在はない。それなのにばら撒くように射撃を続けている。
それはどこか他者を拒むような、『もう犯されたくない』『誰にも支配されたくない』とでも言わんばかりに。
それだけではない。召喚位置から基本的に動かなかった巨人が歩き始めている。
まるで、どこか目的地でもあるかのように。
「ねぇ、あの巨人歩き始めたけど……どこ向かってんだろ?」
「この方角は……」
メッタンの下のスライムは眉間にシワを寄せ、上の甲冑は指で額をトントンと叩く。
と、しばらくして何かに気付いた様子の甲冑がスライムと共に数メートルの高さへ飛んだ。
唐突な大ジャンプ。なんだなんだ。一体どうしたキミたち。
「そんなまさか……」
視点を高くして見えたものが何かあったのだろう。
着地したメッタンが血相を変えて言う。
「ヒカリ殿、大変です! 巨人の進行方向に……ドンハルト王国屈指の大都市、テルシャバがあります!」