第20話:巨人の悲鳴
空に投げられた魔石が発光と同時に立ち昇る闇の渦を作り出す。
その中で形成されていくヒト型の輪郭。
高さは10……いや、20メートルはあるかもしれない。
見上げるほどの巨大な影が形作られるとき、頭上のプイプイがこぼした。
「末端の兵士が召喚魔石を使うのか⁉︎」
『召喚』という聞き覚えのあるワード。
確かデモンズのオッチャンがウチを呼び出した方法も『召喚』だったはず。
それと似たようなことをこのリーダー格の騎士が起こそうとしているのだろうか。
「召喚って……ウチと同じように別世界から何か呼ぼうとしてるってコト⁉︎」
「いや、厳密に言うとアイツら人間の『召喚』は同じ世界のモノを召喚者の元に呼び寄せるいわば『転送』だ。そういう意味では『簡易召喚』と言ってもいい。これまでほんの限られた人間だけが武器や物資を召喚してきたのは知ってるが、こんな大型召喚を末端の兵士が実行できるとなると……我々の認識を改める必要があるかもしれないな」
プイプイのウチの髪を握る力が強くなっていく。この小悪魔がここまで警戒するということは、ガチでヤバめの存在があの渦から姿を現すかもしれない。
いつの間にか鈍色の分厚い雲が空を覆い、風が強まっていく。
草原の木々や芝は恐れるように葉音を立て、空気はさらに固く引き締まる。
得体の知れない何かが、自然さえ怯える何かが、いままさに顕現しようとしている。
「ヒカリ殿、プイプイ様、来ますッッッ!!!」
メッタンが指差す先。
禍々しい暗黒の渦より現れたのは——————鋼鉄の巨人。
怪しげな仮面の下で鋭く光る紅い眼光、攻撃的で刺々しい黒のボディ、戦車級の銃火器らしき武装が施された両腕、ミサイルにも見える物体が装着された両脚。
それはまるで、破壊の限りを尽くすためだけに生み出されたような存在だった。
でも、どこか……。
——————ア゛アアアアアアアアアアァァァァッ!!!!
咽び泣くように巨人が雄叫びを上げる。
鼓膜が破れんばかりの音圧に思わず耳を塞いでしまったが、その音色はなぜか物悲しく寂しいものだった。
「……そんなバカな。なぜ人間が魔族を召喚するッ⁉︎」
「プイプイ?」
「……間違いない。あれはゴーレム族、れっきとした我々魔族の仲間だ。それにこの声———」
プイプイが言葉を続けようとした瞬間。
巨人の腕の銃口はウチらに向けられ、容赦なく発砲された。
ババババババババッッッッ!!!!!!
「ヒカリ殿ッ!!!!」
間一髪。メッタンが全身タックルでウチらを押し退けた結果、事なきを得た。
身体を張った体当たりが腹部にクリーンヒット。これが痛くないはずがないのだけど、まあそれはさておきウチの小さい騎士ちゃんは頼りになるな〜ホンマかわよ〜と呑気に感心したとき、現実が視界に入った。
ほんの数秒前までウチらの立っていた場所に巨大な弾痕……いや、もはやクレーターとでも言うべき痕が強烈に残っていた。
もしもあの弾丸を直撃していたとしたら。想像するだけで背筋が凍った。
「ヒカリ動け! 次が来る!!」
プイプイがポカポカとウチの頭を叩き、けしかける。
そんな焦らせなくてもわかって……おわわわ、やべーやべー!
巨人の右腕から繰り出される連続の弾丸。いわゆるマシンガンみたいなものだろうか。
止むことなく放たれるそれはもはや銃弾のシャワーだった。一度でも浴びてしまえば想像に難くない。デモンズのオッチャンの身体強化があっても蜂の巣どころか跡形もなくなってしまうかもしれない。
っていうかあんなクソバカデカい弾丸、かすりたくもないっしょ。絶対痛いもん。
故に回避、回避、回避。回避の連続。反撃の隙は与えてもらえなかった。
「あんなデカい奴……ゴーレムだっけ、どうしたらいいの⁉︎ やっぱ魔法ぶっ放すしかない⁉︎」
「それが一番手っ取り早いと思うが、ただ……」
「魔法を構築する余裕がチョッチないよねぇ! よっと! あぶねーあぶねー」
縦横無尽に駆け回り追いかけてくる弾丸を避けていく。
全力で疾走しながら前転、跳躍、側転、時にバック転。なんだか新体操の選手にでもなったような気分だ。こんな危機的状況でアレだけど、ほんのりと楽しい……かも。
と、少々お気楽な心情が浮かんだとき、ぴょんぴょんと並走するメッタンがこちらを向いて言った。
「ヒカリ殿、このままではキリがありません。私が先行して囮になりますので、ヒカリ殿は召喚者の無力化あるいは巨人の頭部を狙っていただけませんか?」
「アタマ?」
「はい。召喚者は召喚時にゴーレムと呼称しました。本当にあれがゴーレム族であるならば、頭部に強い衝撃を与えることで挙動を止められる可能性があります」
「メッタンの言うとおりだ。ゴーレム族は屈強なボディに対して頭部の装甲は薄く脆い。だが……」
「どしたのプイプイ?」
「いや……なんでもない。メッタン、頼んだぞ。くれぐれも気をつけてくれ」
どこか妙に歯切れの悪いプイプイ。
ウチの頭の上で表情こそ見えなかったものの、何か懸念したような声だった。
「御意! では、よろしく頼みます!」
二手に分かれ先行したメッタンが勢いよく飛び出していく。
こちらの思惑通り、巨人は接近するメッタンに狙いをつけた。
————ババババババババッッッッ!!!!
————ぴょんぴょんぴょんぴょんぴょん!
暴風雨のように降り注ぐ弾丸を華麗な身のこなしで避けていくメッタン。
彼が創り出してくれたこのチャンスを無駄にするわけにはいかない。
姿勢を低くし、木々や岩石に身を隠し、息を殺して巨人へ接近。
移動しながら魔法のイメージを少しずつ構築していく。
「ねぇ、プイプイさー。頭部に強い衝撃ってどれくらいの衝撃? これまでの水とか風の魔法で通用する?」
「……」
「ちょっとー、聞いてるー?」
「え、なんだどうした? ああ、効果的な魔法の属性の話か。風や水は効かないこともないが、少し心許ないかもしれないな。仮面をつけたあの巨大な頭部にダメージを通すとなると、もっと硬いイメージが必要だろう。例えば圧縮して強化した土属性や鋼属性のようなものだ」
うーん、なんだかピンと来ない。要するに……純粋にバチクソ固い強度を持った何かを頭部に一発お見舞いすれば、あの巨人の動きを止められるってことだよね。理解理解。
「バチクソに固くて、もちろん噛み砕くことさえ当たり前にできなくて、叩いてみれば凶器にもなり得る鈍器級のもの……そうだ、あるじゃん! ピッタリなヤツが!」
「なんだ、何か思いついたか?」
「うん! 今からとんでもなくヤバいものを魔法で再現するよ——————」
——————この世界には恐らくない、カッチコチのアレを。




