第22話:ワタシにとってのゴロウ
巨人を見上げる小悪魔の『親友』という言葉。
仲間を想う親愛の気持ちが優しい響きとなって表れていた。
「ワタシにとってのゴロウはな———」
かつての自分たちを愛おしく懐かしむように、背を向けたままプイプイは語ってくれた。
どうやら彼らは幼い頃に同じ村で生まれ、出会い、時にイタズラもケンカもしながら魔族全体の役に立てるよう切磋琢磨し合っていたという。
しかしある日、その小さな村に王国の人間たちが強襲。家屋を焼き払い、魔族を殺し、村中の魔石を強奪していく惨たらしい事件が発生。
プイプイとゴロウは生き残った仲間を連れて逃げ出そうとするも、王国騎士団がそれを阻止。抵抗虚しく追い詰められたところを……駆けつけたデモンズのオッチャンが救ってくれたのだとか。
率先して仲間を守ろうとした勇気ある行動が評価され、二人は魔王城に配属。そこで研鑽を積んだ後、プイプイは頭脳を買われてオッチャンの側近へ、ゴロウは同族のゴーレムが結集する四大精霊タイタンの元へとそれぞれ進み、以降はしばらく連絡も取れていなかったらしい。
「タイタンってもしかして……」
聞き覚えのある名前に反応したウチを肯定するようにプイプイは頷き、そして続けた。
「そうだ。この前のゴンザブロウに残念ながら敗北したのがタイタンだ。その彼の親衛隊長を務めていたのがゴロウだが、その件以来タイタンと共に行方がわからなくなっていてな。無事では済まないと覚悟を決めていたが……まさかこんな形で再会するとはな」
瞳に雫が溜まった声で震えながらプイプイが言う。
自我を失くした親友が変わり果てた姿で矛を向けてきたなら、ウチもきっと同じように思ったかもしれない。そしてその原因が自分たちと対極にあるような種族が作ったともなれば、その存在に恨みも憎しみも抱くだろう。
魔王であるデモンズのオッチャンが本気を出せば人間なんて一瞬で滅びるのだから、手っ取り早くやってしまえばいいのに……なんてこの小悪魔は内心思っているかもしれない。
それでも人間と共存する道を模索する主に仕え、こうして共に王都へ向かっている。彼の本心は彼にしかわからないが、ひとつだけ確かなことがある。
この悲劇の連鎖を一刻も早く断つ必要がある、ということだ。
人間であるウチが言うのも変かもしれないけれど、人間の底知れない欲のために魔族の彼らが一方的に虐げられるのはやっぱりおかしい。
この歪で不健全な世界のバランスを解消するためにも、ウチは一秒でも早く王都へたどり着かなければならない。
そう考えながら羽ばたく背中へ言葉をかけようとしたとき、停止していた巨人が不穏な挙動を見せた。
——————オ゛ォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!!
それはまるで救いを求めるような悲痛な叫び。
その響きは再び木々や草原をざわめかせ、大気に緊張を走らせた。
巨大な上半身をくねらせながら何かに苦しみ続ける巨人。
その後方から嘲笑う人影が接近してくるのがわかった。召喚者だった。
「クックック、ゴーレムの弱点が従来通り頭だと思ったか? そんなものは魔改造時にとっくに取り除いてるわ! 頭部装甲を剥がしたくらいで図に乗るなよ、クソ魔族共ッ!!」
意図せず無理に装着された武装、苦しみ嘆き抗うような叫び、そして『魔改造』というワード。それらだけで事態を理解するには十分だった。
あのゴーレムは……プイプイの友であるゴロウは、人間によって傷つけられ捕獲され、それのみならず生きたままメチャクチャにされてしまったのだ。倫理観のカケラもないこの世界の人間の所業に言葉を失ってしまう。
だが……このまま黙ってやられるわけにはいかない。
「ちょっとアンタ! この子どう見たって苦しんでるじゃん! さっさと解放しなさいよ!」
「ククク、バカめ。せっかく手に入れた強大な戦力をみすみす手放すアホがどこにいる。私はこの巨人を使って騎士団長まで登り詰めるのだ! さあ木偶の坊、放熱はもう十分だろう! 問答無用でやってしまえ!」
召喚者の声に反応したのか、巨人の震えは瞬時に収束。その巨大な銃口がウチらへ向けられた。
呆然と見上げるプイプイはゴロウを見上げ続けて動かない。
紅く輝く眼光が発する明確な殺意と重圧。そして、視線の先から聞こえる重い駆動音。
これは……絶対ヤバいヤツッ!!!
「プイプイッ!!!!!」
——————バババババババッ!!!
銃弾の雨が降り注ぐ瞬間。わずか数秒。いや、1秒にも満たない間にウチの身体が勝手に動き、プイプイをかっさらい大きく間合いを取った。
『助けなくちゃ』という気持ちが無意識に身体を動かしたのは間違いない。だが……どこか『動かされた』ような感覚が身体に残っている。そんな違和感の正体に思考をめぐらす暇もなく、次の銃弾がウチらを追いかけてきた。
「ちょっとしっかり! プイプイってば!」
「……」
回避行動を繰り返しながら腕の中のプイプイに目をやる。小悪魔にこれまでの覇気は感じられない。口の悪さも嫌味も小言もそこにはない。完全に意気消沈している。
かけがえのない親友との再会がこんな最悪のカタチならそうなってもしょうがない。メッタンは……ウチらの動向を気にしながらも回避に徹している。
うん。やっぱりそうだよね。事態を収拾できるのはウチだけだ。おっし、俄然やる気が出てきたぞ。やり方はどうであれ……。
「魔族同士の仲直り、一肌脱いでやりますか!」