第18話:それでも架け橋にならなくちゃ
「なんでこんな……。ウチはせいぜいクッションにでもなればと思って……」
風の球体によって削られた草原の葉や土が嘲笑うように舞った。
ひとまず傷ひとつなく無事に着地できた……が、おかしい。何かがおかしい。
ウチはあくまでも魔法による穏やかな着地をイメージしたはずだ。それも平和的で柔らかな何も傷つけないイメージを。少なくとも土地の形状を変えるような攻撃的なイメージは一切していない。それなのになぜ……。
原因不明の意図しない魔法に困惑するとき、前方から複数の声が聞こえた。
「いました! こっちです!」
「捕えろ! 問答無用だ!」
「何をしてくるかわからん! 注意しろ!」
目の前にゾロゾロと現れた白い鎧の3人。
メッタンが言うようにこれがきっと王国騎士団の連中だ。全身を覆う鎧のせいで顔まではわからない……が、野太い声から察するにどれもオジサンだ。まあ、バニーなオヤジよりこっちの方がずっとまともな騎士っぽいから、まずは挨拶から始めて対話してみるべきだよね。
「こんにちは! あのー、テルシャバって街、ここからどれくらいかかりますかー? ウチこの辺り初めてで」
「おいヒカリ、何を悠長なこと言って……」
「いいからちょっと黙ってて」
3人の騎士は50メートルくらいの距離を保ちつつ、ボソボソと喋りながら互いに目を合わせている。なんだなんだ。さっきは物騒なことを言ってたけど、意外と聞く耳を持つタイプの人たちなのか?
と、あくまでもポジティブに事態を捉えようとしたとき、小柄な騎士が沈黙を破った。
「私たちはドンハルト王国騎士団所属の騎士である。貴殿は……人間か?」
「ウチ? ウチはそう、人間だよ!」
「ではなぜ人間が魔族と一緒にいる? その頭の上と隣にいるのはどう見ても恐ろしい魔族だろう」
なぜ、と言われても一言で説明ができない。デモンズのオッチャンから和平交渉の申し入れ役を頼まれたから……って伝えて果たして納得するだろうか。それともウチが別の世界からやってきたところから話すか……いや、それはさすがに話が長くなりすぎる。……っていうか、この子たちのどこが恐ろしいんだ。変な奴も大勢いるけど、どちらかといえばキモカワだろうが。
一言物申してやりたい気持ちと判断にまごついていると、小柄な騎士は容赦なく言い放った。
「答えられないようだな。魔族は人間にとっての敵。そして魔族と行動を共にする若い娘は騎士団隊長を殺害した罪ならびに王国への反逆罪で指名手配されている。貴殿はその情報と見事に合致。よって、王国の治安維持のため拘束および連行する」
「ちょっ、いきなりすぎでしょ! ウチらの話も聞い……」
「問答無用。抵抗すれば魔族諸共抹殺する。両手を挙げてこちらへ来い」
小柄な騎士の隣で背丈の高い騎士が高圧的に言う。
一度はまともな人たちかも……なんて思ったが撤回。王国騎士団の連中は人の話を聞く耳など持っていない。
少なくともこれまでに遭遇した連中はそうだ。いつも一方的かつ攻撃的。こちらの事情や意図や気持ちに寄り添う素振りすら見せない。
こんな連中にオッチャンの優しい想いが果たして伝わるのだろうか。
「いや……伝えなくちゃいけないんだ。他の誰でもないウチ自身が」
「ヒカリ殿……?」
魔族がいかに人間に絶望してきたのか。その気持ちが痛いほどわかる。きっといくら歩み寄ろうとしても毎度踏み躙られ、否定され裏切られてきたのだろう。そうだ。きっとそうだ。
でも、魔族は完全に諦めたわけではない。魔族の親分は今でも人間と手を取り合おうとしている。隣のちっこい騎士は人間の文化に興味を抱くほどだ。人間側の姿勢さえ改善されれば、魔族と人間はきっと分かり合える。そのきっかけに、架け橋になってやるんだ。ウチは。
「ちょっと聞いてほしいんだけど! ウチらは抵抗する気なんてさらさらなくて! ただ王様と話がしたいだけなの! アンタたちについて行けばそれって叶う感じ?」
「……フフフフフ、ハハハハハッ!! 魔族になびいた指名手配犯ごときが我が王と話だと? 笑止千万、もはや不敬だ!」
背の高い騎士がウチらを見下すように笑うと、あとの2人も手を叩きながら笑った。完全にこちらをバカにしている。対話する土壌すらできていない現状に嘆きたくなったとき、オッチャンが助っ人を呼びたくなる気持ちが理解できた。そりゃあヘルプ要員呼びたくもなるか。
いつまでも愚弄する目の前の騎士たち。魔族に対してリスペクトが微塵もない。そんな彼らの様子に自ずと両手拳に力がこもる。……耐えろ、耐えるんだ、ウチ。いくら挑発されてもウチらは冷静に毅然といなければならない。
だが……やはり彼らの中に『対話』という文字も概念もなかった。
「こちらの要請に従う様子なし。小隊長、王国騎士団法に従って拘束および連行を始めます」
「よし、やれ!」
二人の騎士の奥にいるリーダー格っぽい人物が号令を出すと、小柄と背丈の高い騎士が弓矢を構えた。剥き出しの完全な敵意。これはまた……戦うしかないのかもしれない。
でも、それでも……。
「ねぇ、話聞いてってば! ウチらは戦いたくなんかないの!」
「ヒカリ殿、こうなってはもう戦闘を避けられません。ここは私におまかせを」
「……メッタン。わかった。でも、気絶くらいで済ませてね。ゼッタイに!」
「合点承知ッ!!!」
メッタンがウチの前にぴょんと跳ね、脇に差した小さな剣を抜いた。
瞬間、騎士団の連中の叫びと同時に炎を伴った2本の矢が放たれた。
「「魔族は死ねェェェェェェェェ!!!!」」
なんの躊躇いも迷いもなく放たれた矢が真っ直ぐこちらに向かってくる。
彼らの魔族に対する憎しみ、妬み、嫌悪といった感情に応えたのか、矢の先端に灯った炎は黒炎となって矢の全身を覆った。暗黒の殺意が襲い来る。
しかし——————。
—————————鋼の騎士は怯むことなく立ち向かい、言った。
「貴様らの腐ったその根性……このメッタンが修正するッ!!!!」




