第23話:友の再会。そして……。
今にも泣き始めそうな鈍色の空の下、巨人の銃声が鳴り響く。
回避を繰り返したところで事態は当然変わらない。
それならば、あの巨人を……プイプイの友達を止めるためにウチができることは何か。
ひとつは、動けなくなるほど強い魔法をぶつけてみること。あずきのアイスバー以上に強力で全身の動きを止められるような魔法を。これは魔法の構築に時間がかかるし、そのためには確実にメッタンのアシストが要る。
それにゴーレムを酷く傷つける可能性だってある。魔法のコントロールが上手くいかない現状から鑑みると、ちょっとリスキーだ。どちらかというと最後の手段って感じ。
ふたつめは、ゴーレムに直接訴えてみること。非現実的かもしれないけれど、あの悲痛な叫びは彼なりの抗いのように思える。
そして、あの真紅の瞳で流れた涙。彼が心を失ったただの従順な殺戮人形ならば、果たして涙を流すだろうか。いや、人形は涙を流さない。あの涙は彼の『心』の証明だ。友を友と判別できる『心』がまだそこにある。
「それなら……まずはやってみるだけだよね!」
ウチの動きの変化に気付いたメッタンは流れるように銃弾をかわし、一定の距離を保ちつつ横並びにぴょんぴょん跳びながら接近してきた。察する能力ピカイチだな、この子。
「ヒカリ殿ッ! プイプイ様にお怪我は⁉︎」
「大丈夫、怪我はないよ! ただすっかり意気消沈しちゃってて……」
胸元にしまい込んだプイプイはうなだれ、やはり何も言葉を発さない。
「そうでしたか……。ゴロウ様はプイプイ様と競い合い高めあった良きライバルであり友人であったと聞きます。そんなご友人があの様なお姿で牙を向いてきたのなら、そうなられても致し方ないことかもしれません。しかし、このままでは全滅の一途です。ヒカリ殿、何か打開策は浮かびますでしょうか?」
「うん! ウチに考えがあって———」
頭の中の考え、アイディア、仮説をまとめ、ひとつの作戦としてメッタンに打ち明けた。
ウチを先頭にしてメッタンと猛スピードで巨人の懐へ進入。メッタンは巨人の武装や装甲をできるだけ剥がして反撃能力を低下させ、ウチは巨人の身体を伝い頭部へ向かって全力疾走。
巨人の目線まで到達したら可能な限りコミュニケーションを図り、自我を取り戻すトリガーを探す……と、無茶で無謀で成功確率の極めて低い作戦を簡潔に説明してみせた。
「ハッハッハ! ヒカリ殿はやはり面白いお方だ。いいでしょう。そのお役目、見事果たしてみせましょうぞ!」
「ありがと! じゃあ……行くよッ!!」
「御意ッッッ!!!」
一定の間合いを確保しながら右へ左へ回避していた状況から一転、一列に陣形を組んだウチらは巨人へ向かって走り出した。その距離……たぶん100メートルくらい!
巨人の右手、マシンガンの銃口が向けられ無数の弾丸が飛んでくる。当たればきっと痛いでは済まない。それでもウチらは巨人に向かって走る。走る。走る。
そして当然、巨人がタダで近寄らせるはずもない。
————バシュゥゥゥゥン! ドォォォォォン!!
弾丸の雨は降り止んだが……代わりに不穏な発射音が響いた。
巨人の両脚から放たれた無数の飛翔体。あれは……。
「ヒカリ殿ッ! 前方よりミサイルです! ミサイルが飛んできますッ!!!」
「ミミミ、ミサイルゥ⁉︎ どうしたらいいッ⁉︎」
「着弾の瞬間に大きく上空に跳躍してください! 急な方向転換はできないはずです!」
「そんな無茶な!」
「大丈夫、ヒカリ殿ならできますッ! ほら、来ましたよ!」
眼前に迫り来る大量のミサイル。弾丸の雨の次はミサイルの嵐ってか。
メッタンの無茶振りに戸惑いつつも、言われた通り着弾の寸前で上空に大きく跳躍した。
「ちっくしょー! やってやらァァァァァァァァッ!!!」
メッタンの首元を掴み、空へ大きく跳躍。
まるでスキーのジャンプか、あるいはタイムリープでもするのではないかと思えるほどの大跳躍。これであのミサイルは地表に着弾してウチらは事なきを……ん? むむむ?
「ヒカリ殿、大変です! あのミサイル、追尾してきます! いや〜、さすが王国の人間はやることがえげつない! これぞまさに鬼の所業! ハッハッハ!」
「ハッハッハじゃないよ! どうすんのこれェ⁉︎」
「大丈夫、ここは私にお任せを。ヒカリ殿はそのまま進んでください」
そう言ってメッタンは優しくウチの手を振り解き、あり得ない角度で旋回するミサイルの波の中へ飛び込んでいった。
「ちょっとメッタン!」
「メタルシンケン二の型————」
————————————五月雨。
降下しながらメッタンが魅せた柔らかい太刀筋。
小さく細かく放たれたいくつもの斬撃は、無数のエネルギー体の弾幕となってミサイルに降り注いでいく。
黄緑色に発光するその光景は不規則に舞い落ちていく雨の雫のようで、酷く美しかった。
——————ドォォォォォォォォォォォォォォンッッッ!!!!
エネルギー体がミサイルに衝突し、爆発。その爆発が隣接したミサイルを巻き込む連鎖を生み出していく。
上空で輝く爆発はまさに夏の花火。いつまでも眺めていたい気持ちはあったが、仲間が創り出したチャンスを無駄にするわけにはいかなかった。
「ありがとう、メッタン!」
着地したウチは背中越しに感謝の意を伝え、両脚に魔力を流してから巨人の懐へ飛び込んだ。
その距離、わずか数十メートル。巨人は即座に左手の銃口を向け、発射。一瞬で多数の弾丸が四方に散らばり襲い来る。
「わわわわ! あっぶねー!」
発射と同時に巨人の足元へ転がり込み、蜂の巣は免れた……のだが。
今度は右手の銃口……ではなく、巨大なゲンコツが頭上に迫った。なんだあれ。
「おいおいおいおい、さっきまでマシンガンだったじゃんか。そんなのアリか……って、わわわわ!」
足元のウチに向けた容赦のない巨大パンチ。当然に大地は抉れ、窪み、震えた。
直径数メートルのクレーターが生まれるほどの威力。普通なら無事で済むはずがない。
だが……残念ながら今のウチは普通ではない。
巨人の拳が振り下ろされる瞬間にはゴツゴツした右手の甲にしがみつき、そのまま重力を無視したあり得ない角度で腕の上を疾走していた。
「ハア……ハア……。あー! 疲れたー!」
全力で巨人の右腕を駆け上り、右肩に到達。
巨人の顔が覗ける位置でコンコンと頬辺りを数回ノックした後、深呼吸してからウチは話しかけた。
「ねぇアンタ、ゴロウっていうんだよね? ウチの声、聞こえる?」
暴力的な挙動が不思議なほど収まり、傷だらけの顔がゆっくりとこちらを向いた。
ウチを見下ろす紅い瞳。そこにはやはり涙のような雫が滴っていた。
そして、ギギギギ……と、何かが軋むような音。
その音は敵意や殺意を秘めた音ではなく、何かを伝えたがっているようなそんな音のように思えた。
「ここにさ、アンタの親友連れてきたんだよ。ほら、ここ。プイプイだよ。ずっと話せてなかったんでしょ?」
ウチの胸元の小悪魔を指差しながら伝えると、やはりギギギと音を立てた。
これはきっと……聞こえている。ゴーレムにわずかでも自我が在り、声が届いている証だと悟った。
「ほら、プイプイもいつまでもしょんぼりしてないでさ、何か言ったら?」
胸の間でうずくまるプイプイがモゾモゾと顔を出し、ゴーレムの顔面を視界に入れると驚くほどの速さで飛び出していった。
「……ゴロウ……ゴロウなんだよな。お前、どうして……。ワタシはずっとお前のことが心配で……」
涙腺の緩んだ声でプイプイが言う。親友の声に応えようとしているのか、ギギギという駆動音はキリキリという音に変わっていった。なんとなくもう少しで『声』に変わるような気がしてしまう。
「なあ、ゴロウ。もう帰ろう。魔王城へ……デモンズ様の元へ帰ろう。こんな姿にされてまでお前が人間に従う理由なんてこれっぽっちもないだろう?」
涙ながらにゴーレムへ訴えるプイプイ。
その友を想うひたむきな想いが通じたのか、ゴーレムのキリキリ音が遂に『声』へと変わった。……のだが。
「プイ……プ……イ。タノ……ム。オレ……ヲ……コロ……シテ」